「賛美と踊りと私」

詩篇150編には『どこで』『どうして』『何を持って』『誰が誰を』ほめたたえるのか書かれています。賛美の形は本当に様々。大切なのはそれが神様をほめたたえる行為である事。私が神様をほめたたえながら踊る時、神様はその賛美の中に住んでくださいます。

‐神様との出会い、受洗の証し‐
私は2004年9月、18歳の時にイタリア・ミラノスカラ座バレエ学校へ編入留学しました。初めての海外、イタリア語での生活に必死で、友達を探す余裕はありませんでしたが、留学生活が半年ほど経った頃、私はミラノ市主催のイタリア語教室に通い始め、そこでリー・ウンジョンという韓国人のオペラ歌手志望の女の子と出会いました。彼女はミラノ賛美教会という韓国教会の信者で、牧師は日本人伝道を使命としていて、そこには日本人のグループもあるのだということを教えてくれました。そしてある日「日本人の素晴らしい歌手が歌うから絶対来て!!!!日本人も沢山いるから!!!」と彼女から猛プッシュを受け、教会のコンサートに行きました。その歌手は工藤篤子さん、賛美の歌を通して伝道しておられる方です。その時は誰にも挨拶せずにさっと帰ったのですが、次の日曜日も私を教会に誘う彼女に押し切られるように、私は日本人のグループの方たちと一緒に初めての礼拝を捧げました。礼拝が終わってから牧師夫人が「聖書の勉強はじめませんか」と声をかけてくださり、私は「勉強したいです」と答えました。こうして受洗前の学びが始まり、神様が全ての創り主であること、自分が罪の性質を持った人間である事、それから解放されるにはイエス様の十字架が必要であることなど素直に信じました。嫉妬深い自分が醜く、いくら頑張って練習しても認めてもらえず、それでもプライドだけは高く自分の負けを認められない。人前で素直になれない。こんな醜い心の中は誰にも見せられない。その頃の私はこのままの私を受け入れて改良してくれるものが必要でした。それはまさにイエス様の十字架でした。このようにイエス様を心にお迎えした私は喜びにみたされました。私の暗かった心は神様の栄光の光で輝き始めました。

‐踊りの賜物‐
2005年7月4日に洗礼を受けた後もイタリアでの生活は続きました。でももう独りではなく神様と一緒でした。生まれたばかりの赤ちゃんのような信仰者だった私を祈って支え育ててくれたのはミラノの信仰の家族でした。特に内村伸之牧師、まり子夫人とは2007年から1年半ほど共同生活をさせていただき、その中で沢山の試練、誘惑、祝福を受けました。私はそのころ、学校を終えてヨーロッパでダンサーの仕事に就くという夢を抱いていました。オーディションの情報を集めてはあちこち飛び回り、そしていつも落胆してミラノに戻ってきました。
そんな私をいつも暖かく迎え入れてくださる内村先生ご夫妻ですが、ある日、見るに見かね、このように声をかけてくださいました。「神様の声を聞いていますか?」「踊る仕事を見つけることは本当に神様があなたに計画しておられること?」「今ミラノにいる事にどんな神様の計画があるだろうね?」正直あまり聞きたくなかったです。バレエの世界は本当に厳しく、仕事を見つけられる人はほんの一握りです。その一握りに入る為に毎日必死に練習します。バレエの事に詳しくない人に口を挟まれるのが私は大嫌いでした。内村先生は私の気持ちを良くわかっておられたと思いますが、その時は、私がその場を立ち去ることを許してくださいませんでした。とても悔しかったですが、事実私は神様を知ってからも自分の願いに縛られ神様の介入を無視して生活していました。内村牧師夫妻は私と真剣に向き合い、ふわふわした言葉ではなく高慢な私の心を砕く為の、鋭く痛い、愛で満ちた嘘のない真実な言葉で諭してくださいました。そして私は自分の部屋でうずくまって祈りました。敗北感でいっぱいでした。『私たちは良くても悪くても、あなたを遣わされた私たちの神、主の御声に聞き従います。私たちが私たちの神、主の御声に聞き従って幸せを得るためです。』(エレミヤ42章6節) 心に突き刺さった言葉に納得するのは私の敗北を認める事を意味していましたが、聖霊様によって、凍っていた心が融かされ、涙となって流れ、私は敗北を認め「主の御声に聞き従います」という告白に導かれました。そして自分の夢をあきらめました。「神様、踊る事があなたの御心でないなら私は手放します。でもこの心に空いた穴を埋める為にあなたが私に願う賜物をすぐに与えてください」と祈りました。神様のために私を用いていただけるなら何でも良かったです。私の中の優先順位が変わった瞬間でした。
『私は彼らを彼らの地に植える。彼らは私が与えたその土地から、もう引き抜かれる事はない』(アモス9:15)   『人の歩みは主によって確かにされる。主はその道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまには倒れはしない。主がその手を支えておられるからだ。』(詩篇37:23・24) この御言葉が与えられてから私はミラノ賛美教会に植えられているんだという確信と共に主の助けによる平安を与えられました。
このオーディションで最後、バレエは諦めます、とお祈りして、ミラノから200kmほど離れたビチェンツァという街にあるバレエ団のオーディションを受け、神様の憐れみでバレエ団に採用される事になりそこで4年間踊りました。「そんなに踊りたいなら踊りなさい。しかし私のために踊りなさい」という主の声が聞こえてくるようでした。一度手放した踊りを神様が私の元に戻してくださったこの時から踊りは賜物になりました。ダンサーとして生活しながら思うのは、踊っているときに神様ではなく私自身が主役になっているということです。舞台の上で目立ちたい、どうしたらもっと綺麗に見えるだろう、この人よりも前で踊りたい・・・というように私自身にスポットライトを当てようとしている事に気づきます。そして踊れる事を当たり前のように思い、同僚へのライバル心など自分の心の汚さに落ち込む事や、神様から与えられた五体満足の体に文句を言う事もあります。その度に「私が持っているもので神様から与えられたものでないものは一つもありません、自分を誇りません」、と悔い改め、踊りによって神様を讃え、神様の愛・平安・光・喜び・救い・真実さ・・を表現したいと願う心に変えられることは私が毎日受けている大きな恵みです。『私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身はイエスのためにあなたがたに仕えるしもべなのです。「光がやみの中から輝き出よ」と言われた神は私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。私たちは、この宝を土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかにされるためです。』(�コリント4:5-7) これは私の23歳の誕生日に与えられた御言葉です。私は喜びに満たされて、神様を踊りによって伝える事が出来ると確信しました。私が踊っているときに放っている神様からの光は、まだまだ小さく消えそうなろうそくの火かも知れませんが、それでも誰かを照らす事は出来ると信じます。そして、踊りによって私たちの造り主を讃え伝えるために、私の踊りに影響力が与えられるよう祈ります。私は今の自分の姿を愛していますが、今の状態に満足せず私が反射させる神様の光がもっともっと強く暖かく輝くように変わっていく事を願います。

愛する神様、あなたの栄光のため私を踊らせて下さい。私がもっとあなたを知るように。そしてあなたを宣べ伝えさせてください。

月報2012年1月号より

「スモールグループを始めて」

「いまだかつて、誰も神を見たものはありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。」
第一ヨハネ4章12節

2010年4月、川崎招待キリスト教会で「家の教会」(スモールグループの一種)のセミナーに参加させて頂きました。今でも深く印象に残っているのが、数人のリーダーの方たちの証です。「家の教会」を始めるまでその効果や継続性に対して懐疑的であったこと、始まってからグループ内で感情的なもつれが生じて苦しんだこと、これまでずっと自分が精神的に頼っていたのは神様ではなく他人であったことを示されたこと、などをお分かちしてくださいました。証の中で、この方たちは時間が作れないはずだったのに「家の教会」を始めてから作れるようになった、集中祈祷で神様に自分の葛藤を全て注ぎだして自分の罪が示された、「家の教会」リーダーとなり一回り成長することができた、と報告してくださいました。
私達は不可能だと思うとき、何も頼るものが無いときに、また自分の弱さを知るときに、神様の示しに従うことができるか試されるように思います。私も最近、なぜ自分がリーダーになる必要があるのか?他にもっと適した人がいるではないか?という思いが心を占める経験をしました。一つには日本では小学生の頃から班長や学級委員などが選ばれる時に、面倒くさいからやりたくないから他の人にやらせようというクラスの雰囲気があったり、またリーダーには必要な知恵や助け手が与えられず孤軍奮闘するというイメージが定着しているからといえるでしょう。しかし神様の選びは、日本の公立学校でお荷物のように選ばれる学級委員などとは異なり、必要なサポートも与えられ、いつも最後には私たちを生かしてくださると信じる必要があります。
さらに最近、なぜリーダーを経験する必要があるのか?という記事を読む機会がありました。確かに適材適所という言葉が示すように、全員が同時にリーダーになる必要は無いですし、逆に方向が決まらずにグループがバラバラになってしまうように思えます。聖書にも「あなたがたはキリストの体であって、ひとりひとりは各器官なのです。」とあります。ではなぜ、それでも自分がリーダーに相応しいと思えなくても私たちはリーダーを経験する必要があるのでしょうか?それはリーダーを経験したことがある人は、他の人がリーダーになった時に、リーダーを尊重し、自分がどうグループに貢献することができるか考えることができるからだ、といいます。私もこれまでリーダーの方の苦労を知り、自分にできる貢献をすることによりグループをまとめる手助けをするという視点があったか?と反省させられました。リーダーを批判することばかりしてきたのでは無いか?と。
わたしたちのスモールグループは、短期的にニューヨークに滞在している方も含めて、女性7名で守っています。週一回のペースで集うことについて時間的な懸念がありましたが、いまのところ一人のメンバーの洗礼式があった週を除いて、欠かさず持つことができています。スモールグループの目的は、御言葉の分かち合い、霊的・精神的なサポート、アカウンタビリティー、祈祷課題や感謝報告を安心して分かち合える場所となることなどです。そして、ただの自助グループではなく、常に神様から頂いている恵みに満たされるような場所となることを願っています。
今わたしたちのグループが願っていることは、このグループが伝道の器として用いられることです。NJの教会にいくことができないNYにおられる方々のための飛び地伝道所としての働きができるように、切にお祈りしています。

月報2011年12月号より

「この一年を振り返って」

私にとって皆さんと過ごすことのできた一年間はあっという間でしたがとっても実りの多い一年でした。お一人お一人にお会いできたこと、祈りあえたこと、礼拝を共に守れたこと、行事に参加できたこと、挙げても挙げてもつきないほど私の中で神様に感謝でいっぱいになります。
昨年の10月末、まだ半袖で過ごしていたヒューストンから念願のニューヨークにとりあえず3ヶ月、仕事のため一人でやって来ました。アパートにスーツケースとかばんひとつで着いた時、アメリカに初めて来た時を思い出しました。夜になってももちろん夫は帰ってこないし、夜寝るときも一人だし、寝てるときもいびきは聞こえてこないし、なんだか慣れない生活が始まるんだという実感が沸いてきました(次の日主人は週末を使って来たのですが)。
仕事初日の前日、ニュージャージー日本語教会に初めて夫婦で行きました。ニュージャージーの教会に行こうと思った理由は10年前のサマーキャンプで、イエス様は私の罪のために十字架に架かってくださったと私の心に力強いメッセージをされたのが錦織先生でしたので、もう一度お会いできることを楽しみにしていたからでした。礼拝中の挨拶の時間やお茶の時間に本当にいろんな方に声をかけていただき、とっても歓迎された気持ちになり、次の週も来たいと思いでいっぱいになりました。仕事も、同僚も、生活も慣れないこと続きで不満がたまっていた次の週、やはり礼拝中の挨拶の時間に「今週もお目にかかれてうれしいわ。」とか「お元気でしたか?」という簡単な挨拶からでも神様の愛が伝わってきて胸がいっぱいになりました。次の週もまた来たいと思い、次もそのまた次もと結局一年お世話になりました。
仕事にも生活にも慣れていくうちに色々ハッと気付かされました。JCCNJでは受難週の集会、地域の集会、修養会、集まる毎に小さいグループに分かれ祈ることが多く、それほど親しい仲ではない私にも祈りの課題を分かち合って、ただおしゃべりをするだけではなくて、私のためにも祈ってくれるという関係が私には新鮮で、これって兄弟愛だなーと思わされました。一人ひとり課題があり、大変な中を通ってはいるのですがそれも分かち合い、共に今与えられている自分の役割に忠実に歩んでらっしゃる集まりで、すばらしいと思います。
もうひとつはヒューストンでは、いつから夫と一緒に教会にいかなくなったのか覚えていないくらいで、私にとってそれは優先順位の低いことだったことにも気づかされました。夫にとってもJCCNJは男の人もいて話ができる人がいるまた行きたくなる場所だったのだと思います。大好きだった仕事ですが優先順位が変わり、妻であることも神様の召しであることを喜んで受け入れられるように私も変えられていきました。

聖書の中でパウロが皆さんを訪ねたいと何回も出てくる気持ちが今はもっと理解できます。皆さんと交われ、教えられた一年私たち夫婦には宝物です。またお会いできる日を楽しみにしています。

月報2011年12月号より