「私にとり親子関係、親にまつわる問題は…」

私にとり親子関係、親にまつわる問題は長い間にわたり大きな重荷でした。色々な親子の関係、つながりがあると思います。良い関係はとても羨ましいばかりです。例えば、いつも喧嘩ばかりしているが、仲が良い親子、何でも相談できる親子、両親が子供から尊敬されている、偉いと思われている関係、一緒に遊べる親子、この様な親子関係は良いものです。一方、悪い親子関係となると、例えば、親父が偉い人・立派な人で、子供としては対抗意識や劣等感をもってしまうような関係、 母親の躾が厳しく、子供が反発してしまう関係、両親の子供への期待値が高く、子供は押しつぶされてしまう関係、親は時間・努力を使わず、子供の気持ちをお金で紛らせようとする関係、一方的な溺愛の関係、夫婦仲が悪く、子供も巻き込んでしまう状況・環境、アビュース(虐待)状態の親、子供が親を軽視・軽蔑している関係など、これも色々あります。又、一方的に良い関係ばかりでなく、良い関係と悪い関係が混ざっている親子、或いは、ある時期は良いが、何かの契機で悪くなるようなこともあるでしょう。

夫婦でも親子でも友達でも、片方に良い又は悪い思いがあるが、他方の思いは全く別の場合もあることでしょう。私の場合も、父親・母親の視点から見た私たちの親子関係をどうであったか解かりません。ここでは一方的に、私からの思いとなりますが、そこには良い関係の記憶は思い出せません。幼い頃の自分の親子関係は記憶していませんが、思春期から青年期へ向けては、私の知識と自我の発達とともに、私には、例えば、親には全く相談しない、親は全く頼りにしない、自分で何でも決めるという傾向や態度がありました。これは、今思えば、自分が一方的に両親を軽視・軽蔑している事の裏返しの行動だったのでしょう。大学生になってからは、「親から離れたい」「関わりたくない」と言う気持ちが非常に強くなりました。

何故そうなったか、何が嫌であったか、何が私の気に入らなかったのでしょうか。両親の視点から見ると、色々の、それなりの理由、背景等があったのでしょうが、その頃の私の視点で見ると、 例えば、親が真っ当な職に就かない、賭けマージャンばかりしている、酔っ払って、道路で寝てしまう、愛人に子供を作る、計画性がまったく無く、人に振舞ったり、無駄遣いしたりなどしているの親の姿が記憶に浮かび、それらの一つ一つが嫌で、気に入らなかった記憶が有ります。

その両親と和解する為に、私には、長い時間と神様の助けが必要でした。

父親との関係では、両親が離婚した40年ほど前にさかのぼります。その後父親とは20年ほどは全く連絡を取らずにいました。その初めの20年程の間、私には、一言で言えば、強い「赦さない」という思いだけがありました。今から20年程前に、ある契機があり、父親とその新しい家族に会い、少しずつ心の棘が取れていったのが次の20年でした。丁度その20年くらい前に私たち家族は、 転勤でサンフランシスコからニュージャージーへ引越しました。 ニュージャージーの知人の紹介で1988年にJCCNJへ導かれ、1991年に受洗しました。その頃の私には、親子関係が大きな重荷・傷であり、ニュージャージーへ、そしてJCCNJへ導かれたのは、ひとえに神様の働き、計画であっと思えます。今振り返りますと、この20年は、執念深い、肉の思いが強い私が少しずつ変えられていった20年でした。「許せない」から「80過ぎても毎朝早くから水泳で頑張っているな」「家族を大切にしているな」「きっと姉と私に対しても、メ悪かったなモと思っているのだろう」などと思えるまでには、長い年月が必要でしたが、これも神様の計画、時間であったと思います。

母親に対する思いは、「赦さない」という感情ではなく、「どうしょうもない・関わらないように」という感覚です。母親は、計画性が無く、いつも行き当たりバッタリ、直ぐに人を頼り、信用してだまされる、その日暮しで、人に良い顔ばかりして自分と家族が守れないような人と、私は見ていました。一方の私は、計画することが大好き、ケチんぼで、人は信用せず、執念深く、人に冷たく・厳しく、自分と家族には、甘く・優しくというタイプです。この様な乖離した性格・性質ですと、 一緒に暮らしていると、如何しても私には我慢出来ないことばかりが目立ってしまいます。ですから、出来る限り早く母親から離れたいと思っていました。その様な母親に対する思いを、「まあ良いじゃないか」「88歳にしては結構がんばっているな」「ありがとう」「楽しい時を一緒に過ごせず残念だな」の様に変えてくれたのも、神様の働き、力です。

この様に両親に対するネガティブな感情・思いが、「許容」「受け入れる」「感謝」の様なポジティブな思いに変わって行くには長い年月が必要でした。今振り返ると、それも、全てが神様の御計画の一部と思われ、感謝しています。残念と思えることは、効率主義、怠け者の私が振り返ると、もっと早く自分が変わっていれば、自分も随分メ楽だったろうなモと感じるところです。この20年程のクリスチャンとしての歩みも、次の御言葉に子供の様に、素直に従えることはなかなか出来ず、その歩みは、小さな一歩の積み重ねであったと思います。

(聖書箇所)
l マタイ7章1~5節: <リビング・バイブル>
人のあら捜しはいけません。自分もそうされないためです。なぜなら、あなたがたが接するのと同じ態度で、相手も接してくるからです。自分の目に材木を入れたままで、どうして人の目にある、 おがくずほどの小さなごみを気にするのですか。材木が目をふさいで、自分がよく見えないというのに、どうして、「目にごみが入っているよ。取ってあげよう」などと言うのですか。偽善者よ。 まず自分の目から材木を取り除きなさい。そうすれば、はっきり見えるようになって、人を助けることができます。
l ルカ7章36~38節: <リビング・バイブル>
天の父と同じように、あわれみ深い者になりなさい。人のあら捜しをしたり、悪口を言ったりしてはいけません。自分もそうされないためです。人には広い心で接しなさい。そうすれば、彼らも同じようにしてくれるでしょう。与えなさい。そうすれば与えられます。彼らは、ますに押し込んだり、揺すり入れたりしてたっぷり量り、あふれるばかりに返してくれます。自分が量るそのはかりで、自分も量り返されるのです。

最後に、もし赦せないという思いを持たれている方がいらしゃるならば、早く、神様に降参して、 神様の真理に従うことをお勧めします。赦すことにより、赦されることを実感して欲しいと思います。

アーメン。

月報2010年6月号より

「私は、物心が付いてから、…」

去る4月25日にJCCNJの清水桃子姉のお母様である清水晴美姉が函館シオン教会で洗礼を受けられました。今月は、函館シオン教会の増井牧師の了解を得て、清水姉が洗礼式でお証された文章に少し手を入れて、ここに掲載させていただきます。ちょうど、日本に一時帰国されて、函館の教会で礼拝を守られた桃子姉も、お母様の洗礼式に立ちあうことができました。神様が特別に道を開いてくださったことに感謝します。ハレルヤ!

1.私は、物心が付いてから、孤独でさ迷っていました。それはきっと、両親の不仲、毎日のように起こるトラブル・・・愛を感じられない生活の中できっといつも愛を求めていたからだと思います。そして、思春期に両親の離婚、置き去りにされた悲しみから、言葉で説明できない寂しさや苦しみをいつも持っていましたが、考えると辛かったので、生きていく手段として、それを封印していました。

2.そんな私も結婚し、二女一男に恵まれて人並みに生きてきたと思っていましたが・・・三年くらい前に夫婦関係の中でどうにもならない苦しみに出会いました。どうやって生きていけばいいんだろうと一日一日をやっと過ごしていましたが、そうしているうちにNYから一時帰国していた長女が、苦しんでいる私を見てとても心配し、このシオン教会を訪ね、「私のお母さんを助けてください」とお願いしてくれました。
しばらくして、教会の方から、「集まりにいらっしゃいませんか?」というお手紙を頂きました。そのお手紙は、会った事も無い私に対する溢れるばかりの温かい言葉で綴られていました。あまりにも嬉しくて、心に沁みて、涙で文字が滲んで見えなくなるくらいでした。お手紙を頂いた直後に長女の牧師先生がNJから日本に来られ、足を伸ばしてわざわざ私に会いに来てくださいました。2,3時間くらいの会話の中で「心の中にイエス様の泉を持ちなさい」というお話がとても印象に残りました。そして「心の泉」という言葉を胸に抱え、招かれたミニチャーチに参加しました。
何回か参加した後にそのミニチャーチが「泉」だということを知り、大変驚きました。それにそこのお宅はお名前が、イエス様が「泉」の話をされた井戸端に関わるお名前だったのです。何ということでしょう!!神さまの素敵なユーモアで作られた、まるでシナリオのような導きを感じました。
それからも月に1,2度参加し、パンパンに膨れ上がった心の内をメンバーの方々に聞いて頂いたり、祈って頂いたりしているうちに、少しずつ自分も変化していきました。そして少し楽になった心の隙間に神さまが入ってくださいました。
クリスチャンである長女とその牧師先生と「泉」の方々を通して神さまを知ることが出来て、本当に良かったと思います。

3.それからいつも、問題が起きたときには、心のお母さんである姉妹にお話をしたり、神様のお考えはどうだろうか・・・と問いかけたり、祈ったりしています。
また時には、長女の牧師先生にお話をして、御言葉を教えて頂いたりしています。すると神さまが、私に知恵を与えてくださり、祈りを聞いてくださいしました。
何故か、夫も少しずつ変わっていったのです。。人格や存在も否定され続けてきた私も以前のように心が動揺することも少なくなりました。他の人に対しても、その人の苦しみを、その立場になって考えられるようになり、私に出来ることがあれば、自然に協力できるようになりました。

本当に日々祈れることを感謝いたします。そして、今、牧師先生の方々、「泉」のリーダーとメンバーの方々、教会員のみなさま、そして長女の立会いのもとで洗礼を受けられる神さまの素晴らしいご配慮に感謝いたします。

アーメン。

月報2010年5月号より