シャガールの自伝(回想録)の中には『私は芸術家ではない。そうだ、一匹の牝牛だ。』とも書かれている。


『花束』は愛情とパリの象徴で、シャガールが幸福を表したい時、常に登場しています。


シャガールの育った環境(ユダヤ)から
自由になりたいという欲求の象徴だと言われます。


皆で空飛ぶ羊を描きましょう〜。

クロッキー教室の後は錦織先生のからの聖書のお話しです。

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シャガールはナチスドイツが支配を広げるヨーロッパの中で、アートを通して、愛を伝えることによって抵抗していった人だということができると思います。
そこで、今日は愛について、聖書が語っている言葉を開いてみましょう。
「愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。 ・・・このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。」 コリント第一の手紙13章4-8, 13節
この言葉はいい言葉だなあと思う反面、「自分には愛がないなあ」と思わされるところでもあります。
たとえば、この「愛」という言葉のところに、自分の名前を入れて、「〇〇は寛容であり、〇〇は情け深い・・・」と読んでいったらどうでしょう。途中で恥ずかしくなって、続けられないのではないかと思います。
そのように私たちが自分に愛がないことに気がついたときこそが、実はチャンスなのです。そこに神様の愛が注がれるのです。自分の愛のなさに気づいたときこそ、私たちのためにイエス・キリストを十字架(これもシャガールの絵によく出てきますね)に与えてくださった神様の愛をいただくことができるのです。そして、その愛によって、私たちも周りの人々に愛を与えていくことができるようになるのです。