<牧師室より>2026年2月号「教会を建て上げる」

2026年は皆さんはどんな思いでスタートしましたか?

私はここ数年、毎年のように「健康に気を付けなければいけないな」とか、「からだを動かさないといけないな」と思います。今も、机の前には「燃」という漢字が2枚も貼ってあります。きっと「心燃やされて、脂肪も燃やす」という思いだったのでしょう。今年も、「最近、ほぼ同じテーマだけど、今年もそうだな・・・」と思いつつ、寒さに震えながら、余り動けないまま2月を迎えています。

個人としてはそんな感じですが、私たちの教会は、今年この御言葉をいただいてスタートしました。

「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」

エペソ人への手紙 4章16節

聖書は教会を「キリストのからだ」と語っています。これには何重もの意味があります。

    1. 「からだ」だから、手と足は違う、目と耳は違う、その違いを認める。
    2. 一つの「からだ」だから、それぞれの部分、手と足、目と耳が繋がっている。
    3. 生きている「からだ」だから、そこに血が流れている。喜びも涙も共有する。
    4. 「キリストの」からだとして、一人一人がキリストに従う。
    5. 「キリストの」からだとして、教会全体がキリストの生き方を表していく。

このキリストのからだを建て上げていくことを今年の課題として、歩んでいこうと思います。そして、このための鍵になるものは「愛のうちに」ということでしょう。聖書は他のところでも、「キリストのからだのそれぞれの部分にはいろいろな働きがあるけれども、そのからだに属するすべての人が求めるべきものがある、それが『愛』だ」と語ります。愛があるから互いの違いを認められるし、愛があるから、互いに思いを寄せ合い、喜びも悲しみも共有できる、そして、愛があるから、イエスが生きたように、私たちも生きることができるのですよね。

でも、そもそも、私たちは愛に生きるためには、まず自分自身が愛されないとダメですよね。心が渇いているときに、心がすさんでいるときに、「愛しなさい」と言われても、そんなことできるわけがありません。だから、もっともっと、私たちは神に愛されていることを知っていこうと思います。私たちのために、十字架にかかって、私たちの罪を身代わりに負ってくださったイエスの愛を、その中に表された神の愛をもっともっと知っていこうと思います。そして、神に愛されている喜びの中で、感謝して、キリストのからだである教会を建て上げることができますように!

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