たった3色で水彩画自由自在、ウサギのイラストも!

今年最後のクロッキー教室は絵の具を使って楽しみました。
皆さん、童心に返って夢中で色を作って、水彩画の世界を楽しんでいました。


色の三原色である赤、黄、青だけ使って沢山の色ができますね。

水彩画体験で木や雲、色々描いてみました。

3色で描くカラフルな世界、Eさんの世界観ステキ!

ウサギの簡単な描き方、卵の丸をちょっ斜めに描いてから、耳と目鼻を描きましょう。シッポも忘れずに!

クロッキー教室で絵を楽しんだ後は、錦織先生の聖書のお話です。

今日は色の話がありましたが、クリスマスのシンボルカラーといえば「赤」と「緑」ですね。どうして、「赤」と「緑」なのでしょうかね。

よく言われるのは「赤」はイエスの十字架で流された血を表し、「緑」はそのイエスの十字架によって私たちに与えられる「永遠の命」を表しているというものです。

その2つの意味を表している聖書の箇所があります。「聖書全体を一つの節で説明するとすると、この聖書の箇所なのではないか」とよく言われる箇所です。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。
それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
(ヨハネの福音書 3章16節)
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

神様は、私たちのためにイエス・キリストを与えてくださったのが、クリスマスです。しかし、イエスは単に人々を教える教師であったのではなく、私たちのために十字架で命を与え、そして、私たちが生き生きと生きていくことができるように、私たちの罪を代わりに負ってくださったのです。

2023年もご一緒にアートを楽しみましょう。
メリークリスマス&良いお年を!

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<牧師室より>2023年1月号「光に照らされて輝く」

明けましておめでとうございます!
本年もどうぞよろしくお願いします。

2022年はガラテヤ人への手紙5章13節「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい」という言葉を頂いて、歩んできました。

多くの困難や閉ざされた道などもありましたが、そのような中でも、皆さんのお祈りに支えられて、神様が与えてくださる平安と喜びの中に歩むことができました。心から感謝します。

教会としてもっともっと地域社会とつながりをもって外向きの働きができればと思っておりましたが、大きな進展はありませんでした。そんな中でも、弱さや痛みを抱えたお互いのために祈り合い、支え合う中で、聖書の言葉通り、与えられた自由を仕えるために用いておられる方々の姿に励まされています。

「主とその御力を尋ね求めよ。絶えず御顔を慕い求めよ。」詩篇105篇4節

2023年のために祈っている時に与えられた聖書の言葉です。

たとえ、私たちが今までよりも積極的に社会の中に出ていくことができたとしても、もしも、私たちの顔が死んでいたならば、もしも、私たちが単なる義務感で、しょうがなくやっている、というのが見え見えだったら、それに何の意味があるのでしょうか?社会に出て行くときに、人々に仕えていくときに、私たち自身の心の状態がどんな状態であるかが問われてくるのです。

聖書の中に出てくるモーセという人は、神と語り合ったがゆえに顔が輝いていたと書かれています。私たちも、神の輝きに照らされて、そして、私たち自身が輝きにあふれて歩んでいく時こと、それが私たちが出て行くときに必要なことだと思わされています。

新しい年も、続けて私たちがこの地域社会の中で、特に日本語を使う方々の社会の中で果たしていく役割が何であるかを求めていこうと思います。更に一歩外に出て、人々に仕えていく教会となることができるように、まず、私たちの顔が神様の光に照らされて輝くものとなりますように!

2022年12月号<牧師室より>「クリスマスの平和」

2022年も早くも12月になり、街はクリスマスの装いになりました。今年のクリスマス、皆さんはどのような思いで迎えようとしておられるでしょうか?

今年はロシアがウクライナに侵攻するというニュースがあり、今も戦いが続いています。例年以上に平和を祈るクリスマスを迎えられる方も多いのではないでしょうか。

実は、「平和」はクリスマスの大切なメッセージの一つです。聖書の中にこのような言葉があります。

ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に就いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これを支える。今よりとこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。

イザヤ書 9章6~7節

これは、イザヤという預言者が救い主の誕生を預言した言葉です。その救い主は「平和の君」と呼ばれる、そして、その救い主による平和が限りなく続く、と約束されているのです。

そして、それから700年後、最初のクリスマス、イエスが生まれた夜に、天使たちはこのように歌いました。

「いと高き所で、栄光が神にあるように。地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように。」

ルカの福音書 2章14節

アメリカで道を走っている時に時々目にする「Peace On Earth」という言葉はここから来ているのですね。

イエスは平和をもたらすために来られました。そして、神は今も私たちの平和を願い、私たちに平和を与えようとしておられるのです。この時に「平和」が何を意味しているのかにちょっと注意しないといけません。日本語・英語を含めてほとんどの言葉で、「平和」は「穏やかなこと」「争いのないこと」「波風が立っていないこと」を意味しています。戦争と戦争との間の争いがない期間のことを「平和」と呼んだ人々もいました。しかし、旧約聖書が書かれ、また新約聖書でもその背景となっているヘブル語では、「平和」は「シャローム」といって、命と自由にあふれた状態を指すと言われています。ただ、争いがない、強い者の横暴さの中で、みんなが我慢して成立しているような平和ではなく、本当に一人一人が喜びに満ち、感謝にあふれて歩むような平和を指しているのです。神は、クリスマスにお生まれになったイエスを通して私たちに与えようとしている平和はこれです。私たちの内側を喜びと命、自由と力に満たし、それによって、私たちが周りの人々との間に平和を作り出していくことができるようにしてくださるのです。

今年のクリスマス、私たちが世界の平和を祈ると共に、神様の力を頂いて、まずは自分の周りの人々との間に「波風が立たない」状態を超えた本当の平和を作り出していくことができますように。