説教: 錦織学牧師
聖書箇所: ヨハネの第一の手紙3章16節
Japanese Christian Church of New Jersey
Welcome to JCCNJ
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: ヨハネの第一の手紙3章16節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書22章15節〜22節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書22章1節〜14節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書21章33節〜46節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書 21章28節〜32節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第21章23節〜27節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第21章18節〜22節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第21章12節〜17節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書21章1節から11節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第20章29節〜34節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第6章25節〜34節
説教: 栗栖信之牧師
聖書箇所: 使徒行伝2章37節〜47節
説教: 栗栖信之牧師
聖書箇所: 使徒行伝2章1節〜36節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: 使徒行伝第16章25節〜34節
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第20章17節〜28節
「神の国の秩序」
エルサレムに向かって行く時のイエスの3回目の受難予告
↔︎弟子たちは自分たちの夢の実現が近づいたと思った。
ゼベダイの子ら(ヤコブとヨハネ)は「イエスの右と左に」
他の弟子たちも同じ思い。
イエスは・・・「違うよ、私の国では正反対だよ」と言われた。
神の国の秩序・・・この世の秩序と違う。互いに仕え合う生き方。
イエスの杯を飲む
イエスに従う道はイエスの杯を飲む道。
神の愛をいただいたが故に、喜んで苦難を受ける。(コロサイ1:24)
イエスに従うが故に経験する悲しみ、苦難もある。
信じているから、平気、ではない。
マタイ26:36-39:イエスも悲しみ、悩まれた。
しかし、その価値がある、のが神の国の歩み。
しもべになる
イエスが歩まれたように歩む。
→自分の存在を与える。認められなくても、神の前に忠実に歩む。
「ちいろば」先生の保育園のおばちゃん。
誰も見ていなくても、無駄に思えても、給料が増えなくても。
「自分」のこだわりの問題。・・・「自分を捨て、イエスに従う」
イエスは私たちのために命を捨ててくださった。しもべとなってくださった。
・・・その愛をいっぱいに受けて、その愛に感謝して、しもべになる。
テイクアウトQuestions
自分の考えと、神様のみこころが違っていると思ったり、知ったりすることはありますか?どんな時ですか?
「イエスの杯を飲む」覚悟はできていますか?弟子たちも覚悟はできていましたが、イエスを捨てて逃げました。イエスに従うために必要なのは何でしょうか?
しもべとはどんな人でしょうか?あなたはしもべとして、具体的に何をしていきたいと思いますか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第20章1節〜16節
「ぶどう園の主人」のたとえ話
朝早く、「1日1デナリ」で働いてくれと労働者を雇った主人。
その後も、9時、12時、3時、5時と労働者を雇う。
夕方、最後に来た人たちから1デナリずつ払う。
朝から来た人は持ってもらえると思ったが、やはり、1デナリだったので主人に文句をいう。しかし、主人は「私はあなた方と1デナリの約束をした。この最後に来た人たちにも同じようにしたいのだ!」と答える。
1) 神の国の生き方
経営を教えているのではない。
「天国は・・・」・・・つまり神の支配はこうなのだということ。
「天国」・・・死んだあとに行くところ、と考えると、最後にちょっと頑張ればいい、ということを教えているかのように誤解する。
「天国」・・・「神の国」→「神の支配」→「神の愛の支配」
→「神の愛に満たされること」「神の愛に満たされた歩み」
2)一方的な恵み
あなたはどこに自分の身を置いている?
朝から来た人の立場だと、「ずるい」と思う。
夕方来た人の立場だと「ありがたい」と思う。
・・・本当は私たちはみな、「夕方から来た人」なのだ。
ローマ6:23「罪の支払う報酬は死、神のギフトは永遠の命」
「先のものはあとになる」・・・自分が先の人だと思っていると神様の恵みの大きさがわからない・・・大切なものを見失う。
損をしたのは誰?・・・主人!神は犠牲を払い、リスクをとって、私たちを愛し、用いてくださる。
テイクアウトQuestions
1)あなたは自分をどこに置いてこのたとえ話を読んだでしょうか?
2)自分はこんなに頑張っているのに・・・と思う時はありますか?どんな時でしょうか?そのときに、あなたの目はどこに向いているでしょうか?
3)神様はあなたのためにどのような気前のいいことをしてくださったでしょうか?
お証し: 宮嶋裕子姉
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: ルカによる福音書第10章24節〜37節
三浦綾子さんの作品の中には、聖書のメッセージ、神様からのメッセージが込められている。
「塩狩峠」の中にこの聖書の箇所が出てくる。
この聖書の通り、隣人を愛そう、誰かの隣人になろうと思った主人公
→問題のあった同僚の隣人になる。
その背景にあったのは、「自分のためにイエスが十字架にかかった」ということがわからない、自分の罪というのがそれほど深刻だとは思わない
・・・牧師のアドバイス「聖書の言葉を一つ徹底的に実行してごらん」
その同僚の隣人として生きる主人公。しかし、同僚は「うっとおしい」「見張られているようだ」と文句を言う。
→自分はこんなにやっているのに・・・と彼を憎む。
→自分は彼の隣人になろうとしていたけれども、ただ見下していた。
→この倒れているのは自分だったのだ。
→このサマリヤ人はイエス・キリストだったのだ。
自分は傲慢にも神の子の地位に自分を置き、友人を見下していた。
・・・これこそが罪だった。
倒れている人・・・周りの誰か。 サマリヤ人・・・私
倒れている人・・・自分 サマリヤ人・・・イエス
イエスは私の痛みをわかってくださり、飛んできてくださった。
テイクアウトQuestions
1)「塩狩峠」に出てくる牧師は「イエスを十字架につけたのは私だと思っている」と言いました。そのように感じたことはありますか?どうしてでしょうか?
2)あなたは良きサマリヤ人の話を読むときに自分をどこに置きますか?
3)良きサマリヤ人はこの倒れている人にどのようにしたでしょうか?それはイエスがあなたのためにしてくださったこととどのように重なりますか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第19章16節〜30節
イエスのところに来た青年
「永遠の生命を受けるためには・・・」
永遠の生命・・・いつまでも生きる・・・量の問題?
それだけではなく質の問題も大切。・・・神と共に生きる。
→結局「天国」→「神の国」→「神の愛に満たされること」
16節では「永遠の生命」23節「天国」
→死を超えて神の愛の中で生きること。
「お金と信仰」というよりも、「何を頼りにするか?」という問い。
財産ではなく神を頼る
「何でも守って来ました」というこの青年に「財産を売り払って、貧しい人々に施して、わたしに従って来なさい」と言われた。
もう一つのしなければならないこと、というよりも「神を頼りますか?お金、財産を頼りますか?」という問い。
持っている人はそれを頼りに生きてしまう。持っていない人は神を頼りにして生きることができる。・・・富む人が天国に入るのが難しい。
でも、「人にはできないが神にはできる!」
自分の功績ではなく、神の恵みを頼る
ペテロ「ごらんなさい!私たちは全てを捨てて従いました!」
残念ながらペテロも勘違い。
「捨てる」という行動ではなく、神ご自身を信頼して歩むということが大切。
神の愛、神の恵みを感謝して歩むのか、自分がこれだけやったということを誇って、
報いを求めて生きるのか?・・・天国はどっち?
→20章に続く。
テイクアウトQuestions
1)この青年は悲しみながら去って行きましたが、いったい何が問題だったのだと思いますか?
2)ペテロはどうしてこのようなことを言ったのでしょうか?イエスはどのように答えられましたか?
3)私たちは永遠の生命を受けるために、どうすればいいのでしょうか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第19章13節〜15節
子ども達を連れて来た母親たち。
→弟子たちは諌める。
→イエスはその弟子たちに対して憤られる。
「子どもたちが私のところに来るままにさせなさい」
マルコ10:15「あなたがたも幼子のようにならなければ」!!?
でも、聖書には「考え方では大人になれ」とある。
1コリント14:20, ヘブル5:11-14
イエスの「幼子のようになりなさい」はどんな意味か?
「天国」の先入観を取り除く。
「天国」→「神の国」→「神の支配」→「神の愛の支配」
→「神の愛に満たされること」「神の愛に満たされた生き方」
「幼子のようになる」とは?
「主の祈り」のよびかけ。・・・私たちの父よ。
「アッバ」・・・父親を信頼して呼びかける言葉。もともと幼児語。
マルコ14:36,
当時の人々はそのように神に呼びかけることは考えられなかった。
ローマ8:15, ガラテヤ4:6
奴隷の霊ではなく、神の子としての霊を受けている。
→イエスを信じる人々は神のご機嫌をとってビクビクする生き方ではなく、
神の子として、神を信頼して、その胸に飛び込む生き方へ招かれている。
⇔放蕩息子の兄のように「私はこれだけやったのに・・・」
この続きのペテロの言葉「私は全てを捨ててあなたに従いました・・・」
テイクアウトQuestions
1)「天国」「神の国」はどんなところだと思いますか?
2)あなたは大人になって、何か失ったものはありますか?子どもから学ぶことはあるでしょうか?
3)「幼子のようになる」ことはどういうことでしょうか?あなたにとって、そのために難しいことはありますか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: ヨハネによる福音書第20章19節〜31節
イエスの復活は信じられる?
昔だから信じられたのではない、イエスの時代の人も信じられなかった
→トマス「十字架の釘の跡に指を入れて、脇腹に手を入れてみないと」
そのトマスが信じられた・・・私たちも信じる者への招かれている。
トマスはどうしてこんなことを言ったのか?
取り残されたような?
どうして私がいない時に?
信じさせてくれ!
信じたいけど信じられない!
イエスはトマスにも現れた「さあ、あなたの指を、あなたの手を」
トマスは「我が主よ、我が神よ」と。
イエスを信じられなくて、仲間を信じられなくて、申し訳なさ。
神を神としないで、自分の考えにこだわって生きる・・・罪。
それを悔い改めた。
1週間前の自分の言葉「指をいれて、手を入れてみないと」を
イエスは聞いておられた。
見えない時にも、イエスは確かにそこにおられて、聞いておられた
トマスは私たちの代表。トマスがいてくれてよかった。
トマスへのメッセージは、私たちへのメッセージ。
トマスの信仰告白は、私たちの信仰告白。
カラバッジョや他の画家たちの絵・・・本当に入れたのか!?
そ
の手を引っ張っている手・・・イエスが信じなさいと招かれる。
テイクアウトQuestions
1)イエスの復活を信じてますか?どうして信じることができましたか?どうして信じることができないのですか?
2)トマスはどうしてこんなことを言ったのだと思いますか?
3)「信じない者にならないで、信じる者になりなさい」とのイエスのメッセージは私たちにどのような意味を持っているでしょうか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マルコによる福音書第15章16節〜41節
十字架は飾りではなく、アクセサリーではなく、私たちの生き方。
ただ、十字架を掲げるだけではなく、十字架を生きる。
1)イエスよ、どこまで人は罪深いのですか?
①王なる方を徹底的に侮辱するまで。
「王様万歳」「つばをかける」「十字架から降りてこい」
②自分の罪を自覚できないほどに
マルコ15:10ピラトは妬みのためであるとわかっていた
自分はわからない、でも、他人から見たら、妬み。
③私はここまでひどくないと思うまで。
私たちはこの箇所を読んで、ここまでひどくないと思う。
メル・ギブソンの「パッション」の撮影エピソード。
この人々の姿は私たちの姿。
2)イエスよ、どこまであなたは人を愛するのですか?
①徹底的な侮辱を耐えられるまで。
1)-①の侮辱をイエスは耐えられた。
「救い主ならそこから降りてみろ」
・・・イエスは降りることができた
・・・でも降りなかった。私たちの救いのため。
②父なる神に捨てられるまで。
「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」
イエスは罪を負って罪の塊になって捨てられた。
③神殿の幕が二つに裂けるまで
聖なる神と罪をもつ人との間を隔てる幕
神が「これはもう必要ない」と真っ二つに裂かれた
<テイクアウトQuestions>
1)人はどこまで罪深いでしょうか?あなたはどこまで罪深いのでしょうか?
2)イエスはどこまであなたを愛していると思いますか?
3)あなたはこのイエスの愛に、どのように応えるでしょうか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: マタイによる福音書第19章1節〜12節
マタイ19:1–12
「夫婦についてのイエスの教え」
パリサイ派の生き方・・・線を引く
どこまで許されるのか?
→離婚は許されるのか?どんな理由ならOKか?
イエスの教え・・・中心を示す
「夫婦は一体である」
「神が合わせられたものである」
創世記2章の夫婦の始まり。
第1コリント6:16の「遊女につく者はそれと一体になる」
→夫婦は霊的に、魂のレベルで一つになっている。
「私と相手は違う」というところからの出発。
結婚の誓い・・・どうして必要か?自然とできるわけではないから。
「私とあなたとは違う二人の人なんだけれども、神によって一体とされたのだ」ということころから出発する。
エペソ5:33
Emerson Eggerichesの”Love and Respect”
夫が受けるのが必要なのは尊敬であり、妻が受けるのが必要なのは愛である。
自分から始める。愛するためのエネルギーは神からくる。
神はひとり子を与えるほどに私たちを愛してくださった。
愛された喜びをもって愛する。
<テイクアウトQuestions>
1. あなたは線を引く生き方で満足していることはないでしょうか?例えばどんなことがあるでしょうか?
2. 夫婦の間での互いの違いを認めることと、夫婦として一体だということはどのように両立するでしょうか?
3. あなたが夫を妻を(または一般的に隣人を)愛するために具体的にすべきことは何だと思いますか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所: ピリピ人への手紙2章1節から11節
ピリピ2:1–11
「共に歩む喜び」
7年前に思わされたこと。
支援する人々を支援する
長く覚え続ける
宮古の教会の歩み
教会存続の危機の中での震災
教会堂は被害を免れた。
「救援物資あります」「携帯の充電できます」の貼り紙
→誰も来ない。
避難所に出て行く。耳を傾けて行く。仕えていく。
→信頼を築いて行く。
高く掲げられる十字架
・・・しかし、私たちはそのように生きているだろうか?
イエスは私たちのために低くなられた。
・・・私たちと共に歩むために。
・・・その低くなられたことの極致が十字架。
→そこに私たちも招かれている。
テイクアウトQuestions
東日本大震災で被害にあった方々、痛みの中にいる方々のために、私たちは何ができるでしょうか?
あなたは十字架を見るときにどんなことを感じますか?イエスの十字架はどんな意味があるでしょうか?
あなたの隣人は誰ですか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所:マタイによる福音書18章21節〜36節
18 章のテーマ・・・教会はどんなところか。
1-14・・・一人一人が神の宝として受け入れられているところ。
15-20・・・罪と悔い改め
21−35・・・赦し合い
罪が軽んじられるのではない。悔い改めに招かれている。
そして、どこまでも赦し合う。
説教: 錦織学牧師
聖書箇所:マタイによる福音書18章15節〜20節
18 章のテーマ・・・教会はどんなところか。
1-14・・・一人一人が神の宝として受け入れられているところ。
何が教会のしるしか?・・・マタイの2箇所の「教会」から。
①信仰告白(16:13-19)
②罪と悔い改め(18:15-20)
1)罪を罪として忠告すること
罪が軽く扱われてはならない。
噂話にしてはならない。皆の前で避難するもの違う。
まず一対一で→2−3人で→教会に訴える。
2)悔い改めに導くこと
一対一で語る時にも悔い改めが期待されて入る・・・兄弟を得る。
2−3人で語る時にも、教会に訴える時にも、悔い改めへの招き。
教会がその人を「異邦人や取税人のように扱う」時も、
悔い改めへの招き。・・・マタイ自身が「取税人」出身。
3)祈りによって支える
罪の忠告と悔い改めへの招きは祈りによってなされなければならない。
心を合わせて祈る祈り。
そこにある主の臨在
マタイ全体を通して貫くメッセージ。1:23→18:20→28:20
テイクアウトQuestions
1)自分の罪を示されたことがありますか?その時は、どんなことを思いましたか。どんなことを罪として感じたでしょうか?
2)誰かが罪を犯しているのを見た時に、あなたはどうするでしょうか?聖書が勧めていることを実行するのが難しいなと思うことはありますか?
3)先週のメッセージにあった「一人一人が神の宝として受け入れられているところ」ということと、今日のメッセージはどのようにつながるでしょうか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所:マタイによる福音書18章1節〜14節
18 章のテーマ・・・教会はどんなところか。
あなたは誰?「私は~である」という文章を20書く。何が出てくる?
「私は神の宝物」「この人も神の宝物」というアイデンティティー。
テイクアウトQuestions
「私は~である」というものを20個考えてみてください。その中で一番大切なのは何でしょうか?
周りの人と自分を比べることはありますか?そんな時どんな気持ちになりますか?それに対して神様はどのように言ってくださいますか?
教会が功利主義になったり、成果主義になったりすることの危険はなんでしょうか?教会で一番大切にされるべきことはなんですか?
説教: 錦織学牧師
聖書箇所:マタイによる福音書17章22節〜27節
テイクアウトQuestions
説教者 : 清水まお神学生
聖書箇所 : 第一ヨハネ5章1節〜5節
今年のみ言葉
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜ったことか、よく考えて見なさい。」第一ヨハネ3:1
極みの愛によって、私たちは愛されている。
1) イエスがキリスト
• キリストとは「油注がれた者」という意
• 神によって生まれた者
• イエス様が大切にしているものを大切にする
• 神様の命令(伝えたいこと)は重荷にならない
2) イエスを神の御子と信じる者
• この世とは?
• 信仰 vs この世
• この世に打ち勝つ方法は一つだけ!
テイクアウトQuestions
1)イエス様からの命令はいくつあったでしょうか?また、その命令とは何でしょうか?
2)この世に住みながら、この世とどのように戦えばいいのでしょうか?
3)今、重荷と感じている事はありますか?それは何ですか?どうすれば、下ろせますか?
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : ヨハネによる福音書13章1節〜17節
今年のみ言葉
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。」第一ヨハネ3:1
どれくらいの愛か・・・極みまで弟子たちを愛されたイエス
☆テイクアウトQuestion
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書18章21節〜35節
今年のみ言葉
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。」第一ヨハネ3:1
私たちがこれほど愛されている→「赦しなさい」
実はこの言葉は第一ヨハネのテーマの1つ。第一ヨハネ4章19-21節
ストーリー
1万タラントの借金「もう少し待ってください。必ず返しますから。」
でも、主人はわかっていた、返せない。だから赦してやった。
そしたら向こうから100デナリ貸している奴が来た。
同じことを言うこの人。「ちょと待ってくれ、必ず返すから」。でも、彼はそれを赦さなかった。主人は怒って、彼を牢屋に入れてしまう。
100デナリ・・・100日分の稼ぎ。簡単に赦せない。
「お互い様」のことではない、「絶対に向こうが悪い」ということ。
100デナリ・・・先ほどは大したことはないと言った。でも、これはあくまでも1万タラント赦されたのだという前提があるから。
ここの部分だけ見ていると、簡単には赦せない。
1)自分が赦されたことを忘れている。
2)あれはあれ、これはこれ、と切り離して考えている。
3)1万タラントの意味がわかっていない。
→神を愛しているといいながら、兄弟を愛せない人は偽り者。
赦さないならば、苦しむのは自分・・・拷問役人
説教者 : 栗栖信之牧師
聖書箇所 : 申命記4章15〜24節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : ルカによる福音書19章1節〜10節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : ヨハネ第一の手紙3章1節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書6章33節
「さぁ!ベツレヘムへ!」
説教者:錦織学
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書1章18節〜25節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : イザヤ書9章1〜7節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : イザヤ書40章1〜11節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : 詩篇46篇
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : 詩篇23篇
詩篇23篇は多くの人々に愛されている詩。
「羊飼い」といえばどんな場面を想像する?
緑の牧場、憩いのみぎわ、どのような場面?
この詩の背景は乾燥地帯。
ダビデの詩・・・ベツレヘム、エルサレム周辺。⇔ガリラヤ湖周辺。
死の陰の谷を行くときも
1)困難なときにも
2)本当に肉体の死の瞬間にも
・・・恐れない。なぜ?・・・主が共におられるから。
生きているときにも神と共にある平安
死に直面して、更に近く神とともにある平安
2013年11月の後藤兄の証しの2つの御言葉。
伝道の書3:1-11・・・すべてのことには時がある。
第一ペテロ4:12-14・・・試練にも驚き怪しむな。
敵の前で・・・祝宴が持たれる、油が注がれる、杯が溢れる。
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書17章9〜21節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書17章1〜8節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書16章21〜28節
講演者 : 長谷川 与志充 牧師
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書16章1〜20節
序)
建物の中で、外観よりも、玄関よりも、内装よりも土台が大切。
あなたの人生の土台は何か?教会の土台は何か?
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書15章29節〜39節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書15章21節〜28節
説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書15章1〜20節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書14章22〜36節
奇跡・・・「こんなことあったわけがない!」「あったんだ!」を議論することよりも、奇跡に込められたメッセージを聞くこと。
・聖書箇所 : マタイによる福音書14章13節〜21節
・説教者 : 錦織学 牧師
・説教者 : 錦織学 牧師
・聖書箇所 : マタイによる福音書14章1節〜12節
9月2日 開会礼拝
9月2日 バイブルアワー① 「神の国の価値観で生きる」
聖書箇所 : ルカの福音書15章8〜10節
9月3日 聖日礼拝 「キリストの十字架を誇る」
聖書箇所 : ガラテヤ人への手紙6章14節
9月3日 バイブルアワー② 「私があなたに何をしたか、わかりますか」
聖書箇所 : ヨハネの福音書13章1〜15節
9月4日 バイブルアワー③ 「神の視点で共同体を見る」
聖書箇所 :マルコの福音書10章42〜45節
9月4日 閉会礼拝
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : 歴代誌下20章1節~30節
教会と音楽はずっと一緒だった。
旧約聖書の時代から、いろんな楽器や歌で賛美をしていた。
今日の聖書箇所:戦いの場面での賛美。
内側にあふれてくるもの→賛美・・・これが大切。 でも・・・溢れてくるまで賛美はできないのか、すべきでないのか?
ユダヤの国の国難・・・モアブ・アンモン・エドムの民が攻めてくる。
自分の力の無さを痛感する。太刀打ちできない!それを認める王。
→神に祈る。神に目を向ける。
→預言者の言葉。神が戦われる!
状況は変わらない中での賛美・・・そこに奇跡が起こる。
使徒行伝16章25-34節
パウロとシラス・・・濡れ衣を着せられた中での賛美。
囚人たちは聞き入っていた。
地震で牢の戸が開いてしまっても、誰も逃げようとしない。
獄吏が「わたしは救われるために何をすれば・・・」
賛美は自分を支え、周りの人々に影響を与えていく。
納得行かなくても、賛美をする時に開かれる恵み。
どんな状況の中でも賛美しよう。
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章53節~58節
ビデオは最初の11分が子供のためのメッセージ、その後に礼拝説教が続きます。
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : ローマ人への手紙12章3節~21節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章51節~52節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章47節~50節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章44節~46節
説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章31節~35節