2018年5月13日 『賛美による大逆転』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: 使徒行伝第16章25節〜34節

 

どんな時に賛美をするか?どんな環境で音楽を聞くか?
・・・「普通の状況」とは正反対の「牢獄の中での賛美」
1)賛美はあなたを変える
濡れ衣を着せられて投獄されていた。

・・・愚痴が出てきても仕方ない。
・・・出てきていたかもしれない。
・・・しかし、賛美をする時に、私たちの内側も変えられていく。
賛美の中で、焦点が変えられていく。
神を賛美する者に変えられる。
自然と湧いてくるまで待っていなくていい。賛美を始めよう。
2)賛美は状況を変える
囚人たちはパウロとシラスの賛美を聞いていた。
牢獄の扉が開いてしまっても、逃げなかった。
牢屋番はパウロとシラスの賛美を聞いていた。
「私は救われるためにどうすればいいですか?」と尋ねる。
ドイツの強制収容所で、日本軍の捕虜収容所で、文化大革命の労働改造所で、
賛美が人々の心を変え、環境を変えていく。
テイクアウトQuestions
1)讃美歌は自然と湧いてくるまで待ったほうがいいですか?それとも、賛美できない時にも賛美したほうがいいのでしょうか?どう思いますか?
2)好きな讃美歌はありますか?どんなところが好きなのでしょうか?賛美によって自分が変えられたことがありますか?どんな経験だったでしょうか?
3)状況が厳しい中で賛美をすることは難しいでしょうか?それを乗り越えるためには何が必要でしょうか?

 

5月のカフェはスイーツ盛りだくさん!

新緑のニュージャージー気持ちの良いお天気の中
5月のカフェ開催しました。
キッズスペースも用意しています。お子様も大歓迎!
今月のメニューは、
タマゴサンド
ナッツケーキ
グレープフルーツムース
林檎のタルト
ヨーグルトムース
抹茶&カスタードシュークリーム
マスター錦織牧師が自ら焙煎したコーヒーを笑顔と共に〜、
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来月のカフェは6月13日(水曜日)@Studio T-7 です。

2018年5月6日 『神の国の秩序』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: マタイによる福音書第20章17節〜28節

 

「神の国の秩序」

エルサレムに向かって行く時のイエスの3回目の受難予告
↔︎弟子たちは自分たちの夢の実現が近づいたと思った。
ゼベダイの子ら(ヤコブとヨハネ)は「イエスの右と左に」
他の弟子たちも同じ思い。
イエスは・・・「違うよ、私の国では正反対だよ」と言われた。
神の国の秩序・・・この世の秩序と違う。互いに仕え合う生き方。

イエスの杯を飲む
イエスに従う道はイエスの杯を飲む道。
神の愛をいただいたが故に、喜んで苦難を受ける。(コロサイ1:24)
イエスに従うが故に経験する悲しみ、苦難もある。
信じているから、平気、ではない。
マタイ26:36-39:イエスも悲しみ、悩まれた。
しかし、その価値がある、のが神の国の歩み。

しもべになる
イエスが歩まれたように歩む。
→自分の存在を与える。認められなくても、神の前に忠実に歩む。
「ちいろば」先生の保育園のおばちゃん。
誰も見ていなくても、無駄に思えても、給料が増えなくても。
「自分」のこだわりの問題。・・・「自分を捨て、イエスに従う」

イエスは私たちのために命を捨ててくださった。しもべとなってくださった。
・・・その愛をいっぱいに受けて、その愛に感謝して、しもべになる。

テイクアウトQuestions
自分の考えと、神様のみこころが違っていると思ったり、知ったりすることはありますか?どんな時ですか?
「イエスの杯を飲む」覚悟はできていますか?弟子たちも覚悟はできていましたが、イエスを捨てて逃げました。イエスに従うために必要なのは何でしょうか?
しもべとはどんな人でしょうか?あなたはしもべとして、具体的に何をしていきたいと思いますか?

ピクショナリー & 桜!

2チームに別れて、お題を描いて何を描いたかを当てるゲーム、『ピクショナリー』
靴下・バナナ・タンポポ・コーヒーカップ・ピアノ・雨・キツネ・サクラ

1分間でも随分沢山描けますね。
ピアノ・セロハンテープは、以外と難しかったですね。
童心に戻って「絵」の楽しさを思い出しましょう。

丁度お庭の枝垂れ桜が満開ですので描いてみましょう。
まずはメインの桜の花を決めて、その花を中心に描いてから他の花を描いきましょう。
綺麗だなーって感動する事が大切です。自然とその感動が画面に出て来ます。

それぞれの視点から、色々な桜でお部屋も満開になりました

立ちポーズのモデルさんも、まずよく見てから、体の流れの綺麗な線を感じてから描きましょう。
紙の何処に描くのか、構図を決める為にも、半分を図ってから始めましょう。

クロッキー教室のあとは錦織先生によるショートバイブルメッセージ。
クロッキーの時間の中で、啓茶さんが言われた「ああ、お花がきれいだなあ」と感じることが一番大切、と言われたこと、聖書を読むときにも通じることです。聖書の言葉を分析することよりも何よりも、聖書の言葉に感動すること、心で感じることが大切です。
マタイによる福音書6章28節にはこのように書かれています。
「野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。」
野の花を見てごらんなさい、と言われました。この野の花が私たちがどんなに着飾ることよりもずっときれいなのだ、神様は、野の花をそのように飾ってくださっている。でも、神様は、その野の花よりも、ずっとあなたの方が大切なのだ、だから、「思いわずらうな」と言われました。
そして、明日のことを心配しなくていい。どうしようかと心悩ませなくてもいい。神様はよくしてくださるから、心配しないでいいと言われました。
だから、私たちも神様の愛の中に安心して歩んでいきましょう。今、心配なことがある方は、神様に祈りましょう。「私を助けてください」と。神様は必ず祈りに応えてくださいます。
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次回は6月6日(水曜日)の予定です。

2018年4月29日 『気前のいい神様』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: マタイによる福音書第20章1節〜16節

 

「ぶどう園の主人」のたとえ話
朝早く、「1日1デナリ」で働いてくれと労働者を雇った主人。
その後も、9時、12時、3時、5時と労働者を雇う。
夕方、最後に来た人たちから1デナリずつ払う。
朝から来た人は持ってもらえると思ったが、やはり、1デナリだったので主人に文句をいう。しかし、主人は「私はあなた方と1デナリの約束をした。この最後に来た人たちにも同じようにしたいのだ!」と答える。

1) 神の国の生き方
経営を教えているのではない。
「天国は・・・」・・・つまり神の支配はこうなのだということ。
「天国」・・・死んだあとに行くところ、と考えると、最後にちょっと頑張ればいい、ということを教えているかのように誤解する。
「天国」・・・「神の国」→「神の支配」→「神の愛の支配」
→「神の愛に満たされること」「神の愛に満たされた歩み」

2)一方的な恵み
あなたはどこに自分の身を置いている?
朝から来た人の立場だと、「ずるい」と思う。
夕方来た人の立場だと「ありがたい」と思う。
・・・本当は私たちはみな、「夕方から来た人」なのだ。
ローマ6:23「罪の支払う報酬は死、神のギフトは永遠の命」
「先のものはあとになる」・・・自分が先の人だと思っていると神様の恵みの大きさがわからない・・・大切なものを見失う。
損をしたのは誰?・・・主人!神は犠牲を払い、リスクをとって、私たちを愛し、用いてくださる。

テイクアウトQuestions
1)あなたは自分をどこに置いてこのたとえ話を読んだでしょうか?
2)自分はこんなに頑張っているのに・・・と思う時はありますか?どんな時でしょうか?そのときに、あなたの目はどこに向いているでしょうか?
3)神様はあなたのためにどのような気前のいいことをしてくださったでしょうか?

2018年4月22日 『愛されている』

お証し: 宮嶋裕子姉

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: ルカによる福音書第10章24節〜37節

 

三浦綾子さんの作品の中には、聖書のメッセージ、神様からのメッセージが込められている。

「塩狩峠」の中にこの聖書の箇所が出てくる。
この聖書の通り、隣人を愛そう、誰かの隣人になろうと思った主人公
→問題のあった同僚の隣人になる。

その背景にあったのは、「自分のためにイエスが十字架にかかった」ということがわからない、自分の罪というのがそれほど深刻だとは思わない
・・・牧師のアドバイス「聖書の言葉を一つ徹底的に実行してごらん」

その同僚の隣人として生きる主人公。しかし、同僚は「うっとおしい」「見張られているようだ」と文句を言う。
→自分はこんなにやっているのに・・・と彼を憎む。
→自分は彼の隣人になろうとしていたけれども、ただ見下していた。
→この倒れているのは自分だったのだ。
→このサマリヤ人はイエス・キリストだったのだ。
自分は傲慢にも神の子の地位に自分を置き、友人を見下していた。
・・・これこそが罪だった。

倒れている人・・・周りの誰か。 サマリヤ人・・・私
倒れている人・・・自分     サマリヤ人・・・イエス
イエスは私の痛みをわかってくださり、飛んできてくださった。

テイクアウトQuestions
1)「塩狩峠」に出てくる牧師は「イエスを十字架につけたのは私だと思っている」と言いました。そのように感じたことはありますか?どうしてでしょうか?
2)あなたは良きサマリヤ人の話を読むときに自分をどこに置きますか?
3)良きサマリヤ人はこの倒れている人にどのようにしたでしょうか?それはイエスがあなたのためにしてくださったこととどのように重なりますか?

顔の構造、アンパンマン

お馴染みのアニメのキャラクターをよく観察して、記憶して、
その後で見ないで描いて見ましょう。
あれ?どんな目をしていたっけ?
記憶して描くのは難しいですね、
肩の大きさにも遠近法を意識しましょう。
顔と身体はどう繋がるのかな?
卵マンが描けたら、どんな顔も描けますね。
モデルさんの顔も卵に見えてきますね。
 
卵の顔がバランス良く身体に繋がりました。
クロッキー教室のあとはショートバイブルメッセージ。

第一コリント13:4-7

「4愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 5礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 6不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 7すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」
今度の日曜日は三浦綾子さんの初代秘書をされていた宮嶋裕子さんをお迎えしてお話を伺います。宮嶋さんの著書の「三浦家の居間で」を読むと、三浦さんたちご夫妻が自分には厳しく、しかし、周りの人々にはこの聖書の言葉のように愛に溢れた方だったんだなということを思わされます。
しかし、それは、綾子さんご自身が反対に「周りには厳しく、自分のは甘い」という自分の姿を見せつけられ、自分の罪を知って、そこで神の愛を知ったからです。神の愛をいただいて、周りの人々に愛を与える人になったんですね。
私たちも、愛を与えるものとならせていただきましょう。
今度の日曜日、ぜひ、教会の礼拝においでください。お待ちしております。

春〜よ来い!

春〜よ来い!

 

今回は牧師館でのカフェでした。
まだまだ寒いニュージャージーですが、カフェのフードメニューは春満開でした。
桜餅
ツナサラダクロワッサン
アールグレーパンナコッタ

桜&グリーンピースおにぎり
チョコレートカステラ
シュークリーム

メニューは毎月変わります。

☆次回のカフェは

5月9日 12 :30-3:30 @Studio T-7(いつもの場所です)

お楽しみに〜!

 

2018年4月15日 『何を頼るか』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: マタイによる福音書第19章16節〜30節

 

 

イエスのところに来た青年
「永遠の生命を受けるためには・・・」
永遠の生命・・・いつまでも生きる・・・量の問題?
それだけではなく質の問題も大切。・・・神と共に生きる。
→結局「天国」→「神の国」→「神の愛に満たされること」
16節では「永遠の生命」23節「天国」
 →死を超えて神の愛の中で生きること。
「お金と信仰」というよりも、「何を頼りにするか?」という問い。

財産ではなく神を頼る
「何でも守って来ました」というこの青年に「財産を売り払って、貧しい人々に施して、わたしに従って来なさい」と言われた。
もう一つのしなければならないこと、というよりも「神を頼りますか?お金、財産を頼りますか?」という問い。
持っている人はそれを頼りに生きてしまう。持っていない人は神を頼りにして生きることができる。・・・富む人が天国に入るのが難しい。
でも、「人にはできないが神にはできる!」

自分の功績ではなく、神の恵みを頼る
ペテロ「ごらんなさい!私たちは全てを捨てて従いました!」
残念ながらペテロも勘違い。
「捨てる」という行動ではなく、神ご自身を信頼して歩むということが大切。
神の愛、神の恵みを感謝して歩むのか、自分がこれだけやったということを誇って、
報いを求めて生きるのか?・・・天国はどっち?
→20章に続く。

テイクアウトQuestions
1)この青年は悲しみながら去って行きましたが、いったい何が問題だったのだと思いますか?
2)ペテロはどうしてこのようなことを言ったのでしょうか?イエスはどのように答えられましたか?
3)私たちは永遠の生命を受けるために、どうすればいいのでしょうか?