ハロウィーンと秋の味覚満載〜!

紅葉の中、自然の恵みを集めてみました。
秋の味覚とハロウィーングッズ、勢揃い!
どれが、本物でどれが作り物かな?


今日のモデルYさんに
「私の好きなアーティストシリーズ」Robert McClintock
の絵やバックグラウンドのお話を聞きました。



写真をベースにCGでの展開が素敵ですね。
ボルチモアで活躍されているそうです。


ハロウィーンメイクは非公開、
手も描くのは難しかったけど、
ハロウィーンムード満載ですね。


実技の後は、錦織先生の聖書のお話。

いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。

「喜んでいなさい!」って言われても、現実はどうですか?

色々な事につまずいて、悩み多く、疲れていて、心がいつも平穏でない時の方が多いですよね。でも、そんな自分の悩みや苦しみも、そのまま、神様の前に持ち出して、祈ってみること。

その時に「・・・しかない。」ではなく、「・・・もある!」と思えた時、ハレルヤ!ですね。

先生のお話の後は、喜んでいよう!喜んでいたいって、思いました。

 

「受洗まで」(神様の招き)

日本の家にはよくある風景だと思いますが、私の実家には仏壇と神棚が和室に並んでいました。朝晩お水や炊いたご飯を供えることが子供の頃からのお手伝いの一つでした。運動会や試験の折には、母から「のんのんした?」
「仏さまにお願いした?」の声掛けがあり、仏壇の前で手を合わせるということが習慣になっていました。その様な家庭でしたが、幼稚園年長の頃、クリスチャンではない母が何故か私を教会の日曜学校へ連れて行きました。自身が中高をミッション系の学校で過ごした影響でしょうか、今度母にゆっくり聞いてみたいと思っています。

小学校1年生の時、父の転勤で関西へ引っ越しました。社宅の目の前に教会があり、母はまた私を日曜学校へ連れて行きました。この時の記憶は、クリスマスの生誕劇で一言もセリフの無い羊の役をしたことと、毎週配られる聖句の絵カードを集めるのが楽しかったことです。2年生になると、母の興味が日曜学校からガールスカウトに変わり、私の日曜日はガールスカウトの活動にシフトしました。

再び神様に少し近づいたのは中学の時です。毎日の礼拝や週一回の聖書の授業があるミッション系の学校に入学しました。クラブ紹介でその美しい音色に一目ぼれした私はハンドベル部に入りました。その顧問の先生が宗教主任の先生でした。厳しい方でしたがお話が大変上手で、時々行うハンドベルの演奏や美しいメロデイの賛美歌を歌うことに加え、先生のお話は礼拝の楽しみの一つでした。ある時クラスメイトのお父様が亡くなり、何人かでご葬儀に出席するということがありました。クリスチャンでいらしたので私にとって初めての教会のお葬式でした。故人の好きだった讃美歌を歌い、皆で白い花を献花するというお式は、不謹慎ですが少しあこがれたのを覚えています。

中学2年生の時に父の転勤があり、英国国教会系の学校に編入しました。チャプレンのお話にあまり魅力を感じず、聖歌集に馴染めず、年齢もあったのでしょうか、心が神様から離れてしまいました。

結婚した夫の両親はクリスチャンでしたので、結婚式は両親の教会の牧師先生に会場まで来ていただいてして頂きました。夫の家は食事の前に皆でお祈りすることもなく、ノンクリスチャンの私にとってごく普通で居心地の良いものでした。私たち家族が東京にいる時は、イースターやクリスマスの折に時々教会に誘ってもらいましたが、20数年中、礼拝に出掛けたのは10回に満たないかもしれません。

2019年に夫がニュージャージーに駐在になりました。FBの知り合いを通じて知ったニュージャージー日本語教会に夫が行くといった時、日曜日に特に用事もなく、なんとなく一緒に通うようになりました。聖餐式に初めて同席した折、教会に来ている人はクリスチャンとそうでない人がいることを深く意識するようになりました。私にとって教会に行くということは、学生時代の延長で、賛美歌を歌い、お話を聞き、ひっそり個人的なお祈りをするということで、それで満足でした。その先にある神様を心から信じ洗礼を受けてクリスチャンになるということは、何か特別な天啓のようなものがあったり、神様を求めずにはいられない体験をしたりということが必須であると感じていました。
ですから、2021年突然夫から、受洗しようと思うと聞いたときは本当に驚いたのを覚えています。

教会は仲良しグループの集いではないことは理解しています。ですが、教会の雰囲気は先生を始め集う方々によるもので、それはとても大事なものだと思います。ニュージャージー日本語教会に通い、お茶の時間や教会以外の場所で皆様に本当に暖かく親切にして頂いたと感じています。

日本に本帰国することが決まった頃、何も特別な天啓も体験もありませんでしたが、洗礼を受けるということを少し考えるようになりました。その思いを感じていただいたのでしょうか、1月に先生から「帰国も近いし、もしよかったら聖書の勉強をしてから帰りませんか。」とお誘いを受けました。勉強も後半に差し掛かった頃、受洗についてお話頂きましたが、まだ迷っていた私は、神様をすごく求めるような体験も何もないのに洗礼を受けてもいいのかどうか等、色々なことを尋ねました。イエス様が私の罪を背負ってくださった、そのことを信じられることが一番大切なことです、と先生は何度も話してくださいました。錦織先生と親切にしてくださった皆様のいるニュージャージ―教会で受洗したいと決心しました。

東京に戻って半年、夫の両親の教会へ通っていますが、ニュージャージー教会のことを時々思い出します。先日古い友人と会う機会があり、ひょんなことから彼女が12月に洗礼を受けることを聞きました。私はとても嬉しくなり、自分の時に皆様に心から喜んで頂いた理由がわかったような気がしました。12月彼女の教会へ行き、「おめでとう。」を言う約束をして別れました。

幼い時から神様が何度も招いてくださったことに本当に感謝します。

「しかし、私たちがまだ罪人(つみびと)であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。」
(ローマ人への手紙5:8)

2024年11月<牧師室より>「原点に戻って」

今年も早くも11月。もうすぐサンクスギビングがやって来ます。日本語にすると「感謝祭」。一年の神様の守りに感謝をささげる時です。

でも、皆さんの中には、苦しみばかりで、辛いことばかりで、このサンクスギビングの時に感謝なんてできないという方もおられるかもしれません。このお祝いの季節、幸せそうに見える周りの人々に比べて、自分の状況が特に悲しく見える、感謝なんかとうていできないという方もおられるかもしれません。でも、元々、アメリカの最初のサンクスギビングは元々感謝なんてできないという状況の中で祝われたものだったのです。

イギリスから自由を求めてやって来た人々。どんなに夢を見て、希望に溢れて海を渡ってきたことでしょう。しかし、彼らを待っていたのは厳しい冬の寒さでした。例年よりも厳しい冬だったようです。ここ数年の温暖化で本当に冬の寒さがゆるくなってきているなあと思いますが、今から400年も前の今のマサチューセッツ州、どれほど厳しい冬だったことでしょう。多くの人が命を落とし、出航した時の半分の人数になっていたといいます。ここで冬を越そうと思ったことや、本国を出てきたこと自体をどんなに後悔したことかと思います。そのような本当に大きな悲しみや苦しみを乗り越えて、出会いが与えられて、現地の人々の助けを借りて、最初の収穫を祝ったのが最初のサンクスギビングでした。他のホリデーもみなそうですが、現代ではサンクスギビングも商業化されすぎて、経済的に恵まれている人たちや、安定した生活をしている人々、所謂「幸せな」人々が祝うものになってきてしまっています。

この最初のサンクスギビングの意味を取り戻しましょう。痛みや悲しみの中でも、共に支え合いながら歩むことで、前進していく、そして、神に感謝し、お互いに感謝していく、そのようなサンクスギビングをお祝いできればと思います。

「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。この世の財を持ちながら、自分の兄弟が困っているのを見ても、その人に対してあわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょうか。子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。」(ヨハネの手紙 第一 3章16~18節)

今年も1124日の礼拝を感謝祭礼拝として、この年もここまで導いてくださった神様に共に感謝をささげます。そして、礼拝後は愛餐会(持ち寄りの食事会)をします。是非皆さんお出かけください。お友だちや御家族にも声をかけておいでください。共にサンクスギビングをお祝いしましょう。

2024年10月号<牧師室より>「祝福を持ち運ぶ」

9月21日のラトガーズ大学の天野先生をお迎えしてのセミナーはとても良い集まりとなりました。先生のお話は分かりやすく、また会場からも質問や意見も寄せられ、海外に住んでいる私たちに必要なお話を伺うことができたと思います。

特にその最後の方でお話いただいたこと、認知症の方々のサポートのために、個人でもなく、国や州の政府でもなく、コミュニティーだからできる事はないかという提言は私たちにとって、とてもチャレンジングな問いだったと思います。これから、この地域のネットワークがこの先生を通して、どのように広がっていくか楽しみです。そして、それだけではなく、天野先生をはじめ、何人かの方々から、「この日本語教会はすでに一つのコミュニティーですね」とお声をかけていただき、励まされたと共に、新しい視点を与えられたように思います。

今まで私は「教会が地域のコミュニティーに、日本語を使う人々のコミュニティーに出て行く」ことの大切さを訴えてきましたし、何ができるかを考えてきました。しかし、今回「この日本語教会はすでに一つのコミュニティーですね」という皆さんにかけていただいた言葉によって、私たちの教会自体が一つのコミュニティーとなり、周りの人々を巻き込んで行くことができれば、それはまた大切な使命を果たしたことになるのではないかと思ったのです。

聖書の中で、「信仰の父」と言われたアブラハムはこのように神様に語られました。

「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。」(創世記 12:1-2・口語訳)

 この約束は、今では教会に対する約束として受け継がれています。安穏とした生活から立ち上がって、神様に従って歩んでいくときに、私たちは祝福の基となって、周りの人々に祝福を持ち運んでいく存在になっていくのです。勇気をもってこの地域に住む日本語を使う方々に祝福を持ち運ぶ働きをさせていただこうではありませんか。