<牧師室より>2026年8月号「電気がなくても」

今年の7月は嵐が多かったですね。私たちの住んでいる牧師館は2回の停電に見舞われました。

1回目は4日。独立記念日の祝日の夜8時ごろ。土曜日だったので、日曜日の準備も途中だったのですが、ここらでNYの花火のテレビ中継を見ようかな、と思って、テレビをつけたら、バチッと切れて、近所一帯停電。外に出てみると、3軒隣の木が倒れていました。その夜は蒸し暑い夜だったので、たまらず停電していない教会に避難。道の途中あちらこちらに木が倒れていて、何度も迂回しながら、何とか教会に到着。日曜日の準備の続きに取り組んでも、なかなか電気は復旧せず、でも、さすがにそこで寝るのも・・・と夜中の12時を回った頃、準備を終えて、家に帰り休みました。幸い8時間ほどで電気は復旧したのですが、後でわかったのは、その日の嵐はかなりひどくて、同じ町の中でも、木が何本も倒れた通りもありました。

2回目は、21日。火曜日の午後でした。2時45分頃、突然、携帯のアラームが鳴り、「竜巻が発生して、そちらに向かっています」との竜巻警報の知らせです。慌てて地下の部屋にこもっていましたが、何事もなく、30分後に警報は解除され、ほっとしていたところ、3時半頃に、ドドンと大きな雷の落ちる音と共に電気が消えました。ちょうど、取りかかろうとしていた用事にはPCとネット環境が必要。今度も停電していなかった教会に行って、仕事をしていたら、4時間ほどで電気が戻ったという知らせが入り、8時頃には家に戻ることができました。

今回、停電が短い時間で終わって、ほっとしたのですが(14年前のHurricane Sandyのときは1週間停電しました)、それと共に、昔は「停電でもできることがある」「停電だからこそ、できることがある」と思っていたのですが、今回は、今まで以上に電気に頼り、ネット環境に頼る生活をしてしまって、何としてでも電気のあるところに行かなければ、という感覚になっていることに気がつきました。

私が牧師としての歩みを始めた時はまだインターネットは普及していなくて、何でも電話で連絡をして、会って話をして、手紙を自筆で書いて、切手を貼って送っていました。電気は大切なものではありましたが、牧師の働きのためになくてならぬものではなかったです。今、書いているようなニュースレターの原稿も、その頃はまだ手書きが主流だったと思います。Eメールもテキストメッセージも一瞬で相手に届く、遠くにいてもビデオ通話で話ができる、便利な時代になりましたが、その中で、見失っているものもあるのでは、と思わされます。

この8月から私のニュージャージー日本語キリスト教会での新しい3年任期が始まります。この任期の始まりにあたって、改めて、電気やネットの助けを借りながら、それに振り回されない働きを大切にしようと思わされています。具体的には神様との時間を大切にして、聖書を読み、祈ること、そして、人との時間を大切にして、お話しすること、共に祈ることを心がけていこうと思います。

新しい3年間も、皆さん、どうぞよろしくお願いします。

“イエスは答えられた。「第一の戒めはこれです。『聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』第二の戒めはこれです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』これらよりも重要な命令は、ほかにありません。」”(マルコの福音書12章28-31節)

<牧師室より>2026年7月号「イエスが歩まれたように」

 今月はアメリカ建国250年を迎えますね。私も7月6日にこの国にやってきてから34周年を迎えます。大英帝国の支配、特に代表者を送ることができない一方で、戦争に次ぐ戦争の負担故の重税を負わされることに反発して立ち上がり、勝ち取った独立から250年。今やこの国は世界最大の国になって、世界に大きな影響を与えるというか、世界を動かす国になりました。

 日本の教会で育った私にとって、アメリカは、日本に多くの宣教師を送ってくれて、日本のために多くの人が献金をささげ、祈ってくれている国でした。また、プール開きには神主が来てお祓いをする公立小学校を卒業した私は、大統領が就任するときには聖書に手を置いて誓約をする国に驚きと憧れを持っていました。そんな私のナイーブさは社会学部に入った大学生活で思いっきり打ち砕かれるのですが、それでも、今から34年前、アメリカの土を踏んだときには、新しくこの国に移ってきた私たちを、日系人の方々のみならず、多くの人々が歓迎してくれて、生活をサポートしてくれることに、その懐の深さを感じていました。

 大きな空気の変化を感じたのは、9-11の後です。街にはGood Bless Americaが流れ、「一つになろう」といいながら、イスラムの人たちを排斥したり、アフガニスタンへの空爆開始に拍手喝采を挙げる人々に心を痛めていました。また、イラク戦争に反対したフランスに反発して、人々がFrench fryをFreedom fryと呼び始めたのには、私が知っているアメリカはどこに行ってしまったんだろうと思いました(あれは一時的な現象で、今はFrench fryに戻って良かったです・・・)。もしかしたら、脳天気な私が知らなかっただけで、表面的にしか見ていなかった自分が気がつかなかっただけで、元々アメリカはそういう国だったのかもしれません。

 今から2000年前、イエスがこの地上を歩まれたときに、ロバに乗ってエルサレムに入られました。それは、ご自分が、力を誇示して、人々を支配するローマ帝国の指導者たちとは違う存在であり、仕えるしもべとして、人々の心に愛を満たし、平和をもたらす方として、この世界に来られたことを表すためでした。

 アメリカに住む者として、この国に守られ、支えられている者として、建国250年を迎えたこの国が、世界に仕えていく国として、歩んでいくことを祈ります。軍事力や経済力で周りを抑え込んで、平和をもたらしているような勘違いをするのではなく、世界に仕えていく中で、人々に平和を与えていく存在となっていくように祈ります。そして、まず、自分自身、イエスのしもべとして、イエスの愛をいただいた者として、人々に仕えていく、そのような歩みをさせていただきたいと思わされています。

「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者たちは人々に対して横柄にふるまい、偉い人たちは人々の上に権力をふるっています。あなたがたの間では、そうであってはなりません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。」(マタイの福音書20章25~26節)

<牧師室より>2026年6月号「神様の大きな御手の中で」

 4月、5月と6週間半にわたって、サバティカル休暇をいただいて、ゆっくり休み、充電の時を持たせていただきました。その間、南カリフォルニアから元ロサンゼルスホーリネス教会牧師の溝口俊治先生がおいでくださり、6回の主日礼拝のメッセージを始め、多くの働きを担ってくださいました。また2回のNY礼拝はNYのEvery Nation Churchの飯沼一朋先生が取り次いでくださいました。また教会の皆さんが多くの尊いご奉仕をしてくださいました。心から感謝します。

 サバティカル休暇が始まる前に、何を期待するか、書き出していたときに、一番に思いついたのが「自然の中で神と共に過ごす」ということでした。自然の中で、神様が語ってくださることに耳を傾けたいと思ったのです。今年の4−5月は思いのほか寒い日が多かったので、願ったほどに自然の中で過ごすことはできなかったのですが、それでも、日本で訪問した宮城県の先生には桜咲く松島に連れて行っていただいたり、90代の両親と一緒に銚子に行って、犬吠埼灯台に登って遠くカリフォルニアを望み見たり、ノースカロライナの山では熊に遭遇したり、湖の畔で夜空の星を見上げたりしました。その中で思わされたのは、神様のなさることは自分の思いを超えている、ということでした。期待を遙かに超える大きさを感じることもあれば、期待を裏切られることもあり、この自然界のことも、また、神様のことも、想定の中に収めようとしてはいけないのだな、ということでした。

あなたは天の掟を知っているか。地にその法則を立てることができるか。
あなたの声を密雲にまであげ、みなぎる水にあなたをおおわせることができるか。
あなたは稲妻を向こうに行かせ、あなたに向かって「私たちはここです」と言わせることができるか。
(ヨブ記 38章33~35節)

 だんだん気候も良くなってきました。6月は最初の土曜日にはGeorge Washinton Bridgeのたもとでの野外での早朝祈祷会、また21日にはParamusのVan Saun Parkでの野外礼拝がもたれます。「空の鳥を見なさい」「野の花がどうして育つのか、よく考えなさい」(マタイ6章26節、28節)と言われたイエスの言葉に従って、この自然の中に表された神のみ思いに心を向けましょう。どちらも、皆さん、大歓迎です。

<牧師室より>「 2026年4月号とんでもない出来事」

Happy Easter!

春の訪れを告げるイースター、自然界も長かった冬の眠りから覚めて、木々も芽吹いて、花が咲いて、命の力を感じさせる時ですね。

しかし、このイースターは元々自然界の命の復活を祝う日ではなく、もっと大きな歴史上の出来事であるイエスの復活をお祝いするときです。イエスは十字架にかけられ、死んで葬られました。それもただ葬られたというのではなく、洞穴を利用して作られた墓の入り口は大きな石が転がされ、遺体が盗まれないようにと、当時の地中海世界を支配していたローマ帝国の封印がされました。そして、ローマ軍の兵士たちが番兵として墓を見張っていたのです。しかし、それらはイエスの復活の力の前には全く無力でした。イエスはそれらすべてを打ち破ってよみがえられました。死を打ち破り、ローマ帝国の封印にも、番兵の見張りにも勝利されたのです。それは歴史をひっくり返してしまう出来事でした。実際に、それまで人々を恐れて逃げていたイエスの弟子たちも、復活のイエスに出会って、命をかけてイエスのことを伝える者に変えられました。逃げも隠れもしないで、大胆にイエスの復活を証言していったのです。そして、300年という時間をかけて、イエスの教えは人々の間に広がっていき、それに従う人々が社会をひっくり返し、ついにはローマ皇帝自身が「イエスを救い主として信じなさい」と勅令を出すようになったのです。

そして、それは今から2000年前にそんな出来事があったのだ、というだけではありません。今も、そのイエスをよみがえらせた神の力が、私たちのうちに注がれているのです。聖書には以下のような言葉があります。

「神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。この大能の力を神はキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世だけでなく、次に来る世においても、となえられるすべての名の上に置かれました。」

エペソ人への手紙 1章19~21節

私たちが神を信じるときに、2000年前にイエスを復活させた神の力が、今も、私たちのうちに働くのです。この力を経験しませんか?

今年のイースターは4月5日です。教会では午後1時半からイースター礼拝、そして、礼拝の後にはお食事会(愛さん会)があります。是非お出かけください。

<牧師室より>2026年2月号「教会を建て上げる」

2026年は皆さんはどんな思いでスタートしましたか?

私はここ数年、毎年のように「健康に気を付けなければいけないな」とか、「からだを動かさないといけないな」と思います。今も、机の前には「燃」という漢字が2枚も貼ってあります。きっと「心燃やされて、脂肪も燃やす」という思いだったのでしょう。今年も、「最近、ほぼ同じテーマだけど、今年もそうだな・・・」と思いつつ、寒さに震えながら、余り動けないまま2月を迎えています。

個人としてはそんな感じですが、私たちの教会は、今年この御言葉をいただいてスタートしました。

「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」

エペソ人への手紙 4章16節

聖書は教会を「キリストのからだ」と語っています。これには何重もの意味があります。

    1. 「からだ」だから、手と足は違う、目と耳は違う、その違いを認める。
    2. 一つの「からだ」だから、それぞれの部分、手と足、目と耳が繋がっている。
    3. 生きている「からだ」だから、そこに血が流れている。喜びも涙も共有する。
    4. 「キリストの」からだとして、一人一人がキリストに従う。
    5. 「キリストの」からだとして、教会全体がキリストの生き方を表していく。

このキリストのからだを建て上げていくことを今年の課題として、歩んでいこうと思います。そして、このための鍵になるものは「愛のうちに」ということでしょう。聖書は他のところでも、「キリストのからだのそれぞれの部分にはいろいろな働きがあるけれども、そのからだに属するすべての人が求めるべきものがある、それが『愛』だ」と語ります。愛があるから互いの違いを認められるし、愛があるから、互いに思いを寄せ合い、喜びも悲しみも共有できる、そして、愛があるから、イエスが生きたように、私たちも生きることができるのですよね。

でも、そもそも、私たちは愛に生きるためには、まず自分自身が愛されないとダメですよね。心が渇いているときに、心がすさんでいるときに、「愛しなさい」と言われても、そんなことできるわけがありません。だから、もっともっと、私たちは神に愛されていることを知っていこうと思います。私たちのために、十字架にかかって、私たちの罪を身代わりに負ってくださったイエスの愛を、その中に表された神の愛をもっともっと知っていこうと思います。そして、神に愛されている喜びの中で、感謝して、キリストのからだである教会を建て上げることができますように!

<牧師室より>2026年3月号「仕えることとは」

 私たちは今、イエスの十字架への道をたどり、その御苦しみに心を向けて過ごすレントの期間を過ごしています。レントの期間、いろいろな過ごし方があると思うのですが、その一つは教会の外の方々への奉仕を考えるということです。

 ちょうど去年の今頃、毎週のように訪問するホームレスの方がおられました。Harrisonの高速道路の下に日本人のホームレスの方がいるから、なんとかヘルプができないか、と教会に連絡があったのがきっかけでした。彼はパスポートもない、自分の名前も経歴も覚えていない、英語でのコミュニケーションは難しい、ということでした。早速、電話をくださった方と訪問して、それから、しばしば時間を見つけては、コーヒーやホットチョコレートをポットに入れて、彼を訪問し、あるときは一緒に座って彼のニーズを聞いて、何ができるかと模索していました。暖かくなって彼の活動範囲が広がるにつれて、訪問しても行き違いになることが続いているうちに、ほかのルートからのヘルプが入って、身元がわかり、彼は日本の家族のもとに帰って行きました。そのヘルプをされた方々は、彼を自分の車に乗せて病院のERに運び、身元探しに奔走されました。それに対して、自分のしてきたことは何だったんだろうかと思います。彼は今はどうしておられることでしょうか。家族のもとで必要なサポートが入り、元気にしておられるといいのですが・・・。

 ちょうど15年前、東日本大震災の被災地支援のために日本に行っていた妻が、北九州でホームレスの方々の支援をされている牧師の講演会に行く機会がありました。講演の後、妻がその牧師に「支援を長くされていると、裏切られることもありますよね・・・」と語りかけたときに、その先生の返事は「そうだな・・・でも、俺もたくさん裏切ってきたからな・・・」というものだったそうです。

 東京の下町で牧師をしていた父の元には、よくお金を無心に来る人々がいました。あるとき、身の上話をじっくり聞いて、「仕事の面接に行くための交通費が必要なんです。必ず返しに来ますから・・・」との言葉に、お金を渡す父の姿を見ながら、「ああ、あのおじさん、仕事が見つかって立ち直ってほしいな」と思っていました。でも、その後にやってきたのは面接の報告をするおじさんではなく、次々とお金を無心に来る人々。どうやら「あそこに行くとお金がもらえる」という話が広がっただけだったようです。その経験から、私はお金を無心しに来る人がいても、「自分もそんなに余裕があるわけじゃないのに、これがお酒やドラッグになるのは嫌だから・・・」とあまり関わらないようにしていました。

 ですから、この北九州の牧師の言葉と、昨年のホームレスの方との関わりの経験は、今も大きなチャレンジとして心に突きつけられています。裏切られたから、もうやめた、じゃない、裏切られても仕え続けることの大切さを思わされます。イエスが十字架にかかったときに、弟子たちは皆イエスを捨てて逃げ去りました。それでも、弟子たちを赦し、弟子たちを諦めなかったイエスに目を向けて、私たちも、たとえ裏切られることがあっても、仕え続ける者とならせていただきたいと思わされています。

「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。」(マタイの福音書 25章40節)

<牧師室より>2026年1月号「使命に忠実に歩む」

12月の初め、クリスマスを前にして、スヌーピーと仲間たち(Peanuts)のNativity(イエスの誕生の場面を表した置物)をひっぱり出してきた時に、「あれっ、ヨセフがいない!」と大騒ぎになりました。ヨセフというのはイエスの母マリアの夫。婚約者のマリアが処女でイエスを身ごもるという出来事の中で、マリアを妻として迎え、イエスの父として、その子を育てたなかなかの男です。私の頭の中では、マリアとヨセフ、ヨセフとマリア、は一組で、二人でイエスを迎えたと思っていますから、ヨセフも当然いるものだと思っていました。
 
何度探しても、どこを探しても出てこない。「まさか・・・でも、もしや・・・」と思ってウェブで同じものを売っていないかと探してみたら、そのまさかで、最初からセットに入っていなかったのです。

製作者は「マリヤは外せない」とルーシーにそれを任せたけれども、「チャーリー・ブラウンはヨセフじゃないよな、羊飼いだろうな。じゃあ、ヨセフは誰にする?ライナスか?うーん、まあ、いいや、ヨセフは省いていいだろ」と思ったのでしょうか?ヨセフって、その程度に扱われているんだな、と軽い衝撃を受けました。しかし、考えてみるならば、私も毎年、このセットを見ているはずなのに、ヨセフがいなかったことに気付かなかったということは、わたしのヨセフへの思い入れも大したことはない、ということなのでしょう。

しかし、聖書を読むとヨセフの悩みと信仰の姿とそれを支えた神の語りかけが出てきます。

イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」
・・・
ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れた。
(マタイの福音書 1章18-21, 24節)

自分の与り知らないところで、婚約者が身ごもる、という出来事、このヨセフの悩みはどれほど深かっただろうかと思います。「密かに離縁しよう」という決心も熟慮の末の決断だと思います。そして、また何よりも夢の中でのお告げにすぐに従ったところも、決断力と実行力の人だなと思います。しかし、このイエスの誕生の出来事の後、ヨセフが聖書に登場するのは1回だけ。マリアはイエスの生涯に何度も出てきますし、後代の歴史の中では「聖母」と神格化さえされるようになるのです。それに対して、ヨセフは舞台から去り、2000年後の「スヌーピーと仲間たち」のクリスマスの場面からも省かれることになるのです。

でも、この出来事を通して、私も、後代の人に、省かれても、忘れられてもいい、ただヨセフのように与えられた使命に忠実に歩ませていただきたい、と思わされました。

2026年もどうぞ、よろしくお願いします。

錦織学

<牧師室より>2025年12月「世界で初めのクリスマス」

 12月なりました。ホリデーシーズンに入り、街はクリスマス一色になっています。日本を含めて世界各地で祝われているクリスマス。12月号の月報が届く頃には、ロックフェラーセンターでの大きなクリスマスツリーの前に多くの人々が集まっていると思います。でも、世界で初めのクリスマスはそのような華やかなものではありませんでした。

 今から2000年前、イエスがユダヤのベツレヘムでお生まれになった時、まさに世界がBCとADに分かれるその出来事がおこったその夜、最初にそのニュースを聞いたのは町の外で野宿をしていた羊飼いたちでした。

彼らに天使がこのように告げました。

「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」(ルカの福音書2章10~12節)

 救い主の「しるし」・・・それは「目印」であった以上に「象徴」でした。この救い主はどのような意味での救い主か、それは「飼い葉桶に寝かされているような救い主」なのだというメッセージなのです。

 「飼い葉桶」とは家畜がエサを食べるところです。赤ん坊を寝かせるようなところではありません。イエスの母マリヤとその夫ヨセフは客間に滞在することもできず、生まれたばかりの赤ん坊を飼い葉桶の中に寝かせなければならなかったのです。その飼い葉桶こそが、この救い主がどんな方かを象徴するしるしとなったのです。

 この時期、世の中が華やかになればなるほど、取り残された気持ちになる方がおられるといいます。イエスはそのような方々にこそ届く、救い主として来てくださったのです。そして、私たち一人ひとりの心の中の一番深いところ、一番人に見せられないところに届いてくださる救い主として来てくださったのです。

 今年のクリスマス、そのような本当のクリスマスの意味がひとりでも多くの方々に届きますように。

<牧師室より>2025年11月「嵐の中でも」

 10月の終わりから11月の初め、13年前にハリケーン・サンディーがNY地区を襲った時のことを思い出していました。大雨と強風で木があちらこちらで倒れて、停電が広がり、海沿い、川沿いでは高潮で大きな被害が出ました。教会も牧師館もほぼ1週間の停電。停電の影響で暖房も入らず、電気温水器の家だと温水も出ず、寒い日々を過ごしました。でも、あの時、私たちは互いに声を掛け合い、支え合って歩んでいたなあと思います。また、自分たちの電気が帰ってきたときに、より大きな被害を受けた地域に行って、ボランティア活動をしたことも思い出します。

 あの時に比べると、私たちは何倍も穏やかな11月を迎えています。でも、私たちは今、見失っているものはないだろうかと思います。

 あのようなことがまた起こったら良いのに、なんてことは決して思いません。でも、あの、電気も電話もインターネットも、全部止まったその中で、私たちは本当に大切なものは何かを経験していたのだと思います。声をかけてくれる人々の暖かさ、支え合うことの大切さ、共に歩むことの力、そして、誰かのために生きる事の幸いも。

 穏やかな11月と申しましたが、皆さんの中には、穏やかだなんて、とんでもない、今、まさに人生の嵐の中を通っておられるという方々もおいででしょう。このようなことは決して起こってほしくない、ということを経験しておられるかもしれません。でも、そんな中で、思い出していただきたいです。神はそのような困難の中でも、私たちに大切なものを教えてくださるお方だということを。

「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」(ローマ人への手紙 5章3~5節)

<牧師室より>2025年10月号「ホンモノを求めて」

 先月の半ば、私が所属している合唱団のメンバーが1人ご帰国になるということで、送別会が持たれました。その席上、帰国される方がこのように挨拶をされました。「この合唱団は本当に楽しい。でも、楽しいだけだったら自分は続かなかったと思う。自分は、ある時、皆さんと一緒に歌いながら鳥肌が立つ経験をした。その経験があったからこそ、今まで自分はこの合唱団でやって来れたのだと思う」と。その話を伺いながら、本当にそうだな、と共感しながら、私たちのニュージャージーの教会はどうかな、と思わされていました。

 楽しいだけではない、ここに入った方が鳥肌が立つような経験をしていただいているかな、鳥肌じゃなくてもいい、心が震われるような経験をしていただいているだろうか、神さまに心に触れていただく経験をしていただいているだろうか。語られるメッセージも、単に聖書の教えに忠実にとか、神学的に正しいとか、理路整然としているとか、面白いとか、分かりやすいとか、ではない、ホンモノがここにあるだろうかと。

 それから1週間後の修養会、プログラムの最後の振り返りの時に、最初に立ち上がられた方が、「今、私の魂が喜んでいる」と声を震わせながらお話されているのを見ながら、こういうことなんだな、と思われていました。私自身、講師の先生方ご夫妻の姿に、その言葉の一つ一つに、真実な神さまとの関係の中から生まれるものを感じていました。

 以前、こんな話を聞いたことがあります。ある牧師さんが日曜日の礼拝が終わった後、メモを受け取った、誰からか分からない、でもそこに「お願いします。イエスにお目にかかりたいのです」とのヨハネの福音書12章21節の言葉が書かれていたそうです。その牧師さんはそれを読んで、まず腹が立った。「『イエスにお目にかかりたい』・・・つまり、私のメッセージで、イエス様に会えないというのか?」と。でも、その牧師さんは心の中で本当だと思った。自分は正しいことを話しているし、分かりやすく、面白く、話している、「良かったですよ」と言ってくださる方もいる。でも、集う方々にイエス様にお会いする経験をしていただけているだろうか?

 その牧師さんは、次の日曜日まで必死に祈りました。神さまに訴え、叫び、嘆き、そして、神さまからの答えをいただいて、礼拝のメッセージを語りました。礼拝の後、またメモが残されていました。そこには「弟子たちは主を見て喜んだ」というヨハネの福音書20章20節の言葉が書かれていたそうです。

 ただ楽しいだけではない、ただ正しいだけではない、そこに入った方が、鳥肌が立つような、心が震われるような、神さまに触れていただくような経験をする、そんな教会となりますようにと祈ります。そのために私自身、神さまとの更に豊かな関係へと導かれますように。