「神のみわざに目を留めよ。これもあれも神のなさること。」

もう20年前のことになります。2006年11月にガンと診断され、手術を受けました。当時も、詳細はあまり多くの方々にお話しませんでしたが、私の病の癒しのために陰でお祈りくださったすべての方にお礼を申し上げることもせずに20年の月日が過ぎてしまったかも知れません。この場をお借りして、当時お祈りくださった皆さまに、心からお礼を申し上げます。

2006年10月に多くの検査が始まりました。正式に診断は下されていませんでしたが、多分ガンだろうと思いました。ですので、当時、まだ続く検査・診断・手術・治療を進んで行くために、神様に二つのものを求めました。一つは「平安」、どのような結果が出て、これからどのような病との闘いになるのだとしても、いつも平安をいただいて検査や手術・治療に臨むことができるようにということ、そしてもう一つは支えとなる聖書のみ言葉でした。

私たちクリスチャンは皆、イエス様に似るようにと召されていて、それぞれ、このようなイエス様の姿に近づきたいというイメージがあるかと思いますが、私が近づきたいイエス様像というのは、マタイ8章に書かれているイエス様の姿です。
弟子達が怯える程の嵐の中でも、眠っておられたイエス様が持っていた平安、それは、神様の権威に信頼するがゆえに与えられている平安だと思います。私もそのように、どんなことが起こっても、全てのことを支配しておられる神様の権威に信頼して、周りの状況に動じることのない平安・強さをいただいて、この病に対処していくことができますようにと祈りました。

またもう一つ祈り求めた聖書の言葉ですが、その時に与えられたみ言葉は、

神のみわざに目を留めよ。神が曲げたものをだれがまっすぐにできようか。
順境の日には喜び、逆境の日には反省せよ。これもあれも神のなさること。それは後の事を人にわからせないためである。 (伝道者の書7章13-14節)

ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。
というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。
(ローマ人への手紙11章33-36節)

でした。

ローマ人への手紙の方は、このあかしの準備をする中で、当時のメールなどを読み返して、あ~、そうだったと思い出したのですが、当時、日々私の頭の中にあった言葉は、「神のみわざに目を留めよ。」「これもあれも神のなさること。」でした。

この病との闘いの初めにこのみ言葉が与えられたこと、祈り求めた平安が与えられたことは、本当に感謝なことでした。

実は(今の私からは想像できないかも知れませんが!)私はこどもの頃からとても臆病でした。しかも、精神的はともかく、肉体的に「痛い」とか「苦しい」ことがとても苦手です。にもかかわらず、多くの検査や手術を平安のうちに終えられたことは、本当に神様が支え、助けてくださったと思います。
また、心の平安だけでなく、それをサポートすべく、色々な状況が最善に整えられていて、日々神様に感謝をせざるを得ませんでした。以前同じく乳がんの手術をされた信仰の大先輩のお証の中に「病院の中で私ほど喜びに満たされていた患者はなかったと思います。」ということが書かれていたことを読んだ記憶がありました。その時には「ガンになって本当に喜びに満たされるのだろうか?」と思ったことを覚えていますが、もちろんガンになったことは喜ばしいことではありません。それでもそのような状況の中で感謝せずにはいられない多くの恵みがあちらこちらに用意されていて、感謝の中に喜びが与えられるという経験を私もさせていただきました。これは本当にクリスチャンの特権だと思います。

ガンが見つかったのが、2006年の10月、正確に言うと、初めに胸のしこりを見つけたのは9月の中旬頃だったと思います。その3ヶ月前、6月に転職をしたばかりでした。3ヶ月の試用期間が過ぎて、ちょうど自分の健康保険が9月末から始まり、保険の書類を見ると莫大な医療費がかかっていたことがわかるのですが、たくさんの検査や手術を受けながらも、医療費の心配もすることがありませんでした。

またもともとHackensackの病院で検査などを受けていたのですが、ニューヨークのおばにガンだと診断されたと連絡したところ、おば自身もその20数年前に乳がんの手術をしているのですが、その時手術をしてくださった先生にすぐに連絡をしてくれ、先生もすぐに診察をしてくださいました。結局このウェストチェスターの病院の先生に手術していただくことになったのですが、治療に対するアプローチなど、Hackensackの先生よりも、私にとっては相性が良く、安心して手術をお任せしようと思える先生でした。手術の前の日もぐっすり眠って手術に備えることができたほどです。

手術の結果、病理検査の結果もよく、手術の10日後には仕事に戻ることができました。

また、この手術の後、週5日、6週間半の放射線治療を受けることにもなったのですが、放射線は、どの病院で受けても同じ、ということで、通院に便利なHackensackの病院でしていただくことにしました。これも先ほど少し触れたとおり、それまでのマンハッタンでの仕事から、Fort Leeにオフィスのある仕事に転職したばかりで、Fort Leeの職場から通院するにしても、車で15分で、夜も9時までやっていたので、仕事に大きな支障をきたすこともなく6週間半の放射線治療を受けることができました。もしもまだマンハッタンで働いていたら、この放射線治療の通院もどんなに大変だっただろうかと思い、あらかじめ転職の道を備えてくださっていた神様に心から感謝しました。

手術の病理検査の結果では、リンパ節への転移もなかったので、私が一番恐れていた抗がん剤治療もしなくてよいでしょうということになり、5年間の再発防止のための投薬で済んだことも感謝でした。

まだまだ他にも細かい具体的な神様のあわれみ・恵みはたくさんあったのですが、とにかく、このように全てのことがその状況の中での最善に導かれていて、日々感謝をせざるを得ませんでした。

「信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。」
ヤコブの手紙5章15節

多くの方の篤い祈りに支えられ、また

「わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」イザヤ書41章10節
とのみ言葉どおり、神様が私を支えてくださって、治療・手術を乗り越えることができました。

「神のよくしてくださったことを何一つ忘れるな。」と詩篇103篇にありますが、もうすぐ20年が経とうとしている今、改めて神様と皆様に感謝しつつ、おあかしさせていただきます。神様のみわざ、信仰を与えられていることのすばらしさをともに味わっていただけたなら幸いです。

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