「石賀睦美先生の思い出」

ニュージャージー日本語キリスト教会に導かれて、4年目に、正木先生の後任として来てくださった石賀先生ご夫妻にお会いした時、とても親しみを覚えました。というのも、私達夫婦と年齢も同じ、特に、お二人が兵庫県の能勢から来られたことに、私の子供時代を思い出したからでした。私の父は兵庫県能勢村出身で、姓も、結婚前は能勢だったこと、子供のころ、ちかくの猪名川で遊んだ思い出などがあったからです。
石賀先生ご夫妻はNJの教会では2年間の御奉仕でしたが、御言葉の学び、祈り会など、本当に充実した楽しい2年間でした。礼拝前の睦美先生からの信仰の基礎の学びでは、信仰を持ってまだ短かった私には、本当に必要な学びでした。礼拝後、牧師館にお邪魔しては、食事まで頂いて、さぞ睦美先生も忙しかったと思います。
2年間はあっという間に過ぎて、私達ももっといて頂きたい、との願いもありましたが、帰国されることになりました。私達も日本に帰国の都度、先生が新しく始められた教会での礼拝に参加し、ご一緒に温泉に連れて行って頂いたり、先に帰国された信仰の友たちとの再会も楽しみの一つでした。
2012年の夏に、突然の睦美先生の入院、それも肺がんの末期だと聞き、本当に驚きました。教会の祈祷会でも皆さんにお願いして、祈って頂きました。そして素晴らしい癒しの奇跡を見せて頂き、どんなにうれしかったことでしょう。主の御業をあがめて、ただ感謝でした。癒されて、輝いて、ただただ主の御業を御証して日本の各地、またアメリカにも来られて元気に飛び回っておられるお姿に、これからも長く、生涯、主のために用いられる、と信じていました。
昨年の11月に4年ぶりに日本に帰り、どうしても先生ご夫妻にお会いしたく、ご自宅での礼拝に参加しました。睦美先生がお元気にメッセージされているのに、本当に主の御業を崇めて感謝しました。お元気で、輝いて、若返られたように見えました。そして、それから何ヶ月もたたないのに、再び入院、そして間もなく召された、との知らせにはただ信じ難く、何故?あの癒しは何だったの?と呆然としてしまいました。でも私達は知っています。主がなさることは最善だということを。睦美先生は命をのばされた1年余りを全力で、主の素晴らしさを伝える為に走りぬかれて、主から、「よくやった、忠実な僕よ。」と、栄光の冠を受けて、イエス様にお会いした喜びいっぱいの笑顔が目の前に浮かびます。イエス様が本当に大好きで、イエス様に喜ばれることだけを考えておられた睦美先生は、御言葉を身をもって実践された、と本当に感慨深く思わされます。
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。これがキリスト・イエスにあって、神があなたがたにのぞんでおられることです。」(I テサロニケ5:16~18) この御言葉をそのまま実践された睦美先生の信仰と、生き様を見せて頂きました。主に心から感謝します。病の苦しみの中でも、ただ主に信頼し、感謝と喜びで一杯だった睦美先生の言葉は、召される時も「感謝、ハレルヤ」だった、と伺いました。
私達には天国での再会の希望があります。一足先に御国に行かれた睦美先生、多くの人達に励ましを与え、また、主に信頼し切る信仰を見せてくださったことを心から感謝します。
(4月25日に主の下に召されました石賀睦美先生の思い出を、元当教会のメンバーで、今はホノルルキリスト教会で信仰を守られておられます加藤慶子姉に書いて頂きました。)

月報2014年7~8月号より

「Joy2 Camp」

「この迷路かんたんだよ!」 巨大迷路の出口から出てきた5歳のぼくは、息を弾ませながら得意そうに叫んでいたのをよく覚えている。2005年の夏、(ぼくは初めてニュージャージー日本語キリスト教会の夏のキャンプに参加した。その年のキャンプのテーマは「カラダだからだ」、人間の体についてだった。キャンプスタッフたちの寸劇やお話から、人間の体がいかに不思議かを学んだ。初参加のぼくには何もかも新しく、教会ジムに所狭しと張り巡らせられた段ボールの巨大迷路はものすごくインパクトがあった。行っても行っても出口が見えない巨大迷路。怖さをこらえながら何とか闇の中を突き進み、出口に近づいて明かりが見えてきた時は達成感でいっぱいになった。一度完走できるとあとはすっかり自信満々、その後ぼくは何回も何回も迷路を制覇した。もう一つ気に入ったのはテーマソングとダンスだ。早いテンポの曲と早い振付についていこうと必死になって踊りまくった。ぼくは、日本語で自分と年の近い子たちとともに神様のことを学べる、今までにないこのキャンプがすっかり好きになって、その年から毎年、ジョイジョイキャンプが待ち遠しい夏の一大イベントとなった。
ぼくは幼いころから教会っ子だった。母親が熱心なクリスチャンであるため、毎週日曜日、生まれた時から教会に行っていた。ぼくの通っていた教会はウェストチェスターの英語の教会だったので、当時日本語しか分からなかったぼくは、何のことを話しているのか、どんなお話なのかさえも分からないまま、ただ教会にいた。礼拝後のコーヒーアワーのおいしいクッキーが唯一の楽しみだったかもしれない。3歳になる3日前、ぼくは家族とともにニュージャージーの今住んでる町に引っ越して来た。教会も同じ町の教会に変わった。この地元の教会もまた英語の教会だったのでよく話が分からずにいたが、物心もついてきて、母親が家でいろいろ日本語で神様、イエス様、教会のことを話してくれるようになった。また小学一年生になって現地校にも行き始め、英語がだんだん分かるようになってくるにつれ、英語でも神様のことについて徐々に理解することができるようになってきた。ちょうど同じ頃、ぼくは日本語教会の存在を知った。キッズクラブやシンガーズ、ジョイジョイイースターやジョイジョイクリスマスなど日本語教会に行く機会も増えた。生まれた時から日本語環境で育ったぼくは、やはり日本語の方が得意で、楽で、楽しい。すぐさま日本語で神様のお話を聞ける日本語教会が気に入った。
ぼくが小学一年生の時のジョイジョイキャンプのテーマは「ジャングルぐるぐる探検隊」、ジャングルに隠された秘宝を探しに行くというお話だった。壁の様々なカラフルな飾りが印象的だった。教会ジムにジャングルのように青々とした木が茂り、動物の姿や手作りの洞窟もあって、まさに本物のジャングルのようだった。その年は特に工作が楽しかった。自分でブーメランを作ったり、作ったものでほかのキャンパー達と競争したりして盛り上がった。来年も絶対来る!そう思っていたが、残念ながら、その翌年と翌々年は、一時帰国などがあり参加できなかった。
その頃のぼくは、表面的にはいい子でも、本当の自分はそうではないことに気づいていて苦しんでいた。それに、いくら「ごめんなさい」と謝って心を入れ替えても、すぐに同じ間違いを繰り返してしまい全然いい子になれない自分に対して、ものすごく落ち込むことがあり、小学1年生にして死んでしまいたい、消えてしまいたいと思ってしまうこともあった。そんな中、ジョイジョイキャンプで教えてもらった「神様がぼくのそのままの存在を『高価で尊い』と思って下さっている」ことがぼくの心を支えてくれていた。英語が分かるようになっていたぼくは、英語の教会の教会学校やVBS(Vacation Bible School)を通して、また3つの日本語教会合同の2泊3日のキャンプジーザスを通して、日本で牧師をしていた祖父のバイブルクラスを通して、神様の愛とイエス様による救いを教えてもらい、ぼくが死ななければいけない代わりにイエス様が十字架で死んでくださったことを知り、イエス様をぼくの救い主として心にお迎えして2008年8月10日に洗礼を受けてクリスチャンになった。
2回目のジョイジョイキャンプ参加から3年後、2009年のキャンプにぼくは久しぶりに参加した。その年のテーマはHard Rock Caf_ならぬ「Heart Rock Caf_」だった。 テーマソングが格好良く、すごく気に入った。その年のもそれまでのも、ジョイジョイキャンプのテーマソングは全て教会オリジナルであるという事実にも初めて気づき、改めて感動した。その年は初めてキャンパーもスタッフも全員男の高学年グループに入ったので、お互いにちょっとじゃれてふざけあったり、ランチの時には誰が一番早く多く食べれるかを競争して急いでお替わりをしに行ったりもした。毎日の男クッキングは、実に楽しかった。また、ランチの後は、高学年キャンパー限定の外グラウンドでのサッカーにも行けるようになって、友達やスタッフと一緒に汗を流し、久しぶりのキャンプは前回、前々回とはまた一味違うとても楽しいキャンプとなった。
翌年はマタイ7章7節 (“Ask and it will be given to you; seek and you will find; knock and the door will be opened to you.” Mathew 7:7) にちなんで「A.S.K.」という題で探偵のテーマで、2011年小6のぼくにとって最後のキャンプは「Joy2 Factory」だった。その頃のぼくは、高学年になり反抗期が始まっていた。口うるさい親のことも嫌ではあったが、ぼくはついつい反抗的な態度をとってしまう自分のことに嫌気がさしていた。学校での勉強も量が増え難しくなり、楽器の練習やスポーツ、日本語学習の時間のやりくりが大変でイライラすることも多くなった。それぞれに関して自分の理想や目標を掲げていたが、遊びやテレビや漫画の誘惑に負けてしまう精神的な弱さと、やりたいことがいっぱいありすぎて疲れてしまう肉体的な弱さにいつも負けてしまい、目標には程遠い自分が悲しかった。そんなふうに360日闘いの日々が続き、夏になって5日間のジョイジョイキャンプに戻ってくると、このままの自分でいいんだ、このままのぼくを神様は愛してくださっているんだという安心や平安が与えられた。落ち込んでうつむいていた自分が、神様の愛に包まれてまた顔を上げて前に進むことができる、どん底から引き戻される強い神様の愛の力、愛の支配を感じる充電の時、ジョイジョイキャンプはいつしかぼくにとってそのような、ただ楽しい時を過ごす以上の存在になっていた。
「神様はいつも、どこでも、いつまでも、そばにいてくださる」「神様がいるから大丈夫だ!」「求め続けることが大事」これがぼくがジョイジョイキャンプで学んだ、ほかのキャンパーたちにも知ってほしいことだ。キャンパーを卒業しスタッフになったが、ぼくはこれからもすべてを満たして下さる神様に心の必要を求め続け、ほかのキャンパーや愛が必要なすべての人に、ぼくがキャンプのスタッフに教えてもらったように、この神様の最強の「愛」のことを知ってもらいたいと思う。

月報2014年7~8月号より