<牧師室より>2026年8月号「電気がなくても」

今年の7月は嵐が多かったですね。私たちの住んでいる牧師館は2回の停電に見舞われました。

1回目は4日。独立記念日の祝日の夜8時ごろ。土曜日だったので、日曜日の準備も途中だったのですが、ここらでNYの花火のテレビ中継を見ようかな、と思って、テレビをつけたら、バチッと切れて、近所一帯停電。外に出てみると、3軒隣の木が倒れていました。その夜は蒸し暑い夜だったので、たまらず停電していない教会に避難。道の途中あちらこちらに木が倒れていて、何度も迂回しながら、何とか教会に到着。日曜日の準備の続きに取り組んでも、なかなか電気は復旧せず、でも、さすがにそこで寝るのも・・・と夜中の12時を回った頃、準備を終えて、家に帰り休みました。幸い8時間ほどで電気は復旧したのですが、後でわかったのは、その日の嵐はかなりひどくて、同じ町の中でも、木が何本も倒れた通りもありました。

2回目は、21日。火曜日の午後でした。2時45分頃、突然、携帯のアラームが鳴り、「竜巻が発生して、そちらに向かっています」との竜巻警報の知らせです。慌てて地下の部屋にこもっていましたが、何事もなく、30分後に警報は解除され、ほっとしていたところ、3時半頃に、ドドンと大きな雷の落ちる音と共に電気が消えました。ちょうど、取りかかろうとしていた用事にはPCとネット環境が必要。今度も停電していなかった教会に行って、仕事をしていたら、4時間ほどで電気が戻ったという知らせが入り、8時頃には家に戻ることができました。

今回、停電が短い時間で終わって、ほっとしたのですが(14年前のHurricane Sandyのときは1週間停電しました)、それと共に、昔は「停電でもできることがある」「停電だからこそ、できることがある」と思っていたのですが、今回は、今まで以上に電気に頼り、ネット環境に頼る生活をしてしまって、何としてでも電気のあるところに行かなければ、という感覚になっていることに気がつきました。

私が牧師としての歩みを始めた時はまだインターネットは普及していなくて、何でも電話で連絡をして、会って話をして、手紙を自筆で書いて、切手を貼って送っていました。電気は大切なものではありましたが、牧師の働きのためになくてならぬものではなかったです。今、書いているようなニュースレターの原稿も、その頃はまだ手書きが主流だったと思います。Eメールもテキストメッセージも一瞬で相手に届く、遠くにいてもビデオ通話で話ができる、便利な時代になりましたが、その中で、見失っているものもあるのでは、と思わされます。

この8月から私のニュージャージー日本語キリスト教会での新しい3年任期が始まります。この任期の始まりにあたって、改めて、電気やネットの助けを借りながら、それに振り回されない働きを大切にしようと思わされています。具体的には神様との時間を大切にして、聖書を読み、祈ること、そして、人との時間を大切にして、お話しすること、共に祈ることを心がけていこうと思います。

新しい3年間も、皆さん、どうぞよろしくお願いします。

“イエスは答えられた。「第一の戒めはこれです。『聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』第二の戒めはこれです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』これらよりも重要な命令は、ほかにありません。」”(マルコの福音書12章28-31節)

アウトラインで形を見つけよう

このアウトラインは、何でしょう?
見る位置で丸かったり、四角かったり、想像力を膨らませて描きましょう。


正解はティッシュと缶詰、想像力を膨らませて〜描きましょう!


靴もアウトラインを意識して描いてみましょう


モデルさんに色々なポーズをやってもらいました

– – – – 錦織先生の聖書のお話- – – – –

夏本番、先日教会に来ている高校生男子とカニ釣りに行った時、水を持って行くのを忘れてしまいました。海にはあんなに水があるのに、飲み水がないと大変ですよね。

私達にとって、水って本当に大切な存在です。

イザヤ書12章3節
あなたがたが喜びなから水を汲む。救いの泉から。

この聖書の言葉は、フォークダンスにもあった、「マイム(mayim)マイム」の元になった聖書の言葉。ヘブライ語で「水、水だ!水だ!」と喜んで水源に駆け寄る喜びを表現しているそうです。

喉を潤す水も大切ですが、聖書は心を満たす水の大切さにもっと目を向けるようにと私たちを招いています。

箴言 4章23節
なにを見張るよりも、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれから湧く。

そして、イエスこそ、あなたの心に泉を与えてくださる方だというのです。

ヨハネによる福音書 4章13〜14節
イエスは答えられた。「この水を飲む人はみな、また乾きます。しかし、私が与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。私が与える水は、その人うちで泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出します。」

皆様にとっても健康に守られて素敵な夏でありますように。

「神のみわざに目を留めよ。これもあれも神のなさること。」

もう20年前のことになります。2006年11月にガンと診断され、手術を受けました。当時も、詳細はあまり多くの方々にお話しませんでしたが、私の病の癒しのために陰でお祈りくださったすべての方にお礼を申し上げることもせずに20年の月日が過ぎてしまったかも知れません。この場をお借りして、当時お祈りくださった皆さまに、心からお礼を申し上げます。

2006年10月に多くの検査が始まりました。正式に診断は下されていませんでしたが、多分ガンだろうと思いました。ですので、当時、まだ続く検査・診断・手術・治療を進んで行くために、神様に二つのものを求めました。一つは「平安」、どのような結果が出て、これからどのような病との闘いになるのだとしても、いつも平安をいただいて検査や手術・治療に臨むことができるようにということ、そしてもう一つは支えとなる聖書のみ言葉でした。

私たちクリスチャンは皆、イエス様に似るようにと召されていて、それぞれ、このようなイエス様の姿に近づきたいというイメージがあるかと思いますが、私が近づきたいイエス様像というのは、マタイ8章に書かれているイエス様の姿です。
弟子達が怯える程の嵐の中でも、眠っておられたイエス様が持っていた平安、それは、神様の権威に信頼するがゆえに与えられている平安だと思います。私もそのように、どんなことが起こっても、全てのことを支配しておられる神様の権威に信頼して、周りの状況に動じることのない平安・強さをいただいて、この病に対処していくことができますようにと祈りました。

またもう一つ祈り求めた聖書の言葉ですが、その時に与えられたみ言葉は、

神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。
順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである。 (伝道者の書7章13-14節)

ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。
というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。
(ローマ人への手紙11章33-36節)

でした。

ローマ人への手紙の方は、このあかしの準備をする中で、当時のメールなどを読み返して、あ~、そうだったと思い出したのですが、当時、日々私の頭の中にあった言葉は、「神のみわざに目を留めよ。」「これもあれも神のなさること。」でした。

この病との闘いの初めにこのみ言葉が与えられたこと、祈り求めた平安が与えられたことは、本当に感謝なことでした。

実は(今の私からは想像できないかも知れませんが!)私はこどもの頃からとても臆病でした。しかも、精神的はともかく、肉体的に「痛い」とか「苦しい」ことがとても苦手です。にもかかわらず、多くの検査や手術を平安のうちに終えられたことは、本当に神様が支え、助けてくださったと思います。
また、心の平安だけでなく、それをサポートすべく、色々な状況が最善に整えられていて、日々神様に感謝をせざるを得ませんでした。以前同じく乳がんの手術をされた信仰の大先輩のお証の中に「病院の中で私ほど喜びに満たされていた患者はなかったと思います。」ということが書かれていたことを読んだ記憶がありました。その時には「ガンになって本当に喜びに満たされるのだろうか?」と思ったことを覚えていますが、もちろんガンになったことは喜ばしいことではありません。それでもそのような状況の中で感謝せずにはいられない多くの恵みがあちらこちらに用意されていて、感謝の中に喜びが与えられるという経験を私もさせていただきました。これは本当にクリスチャンの特権だと思います。

ガンが見つかったのが、2006年の10月、正確に言うと、初めに胸のしこりを見つけたのは9月の中旬頃だったと思います。その3ヶ月前、6月に転職をしたばかりでした。3ヶ月の試用期間が過ぎて、ちょうど自分の健康保険が9月末から始まり、保険の書類を見ると莫大な医療費がかかっていたことがわかるのですが、たくさんの検査や手術を受けながらも、医療費の心配もすることがありませんでした。

またもともとHackensackの病院で検査などを受けていたのですが、ニューヨークのおばにガンだと診断されたと連絡したところ、おば自身もその20数年前に乳がんの手術をしているのですが、その時手術をしてくださった先生にすぐに連絡をしてくれ、先生もすぐに診察をしてくださいました。結局このウェストチェスターの病院の先生に手術していただくことになったのですが、治療に対するアプローチなど、Hackensackの先生よりも、私にとっては相性が良く、安心して手術をお任せしようと思える先生でした。手術の前の日もぐっすり眠って手術に備えることができたほどです。

手術の結果、病理検査の結果もよく、手術の10日後には仕事に戻ることができました。

また、この手術の後、週5日、6週間半の放射線治療を受けることにもなったのですが、放射線は、どの病院で受けても同じ、ということで、通院に便利なHackensackの病院でしていただくことにしました。これも先ほど少し触れたとおり、それまでのマンハッタンでの仕事から、Fort Leeにオフィスのある仕事に転職したばかりで、Fort Leeの職場から通院するにしても、車で15分で、夜も9時までやっていたので、仕事に大きな支障をきたすこともなく6週間半の放射線治療を受けることができました。もしもまだマンハッタンで働いていたら、この放射線治療の通院もどんなに大変だっただろうかと思い、あらかじめ転職の道を備えてくださっていた神様に心から感謝しました。

手術の病理検査の結果では、リンパ節への転移もなかったので、私が一番恐れていた抗がん剤治療もしなくてよいでしょうということになり、5年間の再発防止のための投薬で済んだことも感謝でした。

まだまだ他にも細かい具体的な神様のあわれみ・恵みはたくさんあったのですが、とにかく、このように全てのことがその状況の中での最善に導かれていて、日々感謝をせざるを得ませんでした。

「信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。」
ヤコブの手紙5章15節

多くの方の篤い祈りに支えられ、また

「わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」イザヤ書41章10節
とのみ言葉どおり、神様が私を支えてくださって、治療・手術を乗り越えることができました。

「神のよくしてくださったことを何一つ忘れるな。」と詩篇103篇にありますが、もうすぐ20年が経とうとしている今、改めて神様と皆様に感謝しつつ、おあかしさせていただきます。神様のみわざ、信仰を与えられていることのすばらしさをともに味わっていただけたなら幸いです。

<牧師室より>2026年7月号「イエスが歩まれたように」

 今月はアメリカ建国250年を迎えますね。私も7月6日にこの国にやってきてから34周年を迎えます。大英帝国の支配、特に代表者を送ることができない一方で、戦争に次ぐ戦争の負担故の重税を負わされることに反発して立ち上がり、勝ち取った独立から250年。今やこの国は世界最大の国になって、世界に大きな影響を与えるというか、世界を動かす国になりました。

 日本の教会で育った私にとって、アメリカは、日本に多くの宣教師を送ってくれて、日本のために多くの人が献金をささげ、祈ってくれている国でした。また、プール開きには神主が来てお祓いをする公立小学校を卒業した私は、大統領が就任するときには聖書に手を置いて誓約をする国に驚きと憧れを持っていました。そんな私のナイーブさは社会学部に入った大学生活で思いっきり打ち砕かれるのですが、それでも、今から34年前、アメリカの土を踏んだときには、新しくこの国に移ってきた私たちを、日系人の方々のみならず、多くの人々が歓迎してくれて、生活をサポートしてくれることに、その懐の深さを感じていました。

 大きな空気の変化を感じたのは、9-11の後です。街にはGood Bless Americaが流れ、「一つになろう」といいながら、イスラムの人たちを排斥したり、アフガニスタンへの空爆開始に拍手喝采を挙げる人々に心を痛めていました。また、イラク戦争に反対したフランスに反発して、人々がFrench fryをFreedom fryと呼び始めたのには、私が知っているアメリカはどこに行ってしまったんだろうと思いました(あれは一時的な現象で、今はFrench fryに戻って良かったです・・・)。もしかしたら、脳天気な私が知らなかっただけで、表面的にしか見ていなかった自分が気がつかなかっただけで、元々アメリカはそういう国だったのかもしれません。

 今から2000年前、イエスがこの地上を歩まれたときに、ロバに乗ってエルサレムに入られました。それは、ご自分が、力を誇示して、人々を支配するローマ帝国の指導者たちとは違う存在であり、仕えるしもべとして、人々の心に愛を満たし、平和をもたらす方として、この世界に来られたことを表すためでした。

 アメリカに住む者として、この国に守られ、支えられている者として、建国250年を迎えたこの国が、世界に仕えていく国として、歩んでいくことを祈ります。軍事力や経済力で周りを抑え込んで、平和をもたらしているような勘違いをするのではなく、世界に仕えていく中で、人々に平和を与えていく存在となっていくように祈ります。そして、まず、自分自身、イエスのしもべとして、イエスの愛をいただいた者として、人々に仕えていく、そのような歩みをさせていただきたいと思わされています。

「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者たちは人々に対して横柄にふるまい、偉い人たちは人々の上に権力をふるっています。あなたがたの間では、そうであってはなりません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。」(マタイの福音書20章25~26節)

家庭菜園、お庭からの贈り物に感謝

お庭に育っている野菜やお花、持ち寄って描きましょう。
さすがの、ガーデンステートNJですね!


ミントやカモミール、ほおずきもあるのですね!


フキもありますね、山椒の香も良いですね〜、ミョウガも楽しみ!


お庭でできる新鮮な野菜は本当に感動で美味しいですと語るモデルさん


錦織 先生 の聖書のお話し

マタイによる福音書6章26〜34節

「なぜ着る物のことで心配するのですか。野の花がどうして育つのか、よく考えなさい。」
マタイの福音書 6章28節

空の鳥を見てご覧なさい、野の花を見てご覧なさい、とイエスは言われました。空の鳥も、野の花も、神様は養い、飾ってくださるという箇所です。

教会で育った錦織先生が高校生の頃、本当に神様っているのかな?と疑問に思った時に、日の光に透けている葉っぱの葉脈の美しさや、自分の手の動きの精巧さに、神様がこの世界を造られたことを信じることができたそうです。

神様にとって、私たちは空の鳥よりも、野の花よりも大切な存在。神様が私たちのことをよくしてくださることを信頼して歩んでいきましょう、という話でした。