<牧師室より>2026年1月号「使命に忠実に歩む」

12月の初め、クリスマスを前にして、スヌーピーと仲間たち(Peanuts)のNativity(イエスの誕生の場面を表した置物)をひっぱり出してきた時に、「あれっ、ヨセフがいない!」と大騒ぎになりました。ヨセフというのはイエスの母マリアの夫。婚約者のマリアが処女でイエスを身ごもるという出来事の中で、マリアを妻として迎え、イエスの父として、その子を育てたなかなかの男です。私の頭の中では、マリアとヨセフ、ヨセフとマリア、は一組で、二人でイエスを迎えたと思っていますから、ヨセフも当然いるものだと思っていました。
 
何度探しても、どこを探しても出てこない。「まさか・・・でも、もしや・・・」と思ってウェブで同じものを売っていないかと探してみたら、そのまさかで、最初からセットに入っていなかったのです。

製作者は「マリヤは外せない」とルーシーにそれを任せたけれども、「チャーリー・ブラウンはヨセフじゃないよな、羊飼いだろうな。じゃあ、ヨセフは誰にする?ライナスか?うーん、まあ、いいや、ヨセフは省いていいだろ」と思ったのでしょうか?ヨセフって、その程度に扱われているんだな、と軽い衝撃を受けました。しかし、考えてみるならば、私も毎年、このセットを見ているはずなのに、ヨセフがいなかったことに気付かなかったということは、わたしのヨセフへの思い入れも大したことはない、ということなのでしょう。

しかし、聖書を読むとヨセフの悩みと信仰の姿とそれを支えた神の語りかけが出てきます。

イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」
・・・
ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れた。
(マタイの福音書 1章18-21, 24節)

自分の与り知らないところで、婚約者が身ごもる、という出来事、このヨセフの悩みはどれほど深かっただろうかと思います。「密かに離縁しよう」という決心も熟慮の末の決断だと思います。そして、また何よりも夢の中でのお告げにすぐに従ったところも、決断力と実行力の人だなと思います。しかし、このイエスの誕生の出来事の後、ヨセフが聖書に登場するのは1回だけ。マリアはイエスの生涯に何度も出てきますし、後代の歴史の中では「聖母」と神格化さえされるようになるのです。それに対して、ヨセフは舞台から去り、2000年後の「スヌーピーと仲間たち」のクリスマスの場面からも省かれることになるのです。

でも、この出来事を通して、私も、後代の人に、省かれても、忘れられてもいい、ただヨセフのように与えられた使命に忠実に歩ませていただきたい、と思わされました。

2026年もどうぞ、よろしくお願いします。

錦織学

出会いの中で神の愛は実を結ぶ

JCCNJに来て初めての証となります。どの様にして私が神様、イエス・キリストの救いに導かれたか、初心に帰る気持ちを込めて証ししたいと思います。

私は2004年のクリスマスに洗礼を受けました。
当時アリゾナ州ツーソンの大学に留学しており、神様を通して多くの出会いが与えられました。今振り返ると、そのすべてが神様の導きだったのだと確信しています。

留学先で日本語を勉強しているアメリカ人の友人と出会いました。
彼は長身でたくましく、革ジャンを着たワイルドなタイプで、私が思い浮かべる「ザ・アメリカン」な学生でした。でも彼は信仰によって人生を大きく変えられたクリスチャンでした。最初の私はキリスト教や「宗教」という言葉に苦手意識がありましたが、彼の人柄には惹かれるものがありました。

やがてその友人を通して日本語教会の牧師さんと出会い、教会に足を運ぶようになり、断れず(笑)バイブルスタディーにも参加するようになりました。正直最初は気が進まなかったものの、聖書を読み進めるうちに、創造主なる神の存在と、イエス・キリストの愛を少しずつ感じはじめました。

それでもなかなか信仰告白には至りませんでしたが、アメリカ人の友人、牧師さんは神様の愛について語り、私のために祈り続けてくださいました。

牧師さんがいつも語っていた言葉があります。

「人は行いではなく、信仰によって救われる。」

すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。
ローマ人への手紙 322

自分が何かを良い行いを行ったからではなく、「ただイエス・キリストだけを信じるだけで良い」のだということを教えていただきました。

ある日のバイブルスタディーの後、牧師さんに「神様は耕太郎君のことを心から愛しておられます。イエス・キリストがあなたの罪のために十字架で死んでくださった耕太郎君はその愛を受け入れますか?」と尋ねられました。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。
ヨハネの福音書 31617

いつもであれば、「いえ、もう少し考えます」とか、「いや、まだ大丈夫です」とか言っていたはずですが、

そのとき私は、「愛されているなら、それをわざわざそれ拒む理由もない」と感じ、素直に「はい」と答えることができました。それが私の信仰告白、そして信仰によって救われた瞬間でした。

“なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」”
ローマ人への手紙 10章9~11節

その後すぐ、心がスーッと軽くなり、「自分は神様に愛されている」という平安に満たされました。信じるという行為は思っていたよりもずっと単純で、そして深いものでした。その時、神の聖霊の力が働いていたということは後から知ることになりました。

“ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です」と言うことはできません。”
コリント人への手紙 第一 12章3節

クリスチャンになってからも帰国後に教会から離れた時期や、霊的弱さを感じる時期もありましたが、でもイエス様は私を引き戻してくださりました。イエス様を信じることで、私は少しずつイエス・キリストに似た者へと変えられていることを感じています。

私は「君は愛されるために生まれた」という賛美の歌が好きです。その曲の中にある「永遠の神の愛は、われらの出会いの中で実を結ぶ」という歌詞が今の私の思いをよく表しています。神様の愛を知ることができたのは、すべて神様が用意してくださった出会いがあったからです。

信じたからといってすぐに何かが劇的に変わったわけではありません。けれど「愛されている」という確かな安心感の中で歩むことで、少しずつ私が変えられてきたのだと思います。

あの時、神様の愛を受け入れ、信仰の一歩を踏み出せたことを心から感謝しています。

これからも信仰と愛をもって教会の兄弟姉妹、そして神様共に歩み、神様の愛を伝える出会いの一端を私も担えればと思っています。

<牧師室より>2025年12月「世界で初めのクリスマス」

 12月なりました。ホリデーシーズンに入り、街はクリスマス一色になっています。日本を含めて世界各地で祝われているクリスマス。12月号の月報が届く頃には、ロックフェラーセンターでの大きなクリスマスツリーの前に多くの人々が集まっていると思います。でも、世界で初めのクリスマスはそのような華やかなものではありませんでした。

 今から2000年前、イエスがユダヤのベツレヘムでお生まれになった時、まさに世界がBCとADに分かれるその出来事がおこったその夜、最初にそのニュースを聞いたのは町の外で野宿をしていた羊飼いたちでした。

彼らに天使がこのように告げました。

「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」(ルカの福音書2章10~12節)

 救い主の「しるし」・・・それは「目印」であった以上に「象徴」でした。この救い主はどのような意味での救い主か、それは「飼い葉桶に寝かされているような救い主」なのだというメッセージなのです。

 「飼い葉桶」とは家畜がエサを食べるところです。赤ん坊を寝かせるようなところではありません。イエスの母マリヤとその夫ヨセフは客間に滞在することもできず、生まれたばかりの赤ん坊を飼い葉桶の中に寝かせなければならなかったのです。その飼い葉桶こそが、この救い主がどんな方かを象徴するしるしとなったのです。

 この時期、世の中が華やかになればなるほど、取り残された気持ちになる方がおられるといいます。イエスはそのような方々にこそ届く、救い主として来てくださったのです。そして、私たち一人ひとりの心の中の一番深いところ、一番人に見せられないところに届いてくださる救い主として来てくださったのです。

 今年のクリスマス、そのような本当のクリスマスの意味がひとりでも多くの方々に届きますように。

<集会紹介>「クリスマスイブ・キャンドルライトサービス」(2025年12月号)

 元々、いつだったか分からなかったイエスの誕生日。12月25日に祝うようになったのは、冬至を過ぎて、これから日が長くなっていくことと、暗闇を照らす光としてこの世に来てくださったイエスの誕生が重なるからだと言われています。

「闇の中を歩んでいた民は大きな光を見る。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が輝く。」(イザヤ書9章2節)

「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」(ヨハネの福音書1章5節)

「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。」(ヨハネの福音書1章9節)

 クリスマスの前の夜は、このことを私たちが視覚的に経験することができるようにと、キャンドルライトサービスを持っています。

 最初は礼拝堂をできるだけ暗くします。「暗闇」を表すためです。そこにキャンドルの小さな光が入ってきたときに一瞬に暗闇は逃げ去ります。まさに「闇は光に打ち勝たなかった」と書かれているとおりです。その小さな灯火を受け取った人は、その光を隣の人に回していき、光が会堂いっぱいにあふれます。そして、そのキャンドルライトの下で、クリスマスの出来事を記した聖書の箇所を読み、讃美歌を歌います。この日のために備えてきた聖歌隊が讃美歌を歌い、年によっては他の楽器での賛美も入ります。そして、聖書からのメッセージに耳を傾けるのです。

 全体で1時間余りのプログラム。立派なオーケストラも、ドラマチックな演出をする照明もありませんが、2000年前のベツレヘムの馬小屋での世界で最初のクリスマスを思わせてくれる特別な一時です。

今年(2025年)は、12月24日午後5時からです。是非お出かけください。

<集会紹介>「愛餐会」(2025年11月)

「愛餐会」って、教会以外のところではあまり聞かれない言葉ですね。でも、実は多くの教会で使われている言葉です。簡単に言うと、教会の食事会。イエスが人々と食事を一緒にしながら関係を築き、メッセージを語って行った姿にならって、教会でも、いろんな場面で食事を一緒にすることを大切にしています。教会によっては、毎週礼拝後に、食事の準備の担当に当たった方が準備して、一食5ドルとか10ドルを集めて食事をするというところもありますが、私たちの教会では、イースターとサンクスギビング、年に2回、持ち寄りで教会全体の愛餐会を持っています。

 イースターは、イエスの復活をお祝いする日、そして、サンクスギビングは一年の歩みを感謝する日。サンクスギビングデーは木曜日なので、その直前の日曜日にサンクスギビングの礼拝をささげて、愛餐会をしています。礼拝堂で一緒に心からの礼拝をささげた後、地下のジムで愛餐会のスタート。ターキーやハム、フライドチキン、コーンブレッドやマッシュポテトなど、アメリカの定番の料理のまわりに、炊き込みご飯や鶏の唐揚げ、ポテトサラダやそばサラダ、おいなりさんやキムチや中華ちまき、そしてデザートの数々。美味しい食事に自然と会話が弾みます。

 ごちそうをいただきながらの歓談も楽しいですが、全体でのゲームがこの愛餐会の一つのハイライト。企画担当の方が頭をひねって準備したゲームに、子どもも大人も一緒になって、真剣に取り組みます。これには「熱くなりすぎないで~」との声も。また、年によっては、イースターやサンクスギビングにちなんだプログラムが準備されることもあります。去年のサンクスギビングには「今、感謝したい人、もの、場所」など具体的に挙げていって、最後はそれをつなげてチェーンを作りました。挙げていくとたくさんの感謝すべきことがあるものですね。私たちの日々の小さな感謝も、このようにチェーンのように繋がって広がっていくのだと思わされました。

 そして、最後に牧師の聖書からのお話とお祈り。心も体も満たされて、新しく出発します。

 今年も11月23日の日曜日にサンクスギビングの礼拝と愛餐会を持ちます。礼拝が1時半から、愛餐会がその後、3時半から。是非礼拝からおいでいただきたいですが、「どうしても間に合わないから・・・」と諦めないで、愛餐会だけでも。皆さんを心からお待ちしています!

<牧師室より>2025年11月「嵐の中でも」

 10月の終わりから11月の初め、13年前にハリケーン・サンディーがNY地区を襲った時のことを思い出していました。大雨と強風で木があちらこちらで倒れて、停電が広がり、海沿い、川沿いでは高潮で大きな被害が出ました。教会も牧師館もほぼ1週間の停電。停電の影響で暖房も入らず、電気温水器の家だと温水も出ず、寒い日々を過ごしました。でも、あの時、私たちは互いに声を掛け合い、支え合って歩んでいたなあと思います。また、自分たちの電気が帰ってきたときに、より大きな被害を受けた地域に行って、ボランティア活動をしたことも思い出します。

 あの時に比べると、私たちは何倍も穏やかな11月を迎えています。でも、私たちは今、見失っているものはないだろうかと思います。

 あのようなことがまた起こったら良いのに、なんてことは決して思いません。でも、あの、電気も電話もインターネットも、全部止まったその中で、私たちは本当に大切なものは何かを経験していたのだと思います。声をかけてくれる人々の暖かさ、支え合うことの大切さ、共に歩むことの力、そして、誰かのために生きる事の幸いも。

 穏やかな11月と申しましたが、皆さんの中には、穏やかだなんて、とんでもない、今、まさに人生の嵐の中を通っておられるという方々もおいででしょう。このようなことは決して起こってほしくない、ということを経験しておられるかもしれません。でも、そんな中で、思い出していただきたいです。神はそのような困難の中でも、私たちに大切なものを教えてくださるお方だということを。

「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」(ローマ人への手紙 5章3~5節)

聖霊様に従って歩む

私が単身でアメリカに来ることを決めた、神様の計画と導きを証したいとおもいます。

私が高校生のとき、ある預言の賜物をもつ先生に祈っていただく機会がありました。
そこで言われた2つのことがすごく心に残っています。
1つ目は、「あなたは将来色々な国に行くようになるでしょう」
2つ目は、「聖霊に従って歩みなさい。そうすればあなたは大きなものを動かすようになるでしょう」

これを言われた時は海外にも行ったことがほとんどなく、ただ神様は自分に計画を持っておられると知って嬉しかったことを覚えています。
そこから数年経って大学でフランス留学をし、その後就職した会社では海外マーケティングの部署に配属され、色々な国に出張する機会がありました。
そんな中で「アメリカ赴任」の話があがりました。

結婚してからも仕事の関係で遠距離をずっと送ってきた私たち夫婦は、その話が出る少し前に、ようやく一緒に暮らせるようになった最中だったので、私だけアメリカに渡るということに、最初はかなり後ろ向きな感情・不安が渦巻きました。
何の不安もなく安心できている場所から、一歩踏み出すということは本当に勇気のいることでした。また夫婦は一緒にいましょうという中、あえて離れる選択をするのは罪なのでは?と思い悩みました。

ただ、これがもし神様の計画だったら必ず祝福があると思い、道が開かれると思い、祈りました。そして、もしこれが御心ではないのであれば完全に道を塞いでください、と祈りました。

祈り始めてから多くの変化がありました。
・同期の仲の良い友達が同じタイミングで同じ場所に赴任することになりました。
・新入社員の時からずっと面倒を見てくれていた上司がアメリカ会社の社長として赴任することになりました。
・現地の上司が不在でかなり負担がかかると聞いていたところに、素敵なドミニカ人上司が入ってきました。
・知り合いがNJ日本語教会の人を紹介してくれました。

他にも私の背中を押すような、不安を和らげるような出来事がたくさん起こり、これは神様の計画なのでは?と思える環境が整えられ、行くことを決意しました。

そして赴任して1年半が経ちました。
夫婦関係は守られ、職場でもクリスチャンの上司が与えられ、祈り合う教会の仲間ができたことに心から感謝します。
ただ最近、自分の力で頑張って苦しんでしまう場面が増え、もっと神様に祈り委ねる、聖霊様に導いてもらう経験をしなければならないと感じています。
アメリカ生活残り半年、もっと神様を見上げて、神様の計画・御心を祈り求めて行きたいです。

最後に私が赴任を決めた際の聖書箇所をシェアします。
「パンをねだる子どもに、石ころを与える父親がいるでしょうか。魚を食べたいという子どもに、ヘビを与える父親がいるでしょうか。いるわけがありません。罪深いあなた方であっても、自分の子どもには良いものを与えたいと思うのです。それならなおさらのこと、あなたの天の父が、求める者に良いものを下さらないはずがあるでしょうか。」
マタイ 7:9-11

<牧師室より>2025年10月号「ホンモノを求めて」

 先月の半ば、私が所属している合唱団のメンバーが1人ご帰国になるということで、送別会が持たれました。その席上、帰国される方がこのように挨拶をされました。「この合唱団は本当に楽しい。でも、楽しいだけだったら自分は続かなかったと思う。自分は、ある時、皆さんと一緒に歌いながら鳥肌が立つ経験をした。その経験があったからこそ、今まで自分はこの合唱団でやって来れたのだと思う」と。その話を伺いながら、本当にそうだな、と共感しながら、私たちのニュージャージーの教会はどうかな、と思わされていました。

 楽しいだけではない、ここに入った方が鳥肌が立つような経験をしていただいているかな、鳥肌じゃなくてもいい、心が震われるような経験をしていただいているだろうか、神さまに心に触れていただく経験をしていただいているだろうか。語られるメッセージも、単に聖書の教えに忠実にとか、神学的に正しいとか、理路整然としているとか、面白いとか、分かりやすいとか、ではない、ホンモノがここにあるだろうかと。

 それから1週間後の修養会、プログラムの最後の振り返りの時に、最初に立ち上がられた方が、「今、私の魂が喜んでいる」と声を震わせながらお話されているのを見ながら、こういうことなんだな、と思われていました。私自身、講師の先生方ご夫妻の姿に、その言葉の一つ一つに、真実な神さまとの関係の中から生まれるものを感じていました。

 以前、こんな話を聞いたことがあります。ある牧師さんが日曜日の礼拝が終わった後、メモを受け取った、誰からか分からない、でもそこに「お願いします。イエスにお目にかかりたいのです」とのヨハネの福音書12章21節の言葉が書かれていたそうです。その牧師さんはそれを読んで、まず腹が立った。「『イエスにお目にかかりたい』・・・つまり、私のメッセージで、イエス様に会えないというのか?」と。でも、その牧師さんは心の中で本当だと思った。自分は正しいことを話しているし、分かりやすく、面白く、話している、「良かったですよ」と言ってくださる方もいる。でも、集う方々にイエス様にお会いする経験をしていただけているだろうか?

 その牧師さんは、次の日曜日まで必死に祈りました。神さまに訴え、叫び、嘆き、そして、神さまからの答えをいただいて、礼拝のメッセージを語りました。礼拝の後、またメモが残されていました。そこには「弟子たちは主を見て喜んだ」というヨハネの福音書20章20節の言葉が書かれていたそうです。

 ただ楽しいだけではない、ただ正しいだけではない、そこに入った方が、鳥肌が立つような、心が震われるような、神さまに触れていただくような経験をする、そんな教会となりますようにと祈ります。そのために私自身、神さまとの更に豊かな関係へと導かれますように。

「神さまのなさること」

私は、来年70歳になりますが、これまでの人生で最も嬉しいこと、誇れることは、神様と出会いクリスチャンになったことです。

「しかし、彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである」(ヨハネによる福音書1章12節)

プチ証し1
23年前(2002年)に、このNJ日本語キリスト教会(JCCNJ)で洗礼を受け、クリスチャンとなりました。
そのころ、私は米国の会社に勤めており、ユダヤ人の同僚に、「今度洗礼を受けることにしたんだ」と言いましたところ、即座に「Congratulations!(おめでとう!)」と言われ、握手を求められました。
私は、「洗礼を受けることは、おめでたいことなんだ~」と、とても新鮮な発見をした気持ちでした。
それから数日後、実際に私の受洗の日、皆さんから「おめでとう」「おめでとう」と言われ、握手やハグの嵐。なるほど、日本人のクリスチャンも受洗した人には「おめでとう」というものなんだ、と、初めて思いました。
何ヵ月か後に、この教会で私の次の受洗者が与えられました。私は、この時とばかり、自分の時に教わった挨拶言葉「おめでとう」と言い、その受洗者にハグしました。
そうしましたら、どうしたことか、急に後から後から涙が出てきて、もう嗚咽が止まりませんでした。本当に嬉しかった!
それからは、毎回、洗礼式のたびに、牧師が受洗者の頭に手を置いて、右手を高々と上げ、
「我、父と子と聖霊の名によって汝にバプテスマを授ける。子よ、しっかりしなさい。あなたの罪は許されたのだ」と言ったとたんに、涙が溢れ出て、カメラのファインダーを覗くふりをして隠すのに必死です。

プチ証し2
クリスチャンとなった後で、会社の米国人のクリスチャンの同僚と宗教の話題で話をしたことがありました。彼女は「ほとんどの日本人は仏教徒なのか」と尋ねました。私はちょっと考えて、「いや、ほとんどの日本人は、仏教徒とは言えない。宗教というものを持っていないと思う」と答えましたところ、彼女は目を丸くして驚き、「信じる神様(仏様)が無くて、どうやって生きてゆけるの?」と、ほとんど絶叫していました。
ある時、台湾に出張したときのこと、台北で1,2の大銀行の頭取と会う機会がありました。
その女性頭取は、約束の有名な寿司店に、見たこともないほど大きなロールスロイスでやってきました。「台北中の信号機は、この車が通るときは全て青信号になるように警察が調整するのだ」と、ドライバーが言っていました。
彼女は50代くらいの日本人で、クリスチャン。若いころピアノの先生として台湾に来て、先代の頭取と20代で結婚し、そのご主人を最近亡くされ、頭取となったのだそうです。
「それは、さぞご苦労されたのでしょうね」と言いましたら、「神様がいなかったら、これまで私は生きてこられなかった」とおっしゃいました。その淡々とした話しぶりが、本当にたくさんの辛い目に会われたであろうことを物語っていました。もう、私は涙でぐちゃぐちゃになり、高級なお寿司を涙と共に口に押し込んでいました。

プチ証し3
私は、前の妻を25年前に米国で亡くしました。それがきっかけでJCCNJに通うようになりました。
教会に通い始めて2年ほど経ち、牧師や周りの方々から、「そろそろ洗礼受ける?」などと囁かれ始めていました。
聖書の学びも行い、心を打たれる御言葉にも出会いました。しかし、神様を信じて、洗礼を受けることがどうしてもできない理由がありました。それは、イエス様が起こされた奇跡です。死者を蘇らせる奇跡、そしてイエス様ご自身も、十字架で死なれて3日目に蘇り、今も生きておられる。これらの奇跡が、自然科学を学んだ者としてはどうしても信じられませんでした。
「そこだけ目を瞑って受洗してしまえばいいじゃないか」とも少し思いましたが、そこは教会もしっかりしています。洗礼式で受洗者に尋ねられる唯一の質問は、「あなたはイエス様があなたの罪のために十字架につけられ、3日目に蘇られたことを信じますか?」
「あぁ、そこ訊くか?!」 こうはっきり訊かれたら、ま、ここだけは目を瞑って、、、とはいきません。そこでいつまでも決心できずに、時だけが経っていました。
2002年、妻が亡くなり2年もたつので、久しぶりに当時12歳の娘と、初めて2人で旅行に行きました。
娘と並んで歩いていると、誰か別の人の気配がします。周りをキョロキョロ見回してみても誰も居ません。しかし、歩いていると、確かに人の気配がするのです。
その人はついには話しかけてきて、「何をいつまでも迷っているの? 私はここに居ますよ。永遠の命を信じなさい」と。確かに妻の声でした。
私は、旅行から帰って、錦織先生のところに飛んで行きました。「先生、洗礼受けます!!」
それから一度も亡くなった妻の声を聴いていません。
私たちクリスチャンは、地上の生涯を終えると故郷である天国へ帰ってゆきます。決して亡くなった後に霊が地上をさまようことはありません。あの時の妻の声は、神様の声だったのだと今は確信しています、
神様は、本当に必要な時には、想像もつかない方法で、私たちを支え、導いてくださいます。

私は、この70年の半生で、最も誇れることは、神様を信じ、クリスチャンとされたことです。

<集会紹介>「聖書の教え基礎コース」(2025年10月)

実はこのコース、10年以上前から続いているのですが、このコーナー初登場です。というのは、これは「集会」というよりも、希望者を募って、皆さんの都合の良い時間に集まって、学びをしていたからです。

でも、このたび、今年の10月19日から日曜日の礼拝前、12時45分から1時20分まで、「集会」として持つことにしました。どなたでも歓迎です。そして、出入り自由、1回だけの参加でも、都合が良いときの参加でも歓迎です。礼拝に出ないで、この学びだけに出る、という方も歓迎です。ノープレッシャーで、質問、反論大歓迎で、学びの時を持ちます。

このコースでは、聖書がどんなことを語っているのか、その全体像をお話したいと思います。「聖書について」「神さまについて」「人間について」「キリストについて」「救いについて」などのテーマを、全部で20回くらいになるのでは、と思いますが、少しずつ学んでいきます。

今までも、このコースを通して、イエス様を救い主として受け入れられた方もおられますし、ずっとクリスチャンとして歩んできたけれども、聖書の教えについて全体像が整理できたという方も起こされました。また、このコースで使うテキストを使って、友達にイエス様のことを伝えた、という方もおられます。

初めての方も、クリスチャンとして長く歩んでこられた方も、どなたも歓迎です。お待ちしています。