<牧師室より>2026年6月号「神様の大きな御手の中で」

 4月、5月と6週間半にわたって、サバティカル休暇をいただいて、ゆっくり休み、充電の時を持たせていただきました。その間、南カリフォルニアから元ロサンゼルスホーリネス教会牧師の溝口俊治先生がおいでくださり、6回の主日礼拝のメッセージを始め、多くの働きを担ってくださいました。また2回のNY礼拝はNYのEvery Nation Churchの飯沼一朋先生が取り次いでくださいました。また教会の皆さんが多くの尊いご奉仕をしてくださいました。心から感謝します。

 サバティカル休暇が始まる前に、何を期待するか、書き出していたときに、一番に思いついたのが「自然の中で神と共に過ごす」ということでした。自然の中で、神様が語ってくださることに耳を傾けたいと思ったのです。今年の4−5月は思いのほか寒い日が多かったので、願ったほどに自然の中で過ごすことはできなかったのですが、それでも、日本で訪問した宮城県の先生には桜咲く松島に連れて行っていただいたり、90代の両親と一緒に銚子に行って、犬吠埼灯台に登って遠くカリフォルニアを望み見たり、ノースカロライナの山では熊に遭遇したり、湖の畔で夜空の星を見上げたりしました。その中で思わされたのは、神様のなさることは自分の思いを超えている、ということでした。期待を遙かに超える大きさを感じることもあれば、期待を裏切られることもあり、この自然界のことも、また、神様のことも、想定の中に収めようとしてはいけないのだな、ということでした。

あなたは天の掟を知っているか。地にその法則を立てることができるか。
あなたの声を密雲にまであげ、みなぎる水にあなたをおおわせることができるか。
あなたは稲妻を向こうに行かせ、あなたに向かって「私たちはここです」と言わせることができるか。
(ヨブ記 38章33~35節)

 だんだん気候も良くなってきました。6月は最初の土曜日にはGeorge Washinton Bridgeのたもとでの野外での早朝祈祷会、また21日にはParamusのVan Saun Parkでの野外礼拝がもたれます。「空の鳥を見なさい」「野の花がどうして育つのか、よく考えなさい」(マタイ6章26節、28節)と言われたイエスの言葉に従って、この自然の中に表された神のみ思いに心を向けましょう。どちらも、皆さん、大歓迎です。

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