私は、2024年12月24日に信仰告白し、翌年1月19日にニュージャージー日本語キリスト教会で洗礼を受けました。そこに至るまでのことを、少しお話ししたいと思います。
いつの頃だったかはもう思い出せませんが、仕事柄、欧米の方とよりよくコミュニケーションを図りたいという思いから、聖書に手を伸ばしました。岩波文庫の個人訳聖書(創世記と福音書)で、初読の私にとって親しみやすいものでした。福音書の方は、たくさんのブックマークと書き込みで、だいぶ愛着のあるものになっています。
また、敬虔なプロテスタントクリスチャンであったカール・ヒルティの著書をいくつか読みました。今思えばちょうど、私が長いメンタルダウンに苦しんでいて、すがりたいものを探していた時期と重なるように思います。
日本での数少ないクリスチャンとの出会いの中で、忘れられない方がいます。ある学会の仕事をしていた頃に、事務局長の交代によりHさんに出会いました。Hさんはバリバリ仕事をされる方でしたが、不思議なほどいつも笑顔で、思いやりがありどなたにも気さくに接していました。プロジェクトが思うように進まないと悩んでいたある日、「私クリスチャンなんですけどね」とHさんが、全て神様が整えてくださる、そんなことをお話くださったように記憶しています。私が学会を離れた後に、Hさんは学会総会に向けた準備の最中に天に召されました。ご葬儀には参列できませんでしたが、ご家族から後日いただきましたお手紙に愛が溢れていたことを覚えています。
こうした経験を経るにつれて次第に教会に興味を持つようになりましたが、日本にいた時には敷居が高く感じられて戸を叩くことはありませんでした。コロナ禍の気分転換に、近所を散歩していた際に見つけた教会がありましたが、文字通り扉の手前まで来て戸を叩かずに帰りました。
その後、長い間希望していた海外赴任が叶い、2023年3月末からNJで単身生活を始めました。生活立ち上げが落ち着いた6月、自然と教会を探(検索)し始め、ニュージャージー日本語教会を探しあてました。日本人コミュニティが恋しかったこともあってか、今回はドキドキしつつも教会の扉を開けることができました。
タイミングを同じくしてマンハッタンで男声合唱を始めました。後日、錦織先生も参加されている合唱団ということを知ることになります。手帳を読み返すと、6/16(金)に合唱練習を、6/18(日)に教会を訪ねていて、錦織先生とは教会で初めてお会いしました。今思えば、また尻込みするかもしれない私のために、神様は二重の道を整えてくだっさていたのだと思います。
初めて経験する教会での礼拝は、その様式に戸惑いを感じましたが、聖書に学んで讃美歌を歌うことに楽しみを感じて、また、お茶時間には「ここには日本がある」という安心を感じることができました。教会の皆さんにはとても優しく接していただき、時には食事にお誘いいただいて家族の温かさを感じたりしていました。
少し時間が経ち、赴任初年の冬に仕事に忙殺され、年が明けて訪れた出張先にて恐らくストレスによって声が出なくなった時には、自然とイエス様にすがっている自分に気づきました。聖書の言葉がなかったら、そのままホテルで悶々と過ごすだけだったでしょう。ただ結局、そのまま体調悪化の波に飲まれ、自責の念に駆られ(海外赴任までしてやるべき事ができない)、人と触れ合うことに負担を感じてしまい、半年ほどの間、教会から足が遠ざかってしまいました。
そんな中、合唱仲間と昨年の夏に訪れたメイン州への旅行は、とてもリラックスできた思い出深いものになりました。旅行からの帰り道は、私の単身生活をよくケアしてくださっているYさんと2人のドライブでした。その道中にYさんから、信仰はパーソナルなものであって、教会は自分と神様との関係を見つめる場所だよね、と気付かされ、何か引っかかっていたものが取り除かれた気がしました。
マルティン・ルターの著した論文「キリスト者の自由」にある二命題(キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない/キリスト者はすべてのものに奉仕する僕であって、何人にも従属する)を理解できるようになったことも、この気づきをサポートしてくれました。
この旅行をきっかけに体調がだいぶ回復し、人と関わることに安心を覚え始めたことも手伝って、また教会に通うようになりました。変わらず温かく迎えてくださった兄弟姉妹に、ただただ感謝です。
今考えると、何か義しい行いをしなくてはいけないという思いにずっと縛られていたのだと、思い知らされています。そういえばこれまで生きてきた中で、自分の考えを人に押し付けることが多かったように思います。信仰を持って自由に、そして愛を以って奉仕する、そうした信仰生活を送りたいと今では願っています。
ルカの福音書2:7
男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
錦織先生との学びの中で、またクリスマスを迎えるアドベントの中で、この聖句に目を開かれました。居場所がないと感じている者にとっての大きな慰めーーー私も長い間、自分の居場所を求めていた気がします。自分の努力でどうにかなる、どうにかしなければならないと頑張っていたあの頃、無理が祟ってうつ病を患い、聖書に手を伸ばした時、初めての単身赴任にて気持ちが安らぐ場所を求めていた時期。
学びの途中で、個人的に心の奥底にしまっておいた罪を神様に告白しました。この罪がこれまでの私を形作り、私の人生となって現れ、またイエス様と出会う道であったのだと思います。私の代わりにイエス様が十字架にかかってくださったことを、今では覚えて感謝しています。
伝導者の書3:15
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることはできない。
言い過ぎかもしれませんが、私の心には後悔というものがなくなりました。これから何が起こるか知る由もありませんが、全てにおいて神様を信頼して歩んでいこうと思います。まずは3月の本帰国に向けて、神様のお心に適う仕方で全てを整えてくださることをお祈りしたいと思います。兄弟姉妹と歩んでいく中で目が開かれ、より強められますように。残り短いNJ生活で、良い働きを持って奉仕できる事が与えられますように。日本でも居場所が与えられますように。
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