私が2~3歳の頃に両親が救われ、家族で教会に通い始めました。教会には同じ年代の子どもたちが大勢いました。当時の記憶は沢山はありませんが、ひとつはっきりと覚えていることがあります。教会学校で先生がイエス様のお話をして下さった後、質問をしました。「イエス様のことが大好きなおともだちー?」次の瞬間、周りの子どもたちが皆「はーい!」と元気よく手を挙げたのです。私はびっくりして戸惑いました。…聖書からイエス様の話をきいて、聖書もイエス様も本当だとは思う。イエス様は神様の子であり、よいお方で、すごいお方だとも思う。でも…“大好き”? 私はその時、自分がイエス様のことを毎週学んでもイエス様に「大好き」という感情を持っていないことに初めて気づかされました。急にまわりのお友達がまぶしく見えました。どうしたら、他のお友達のように「イエス様を大好き」になれるのだろう、イエス様を信じているなら大好きになるはずだし、なるべきなんだ。ならなくては…。でも、聖書のお話をいくら聞いても読んでも、心に残る箇所といえば、弟を殺してしまうカインとか、妬みと恐れに駆られるサウル、神の箱を触ってしまうウザ、群衆の声に押されてイエス様を十字架につけるピラト、そしてイエス様を裏切ったことを後悔して絶望するユダなど…。子どもながらに彼らの物語はとても残念で切なく、彼らが今頃は暗い黄泉で「泣いて歯ぎしり」しているのかなと想像し恐ろしく思いました。一方でダビデやマリヤなどは幸運な人だなと思いました。教会学校の先生方の意図に反して、自分もダビデやマリヤのように神様に愛される神の家族になれるとは思えず、将来には泣いて歯ぎしりしているような予感がしてなりませんでした。

小学校に上がると、夏のキャンプなどをきっかけに同年代の子どもたちは次々に神様との関係を深めているようでした。さっきまで一緒にふざけていたお友達が、夜のキャンプファイヤーで聖書のメッセージをきいた後に涙を流して悔い改め、イエス様の十字架を喜んで「もっとお祈りしたい」「まだまだ賛美したい」と先生にせがんでいる姿にショックを受けました。…私もこんな風に神様に出会わなければならないんだ。でもどうしたら神様と「出会える」のか分かりませんでした。お友達のほとんどは小学生のうちに受洗し、私も先生に受洗を勧められましたが、受ける気持ちになれません。…先生は私をクリスチャンとして見てくれている。でも神様の目から見て、私はどうなのだろう。私は神様を信じているのか、愛せているのか、そう神様は認めて下さっているのか自信がありませんでした。学年が上がるにつれて自分の罪がたくさん見えるようになり恐ろしさやふがいなさでいっぱいになる一方で、さらにその罪深さにいくらでも開き直れてしまう心、私のための十字架や復活という言葉も心を素通りするような、神様を畏れられない自分の心をどうしたらよいか分からず、先生にも説明できませんでした。

こうして「洗礼準備クラス」を3~4年程も受け続けたある日、ヨハネ20章のイエス様とトマスのやりとりの箇所が目に留まりました。…トマスもイエス様に呼ばれ弟子として共に長く過ごしていたのにイエス様が分からなかったのかな。ヨハネのようにイエス様に寄りかかったり、ペテロのように積極的にイエス様に近づこうと水の上を歩こうと思いつかなかった。12人の最前列ではなく他の弟子達の背中越しにイエス様を見ることが多い人だったかもしれない。でも、復活のイエス様に出会い損ねた時、やっぱり人越しではなく自分でイエス様と出会うことの必要や勇気、出会いたいと願う気持ちが爆発したのではないか。トマスがそうでなくても私はそうだと気づきました。私も他の誰かの背中ではなく、イエス様の前に行き、イエス様と向き合わなければならない、イエス様が私に与えて下さった信仰で、イエス様が私に与えて下さった道を歩み始めなければならないと思いました。そうして中学2年の時に洗礼を受けました。

その後も、時に同年代の教会の友人達の姿がまぶしく見えることはたびたびあり、聖書の約束が自分だけうまく実を結ばないと焦っては努力したり失敗したり、委ねてみたりあがいてみたり…を繰り返すような不信仰生活でしたが、やがて成人し、今や宣教師や牧師などそれぞれの場所で神様に仕えるようになった友人達と共に子ども時代を過ごせたことは神様からの大きな祝福だったと思えるようになりました。また、私を造られた神様は、私が本当は何が好きで心地良いかを知っておられ、実際にその道へと導いてくださっていることを実感し始めました。一度きりの人生、クリスチャンたるもの一生独身で宣教の働きに、などと若い決心で意気込んでも、いざ岐路に立たされるとその道を捨てて結婚を選んだ時は神様にうしろめたい思いがありましたが、結婚式の次の日に新居から外に出たときに、目の前に見える比叡山にくっきりとした半円の虹がかかっているのを見て、ふと、神様がこの道も許されておられること、この道を確かに用意され、共にいてくださると感じました。次の日曜に初めて主人の教会の礼拝に一人で出席する時も、前の教会との宗派や雰囲気の違いに戸惑いもあり不安な気持ちで向かっていましたが、行きの電車の窓から琵琶湖にかかる鮮やかな虹を通して、神様はもう一度私を励まして下さいました。

数年後、不思議な導きでアメリカに滞在することになり、そこでの3年間で神様は私のひそかな願い、神様の益になるものではなさそうなので祈りもしなかったような願いをことごとくかなえて下さいました。学生時代から憧れていたNJ日本語キリスト教会に通うこともそのうちの一つで、兄姉とのお交わりや学びもただただ楽しく、私は次第にこの神様のお計らいに何か意味や意図を見出さなくてはならないのではと思うようになりました。ただ感謝していて大丈夫だろうか、この滞在期間中にどんなことを学んで成長すべきなんだろう、などと楽しさと焦りが入り混じる日々が続きました。そんな帰国の迫るイースターの礼拝で、錦織先生がイエス様とトマスの描かれた絵を見せて下さいました。トマスを見ると自分に重ね合わせるクセのある私は、その絵の中でトマスがイエス様の十字架の傷にずっぷりと指を差し込んでいるのを見て、私の姿だと思いました。

信じないものにならないで、信じるものになりなさい、と今まで導いて下さった神様は、さらに、恐ろしくも十字架の事実を聞くだけでなく十字架の刺し傷までさわらないと分からないような私に、心ゆくまでと向き合って下さっているんだ。ことばによって信じられないのならわざによって信じなさいと、私の不信仰や愛のなさ、鈍感さと傲慢さをご存じの神様は、私の成長を上からご覧になっていたのではなく身をかがめてでも私がさわれるように付き合って下さっていたのだと感じました。自分の出来のなさを受け入れていないのは自分だけで、神様はあらゆる方法で私を「信じる者」の人生へと導いて下さり、そのための必要を満たし、愛を私に分からせようとして下さっているのだと思いました。トマスがあの時告白したようにイエス様は「私の主、私の神」なのだと分かりました。

アメリカ滞在中の3年間、特に教会の兄姉のご親切や交わりを通して神様が下さった大きな恵みを、どれだけ今後の人生でお返しできるのか自信がありませんが、神様の一方的な愛をたくさん経験することができて、ただただ感謝です。感謝しつつ、きっとまた時々行きつ戻りつしながらも…、神様が用意して下さる道を神様と共にこれからも歩んでいたいと思います。