「私は6歳の時に、神様を信じました。…」

私は6歳の時に、神様を信じました。The BRAVE(教会学校)でイエス様の十字架のお話を聞いて、神様の子供になりたくなりました。その時に母に話しました。
日曜日に教会から家に帰る車の中で、「ママ、咲は罪がある。・・・」
私の心に罪があった時に私の母とお祈りをして、イエス様を救い主と、信じました。
そのとき開いたみ言葉はヨハネの福音書1章12節です。
「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子供とされる特権をおあたえになった。」
イエス様が私の罪の代わりに十字架にかかってくれたので、私はイエス様に、「ごめんなさい。ありがとう。」とお祈りしました。

自分の聖書がほしかったので、日本のグランマーに電話をして、送ってもらいました。聖書の一番前に、「イエス様から目を離さないでいなさい。」(ヘブル12章2節)と、サインといっしょに書いてありました。
洗礼は、ずっと受けたかったのですが、大勢の前では勇気がありませんでした。
でも、今年のCAMP JESUSで洗礼を受けることを決心して、お祈りをしてもらいました。
7月から洗礼の準備の学びをしました。
そして、8月15日に洗礼を受けました。
緊張しましたが、うれしかったです。
教会のみんなからカードをいただいてうれしかったです。

アーメン。

月報2010年9月号より

「私はクリスチャンホームで育ちました。…」

私はクリスチャンホームで育ちました。毎週日曜日に教会に行って、教会学校で神様のお話を聞いていました。だけど、イエス様のことを本当に信じていたかは、わかりませんでした。昨年のひがきゃん(中高生のキャンプ)に参加して、栗栖先生のメッセージを聞いた時、自分の罪とイエス様の十字架の意味を知り、涙が出て、感動しました。その後、「私の罪のために、十字架にかかって、その罪を赦してくださってありがとうございます。」と、お祈りしました。昨年の9月ごろに、洗礼を受けるか、考えていました。今年の5月ごろに、洗礼を受けようと、決心しました。

第一ヨハネ1章9節のみことば、『If we confess our sins, he is faithful and just and will forgive us our sins and purify us from all unrighteousness.』を救いの約束のみことばと信じて、イエス様と一緒に歩んでいこうと思いました。

そして、8月15日に洗礼を受けました。礼拝でたくさんの人がいたので、皆さんの前に出るのと、お祈りの時が緊張しました。でも、お祈りができて、洗礼式の後、たくさんの人が喜んでくれました。教会の皆さんから頂いたカードで、とても励まされて、嬉しかったです。

「洗礼を受けてどう?」と聞かれると、悩んでもやもやしていたのが、すっきりしたような、内側から 喜びがあふれているような気もします。

私のために、たくさんの人がお祈りしてくれていたことも、うれしいです。「天国行きの切符をもらったね。」と、励ましのことばもいただいて、励まされました。これからもお祈りしつづけてください。

月報2010年9月号より