- 説教者 : 錦織学 牧師
- 聖書箇所 : 創世記1章1節-3節,27節,31節
投稿者: jccnj
「私はもう大丈夫、といつの日か神様に背を向け、…」
私はもう大丈夫、といつの日か神様に背を向け、毎日慌ただしい生活を何年も過ごしていました。そんなある日(2008年8月)突然の母からの電話でした。その頃私は、すべてがうまく順調に行っているかのような生活(もちろん、悩み・問題は山ほどありましたが。)でしたので、父の事は、穏やかな海に突然襲う災害の様でした。私は娘たちを主人と義母に頼んで、すぐに帰国しました。ICU(集中治療室)に寝ている父は、幾つもの管が頭や体を通り、顔や体中は膨れ上がり、すっかり変わり果てていました。そしてその父の膨れ上がった手をしっかりと握りしめ、このまま父を失ってしまうのではないかという不安と恐れでいっぱいの母や兄妹と父に、この様な状況ではありましたが、会うことができたことを、忘れていたはずの神様に少しだけ心を向け、感謝しました。今まで長い間、神様を無視し、周りにあるこの世のものに満足し、自分の物事がうまく行かない時、ちょっと苦しいなぁと思う時、自分が必要な時だけの神様でした。アメリカに帰って、短かった2週間の滞在を振り返って、この様な悲しい状況ではありましたが、約5年ぶりに父や家族に会えたこと、そして家族をはじめ、周りの皆が人生の中で何かしら問題を抱え、心を痛め、悩み苦しみ、その解決が見つからず、他人には関係ないことだと一人で我慢して苦しんでいること、自分がその場に接した時に、自分の力ではどうしようもなく、何もできないものであること、そして、道行く人々の生活は慌ただしく、外面的な必要は満たされても、自分中心の自分勝手な悲しい生き方だなぁと思いました。まさにその姿は、私自身の姿なのでした。
「 顔が、水に映る顔と同じように、人の心は、その人に映る。」箴言27章19節
そして、病院に入れ替わり立ち代わり来る多くの人たちを見て、一人ひとりが何らかの理由を持ってこの病院に訪れていること、患者さんやその家族たちの信頼に懸命に働くお医者さんや看護師さん達、その背後で働かれている多くの人達、温かく見守る患者の家族達や見舞い客の人達、また中には、見舞いの来ない一人ぼっちの寂しそうな患者さんたちを見て、そこに来る一人ひとりが弱い人達(患者さんや病の人を持った家族に人達)の立場に親身に寄り添って人を思いやり、支え、慰め、励まし合う愛がそこに一番にあったこと、そしてその愛は、私が背を向けて無視していた神の愛なのでした。
「 世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、あわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょう。子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」 ヨハネの手紙第1 3章17~18節
「 神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。」 ヨハネの手紙第1 3章23節
自分がいかに自分中心の身勝手な生活をしていたか、今まで周りを見る余裕もないほどに、自分は・・、自分が・・、自分の・・、自分に・・、の毎日だっただろうか。そして私はもう大丈夫なんだと高慢になり、人を見下げ、人を思いやることなど米粒一つほどもない情けない者でありました。
「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。』」 ルカの福音書23章34節
と言われたイエス様が、十字架の上で、私の罪のために身代わりとなって死なれ、その流されたあがないの血によって、信じ、救われた恵みに感謝しました。
1994年4月には、恵みによって受洗に与り、神様があふれんばかりの恵みを与えてくださり、内側からの本当の喜びに満ち溢れていました。しかし、数え切れない恵みもいつの日か自分だけのもの、そしていつの日か神様の存在さえ忘れていました。その神様をどんなにか長く悲しませていただろうかと心の目が開かれ、その愛に埋もれ、立つことすらできず、子供の様に泣きじゃくり(迷子の子がやっとお母さんに会えて抱かれて安心して泣いているかの様に)悔い改めました。顔を上げると窓一面にどこまでも広がる青い空が眩しい位輝いていて、吸い込まれるように見上げていると、月報の表紙にあったあの御言葉が心いっぱいに広がるのでした。
「静まって、わたしこそ神であることを知れ。」 詩篇46篇10節 (2008年御言葉)
わたしはここにいる。お前がいかに小さく弱いものであり、無力であるかを知れ、と、それは大変深く、大変重く、大変力強い語りの様な響きの様なささやきの声でありました。神様の目から見る私は、本当に小さな者であり、完全に弱く、無力である自分であることを認めずにはおられず、教え、知らされました。
「私は知った。神のなさることはみな永遠に変わらないことを。それに何かをつけ加えることも、それから何かを取り去ることもできない。神がこのことをされたのだ。人は神を恐れなければならない。」 伝道者の書 3章14節
どんな時にも決して変わらない愛で、こんな私をも愛し続けてくださっていた神様。また、あわれみ深い神様はすでにこの愛の教会をも備えてくださっていたこと、その背後にはイエス様が粘り強い忍耐を持ってこんな私のためにとりなしていてくださっていたこと、そして教会の愛する先生、愛する多くの兄弟姉妹達がずっと祈り、支え続けていてくださったことに心より感謝致します。
「門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。」 ヨハネの福音書 10章3~4節
毎週礼拝で先生を通して正しく、大胆に御言葉が語られ、その命の御言葉をいただき、いつも私の助けとなり、力となり、生きているのではなく、生かされていることに感謝致します。
「神のパンは、天から下って来て、世にいのちを与えるものだからです。」 ヨハネの福音書 6章33節
「イエスは言われた。『わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。』」 ヨハネの福音書6章35節
自分一人でクリスチャンであること、教会を離れてクリスチャンであることはとても難しいことであり、神の家族の一員として常に主が共にいてくださっているこの愛の教会で、
お互いに温かさと光を分かち合い、また、こんな私を覚えていてくださり、祈っていただいて、今は色々な事情でお休みしている愛する兄弟姉妹の皆様方を覚え、お祈りさせていただき、共に分かち合い、共に神様を礼拝することができます様に。
「あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。」 コリント人への第1の手紙 12章27節
これからもイエス様の十字架の愛を覚え、これからも共にイエス様のことを少しでも多くの人々に伝え、神様が私たちのためにしてくださったすべてのことを人々に分かち合うことができますように、共に神様の御心に生きて従う小さな器として用いていただき、仕える者とさせていただきたいと日々、そのようなものに新しく変えられ、主に喜ばれる正しい歩みができます様に続けてお祈りください。
「しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」 ローマ人への手紙 10章14節
月報2009年6月号より
「先月号の月報に掲載された…」
先月号の月報に掲載された住田美香姉(※)のお証しを私が最初に聞いたのは、3月のレント集会の場所でした。お証を伺いながら、「ずいぶん昔、私にも似たようなことがあったなぁ。」と、様々なことを思い巡らしていました。神様は美香姉の証しを通して、私に忘れかけていたことを思い出させ、神様がどのように私の人生に介入して下さったかを改めて確認させて下さったのです。
美香姉と同じような経験をしたと言いますのは、私にもどうしても入りたい高校があったということです。その学校でなければ駄目だと思っていました。とても仲の良かった友人も同じ高校を志望しており、入りたい部活も同じだったことから、高校生になった時の自分達の姿を想像しては将来のことについて二人でいつも語り合っていました。学校の先生からも塾の先生からも「絶対に大丈夫」という太鼓判をもらっており、自分でもそう信じていました。しかし、試験当日は、どの教科のテストを受けていても手応えがあまりないのです。「あれ?どうして?こんなハズじゃないのに、、、」と思うような問題が少しずつありました。自信のある教科でもそうでした。「え?もしかしたら、私、駄目かもしれない?!」というような思いが何度も頭の中をよぎり、焦りを感じながら問題を解いていたことを今でも鮮明に覚えています。試験が終わり、合格発表の日までの間、私は真剣に祈りました。「神様、絶対にあの学校でなければいけないんです。今まで私は一生懸命がんばってきました。どうぞ、この努力に報いて下さい。合格して神様の栄光をあらわして下さい。」と、何とも自分勝手な都合の良い祈りだったでしょうか。祈りながら、「やはり不合格なのでは?」という思いが湧いてきて、それを打ち消すかのように、ガチガチになりながら何度も何度も同じ祈りを繰り返していたように思えます。それは、とても苦しい祈りでした。しかし、ある瞬間から「やるべきことはやりましたから、あとは神様にお任せします。どのような結果が出たとしても、それが神様の御心だと思えるようにして下さい。」という祈りに変えられ、それからは一気に気持ちが楽になったのです。そして合格発表の日、私は親友と共にその高校へ向かいました。私の中には相変わらず、「もしかしたら駄目かもしれない。」という思いはありましたが、心は平安でした。その思いは見事に的中し、合格掲示板には私の受験番号は見つかりませんでした。しかし、それがわかった瞬間、不思議なように解放感と爽快感が与えられ、「あの(滑り止めで受けていた)高校へ行くのだ。」という前向きな思いに早々と切り替わっていました。そのように思えるように、神様が私の心を守って下さったことを感謝しました。一緒にいた親友は合格していたのですが、「同じ学校に行けない。」と言って泣き出し、私が友人を慰めるという始末でした。親に報告の電話をかけた時も、落ち着いていたように思います。その日の夜、中学の担任の先生から電話をいただきましたが、試験の結果に先生もショックを受けているようでした。その時の15歳の私なりに感じたことは、「人間が言う“絶対”というものは無いのだ。自分の力、人間の力というのは、いかに小さく当てにならないものなのか。神様に委ねることは難しいけれど、委ねた時に神様は平安を与え道を開いて下さる。」ということでした。私が入学した高校は、ミッションスクールの女子校で、のんびりとした校風でした。友人にも先輩にも恵まれ、やりたかった部活動にも熱中し、充実した高校生活を送ることができたのは、やはり神様が私をそこへ導いて下さったのだと思わされます。
さて、大学受験ですが、先にも言ったように、私の入学した高校はのんびりとした校風で、“受験戦争”などというような雰囲気を殆ど感じさせない学校でした。そんな中で過ごした私は、自分の実力を知っていましたし、でも妥協はしたくないという思いもありましたので、初めから現役での合格は狙っておらず、高校卒業後は予備校へ行くつもりにしていました。今はどうかわかりませんが、あの頃は「予備校に行くのは当たり前」みたいな風潮があったのです。予備校生活は本当に楽しく充実したものでした。各地の高校から集まった今まで会ったことのないような様々なタイプの人達、2浪または3浪している先輩達は経験豊かでとても大人に見えました。あっという間にたくさんの友人ができ、多くのことを語り合い、とても良い刺激を受けました。講師の先生方の講義も興味深く、学ぶことは山ほどありました。信仰の面でも、本当の救いの喜びがわかり、クリスチャンの友人が与えられ、燃やされました。たくさんの友人を教会に誘いましたし、水曜日の夜の祈祷会も欠かすことがありませんでした。ところが、私の心の中には大きな問題があったのです。それは、自尊心・プライドの高さ、価値観の貧しさです。確かに学びたいこと、入りたい学部はありました。しかし、私にとって、大学で何を勉強するかよりも、有名大学へ行くことの方が大切だったように思われます。有名大学に入れないのならば行く意味がない、東京の有名大学だけしか受験したくないと思っていました。結果を言いますと、私は予備校生活を2年間送り、東京の有名大学だけを受験し、そして見事に全敗しました。あれだけ受けたのですから、一つくらい受かっても良さそうなものですが、どの大学からも合格通知は届きませんでした。「大丈夫だろう」と思っていた大学にも受かることができませんでした。そうして、アメリカの大学に進むことになったのです。アメリカへは中学2年生の夏休みにホームステイで来たことがあり、「いつかまたアメリカへ行きたい。大学を休学してアメリカの大学に留学するか、大学を卒業してからアメリカで勉強してみたい。」などと、漠然には考えていましたが、その時の私はどうしても東京へ行きたい、日本にいたいという思いがありましたので、すぐに日本を離れるということは全く考えられませんでした。しかし、神様は私のプライドをガタガタに崩し、私に恥をかかせ、そして日本では行く場所がないというところに追い込むという方法をとって、私をアメリカに送りました。そのようなことがなければ、日本を離れる決心は到底つかなかったでしょう。
あの挫折を経験してから早いもので21年が経ちましたが、いま思えることは、もしもあの時日本の大学に行っていたならば、たとえクリスチャンであったとしても、自分の価値観はどのようなものになっていただろうか?どのような人生を送っていただろうか?ということです。私は最近まで自分の学歴にコンプレックスを持ち、日本の受験に失敗した結果アメリカの大学へ入ったことを人に話すことをしませんでした。けれど、今は違います。確かにあの時、神様が働かれ、このアメリカに導いて下さった。神様は私の人生に計画を持っておられる、ということを確信できるようになったからです。私をアメリカに送り出して下さった神様は、私をこの地へ導き、更にはこの教会へも導き、そして仕事も家族も生活の基盤も与えて下さいました。これから先、神様が私を、また私の家族をどのように導かれるのかわかりませんが、今までもそうであったように、この聖書の御言葉を心に留めて神様に委ねて行きたいと思います。
『わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。―主の御告げ。―それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。』(エレミヤ29:11)
まだまだ自尊心が強く、足りない者ではありますが、最近経験したこと、職場における出来事、与えられた聖書箇所、勉強会での学び、礼拝のメッセージなどを通して、いかに自分が傲慢であるということ、砕かれなければならない存在であるということを改めて示されています。神の子であられるイエス様が、弱く小さな赤ん坊の姿をとって貧しい馬小屋でお生まれになられたように、自分を低くし仕える者とさせて頂きたいと心から願い祈らされています。
※教会では、互いにキリストにあって兄弟姉妹という意味で、男性なら~兄、女性なら~姉という呼び方をするときがあります。
月報2009年5月号より
