2.「米国留学時代におけるキリスト教との出会い」

1991年から1993年までの2年間米国ナッシュビルのVanderbilt大学に留学する機会を得ました。 娘が近所の教会に所属する preschoolに通っていました。 教会からの案内もあってクリスマスの時にその教会へ行きました。 印象に残っているのはハンドベルによる賛美でした。 礼拝堂の中を薄明かりにして、 とても神秘的な雰囲気の中でのハンドベル演奏でした。 初めてのアメリカ生活の中で体験した神秘的な教会の雰囲気というのはすごく新鮮でした。 それでも私は救いへとは導かれませんでした。

その後も私はキリスト教に何となく興味を持っていたのでしょう。神を信じるというよりはむしろ歴史的なキリスト教的な考え方を持つということにとても興味がありました。 ある書物の中で、現代の自然科学はキリスト教的な背景が無ければ生まれて来なかったかもしれないと示唆するものがあって、 とても興味を抱いたことを覚えています。 これは必ずしも、キリスト教哲学に基づいて現代科学が築かれたということを意味しているのではありません。 神の存在があったからこそ、 対立する概念の中で自然科学に対する理解が深められていった、 つまり現代科学の基礎を築くように主イエスが導いてくださったのではと理解しています。 それほどに主イエスの存在は偉大であったと思わざるを得ません。 エジプト文明、 メソポタミア文明、 インダス文明、そのほか中国においても文明は芽生えしたが、 実際に現代の自然科学の基礎はキリスト教社会・文化の中で活躍された哲学者、 自然科学者から生まれてきたといっても過言ではないと信じています。

私は大学では理学部の化学科を専攻しました。その後製薬会社の研究所に勤務し、一研究者としての人生を歩みました。 研究に関してはそれなりの自信を持っていました。 研究の世界ですから、 もちろん結果はやってみなければならない世界ですが、 どのように自身の仮説を実証していくかという科学的な考え方についてはかなりの自信を持っていました。 それは私自身が当時無神論を自負できた理由の一つになっていたかもしれません。

私は人生の中で三度自然科学の分野で成功を収めたと自負していました。 ひとつは大学院の時、ひとつは入社した後に研究に携わりそれによって留学前に学位を取得したとき、 三度目は留学期間でのことでした。 そういう自分は神をも知らず、 ただ自身の力を信じたおろかな科学者であったのでしょう。 今から考えると不思議なものですが、 特に三回目の成功を収めたのは、折も折りクリスマスの頃で、 家族とWashington DCでクリスマスの休暇をすごした直後に研究室で結果を見て成功していたことに気づいたという経緯がありました。 その時には思わずクリスマスプレゼントと関係者に知らせたように記憶しています。 もしその時に主を信じていたならば、 その後はもう少し平安な人生を歩み始めていたかもしれませんが、 実際にはその成功は自分の行った業績という考えを持つことしか出来ず、 結果的にそれが間違いであったと悔い改めています。

月報2005年4月号より

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