「大きな力の働きにより」

クリスマスプレゼント、サンタクロース、トナカイ、モミの木。幼いころの私がキリスト教と聞いて思いつく言葉を書き並べてみました。キリスト教、イコール、クリスマスだと、完全に勘違いしていましたね、今思えば。小学校の頃、教会という所は時々ただでお菓子をくれるらしいといううわさを聞き、少し違和感があったこともあります。幼稚園や小学校低学年の頃、何度も繰り返し学校の先生や親に言われたのは、知らない人にお菓子やお金をあげると言われたら、危ない人なので走って逃げなさいという教えでした。高校生になり、見かけたことのあるクリスチャンは、金髪の二人組の若い男性で、真夏の暑い沖縄でもネクタイを締め、自転車で走っている人達でした。自転車用のヘルメットにネクタイ姿は、当時の私には奇異に思われ、友達と笑いのネタでした。クリスチャン人口密度の高いと言われる(ということも最近知ったのですが)沖縄で生まれ育ってもこれくらいの知識しかありませんでした。
私が初めて礼拝に参加したのは、NJに引っ越してくる半年前でした。中国系のマレーシア人の友人がクリスチャンで教会に通っていると聞き、「えーー、アジア人なのに?」と実は思っていました。「ワザワザ西洋の神様を信じなくてもいいのに」とも思っていました。彼の教会は土曜日の夕方にも礼拝を行っていて、別にお金がかかるわけじゃないし、彼が毎回ピックアップしてくれるという送迎付きなので、土曜日の夕方の暇つぶしに通うだけでした。アメリカ人ばかりの教会でしたが、牧師の話し方が面白く(内容より笑いを期待してばかりいましたが)、短い間でしたが通い続けました。NYでの仕事が決まり、最後の礼拝の時に、友人に誘われて牧師に挨拶に行きました。その時の牧師はとても優しく暖かい目をしていたのが印象的だったのと、その友人の強い勧めもあり、引越し先でも教会に通う事にしました。
家から車で5分くらいの所に日本人の教会があるのをインターネットで知ったのがきっかけでした。(すいません、その頃から遅刻ばかりで…)日本語での礼拝に参加して初めて、アメリカ人の牧師が一番伝えたかった事を理解する事ができました。理解できても、罪の自覚とは別な事件の話で、なかなか受け入れられずにいました。少しずつ教会から離れていった頃、一年ほど前の9月11日の事件について考える様になりました。気づかされたのは、あの時の自分の奥底に潜む醜さでした。私は逃げるのに一生懸命で自分の事だけを考え、周囲の事は何一つ考えていませんでした。人を突き飛ばしたり、押しのけたりして逃げる事はなかったものの、イザそういう場面に直面したら、自分の事はさておいて他人を助ける事ができたか、と聞かれても答えられませんでした。ようやく自分の本性と対面し、「これかぁ、礼拝で錦織先生が口をすっぱくして言い続けていたことは」と気づきました。たまたまその後、レストランで友人と食事をしていた時、外から中の様子を覗き込む中国人がいました。よくみると中国人ではなく、教会でお世話になっている(これからも宜しくお願いしまーす)G夫妻でした。満面の笑顔で手を振って下さりました。そろそろ戻ってきなさいといわれた気がし、再び教会に通いだしました。
学びを始めた頃は、いつか受洗したくなったときにできるように、と軽い気持ちでした。というのも、いつ日本に帰るか分からないし、家族の理解を得る事はできないと思っていたからでした。弟は心の病を患っており両親は世話の為に沖縄を離れられず、遠く離れたアメリカでいきなり、私は今日からクリスチャンです、と言えば心配するだけだからです。という、私の小さな思いとは別の所で大きな力が働き、出会いから結婚、そして結婚式の為の両親の渡米、そして受洗と、教会に再び戻ってから大激震の一年でした。これからの歩みにおいて何が準備されているのかとても楽しみです。教会の中で一番の新米ですがこれからもよろしくお願いします。

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