説教: 錦織 学牧師
聖書箇所 : ヨハネ20章24-29節
2026年は皆さんはどんな思いでスタートしましたか?
私はここ数年、毎年のように「健康に気を付けなければいけないな」とか、「からだを動かさないといけないな」と思います。今も、机の前には「燃」という漢字が2枚も貼ってあります。きっと「心燃やされて、脂肪も燃やす」という思いだったのでしょう。今年も、「最近、ほぼ同じテーマだけど、今年もそうだな・・・」と思いつつ、寒さに震えながら、余り動けないまま2月を迎えています。
個人としてはそんな感じですが、私たちの教会は、今年この御言葉をいただいてスタートしました。
「キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」
エペソ人への手紙 4章16節
聖書は教会を「キリストのからだ」と語っています。これには何重もの意味があります。
このキリストのからだを建て上げていくことを今年の課題として、歩んでいこうと思います。そして、このための鍵になるものは「愛のうちに」ということでしょう。聖書は他のところでも、「キリストのからだのそれぞれの部分にはいろいろな働きがあるけれども、そのからだに属するすべての人が求めるべきものがある、それが『愛』だ」と語ります。愛があるから互いの違いを認められるし、愛があるから、互いに思いを寄せ合い、喜びも悲しみも共有できる、そして、愛があるから、イエスが生きたように、私たちも生きることができるのですよね。
でも、そもそも、私たちは愛に生きるためには、まず自分自身が愛されないとダメですよね。心が渇いているときに、心がすさんでいるときに、「愛しなさい」と言われても、そんなことできるわけがありません。だから、もっともっと、私たちは神に愛されていることを知っていこうと思います。私たちのために、十字架にかかって、私たちの罪を身代わりに負ってくださったイエスの愛を、その中に表された神の愛をもっともっと知っていこうと思います。そして、神に愛されている喜びの中で、感謝して、キリストのからだである教会を建て上げることができますように!
私たちは今、イエスの十字架への道をたどり、その御苦しみに心を向けて過ごすレントの期間を過ごしています。レントの期間、いろいろな過ごし方があると思うのですが、その一つは教会の外の方々への奉仕を考えるということです。
ちょうど去年の今頃、毎週のように訪問するホームレスの方がおられました。Harrisonの高速道路の下に日本人のホームレスの方がいるから、なんとかヘルプができないか、と教会に連絡があったのがきっかけでした。彼はパスポートもない、自分の名前も経歴も覚えていない、英語でのコミュニケーションは難しい、ということでした。早速、電話をくださった方と訪問して、それから、しばしば時間を見つけては、コーヒーやホットチョコレートをポットに入れて、彼を訪問し、あるときは一緒に座って彼のニーズを聞いて、何ができるかと模索していました。暖かくなって彼の活動範囲が広がるにつれて、訪問しても行き違いになることが続いているうちに、ほかのルートからのヘルプが入って、身元がわかり、彼は日本の家族のもとに帰って行きました。そのヘルプをされた方々は、彼を自分の車に乗せて病院のERに運び、身元探しに奔走されました。それに対して、自分のしてきたことは何だったんだろうかと思います。彼は今はどうしておられることでしょうか。家族のもとで必要なサポートが入り、元気にしておられるといいのですが・・・。
ちょうど15年前、東日本大震災の被災地支援のために日本に行っていた妻が、北九州でホームレスの方々の支援をされている牧師の講演会に行く機会がありました。講演の後、妻がその牧師に「支援を長くされていると、裏切られることもありますよね・・・」と語りかけたときに、その先生の返事は「そうだな・・・でも、俺もたくさん裏切ってきたからな・・・」というものだったそうです。
東京の下町で牧師をしていた父の元には、よくお金を無心に来る人々がいました。あるとき、身の上話をじっくり聞いて、「仕事の面接に行くための交通費が必要なんです。必ず返しに来ますから・・・」との言葉に、お金を渡す父の姿を見ながら、「ああ、あのおじさん、仕事が見つかって立ち直ってほしいな」と思っていました。でも、その後にやってきたのは面接の報告をするおじさんではなく、次々とお金を無心に来る人々。どうやら「あそこに行くとお金がもらえる」という話が広がっただけだったようです。その経験から、私はお金を無心しに来る人がいても、「自分もそんなに余裕があるわけじゃないのに、これがお酒やドラッグになるのは嫌だから・・・」とあまり関わらないようにしていました。
ですから、この北九州の牧師の言葉と、昨年のホームレスの方との関わりの経験は、今も大きなチャレンジとして心に突きつけられています。裏切られたから、もうやめた、じゃない、裏切られても仕え続けることの大切さを思わされます。イエスが十字架にかかったときに、弟子たちは皆イエスを捨てて逃げ去りました。それでも、弟子たちを赦し、弟子たちを諦めなかったイエスに目を向けて、私たちも、たとえ裏切られることがあっても、仕え続ける者とならせていただきたいと思わされています。
「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。」(マタイの福音書 25章40節)
名前の由来
私たちの教会では、教会学校のことを 「The BRAVE」 と呼んでいます。
この名前になったのは、当時の先生たちが、「アメリカで暮らす日本人の子どもたちは、平日は現地校、土曜日は日本語学校に通う子が多い。だから、日曜日まで“学校”という言葉で負担を感じてほしくない」と願ったことがきっかけでした。
そこで先生たちは、「学校」という言葉の代わりに、子どもたちに大切にしてほしい聖書の言葉を五つ選び、その頭文字を合わせて The BRAVE(勇者たち) と名づけました。
新The Brave
2025年10月から、The BRAVE の活動は新しい形になりました。
これまでの「大人が聖書の学びをリードする教会学校」から、「子どもたちが主人公の教会学校」へと大きく変わりました。
この改革には、「神様との関係を積極的に育てていける子どもを育てたい」という先生たちの願いが込められています。
新しい The BRAVE では、幼稚園児から高校生までが一つのグループとして活動します。
The BRAVE を 「子ども礼拝」 と位置づけ、賛美は大人と同じ礼拝で過ごし、その後はジムに移動して子どもたちと先生たちだけで礼拝を守ります。
この時間では、だれもが安心して過ごせて、楽しい場所になるように、みんなで力を合わせて活動を支えています。
5つの目標
The BRAVE に参加する子どもたちは、次の5つを目標にしています。
この5つは、イエス様の心や生き方を表しています。
子どもたちはこの目標に近づくために、「祈り・献金・聖書の学び」といった教会の活動だけでなく、「シェアタイム」や「お楽しみ会」など、心が満たされる交流の時間も大切にしています。
子どもたちは、The BRAVE の活動を通して、「ここが自分の居場所だ」という思いを育て、信仰者としてのアイデンティティを育てています。
The BRAVE の願い
The BRAVE の教師たちは、「子どもたちが The BRAVE で学んだことを、日々の生活の中で実践できますように」と祈りながら関わっています。
なぜなら、「学び → 実践」の流れこそが、子どもたちが キリストに似た者として成長する大切な機会 だと信じているからです。また、先生たちは、The Braveの子どもたちが「光の子として歩む」ことができるように、日々祈りと願いを込めて彼らと向き合っています。
The BRAVEは、子どもたちと教師たちが、「神の家族」として互いに愛を示し合う場所 です。
私たちは、新しいメンバーをいつでも歓迎します。
そして、The Braveに集う一人一人が心を一つにして、主イエス•キリストの御名をほめたたえて、この世界の光となっていきたいと願っています。
皆さんの中には、この時期、額に汚れがついている人を見かけて、思わず「あの・・・おでこ汚れてますよ」と声をかけそうになったという方もおられるかもしれません。人によっては、タオルを持ってきたり、拭いてあげたりしたくなる方もおられるでしょうね。これは2月の半ばから3月の初め頃にやってくる「Ash Wednesday」での風景です。イースターの前、日曜日を除いて40日を数えた日で、今年の場合は2月17日がそれに当たります。
この日、どうして額に灰を付けるのでしょうか?そして、なぜこの日は「Ash Wednesday」というのでしょうか?それは、この日から教会は「レント(Lent)」といって、イエスの復活を記念する毎週の日曜日を除いてイースターまでの40日間、イエスの十字架の苦しみに目を留めて歩むからです。そして、その最初の日に、自分が「チリや灰に過ぎない、はかない存在だ」ということを認めて、「罪を悔い改めて、イエスの十字架を信じます」というを信仰を表すために額に灰を付けてもらうのです。
私たちの教会では、額に灰を付けるということはしていませんが、聖書から「私たちがちり灰に過ぎない存在なのだ」ということについて、また「悔い改め」について学び、このレントの期間、イエスのみ苦しみに目を留めて歩んでいきます。
そして、イースターの直前の金曜日、Good Fridayはイエスが十字架にかかった日。今年は4月3日です。この日はイエスの十字架に目を留めて、聖書から学びます。
そして、40日間のレントが明けるイースターの日、共にイエスの復活をお祝いするのです。
Ash WednesdayとGood Friday、この2回の集会、どなたでも歓迎です。それぞれ教会とオンラインと両方で、午後7時半から9時まで。詳しくはこちらまで。