2024年9月号<牧師室より>「まず仕えることから」
早いもので、今年も2/3が過ぎました。
2024年はイザヤ書52章7節の「良い知らせを伝える人の足は、山々の上にあって、なんと美しいことか。平和を告げ知らせ、幸いな良い知らせを伝え、救いを告げ知らせ、『あなたの神は王であられる』とシオンに言う人の足は。」という聖書の言葉をいただいて、歩んできました。
この言葉から、教会が聖書の教えを伝えることの大切さを感じると共に、地域コミュニティの中で歩んでいくことの大切さを思わされます。
聖書は繰り返し、この世に出て行きなさい、周りの人々に仕えなさい、と語っています。
地域とのつながりを考えるときに2つの出来事を思い出します。一つは今年の2月号でもご紹介した、9-11直後に出席したセミナーの講師の「特別なことが起こってから『私たちには何ができますか?』と聞いても遅い。何もないときからいつもコミュニティの中に生きていないとダメだ」という言葉。もう一つは、東日本大震災の時の先輩牧師の経験です。
東北の沿岸部の教会の牧師をされていたその先輩は、幸いにも津波が教会の手前で止まり、電気も止まらなかったので、「教会は電気が通じています。携帯の充電が必要な方は、ご利用ください」と窓に貼っていたそうですが、誰も尋ねてくる人はいなかったそうです。それで、教会のメンバーの医療関係の方と一緒に避難所に行ったときに、「〇〇寺のご住職が説話をしてくださいます」とアナウンスがされ、人々が集まっているのを見たそうです。同じ「宗教関係者」なのに、自分は「私は牧師です」と避難所に入っていくことも許されずに、医療関係者の補助者としてしか入れない、この扱いの違いは何か?と思いながら、この先輩牧師は、まず、誰も見ていないところで仕えることから始めたそうです。まずは、全国から送られてくる支援物資が人手不足で倉庫に雑然と山積みになっているのを見て、「この倉庫の整理をさせてください」と申し出られました。そして、小さなことから一つ一つのことに忠実に歩んでいく中で、地域の方からも、役場の方からも信頼を得て行かれ、やがて、地域や役場の方から「相談したい」と話がくるようになったそうです。
そのように、教会と地域コミュニティのつながりを深めていくために、昨年の10月、初めての試みとして、「アメリカで快適に暮らす為に知っておきたい情報」というテーマで、NJで高齢者支援をされている方々にお話をしていただきましたが、今年はその第2弾、9月21日にラトガーズ大学の天野先生をお招きして「認知症について私たちが知っておくべきこと」というテーマでお話をしていただきます。自分自身がそのようになるかもしれないことを覚悟して、またそのような方に接するときの心構えなど、私たちには本当に大切なテーマだと思います。是非ご参加ください。詳しくはこちらの案内をご覧ください。今、このような助けを必要としているどなたかのところに届きますように。
「主の采配の確かさ」
在籍していた神学校の突然の閉鎖に伴い、昨年9月より大都会NYから牧場だらけのKYの田舎町に移り、リバイバルが起こって御霊が力強く働いている神学校のコミュニティでの生活と学びが始まりました。ケンタッキーにはあまり日本人へのアウトリーチの機会がなさそうと勝手に思っていたので、日本人人口が全米で三番目に多いNYCでの日本人伝道の思いを一度神さまにお返しするという自分にとってはかなり辛い覚悟を決めて、神さまに導かれるがまま何も知らずに雲と火の柱を追いかけてケンタッキーに来ました。ところが、神さまは私には予想もできない方法で私を次の宣教の地、ケンタッキーに導いたことが到着して程なくして分かりました。
ケンタッキーに引っ越す直前、コロラドでお世話になった牧師先生ご家族が私のアズベリー行きを知って「ケンタッキーに私たちの親友でアメリカ人のご主人と日本人の奥さんのL夫婦がいるよ」と連絡がありました。そのLさんご夫婦は一度2022年にナッシュビルであったRJC(Reaching Japanese for Christ)の地域カンファレンスで一瞬だけお会いしたことがあり連絡先も交換していたので、ケンタッキーに着いたら連絡してみようと思っていたのですが、全く別件でLさんたちの方からそのあとすぐ突然連絡が入りました。やりとりをする中で、LさんたちもISI(私が所属する留学生ミニストリー団体)のスタッフとして20年以上ポートランドで留学生に仕えるかたわら日本語教会も開拓し、そして2年ほど前に神さまから中西部に移動するように示されて何も分からないままただ神さまの導きを信じてケンタッキーの地へ引っ越してこられたことを知りました。ISIの働きはLさんが来るまでケンタッキー州にはなく(全米でもケンタッキーとテネシー州だけなかったそうです)、私もNYのISIチームからはケンタッキーにはISIの働きがないと聞かされていたので、今Lさんたちがケンタッキーの地でISIの働きを始められたばかりとのことを聞いてびっくりしました。Lさんたちも過去2年間ケンタッキー、レキシントンエリアでの留学生伝道やアメリカ人教会のミニストリーの働きをいろいろと探っていく中で実は日本からの留学生が多いこと、そしてトヨタ系の自動車産業の工場がある関係で日本からの駐在家族もかなりいることがわかってきて、「日本語が話せてミニストリーに重荷のある女性を与えてください」と祈っていたところに私がやってきて驚いたそうです。
Lさんたちは息子さんがアズベリー大学に通っており、家もキャンパスから15分ほどの近さだということも分かって、ケンタッキーに引っ越してきて数日とたたないうちにLさんたちと早速お会いしました。神さまが不思議な形で私たちを繋いでくださったこと、私の日本人伝道への重荷とLさんたちの助け手を求める祈りを神さまが聞いてくださったことに共に感謝と驚きの祈りを共に捧げました。LさんたちがUK(University of Kentucky)でCru(編集注:以前キャンパスクルセードという名前だった学生伝道団体)と協力して2022年に始めたBonfireという留学生ミニストリーに私も早速参加し始め、そこで何人かの日本からの交換留学生とも出会いました。Centre Collegeという別の大学にも日本人留学生が10人弱いることが分かって、その子たちとも交流を始めました。また、Lさんたちや他にもアズベリーで繋がった近隣のクリスチャンの方々を通して、レキシントンエリアのアメリカ人教会が取り組んでいるESL(英会話)ミニストリーに参加している生徒さんの半数以上が日本人の駐在妻さんたちであることも知りました。ESLミニストリーに携わっている方に誘われて9月末にお邪魔したホームパーティでお会いした方々は実際8割以上の方が日本人、しかもみなさんトヨタ系ということで私の地元の愛知県出身…すぐにローカルトークで打ち解けることができ、何人かの日本人ご家族と顔見知りになりました。パズルのピースがぴったり当てはまるかのような神さまの正確な采配と配置に鳥肌が立つ思いでした。
そして、Lさんたちと出会って3週間ほど経った頃、「一緒に日本語教会を始めませんか?」と誘われました。日本人へのアウトリーチの大きなニーズとそこへのアメリカ人教会の試みを見、また私がそこに送られてきたこともあって「今が動く時だ」と確信されてのお誘いだったそうです。こうして2023年10月からケンタッキー、レキシントンでの日本語教会開拓が始まりました。アズベリー神学校のカフェテリアにLさんたちをお招きして、ランチに集まってくる神学生たちで私がその時点で知っている限りの日本人に重荷のある人たちに声をかけ、ランチをしながら教会のビジョンを分かち合い、ネットワーキングを行いました。その中で何人かの神学生たちが興味を示してくれ、後に多くの点で尊い助けの手を差し伸べてくれました。
この開拓教会は、みんなで話し合って「いずみコミュニティチャーチ」という名前になりました。レキシントンにある南部バプテスト派で日本人駐在妻さんたち向けにESLミニストリーを長年続けてくださっている大きな教会が快く教会の中高生向けのクラスルームを貸してくださり、礼拝がスタートしました。最初はLさんご家族、求道中の駐在妻さん、そして私の6人だけの小さな集まりでしたが、UKやCentre Collegeの日本人留学生、アズベリー大学の日本にルーツや重荷のある学生たち、また駐在のご家族など、毎週神さまが人を送ってくださって、教会が始まって8ヶ月経った今は平均して30人前後が集う教会になっています。2月に行った餅つきのイベントと礼拝には、なんと近隣の日本人家族や留学生たち合わせて100人以上もの参加者もありました。10人弱、レギュラーで来てくださっている未信者の方々もおられ、とてもミッショナルな教会です。
また、UKのBobfireミニストリーで出会ってから個人的にも共にバイブルスタディを始め、EC23にも一緒に参加した日本人の交換留学生の女の子、Rさんがこの4月に私たちの教会で洗礼を受けました!彼女の洗礼式はお部屋をお借りしているアメリカ人教会のメイン礼拝の中でLさんを通して執り行われました。これはいずみコミュニティチャーチにとっての最初の洗礼式でしたが、長年日本人のためにESLミニストリーを続けてきたこのアメリカ人教会にとっても初めての日本人の洗礼式で、礼拝堂は大きな大きな天の喜びで満たされていました。RさんはEC23に参加したあと、積極的にBonfireでも私たちの教会でも賛美チームに入って賛美のリードをしてくれるようになったり、UKの他の交換留学生たちに一生懸命神さまのことを分かち合ったり、周りの留学生たちのことを想いやったり、本当にさらに生き生きとしたキリスト者の姿に変えられていきました。彼女の洗礼式や喜びに溢れていく姿を見て、いずみコミュニティに通ってくださっている求道中の40代の男性の方が、「自分もそろそろ洗礼について真剣に考えたい」とRさんに伝えにきてくれたと聞きました。キリストによって変えられていく彼女の姿は未信者の方々だけでなく私たち「種を蒔く者」にとっても本当に大きな励まし、慰め、希望でした。Rさんは5月の頭に日本に本帰国し関西方面で信仰生活を始めています。関西にいる私が信頼する姉妹たちに繋いではいますが、どうぞこれからのRさんの信仰の歩みと、またご家族の救いのためにお祈りいただけると幸いです。
このようにして、一度お返しした日本人伝道への思いを神さまはケンタッキーの地でさらに私の愛知県出身という出生までもが生かされるような形で聞き届けてくださいました。またアズベリー神学校のカウンセリング修士も、全米の神学校で5校しかないカウンセリング認定を受けているプログラムで、以前いた神学校よりもさらに良い環境とカリキュラムの中で学べることになりました。学費や寮費が支払えるか分からない中でケンタッキーへ来ましたが、到着して数日後に学費はほぼ全額卒業するまで奨学金が与えられること、寮費もNYCにいた頃の一ヶ月分の家賃で一学期住めることがわかり、アドナイ・イルエ=「備えの主」の養いの業と恵の大きさに心がいっぱいで賛美の思いで溢れました。ウィルモアの小さな田舎町もとてもあたたかいコミュニティと美しい牧歌的風景の広がる素晴らしい場所で、NYCという都会の喧騒に当てられてすり減っていた私の心と魂を癒し潤してくれるようでした。NYCでの日本人伝道のニーズは未だとても大きく、私も引き続きそのためにお祈りしていますが、現在IPPUKU(私が携わっていたISIの日本人留学生ミニストリー)の元スタッフがもう一度活動を再開させようといろんな方たちに連絡を取り、また私もオンラインでミーティングを重ねたりしています。ぜひこの霊的な砂漠地帯であるNYCでの日本人ミニストリーのため、共にお祈りください。
“あなたが水の中を過ぎるときも、わたしは、あなたとともにいる。川を渡るときも、あなたは押し流されず、火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。” イザヤ書 43章2節
神さまと歩む道は平坦な道とは約束はされていません。水の中や火の中を通ることもありますが、この聖書の箇所でそれらが私たちに致命的なダメージを与えることはないよう神さまの守りの手がいつも共にあることが約束されています。私もこの激動の一年を振り返る時に、常に神さまの慰めと支えの手があったこと、いつでも必要な安息の時を主は備えていてくださったこと、そして神さまの御計画がいつでもベストプランであることを体験しました。これからも神さまの養いの手を取り、キリストだけを握って導かれるところどこにでも主の道を見出したいと思います。お祈りやあらゆる形での多くの方の支援にも心から感謝しつつ。
2024年8月号<牧師室より>「開かれる道、閉ざされる道」
日本から戻ってきて10日ほど。やっと落ち着いて、18日間の日本滞在を振り返る事ができています。
多くの方々に祈られて、派遣されて、迎えられた日本での日々、本当にエキサイティングな日々でした。5年ぶりの日本で、6年ぶりの各地訪問。久しぶりの方々との再会も長い年月を超えて、まるでずっと共に歩んでいたかのような感覚に襲われる一方で、若者たち、子どもたちの成長には驚かされます。また、初めて出会う方々も何人もおられて、それはまた特別な一時でした。
日本に着いた翌日から東北から北海道と3泊4日の巡回、まず暑い東京から離れて、NJに近い気候で過ごしたのは正解でした。その後、東京での土曜日の帰国者集会と日曜日の礼拝メッセージ。
そして、月曜日からの3日間は今回の日本訪問の中心的な目的である、出身教団の日本ホーリネス教団の小田原での夏季聖会でのご奉仕でした。今から32年前に祈って送り出してくださった皆さんに、日本に帰ることもなく、そのままアメリカにいることになった自分が受け入れられるのだろうかと緊張と不安を感じていました。しかし、そこで神さまが私の心に語ってくださったのは、自分がどう思われるかよりも、神さまが語りなさいと言われることを語ることの大切さ。平安と自由な心で大胆に聖書からのメッセージを語ることができました。
そして、そのまま、土曜日まで東海から関西方面の各地で皆さんと時間を過ごし、東京に戻ってきました。そして、2回目の日曜日、池の上教会での礼拝と午後の伝道会にも、NJの関係の方々が多く来られて、喜びの再会を果たし、ご奉仕も終えました。
ところが、翌朝判明したまさかのコロナ陽性。日本でも5類感染症に移行して、以前のような対応は必要なかったとしても、帰米までの予定はすべてキャンセルして、活動自粛生活に入ることになりました。
最後の5日間は東京近郊で集まりを持ったり、個人的にお会いしたり、訪問させていただく方がいたりと、すごく楽しみにしていたので、とても残念でした。NJから送り出してくださった皆さんに対しても、18日間の中の5日間も部屋に籠もって過ごすことになるのは申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
脅かされていた日本の夏の暑さも、確かに大変でしたが、汗拭きタオルを忘れないように、ということだけ気をつければ、それほど体調に影響することもなく過ごしていたのに、また、コロナの症状もごく軽く、1日半だけ、解熱剤がないとちょっとだるい、という程度。前回感染してから2年間、全く何も気にしないで生活することができていたのに、このタイミングでとは・・・という思いでした。
でも、落ち着いて考えてみると、残念は残念ですが、この日本訪問の準備をしている中で、どうしてもお会いして共に祈りたいという方々との予定がどうしても合わなかったり、久しぶりの日本訪問で連絡がつかなかったり、そういうことの連続でした。その一方で、パズルがぴったり合うかのように隙間の時間に予定が合って、お目にかかることができる人もおられました。「開かれる道もあり、閉ざされる道もある」、このことは、私自身の人生、以前からそうだったな、と思わされます。
「今日か明日、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をしてもうけよう」と言っている者たち、よく聞きなさい。あなたがたには、明日のことは分かりません。あなたがたのいのちとは、どのようなものでしょうか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それで消えてしまう霧です。あなたがたはむしろ、「主のみこころであれば、私たちは生きて、このこと、あるいは、あのことをしよう」と言うべきです。
ヤコブの手紙 4章13~15節
静まって、わたしこそ神であることを知れ。 わたしはもろもろの国民のうちにあがめられ、 全地にあがめられる。
詩篇 46:10 (口語訳)
予定どおりに行かないことがある、祈ってきて、時間もかけ、労力もかけて準備したことなのに、道が閉ざされることもある。それも神さまの御手の中にあることなのです。
今回、各地を走り回っていた自分に、神さまが「落ち着いて、静まって、祈りなさい」とブレーキをかけられたのではないか、という思いもあります。また、「自分がやらなければ・・・」という気負いも手放すようにと言われたのかもしれません。
実際、私が行けなくなった東京での集まりは、皆さんで集まって、そこに私がオンラインで顔を出す、という形になりましたが、とてもいい集まりになったようです。また、ちょうど出張で東京に行かれるNJの教会の方に同行して、お母様にお会いし、信仰告白に導かれたら、洗礼式をするという願いも持っていましたが、それは東京で牧師をしている実兄が代わってくれることになり、洗礼式をしてくれました。私だったら、その後、次に訪問するのはまた1-2年後になりますが、東京で牧師をしている兄ならば、しばしば訪問する事もできそうです。
とは言え、やはり、残念な気持ちはあります。その中で、「すべてのことがともに働いて益となる」(ローマ人への手紙 8章28節)という神の御業を見せていただけるようにと祈っています。
祈ってくださった皆さん、迎えてくださった皆さんに心から感謝しつつ。
