夏休みを終え、ニューヨークの画廊も展覧会が始まりました。
デッザン用の木炭を使って、林檎を描きました。


丸くなれなれ〜と、指でこすったりして、始めての人も上手に描けましたね。
林檎の色、林檎の影、ピカっと白くぬいたら光も描けました。


右脳トレーニングは、自分のイニシャルの形を使って、建物にしたり生き物にしたり、
子供達に負けない想像力は若さの秘訣です。


ランチタイムで林檎と一緒にサンドイッチや手作りケーキ、夏休みのエピソードを語り合いました。

クロッキー教室の後は、錦織牧師のバイブルショートメッセージ。

私はいつも飛行機では眠れなくて、ストレスを感じます。
映画をいくつも見て、「ああ、まだ何時間もある」とげっそりします。
ですから、先週3泊5日で日本に行く時にも「大丈夫かなあ」と思っていました。
行きはやはり眠れなくて、映画を5本くらい見たのですが、
帰りはとてもよく眠れしました。
それは一つには空いていて、3つの席を一人で使えたからというのもあるのですが、
それ以上に、「映画の機械が壊れていて、何も見えなかったから」だったんですね。
実は「眠れないから映画を見なければいけなかった」のではなく、「映画を見てたから眠れなかった」のかもしれません。
私たち、当たり前のように与えられているものが取り去られた時に初めてわかるものもあります。
聖書の中にこのような言葉があります。
「なんと幸いなことでしょう。その力があなたにあり、心の中にシオンへの大路のある人は。彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉の湧く所とします。」(詩篇84篇5~6節)
人生の荒野を通る時に、私たちは「どうしてこんなことが・・・」と思うものです。
でも、神様は、そんな時にも、そこを泉の湧くところとしてくださることができるのです。
涙の谷を通り過ぎたらば、明るい未来が待っている、というのでもありません。
涙の谷のただ中を、泉湧くところとすることがおできになるのです。