私は両親共にクリスチャンの家庭に生まれました。というと小さい頃から教会の子供として育って来たのだろうと思われるかもしれませんが、実は家族揃って教会に行くというクリスチャンホームではありませんでした。父はクリスチャンスクールの校長を長くしておりましたので、学校と教会はほとんど一体で学校では生徒さんたちにお話もすることも多く、家ではよく聖書を広げていました。母は日曜日も祖母や子供達のクラブ活動などのお世話で、ほとんど教会には行きませんでした。兄は野球少年で日曜は不在、私は小学生の時は父と教会に行くこともありましたが、中高生になるとクラブ活動でほとんど教会には行かなくなりました。
大学生の時に韓国研修旅行で現地の礼拝に参加する機会がありました。その時に韓国の学生さんに両親がクリスチャンだと話すと、なぜ教会に行かないの?是非行ってみてと言われました。
いままで誰かに教会に行ったらと勧められた事がなかったので、その時の言葉が強く心に残り、また教会に通うようになりました。それでも自分は小さい頃からお祈りもしてきたし神様が守ってくれているという勝手な自信があり、洗礼を受けようと思った事はありませんでした。
社会人になり将来結婚して新しく家庭を持つことを意識するようになったとき、私は、両親の信仰により今まで守られていただけで、自分で都合の良い神様を作り上げ、本当の神様と直接つながっていなかったことに初めて気がつきました。
『私はぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており私もその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。』(ヨハネ15章5節)誰しも一人一人が自分の信仰で神様とつながっていなければならない。結婚を意識した相手がクリスチャンでなかったこともあり(今の夫ですが)、私は自分の中にしっかりとクリスチャンの柱を立てて生きて行きたいと願い横浜の蒔田教会で洗礼を受けました。
結婚と同時(1995年)に駐在で上海に行きました。当時の中国ではキリスト教の集まりを宣伝することができず、どこに行ったら日本人のクリスチャンの方に出会えるのかも全くわかりませんでした。しかし本当に神様の導きとしか思えないように、すぐに家庭集会に出会うことができ、その後小さな礼拝に参加することができるようになりました。そこでは香港の日本語教会から送られてくる説教テープを流しながら礼拝を持ちました。中心になってくださっていたのはある銀行の駐在員の方でしたが、のちに牧師となられました。
日本に帰国後は、子供達が教会の幼稚園に通うようになると教会学校に通い始め、子供達はたくさんの聖句を覚え、私も励まされました。
『いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、どんな事にも感謝しなさい。これこそ、キリストイエスにおいて、神様があなたに望んでおられることです。』(テサロニケの信徒への手紙一 16-18)日々の生活の中で、また困難やトラブルの中にある時、弱い私には実行するにはとても難しいのですが、私が常に忘れてはいけないと思っている神様からのメッセージのひとつです。

私たちの家族(実家)に変化があったのは、父が9年前に亡くなった時です。ガンと宣告されてから2ヶ月、本当に短い時間で父は天に召されました。父の葬儀での教会員の方々の励ましや勤めていた学校での追悼礼拝などによって、家庭では見えなかった父のクリスチャンとしての歩みを垣間見ることができました。また、家庭ではいつもおだやかで優しく、よく勉強しよく働き、時にユニークで、でも反抗できないような毅然とした態度の父でしたがそれは教会や学校でも同じでした。そして天国で父が神様に『よくやったね』と喜ばれて迎えられているであろうことを心から感じました。
それから母は教会に行くようになり、教会を中心に皆さんに支えられて今は一人暮らしをしています。そして兄は父の死から1年後家族で洗礼を受けました。私は子供達がお世話になり通っていた大森めぐみ教会に転会しました。天国で父はとてもびっくりしているのではないでしょうか。それとも父は祈りが叶えられ、こうなることをちゃんと知っていたのかもしれません。
今思えば、父と神様のことを話たり、もっと色々と教えて欲しかったと悔やまれます。でも父はただ、私たちが自らの意志で聖書を読み、教会に足をむけ、聖霊の呼びかけに気がつくことを待っていてくれたのだと思います。
そしてこの度、孫娘の佳帆が洗礼を受けたことを誰よりも天国で喜んでくれていることと思います。

このニュージャージー日本語教会に来て、本当にたくさんのことを学びました。
礼拝で先生が語ってくださること、グループや様々な学びを通して、そして教会の活動を通しての教会の意味、大切さに改めて気付かされました。
『教会はキリストの体、一人一人はその器官である。』(コリント信徒への手紙一 12章27節)
それぞれが神様からいただいた賜物を用いて教会に仕える。人と比べて得意なものなど何もないと思っていた私ですが、こちらの教会での賛美の歌の奉仕、子供達のキャンプのお手伝いを通して、私にも教会で役に立てることがあるのではないかと思えるようになりました。そして自分が与えられている賜物をつまらないものであると思うのは神様に対してもとても失礼なことであることを知りました。
7月に4年の滞在を終え帰国することが決まりました。
日本の教会は転会後間もなく渡米してしまい、牧師先生も変わってしまいました。
懐かしいけれど新しい教会にいくような、そして私自身も変えられた今では、どんな教会生活になるのか期待と不安があります。新しくクリスチャンとなった娘と、まだクリスチャンではない夫と息子と共に、神様に期待してキリストにしっかりつながり、私を導いてくださるほうに歩いて行きたいと思います。

月報2015年5~6月号より