2018年6月17日 『あなたをつかんで離さない!』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: マタイによる福音書21章1節から11節

 

 

イエスが馬ではなく、ロバに乗ってエルサレムに入った思い。
平和の王として・・・軍馬に乗る勝利者ではなく。

軍馬に乗る勝利者は・・・私が勝ったんだから、私のいうことを聞け!
イエスは、事なかれ主義の平和ではなく、
誰かが我慢して実現する平和ではなく、
「シャローム」を与える方。
・・・内側から溢れる喜びと力。
そのためにはどうしてもロバが必要だった。
馬ではいけなかった。

馬がいなかったから仕方なくロバにしたのではない。
「主がお入り用なのです」
・・・平和の王として来られたイエスを示す存在。
「柔和」・・・日本では美徳のように思われている。
・・・ここでは、「惨めな」という意味を持つ言葉。
惨めな思いになる私たちのことをわかってくださる。
上から見下ろすのではなく、同じところに立ってくださるお方。

→究極は十字架。この箇所から、イエスの十字架までの1週間が始まる。
私たちを愛によって離さない神。ローマ8:35-39
テイクアウトQuestions
1)イエスはどうしてロバの子を用いられたのでしょうか?
2)平和の王としてこられたイエスは、当時の社会の支配者たちとどのように違っていたでしょうか?
3)このイエスを私たちの人生の王とする、とはどういうことだと思いますか?
4)私たちは神に従う時に、その動機は、恐れによって支配されていますか?愛によって支配されていますか?

2018年6月10日 『何をして欲しいのか』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: マタイによる福音書第20章29節〜34節

 

「何をして欲しいのか?」
叫び求める目の不自由な二人の人に「何をして欲しいのか?」
彼らの答えは「目を開けていただくことです」
21節でもヤコブとヨハネに「何をして欲しいのか?」と聞かれる。
イエスは今日も、私たちに「何をして欲しいのか?」と聞かれる。
あなたは、「何をして欲しいのか?」と聞かれたらどう答えるか?
1.認めてください!
ヨハネとヤコブの「大臣にしてください!」
19章27節のペテロの言葉から繋がっている。
→こんなにやったんだから、こんなに有能なんだから認めてください!
私たちは認められないと生きていけない。
イエスの答えは「あなたが頑張ったから、こんなにやったから、有能だから認められるのではない、その前から、存在自体が認められている」
私たちが罪人である時からひとり子を与えるまで、私たちを愛した神
・・・私たちの存在自体を認めてくださっている。
2.目を開いてください!
この目の不自由な二人の求めは、弟子たちの求めとは対照的。
何も「これだけやりましたから!」というものがない。
自分の貧しさ、足りなさ、それを知っていた。
ヨハネ9:41「見えると言い張るところに、罪がある」
わかっている、見えている、と思っている時にはわからない。
マタイ5:3「心の貧しい人は幸いである」
神の恵みは低いところに流れる。
<テイクアウトQuestions>
1)私たちの「私を認めてください!」との叫びにはイエスはどのように答えられますか?あなたはそれをどのように感じますか?
2)イエスは今日も私たちに「あなたは何をして欲しいのか?」と尋ねられます。あなたはどう答えますか?

ペーパー彫刻何に見える?

絵本作家のWint さんの絵を紹介しました。
子供達に絵本を見せたくて沢山の絵を描いてきました。
82歳の誕生日にその子供達が お母さんの為にNYで個展を開催しようと、ウェブを通じて私の所に連絡届きました。
そんなご縁で私の手元に彼女の作品が1点あります。絵を描く人の気持ちを理解しながら絵の鑑賞をすると楽しいですね。
犬の絵は、私の大好きな作家の黒田征太郎さんの絵です。黄色の使い方が最高ですね!
1枚の紙を一箇所破っテープで貼って、立体作品を作って描いてみましょう。
もう一箇所破って折って、隣の人へプレゼント、
更に手を加えて隣の人へ、何に見えてきましたか?
サカナ? 竜巻? ネコ? 恐竜? 宇宙人?
静物画区は「色々なカゴ」を描きましょう。中に入れたワインのビンが難しかったですね。
人物は、立ちポーズの男性モデル、シャツの襟元をキリっと描くと絵が引き締まりますね。
クロッキー教室のあとは錦織先生によるショートバイブルメッセージ。
コリント第2の手紙の4章7節にはこのような言葉があります。

「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。」
ここで、土の器とは私たち自身のこと、宝とはイエス・キリストを指しています。
私たちは金の器、銀の器ではなく、土の器なのだ、でも、その器の中にイエス・キリストという宝物を持っているのだ、そこに価値がある、とこの聖書の言葉は語っています。
教会の働きの一環で日本に行きましたが、プライベートでも大学時代の友人たちに会う時が与えられました。その時に感じたのは、私が一番神様のことを伝えられたのは、大学の時にブラスバンドに入って、この仲間たちと良い友人関係を築けた時かな、ということでした。良い友人関係の中で、伝わっていくこと、言葉にしなくても、「さあ伝えるぞ!」と頑張らなくても、うちに持っているイエスの輝きが伝わっていくのかなと思ったのです。
そう考えると、大切なのは、私たちが何よりもこの宝物であるイエス様の素晴らしさ、神様の愛をもっともっと知っていくことですね。
私たちは土の器に過ぎない、でも、内側に神様の愛を持っていくこと、それを大切にしていきたいです。
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次回は7月18日(水曜日)の予定です。

2018年5月13日 『賛美による大逆転』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: 使徒行伝第16章25節〜34節

 

どんな時に賛美をするか?どんな環境で音楽を聞くか?
・・・「普通の状況」とは正反対の「牢獄の中での賛美」
1)賛美はあなたを変える
濡れ衣を着せられて投獄されていた。

・・・愚痴が出てきても仕方ない。
・・・出てきていたかもしれない。
・・・しかし、賛美をする時に、私たちの内側も変えられていく。
賛美の中で、焦点が変えられていく。
神を賛美する者に変えられる。
自然と湧いてくるまで待っていなくていい。賛美を始めよう。
2)賛美は状況を変える
囚人たちはパウロとシラスの賛美を聞いていた。
牢獄の扉が開いてしまっても、逃げなかった。
牢屋番はパウロとシラスの賛美を聞いていた。
「私は救われるためにどうすればいいですか?」と尋ねる。
ドイツの強制収容所で、日本軍の捕虜収容所で、文化大革命の労働改造所で、
賛美が人々の心を変え、環境を変えていく。
テイクアウトQuestions
1)讃美歌は自然と湧いてくるまで待ったほうがいいですか?それとも、賛美できない時にも賛美したほうがいいのでしょうか?どう思いますか?
2)好きな讃美歌はありますか?どんなところが好きなのでしょうか?賛美によって自分が変えられたことがありますか?どんな経験だったでしょうか?
3)状況が厳しい中で賛美をすることは難しいでしょうか?それを乗り越えるためには何が必要でしょうか?

 

5月のカフェはスイーツ盛りだくさん!

新緑のニュージャージー気持ちの良いお天気の中
5月のカフェ開催しました。
キッズスペースも用意しています。お子様も大歓迎!
今月のメニューは、
タマゴサンド
ナッツケーキ
グレープフルーツムース
林檎のタルト
ヨーグルトムース
抹茶&カスタードシュークリーム
マスター錦織牧師が自ら焙煎したコーヒーを笑顔と共に〜、
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来月のカフェは6月13日(水曜日)@Studio T-7 です。

2018年5月6日 『神の国の秩序』

説教: 錦織学牧師

聖書箇所: マタイによる福音書第20章17節〜28節

 

「神の国の秩序」

エルサレムに向かって行く時のイエスの3回目の受難予告
↔︎弟子たちは自分たちの夢の実現が近づいたと思った。
ゼベダイの子ら(ヤコブとヨハネ)は「イエスの右と左に」
他の弟子たちも同じ思い。
イエスは・・・「違うよ、私の国では正反対だよ」と言われた。
神の国の秩序・・・この世の秩序と違う。互いに仕え合う生き方。

イエスの杯を飲む
イエスに従う道はイエスの杯を飲む道。
神の愛をいただいたが故に、喜んで苦難を受ける。(コロサイ1:24)
イエスに従うが故に経験する悲しみ、苦難もある。
信じているから、平気、ではない。
マタイ26:36-39:イエスも悲しみ、悩まれた。
しかし、その価値がある、のが神の国の歩み。

しもべになる
イエスが歩まれたように歩む。
→自分の存在を与える。認められなくても、神の前に忠実に歩む。
「ちいろば」先生の保育園のおばちゃん。
誰も見ていなくても、無駄に思えても、給料が増えなくても。
「自分」のこだわりの問題。・・・「自分を捨て、イエスに従う」

イエスは私たちのために命を捨ててくださった。しもべとなってくださった。
・・・その愛をいっぱいに受けて、その愛に感謝して、しもべになる。

テイクアウトQuestions
自分の考えと、神様のみこころが違っていると思ったり、知ったりすることはありますか?どんな時ですか?
「イエスの杯を飲む」覚悟はできていますか?弟子たちも覚悟はできていましたが、イエスを捨てて逃げました。イエスに従うために必要なのは何でしょうか?
しもべとはどんな人でしょうか?あなたはしもべとして、具体的に何をしていきたいと思いますか?

ピクショナリー & 桜!

2チームに別れて、お題を描いて何を描いたかを当てるゲーム、『ピクショナリー』
靴下・バナナ・タンポポ・コーヒーカップ・ピアノ・雨・キツネ・サクラ

1分間でも随分沢山描けますね。
ピアノ・セロハンテープは、以外と難しかったですね。
童心に戻って「絵」の楽しさを思い出しましょう。

丁度お庭の枝垂れ桜が満開ですので描いてみましょう。
まずはメインの桜の花を決めて、その花を中心に描いてから他の花を描いきましょう。
綺麗だなーって感動する事が大切です。自然とその感動が画面に出て来ます。

それぞれの視点から、色々な桜でお部屋も満開になりました

立ちポーズのモデルさんも、まずよく見てから、体の流れの綺麗な線を感じてから描きましょう。
紙の何処に描くのか、構図を決める為にも、半分を図ってから始めましょう。

クロッキー教室のあとは錦織先生によるショートバイブルメッセージ。
クロッキーの時間の中で、啓茶さんが言われた「ああ、お花がきれいだなあ」と感じることが一番大切、と言われたこと、聖書を読むときにも通じることです。聖書の言葉を分析することよりも何よりも、聖書の言葉に感動すること、心で感じることが大切です。
マタイによる福音書6章28節にはこのように書かれています。
「野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。」
野の花を見てごらんなさい、と言われました。この野の花が私たちがどんなに着飾ることよりもずっときれいなのだ、神様は、野の花をそのように飾ってくださっている。でも、神様は、その野の花よりも、ずっとあなたの方が大切なのだ、だから、「思いわずらうな」と言われました。
そして、明日のことを心配しなくていい。どうしようかと心悩ませなくてもいい。神様はよくしてくださるから、心配しないでいいと言われました。
だから、私たちも神様の愛の中に安心して歩んでいきましょう。今、心配なことがある方は、神様に祈りましょう。「私を助けてください」と。神様は必ず祈りに応えてくださいます。
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次回は6月6日(水曜日)の予定です。