<集会紹介>「早天祈祷会」(2026年4月号)

 夏の間、私たちは月に1回、土曜日の午前6時半から、Fort Leeの川沿いの公園で「野外早天祈祷会」を持ってきました。それについてはこちらの集会紹介をご覧ください。そして、2025年は6月から9月の第一土曜日に「野外早天祈祷会」を持ちましたが、秋からも続けたい、という参加者の声もあり、11月から第1土曜日の午前8時半から教会で早天祈祷会を続けています。

 日本の文化の中で「祈る」ということは個人的なことと考えられています。初詣などで神社やお寺に参拝するときも、祈りは声に出さないで、心の中で祈る方々が多いと思います。しかし、教会では共に集まって祈ることがよくあります。それは、イエスが「まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」(マタイの福音書 18章19~20節)と言われたからです。

教会にとって、祈り会・祈祷会はその働きのための「原動力」とも言われます。何かイベントを考えたり、自分の力や、考えに頼るのではなく、神の導きを求め、神のなさることを期待して、祈って勇気をもって立ち上がります。また祈り会は「霊的なER」とも言われます。個人的な問題で行き詰まってしまったときにも、共に祈るときに、平安が与えられ、問題に取り組んでいく力が与えられます。

 共に聖書を開き、2-3人のグループに分かれて、教会の課題のために祈り、また個人的な課題を分かち合って祈り合います。ほぼ1時間のプログラム。

 そして、祈り終えた後は共に軽い朝食をとって、それぞれの用事に出かけていきます。

 2026年6月から9月は野外での早天祈祷会を持ちます。時間は朝6時半からです。是非お出かけください。夏季の開催場所など詳しくは6月号の月報でお知らせします。

「神の見えざる手」

私は、米国に来て3年目の1993年5月に洗礼を受けました。いとこが30人以上いる大家族の出身で、初穂としてクリスチャンとなった者としては、大好きなイエス様を家族に伝えたいという思いをいつも持っていました。 たまに里帰りをすると、家族を教会に誘い、母は何回か来てくれましたが、説教中に居眠りしてしまう姿を見てはがっかりしていました。 錦織先生が日本に行く際は、『家族を訪問しますよ。』と言って下さっていましたが、母に勧めても、『今回はいい。』と言うのでした。 教会に来られた人や、同僚・友人などにイエス様を伝える機会は多くありましたが、私はまだ一番身近な家族に福音を伝え切れていない、という思いが常にありました。

それから時は流れ、70代半ばになった母に認知症の症状が現れ始めた、と弟から聞くことになりました。 アメリカから電話をすると、会話は極めて普通でしたので、まさかと思いましたが、里帰りし、実際会ってみると、5分間に同じ質問が何度も繰り返されました。 フレンチ・レストランでは、こどものように無邪気な笑顔で、ごはんとみそ汁が欲しいと駄々をこねる有様でした。 私はずっと親から庇護されてきた存在でしたが、今やそれが逆転し、これからは親をサポートしなければならない、そして時間は有限なのだと悟ったのでした。

主の慈しみは決して絶えない。 主の憐れみは決して尽きない。 それは朝ごとに新たになる。(哀歌3:22)

時とともに母の認知症は進行し、家での世話が難しくなり、弟は母を実家近くの施設に入居させました。 COVIDで里帰りが難しい時期には、よく施設にいる母とビデオ通話をしました。 そんな中、私は2023年5月に失業しました。 私は、大きな喪失感の中にいましたが、急に時間が出来たので、その月に母に会いに日本へ行きました。 母は私と息子の来訪を喜んでくれました。 そして、心がとても柔らかく素直になっていました。 私は何かに促されるように、イエス様の十字架と復活や、罪からの救いが必要であることを話し、母の手を握って、『イエス様を信じようね。』と、勧めました。 母は、『とてもいいお話だね、そうするね。』と言い、一緒に罪が赦されたことを感謝するお祈りをしました。 失意の中にいた私に、神様は大きな慰めを与えて下さいました。 米国に戻り、錦織先生に母の信仰告白を報告すると喜んで下さり、どのように次(洗礼)に進めていくかを話をし始めました。

その後再就職し、2024年7月に日本に出張する機会がありました。 奇しくも(いえ神様のご計画で)錦織先生も日本への出張があり、先生の日程の最後と、私の日程の初めが一日だけ重なっていました。 そこで、私たちは一緒に母の施設に行き、信仰を確認出来れば、洗礼を授けようと計画したのです。 これこそ神様が備えてくれた千載一遇のチャンスだと思い、施設訪問の予約を行い、その日を数えて待っていました。 教会の友人は、サタンの邪魔が入らないように、そして高齢者施設でコロナが広まって訪問できなくなるような事態が発生しないようにと祈ってくれていました。

ところが、何と私の出発直前に錦織先生から、『コロナに感染した。申し訳ないが、その後の予定は全て中止せざるを得ない。』と連絡が入ったのです。 『えー。本当? こんな機会は二度と来ないでしょうに。神様、どうしてこのようなことになるのですか!?』 私は高齢の母の洗礼を心待ちにしていたので、大きなショックでした。 母がコロナにかからないようにとは祈っていましたが、錦織先生のコロナの為には祈っていなかったのです! このことを悔いました。

これを聞いた友人は、『錦織先生のご家族や、地元の牧師先生に施設に来てもらえないか相談してみれば?』と言ってくれました。具合が悪い先生に調整をお願いするのは気が引けて、すぐ行動できませんでした。が、2-3日後には考えを改め連絡すると、先生はすぐに動いてくれました。 錦織先生の日本のご家族は教会の修養会に参加され、そこでコロナになってしまった方が多かったようでしたが、感染を免れた兄上の錦織寛牧師が代わりに来て下さることになりました。

寛先生と施設に訪れ、再び母にイエス様の話をしました。 『お母さん、何も心配することはないよ。イエス様が私やお母さんの失敗や罪の為に死んでくれたから。 イエス様を信じれば神様の子どもとして、死んだあとも天国で永遠の命をいただくことができる。』 『このことを信じて 洗礼を受けますか?』との問いに、母ははっきり『はい。』と答えました。 そして、2024年7月25日に母の部屋で洗礼の恵みにあずかりました。 あれほど明確に答えられたことは驚きであり、心から神様に感謝しました。 その時、寛先生は『たとえお母さんが忘れたとしても、神様はお母さんが信じると言われたことを決して忘れませんよ。』と言ってくださり、私の目には高価でたっとい(イザヤ43:4)という聖書の言葉を書いて下さいました。

母はそれからすぐ要介護4となり、車椅子での生活になりました。昨年の6月には、食べられなくなったので、終わりが近いようだと連絡があり、すぐに日本へ飛びました。 施設に着くと、申し合わせていなかったのに、寛先生と奥様が母の部屋にいてお祈りをされていました。 暫くすると弟も到着し、寛先生を弟に紹介する機会となりました。  弟に、母はクリスチャンになったので、葬儀は教会でしたいと言うと、同意してくれました。

残りの日は短いと思っていましたが、神様はその後も半年ほど生かしてくださいました。12月に入ってから昏睡状態となり、弟はその頃から寛先生に連絡を取るようになり、葬儀のことなどを相談していたようです。そして、12/14に苦しむことなく、88才で老衰により召されていきました。

神を愛する人たち、すなわち神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。(ローマ8:28)

私が12月に帰国できなかったので、1月に寛先生が牧会される東京中央教会でメモリアルをしていただくことになりました。 この為に里帰りし、打合せも兼ね、弟と共に東京中央教会に行きました。 弟にとっては教会デビューであり、初めて共に主日礼拝に出席することができました。

1/21のメモリアルでは、弟とその家族、父が他界して以来40年ぶりに会う、従兄弟、従姉妹たち、錦織先生のご両親など、約二十名が参列しました。 讃美歌が流れ、聖書の言葉が読まれる中、私は、母の人生を振り返りながら、どうして葬儀を教会で持つことになったのか、そして今は母が天国で永遠の命を生きていることを証ししました。

葬儀の後、弟は遺骨を父が入っている浅草の寺の墓に入れようと考えていたようです。 ところが、住職に依頼すると、『お経とお参りをしないといけません。戒名も必要。一番安いものは30万円ですが、一番安いものにする人は殆どいないんですよ。』と言われたのです。

それを錦織先生に伝えると、『教会にお墓があるのではないですか?教会員なのだから、聞いてみたら?』とのこと。 『えっ、教会員?』考えもしなかった言葉でした。 教会に行ったこともない母でしたが、寛先生に洗礼を授けていただいたがゆえに、東京中央教会の教会員になっていた母。 お伺いしてみると、教団のお墓があり、入れていただくことが出来るとのこと。 弟は、母の納骨手続きをしていただく中で、教会は拝金主義ではなく、イエス様を伝える為に全てのことを行っていると理解したようでした。

母に洗礼をと計画していたあの時、錦織先生がコロナに感染してしまい、落胆しました。 しかし、神様は私の思いを遥かに超えて働かれていました。 代わりに寛先生を備えて下さり、母の受洗から始まり、日本にいる家族や親族が福音を聴く機会が何回も備えられてきました。

弟夫婦は、教会の合同納骨式にも参加します。 納骨式は4/4(土)でイースターの前日ですから、永遠の天国の希望が高らかに語られることと思います。

弟は、かつては母のように、教会に行くように勧めても、耳が閉じられていた者でした。 しかし、今や彼にとって教会の敷居は高いものではなく、いつでも行くことが出来ます。 いつでも牧師先生に連絡することが出来るのです。 母を救った神様は、ほかの家族をも神様の時に神様の方法で救ってくださるのです。 そのことを今、先取りしてイエス様に感謝します。 アーメン。

信じるなら、神の栄光を見る、とあなたに言ったではありませんか。(ヨハネ11:40)

<牧師室より>2026年2月号「教会を建て上げる」

2026年は皆さんはどんな思いでスタートしましたか?

私はここ数年、毎年のように「健康に気を付けなければいけないな」とか、「からだを動かさないといけないな」と思います。今も、机の前には「燃」という漢字が2枚も貼ってあります。きっと「心燃やされて、脂肪も燃やす」という思いだったのでしょう。今年も、「最近、ほぼ同じテーマだけど、今年もそうだな・・・」と思いつつ、寒さに震えながら、余り動けないまま2月を迎えています。

個人としてはそんな感じですが、私たちの教会は、今年この御言葉をいただいてスタートしました。

「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」

エペソ人への手紙 4章16節

聖書は教会を「キリストのからだ」と語っています。これには何重もの意味があります。

    1. 「からだ」だから、手と足は違う、目と耳は違う、その違いを認める。
    2. 一つの「からだ」だから、それぞれの部分、手と足、目と耳が繋がっている。
    3. 生きている「からだ」だから、そこに血が流れている。喜びも涙も共有する。
    4. 「キリストの」からだとして、一人一人がキリストに従う。
    5. 「キリストの」からだとして、教会全体がキリストの生き方を表していく。

このキリストのからだを建て上げていくことを今年の課題として、歩んでいこうと思います。そして、このための鍵になるものは「愛のうちに」ということでしょう。聖書は他のところでも、「キリストのからだのそれぞれの部分にはいろいろな働きがあるけれども、そのからだに属するすべての人が求めるべきものがある、それが『愛』だ」と語ります。愛があるから互いの違いを認められるし、愛があるから、互いに思いを寄せ合い、喜びも悲しみも共有できる、そして、愛があるから、イエスが生きたように、私たちも生きることができるのですよね。

でも、そもそも、私たちは愛に生きるためには、まず自分自身が愛されないとダメですよね。心が渇いているときに、心がすさんでいるときに、「愛しなさい」と言われても、そんなことできるわけがありません。だから、もっともっと、私たちは神に愛されていることを知っていこうと思います。私たちのために、十字架にかかって、私たちの罪を身代わりに負ってくださったイエスの愛を、その中に表された神の愛をもっともっと知っていこうと思います。そして、神に愛されている喜びの中で、感謝して、キリストのからだである教会を建て上げることができますように!

<牧師室より>2026年3月号「仕えることとは」

 私たちは今、イエスの十字架への道をたどり、その御苦しみに心を向けて過ごすレントの期間を過ごしています。レントの期間、いろいろな過ごし方があると思うのですが、その一つは教会の外の方々への奉仕を考えるということです。

 ちょうど去年の今頃、毎週のように訪問するホームレスの方がおられました。Harrisonの高速道路の下に日本人のホームレスの方がいるから、なんとかヘルプができないか、と教会に連絡があったのがきっかけでした。彼はパスポートもない、自分の名前も経歴も覚えていない、英語でのコミュニケーションは難しい、ということでした。早速、電話をくださった方と訪問して、それから、しばしば時間を見つけては、コーヒーやホットチョコレートをポットに入れて、彼を訪問し、あるときは一緒に座って彼のニーズを聞いて、何ができるかと模索していました。暖かくなって彼の活動範囲が広がるにつれて、訪問しても行き違いになることが続いているうちに、ほかのルートからのヘルプが入って、身元がわかり、彼は日本の家族のもとに帰って行きました。そのヘルプをされた方々は、彼を自分の車に乗せて病院のERに運び、身元探しに奔走されました。それに対して、自分のしてきたことは何だったんだろうかと思います。彼は今はどうしておられることでしょうか。家族のもとで必要なサポートが入り、元気にしておられるといいのですが・・・。

 ちょうど15年前、東日本大震災の被災地支援のために日本に行っていた妻が、北九州でホームレスの方々の支援をされている牧師の講演会に行く機会がありました。講演の後、妻がその牧師に「支援を長くされていると、裏切られることもありますよね・・・」と語りかけたときに、その先生の返事は「そうだな・・・でも、俺もたくさん裏切ってきたからな・・・」というものだったそうです。

 東京の下町で牧師をしていた父の元には、よくお金を無心に来る人々がいました。あるとき、身の上話をじっくり聞いて、「仕事の面接に行くための交通費が必要なんです。必ず返しに来ますから・・・」との言葉に、お金を渡す父の姿を見ながら、「ああ、あのおじさん、仕事が見つかって立ち直ってほしいな」と思っていました。でも、その後にやってきたのは面接の報告をするおじさんではなく、次々とお金を無心に来る人々。どうやら「あそこに行くとお金がもらえる」という話が広がっただけだったようです。その経験から、私はお金を無心しに来る人がいても、「自分もそんなに余裕があるわけじゃないのに、これがお酒やドラッグになるのは嫌だから・・・」とあまり関わらないようにしていました。

 ですから、この北九州の牧師の言葉と、昨年のホームレスの方との関わりの経験は、今も大きなチャレンジとして心に突きつけられています。裏切られたから、もうやめた、じゃない、裏切られても仕え続けることの大切さを思わされます。イエスが十字架にかかったときに、弟子たちは皆イエスを捨てて逃げ去りました。それでも、弟子たちを赦し、弟子たちを諦めなかったイエスに目を向けて、私たちも、たとえ裏切られることがあっても、仕え続ける者とならせていただきたいと思わされています。

「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。」(マタイの福音書 25章40節)

<集会紹介>「The BRAVE」(2026年3月号)

名前の由来

私たちの教会では、教会学校のことを 「The BRAVE」 と呼んでいます。

この名前になったのは、当時の先生たちが、「アメリカで暮らす日本人の子どもたちは、平日は現地校、土曜日は日本語学校に通う子が多い。だから、日曜日まで“学校”という言葉で負担を感じてほしくない」と願ったことがきっかけでした。

そこで先生たちは、「学校」という言葉の代わりに、子どもたちに大切にしてほしい聖書の言葉を五つ選び、その頭文字を合わせて The BRAVE(勇者たち) と名づけました。

      • B=Bible(聖書)
      • R=Rock of Salvation(救いの岩)
      • A=Awesome God(すばらしい神様)
      • V=Victory(勝利)
      • E=Empowerment(神様から力を受ける)

The Brave

2025年10月から、The BRAVE の活動は新しい形になりました。

これまでの「大人が聖書の学びをリードする教会学校」から、「子どもたちが主人公の教会学校」へと大きく変わりました。

この改革には、「神様との関係を積極的に育てていける子どもを育てたい」という先生たちの願いが込められています。

新しい The BRAVE では、幼稚園児から高校生までが一つのグループとして活動します。

The BRAVE を 「子ども礼拝」 と位置づけ、賛美は大人と同じ礼拝で過ごし、その後はジムに移動して子どもたちと先生たちだけで礼拝を守ります。

この時間では、だれもが安心して過ごせて、楽しい場所になるように、みんなで力を合わせて活動を支えています。

5つの目標

The BRAVE に参加する子どもたちは、次の5つを目標にしています。

      1. 神様に愛されていることを知る子
      2. イエス様のように優しく素直な心を持つ子
      3. 祈りや賛美を喜んで行う子
      4. 友だちを大切にし、助け合える子
      5. 聖書の言葉から力を受けて歩む子

この5つは、イエス様の心や生き方を表しています。

子どもたちはこの目標に近づくために、「祈り・献金・聖書の学び」といった教会の活動だけでなく、「シェアタイム」や「お楽しみ会」など、心が満たされる交流の時間も大切にしています。

子どもたちは、The BRAVE の活動を通して、「ここが自分の居場所だ」という思いを育て、信仰者としてのアイデンティティを育てています。

The BRAVE の願い

The BRAVE の教師たちは、「子どもたちが The BRAVE で学んだことを、日々の生活の中で実践できますように」と祈りながら関わっています。

なぜなら、「学び → 実践」の流れこそが、子どもたちが キリストに似た者として成長する大切な機会 だと信じているからです。また、先生たちは、The Braveの子どもたちが「光の子として歩む」ことができるように、日々祈りと願いを込めて彼らと向き合っています。

The BRAVEは、子どもたちと教師たちが、「神の家族」として互いに愛を示し合う場所 です。

私たちは、新しいメンバーをいつでも歓迎します。

そして、The Braveに集う一人一人が心を一つにして、主イエス•キリストの御名をほめたたえて、この世界の光となっていきたいと願っています。

「20年後の今」

私は2006年にNJのある教会で洗礼を受けております。この文章製作により、今年2026年1月にしていただいた会員入会式がちょうど20週年目の年だと気付きましたが、これも証しの一つかもしれません。

はじめて自分の経験を文章にする機会に、いままでの20年間を振り返って考えてみました。イエス様に見つけられ、以前の自分ではなくなった事、その後のさまざまな経験は、最初から導かれ何かにデザインされていたのかな、と思います。その過去の長い間にしてきた、どんなに苦しい時でも心の落ち着きと平安をくださる「祈り」とは、おまじないでも、直ぐに何か状況を変える(事もありますが)ようなものでもありません。物事は偶然かのように、とても自然に長い期間でもの事が動くため説明にも掴みどころもありません。また、その長い期間の中で、それぞれ自分にだけ心当たりのあるインダイレクトに知らされるメッセージやふとした不思議な思い付き、きっかけなどは、とてもパーソナルな事で、自分でも何かよくわかりません。でも、その時点では祈った結果が反対でも、自分の器量に合って結果ふさわしく収まることが多いです。不思議に思えば思うほど、更なる祈りへと連ねられ、あまり苦しまなくてもよい程度の状態へといったん落ち着かされ、そして又、新たな神様にすがらなければならない問題とともに毎日を現在進行して今があります。目に見えない霊的な働きを今でも不思議に思うわたしを、更なる信仰へと導き、祈りと忍耐を持続させるための状況を与え、操り、働かれるのが、神様こその御業なのだな、と、いつも思います。「愛する者に試練を与え」、それは、「耐えられないほどの試練に遭わせることはない」、そして 「思い煩ってはならない」とも聖書で数回教えられていますが、神様への信頼と不安定な自分の信仰との模索の毎日です。そして祈ることから離れていると、気分が淀んでくるのがわかります。今は、主日(日曜日)の礼拝だけは第一に守るように、と訓練中です。以前、毎週日曜日の仕事の予定をことわった後すぐ、その仕事が倍になったことがあります。その逆の経験もありまして、主日(日曜日)を選ばずにした企画がみな大失敗に終わったこともあります。

去年のイースターからJCCNJの礼拝に行き始めて以来、神様が明らかに私を助けてくださいました。教会へ行きはじめたのは、働いている学校や、移動、変わり目などの影響で、実は、その時期は本当に経済的に落ちこんだ時期でした。心配と不安な毎日でしたが、それでも半年ちかく、まわりの方々のたくさんの証し、協力、励ましとともに教会へ行き続けてゆくうち、ある時期に入って突然思ってもみなかった人や、昔の知り合いの家族など、全く予想外の人たちから同時に連絡が来るようになりました。ある知らないクリスチャンの学生からは、「祈っていたら私のところに繋がった」と言われましたが、それには驚きました。自分の祈りも自分で信用できない時もありますが、そのクリスチャンの学生を通して、私の全てについては全く神様に知られていることを再び納得しました。そして、これらの出来事はすべて経済回復につながる結果となり、しかも全く無理を必要としない環境へと導いてくださいました。神様はわたしを試されたあと、明確にその時期の経済状況を変えて下さったのです。

最近の事では、長いあいだ絶対に欠かせなかったサプリメントを飲んでいましたが、気がつくと何故か全く問題がないので購入の必要がなくなりました。とても感謝しています。

再びですが、神様が恵みを与えて下さる前には、試練と新たな信仰ステップの時期が必要ということも今まで以上に学びました。その試練を乗り越えられるまではとても落ち込む事もありますが、今では、「又次のテストが来た」、と、はっきり思えるようになりました。良いことがあって浮かれていると、又、悩みや苦労が訪れます。その厳しい状況の中でもイエス様は、「どうしても必要な事は一つだけ」(ルカ10:42)であり、どんな時にも、まず神様をほめたたえる事が私達の使命だと教えられています。「栄華を極めたソロモン」(マタイ6:29)でさえも、幸せを追求し、いつの時代でも日の下で繰り返される人間の虚しさを語った最後で、「結局のところ・・・神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」(伝道者の書12:13)と、ありますが、私にもその結論しかありません。しかし、イエス様は、「主よ、主よ、という者ばかりが・・・」 御心に叶うわけではない、とも指摘されました。自分の解釈に走り、自分のことだけで精一杯な今現代の生活の中で、神の声に見聞き、従う、御心を行う、というのは実のところどういう事なのかな、とよく思います。

どうか、私の全てを見通されている神様御本人、イエス様の御旨にすこしでも近づくことができますように、Amen。

<集会紹介>「Ash Wednesday集会とGood Friday集会」(2026年2月号)

皆さんの中には、この時期、額に汚れがついている人を見かけて、思わず「あの・・・おでこ汚れてますよ」と声をかけそうになったという方もおられるかもしれません。人によっては、タオルを持ってきたり、拭いてあげたりしたくなる方もおられるでしょうね。これは2月の半ばから3月の初め頃にやってくる「Ash Wednesday」での風景です。イースターの前、日曜日を除いて40日を数えた日で、今年の場合は2月17日がそれに当たります。

この日、どうして額に灰を付けるのでしょうか?そして、なぜこの日は「Ash Wednesday」というのでしょうか?それは、この日から教会は「レント(Lent)」といって、イエスの復活を記念する毎週の日曜日を除いてイースターまでの40日間、イエスの十字架の苦しみに目を留めて歩むからです。そして、その最初の日に、自分が「チリや灰に過ぎない、はかない存在だ」ということを認めて、「罪を悔い改めて、イエスの十字架を信じます」というを信仰を表すために額に灰を付けてもらうのです。

 私たちの教会では、額に灰を付けるということはしていませんが、聖書から「私たちがちり灰に過ぎない存在なのだ」ということについて、また「悔い改め」について学び、このレントの期間、イエスのみ苦しみに目を留めて歩んでいきます。

 そして、イースターの直前の金曜日、Good Fridayはイエスが十字架にかかった日。今年は4月3日です。この日はイエスの十字架に目を留めて、聖書から学びます。

 そして、40日間のレントが明けるイースターの日、共にイエスの復活をお祝いするのです。

 Ash WednesdayとGood Friday、この2回の集会、どなたでも歓迎です。それぞれ教会とオンラインと両方で、午後7時半から9時まで。詳しくはこちらまで。

<牧師室より>2026年1月号「使命に忠実に歩む」

12月の初め、クリスマスを前にして、スヌーピーと仲間たち(Peanuts)のNativity(イエスの誕生の場面を表した置物)をひっぱり出してきた時に、「あれっ、ヨセフがいない!」と大騒ぎになりました。ヨセフというのはイエスの母マリアの夫。婚約者のマリアが処女でイエスを身ごもるという出来事の中で、マリアを妻として迎え、イエスの父として、その子を育てたなかなかの男です。私の頭の中では、マリアとヨセフ、ヨセフとマリア、は一組で、二人でイエスを迎えたと思っていますから、ヨセフも当然いるものだと思っていました。
 
何度探しても、どこを探しても出てこない。「まさか・・・でも、もしや・・・」と思ってウェブで同じものを売っていないかと探してみたら、そのまさかで、最初からセットに入っていなかったのです。

製作者は「マリヤは外せない」とルーシーにそれを任せたけれども、「チャーリー・ブラウンはヨセフじゃないよな、羊飼いだろうな。じゃあ、ヨセフは誰にする?ライナスか?うーん、まあ、いいや、ヨセフは省いていいだろ」と思ったのでしょうか?ヨセフって、その程度に扱われているんだな、と軽い衝撃を受けました。しかし、考えてみるならば、私も毎年、このセットを見ているはずなのに、ヨセフがいなかったことに気付かなかったということは、わたしのヨセフへの思い入れも大したことはない、ということなのでしょう。

しかし、聖書を読むとヨセフの悩みと信仰の姿とそれを支えた神の語りかけが出てきます。

イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」
・・・
ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れた。
(マタイの福音書 1章18-21, 24節)

自分の与り知らないところで、婚約者が身ごもる、という出来事、このヨセフの悩みはどれほど深かっただろうかと思います。「密かに離縁しよう」という決心も熟慮の末の決断だと思います。そして、また何よりも夢の中でのお告げにすぐに従ったところも、決断力と実行力の人だなと思います。しかし、このイエスの誕生の出来事の後、ヨセフが聖書に登場するのは1回だけ。マリアはイエスの生涯に何度も出てきますし、後代の歴史の中では「聖母」と神格化さえされるようになるのです。それに対して、ヨセフは舞台から去り、2000年後の「スヌーピーと仲間たち」のクリスマスの場面からも省かれることになるのです。

でも、この出来事を通して、私も、後代の人に、省かれても、忘れられてもいい、ただヨセフのように与えられた使命に忠実に歩ませていただきたい、と思わされました。

2026年もどうぞ、よろしくお願いします。

錦織学

出会いの中で神の愛は実を結ぶ

JCCNJに来て初めての証となります。どの様にして私が神様、イエス・キリストの救いに導かれたか、初心に帰る気持ちを込めて証ししたいと思います。

私は2004年のクリスマスに洗礼を受けました。
当時アリゾナ州ツーソンの大学に留学しており、神様を通して多くの出会いが与えられました。今振り返ると、そのすべてが神様の導きだったのだと確信しています。

留学先で日本語を勉強しているアメリカ人の友人と出会いました。
彼は長身でたくましく、革ジャンを着たワイルドなタイプで、私が思い浮かべる「ザ・アメリカン」な学生でした。でも彼は信仰によって人生を大きく変えられたクリスチャンでした。最初の私はキリスト教や「宗教」という言葉に苦手意識がありましたが、彼の人柄には惹かれるものがありました。

やがてその友人を通して日本語教会の牧師さんと出会い、教会に足を運ぶようになり、断れず(笑)バイブルスタディーにも参加するようになりました。正直最初は気が進まなかったものの、聖書を読み進めるうちに、創造主なる神の存在と、イエス・キリストの愛を少しずつ感じはじめました。

それでもなかなか信仰告白には至りませんでしたが、アメリカ人の友人、牧師さんは神様の愛について語り、私のために祈り続けてくださいました。

牧師さんがいつも語っていた言葉があります。

「人は行いではなく、信仰によって救われる。」

すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。
ローマ人への手紙 322

自分が何かを良い行いを行ったからではなく、「ただイエス・キリストだけを信じるだけで良い」のだということを教えていただきました。

ある日のバイブルスタディーの後、牧師さんに「神様は耕太郎君のことを心から愛しておられます。イエス・キリストがあなたの罪のために十字架で死んでくださった耕太郎君はその愛を受け入れますか?」と尋ねられました。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
ヨハネの福音書 31617

いつもであれば、「いえ、もう少し考えます」とか、「いや、まだ大丈夫です」とか言っていたはずですが、

そのとき私は、「愛されているなら、それをわざわざそれ拒む理由もない」と感じ、素直に「はい」と答えることができました。それが私の信仰告白、そして信仰によって救われた瞬間でした。

“なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」”
ローマ人への手紙 10章9~11節

その後すぐ、心がスーッと軽くなり、「自分は神様に愛されている」という平安に満たされました。信じるという行為は思っていたよりもずっと単純で、そして深いものでした。その時、神の聖霊の力が働いていたということは後から知ることになりました。

“ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません。”
コリント人への手紙 第一 12章3節

クリスチャンになってからも帰国後に教会から離れた時期や、霊的弱さを感じる時期もありましたが、でもイエス様は私を引き戻してくださりました。イエス様を信じることで、私は少しずつイエス・キリストに似た者へと変えられていることを感じています。

私は「君は愛されるために生まれた」という賛美の歌が好きです。その曲の中にある「永遠の神の愛は、われらの出会いの中で実を結ぶ」という歌詞が今の私の思いをよく表しています。神様の愛を知ることができたのは、すべて神様が用意してくださった出会いがあったからです。

信じたからといってすぐに何かが劇的に変わったわけではありません。けれど「愛されている」という確かな安心感の中で歩むことで、少しずつ私が変えられてきたのだと思います。

あの時、神様の愛を受け入れ、信仰の一歩を踏み出せたことを心から感謝しています。

これからも信仰と愛をもって教会の兄弟姉妹、そして神様共に歩み、神様の愛を伝える出会いの一端を私も担えればと思っています。

<牧師室より>2025年12月「世界で初めのクリスマス」

 12月なりました。ホリデーシーズンに入り、街はクリスマス一色になっています。日本を含めて世界各地で祝われているクリスマス。12月号の月報が届く頃には、ロックフェラーセンターでの大きなクリスマスツリーの前に多くの人々が集まっていると思います。でも、世界で初めのクリスマスはそのような華やかなものではありませんでした。

 今から2000年前、イエスがユダヤのベツレヘムでお生まれになった時、まさに世界がBCとADに分かれるその出来事がおこったその夜、最初にそのニュースを聞いたのは町の外で野宿をしていた羊飼いたちでした。

彼らに天使がこのように告げました。

「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」(ルカの福音書2章10~12節)

 救い主の「しるし」・・・それは「目印」であった以上に「象徴」でした。この救い主はどのような意味での救い主か、それは「飼い葉桶に寝かされているような救い主」なのだというメッセージなのです。

 「飼い葉桶」とは家畜がエサを食べるところです。赤ん坊を寝かせるようなところではありません。イエスの母マリヤとその夫ヨセフは客間に滞在することもできず、生まれたばかりの赤ん坊を飼い葉桶の中に寝かせなければならなかったのです。その飼い葉桶こそが、この救い主がどんな方かを象徴するしるしとなったのです。

 この時期、世の中が華やかになればなるほど、取り残された気持ちになる方がおられるといいます。イエスはそのような方々にこそ届く、救い主として来てくださったのです。そして、私たち一人ひとりの心の中の一番深いところ、一番人に見せられないところに届いてくださる救い主として来てくださったのです。

 今年のクリスマス、そのような本当のクリスマスの意味がひとりでも多くの方々に届きますように。