私は小さい頃から教会に行っていました。母がクリスチャンで、教会の幼稚園に通っていたからです。
このニュージャージー日本語キリスト教会に来たのは、小学四年生の時です。父の転勤で突然アメリカにやってきて、最初は英語もまったくわからず学校の宿題に追われる毎日で、母は教会を探す余裕もありませんでした。
そんなある日、母が聖書の会で、錦織先生と出会いました。そして、錦織先生が母と私を教会へ誘ってくださいました。それから2年が過ぎ、私は錦織先生の元で、洗礼を受ける決心をしました。
きっかけは去年の夏、「ひがきゃん」にいったことです。ひがきゃんとは、東海岸にある日本人教会に通っているユース(中高生)のキャンプです。私はここで神様と向き合う経験をして、たくさんの事を学びました。
一つは、栗栖先生が教えて下さった「神様がいるという証拠は神様によって、変えられた自分なんだ。」と言うことです。私は昔から教会に行ってはいても、神様は本当にいるのかどうかと信じられなかったり、疑ったりする事がありましたが、ひがきゃんに行って、自分が神様によって変えられたと感じました。
二つ目は、友達と大声で肩を組んで泣きながら、笑顔で心から神様を賛美するのがどんなに素晴らしいかを知りました。
そして、神様を信じると決めたのですが、なかなか洗礼を受ける気にはなりませんでした。なぜなら私はあと一、二年で日本に帰るので、洗礼は日本で受けようと思っていたからです。
でもある日、BIG(中高生の分級)で「なぜ教会に行っているのに洗礼を受けないのか」というワークシートをもらいました。その中に「先延ばしにしている人」という題があり、それはまるで私の姿だと思いました。先延ばしにしていると逃すものが多く、損をするだけだというところがすごく印象に残り、早く洗礼を受けたいと思い始めたその日の礼拝後、錦織先生が「クリスマス礼拝に受洗する?」と声を掛けて下さったのです。私はこれは絶対偶然ではなく、神様が受けなさいと私に告げているのだと思い、洗礼を受ける決心をしました。そして、昨年のクリスマス礼拝で洗礼を受けました。
私はもう先延ばしにする人ではなく、神様を受け入れ、これからたくさんのめぐみを受けることができます。この夏、日本に帰り新しい生活がスタートしますが、ここで出会った兄弟姉妹との交わり、たくさんの学び、「神にできないことは何一つない。」(ルカによる福音書1章37節)と言う御言葉などを忘れずに神様と共に歩んでいきたいです。

月報2015年5~6月号より