8月3日(金)から5日(日)まで二泊三日、Shiloh Bible CampにてB.I.G.(*注1)キャンプがもたれました。今年は、プリンストン日本語教会の栗栖牧師を講師としてお招きし、”Think BIG! Live BIG! GOD is BIG!”をテーマに、ダビデの生涯を中心にみことばのときを持ちました。
JoyJoyキャンプ終了後の金曜日、午後6時半過ぎに教会を出発。途中、ナビゲーションシステム(?)の故障(??)に見舞われ道を何度か間違えつつも、無事にキャンプ場に到着、現地集合組だった栗栖牧師及び津波古姉(プリンストン日本語教会)と合流しました。

早速第1回目の集会を持ち、自己紹介の後、ダビデが王として選ばれる過程(サムエル記上 16章6-13節)に学びました。
「わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」 (7節)
人が目で見ているものと、神さまのVISIONとは必ずしもいつも同じではない。そして、God is BIG!、なのだから、神さまが最高のVISIONを持って導いておられるのだから、逃げないで、一歩一歩を歩んでいこうと、みことばから励まされました。私たちはGreen Orange (*注2)です。

参加していた中高生のうち、JoyJoyキャンプスタッフをしていたメンバーは、さすがに疲れていて早く寝るだろうとの予想は見事にはずれ、賛美をし、語りあい、あるいはゲームをともにしつつ、1日目の夜は更けていきました。

翌土曜日、朝7時から祈りのときを持ちました。年齢別に三つのスモールグループに分かれ、ローマ5章6-11節からみことばを分かち合い、またともに祈るときとなりました。

朝食後、第2回目の集会、ゴリアテに立ち向かうダビデ(サムエル記上 17章)の姿から、「神さまはBIGな方だから、どんな敵にも勝つ」ことを学びました。
周囲や味方の声に束縛されて、逃げてしまうのではなく、勇気を持って、神さまを知って、歩んでいく。いつでも、どこにいても、「みことば」と「祈ること」とを握りしめて、歩んでいく。
「神がわたしたちの味方」(ローマ 8章31節)であり、「わたしたちは、これらすべての事において勝ち得て余りがある」(ローマ 8章37節 -新改訳では「圧倒的な勝利者」)、そして、これはただの「理想論」ではなくて、神さまの祝福の約束のみことばなのだから、必ずその通りになるのだと、熱く語られました。

午後はレクリエーション。クイズタイムの後、外に出て「逆かくれんぼ」(?-詳しくは最寄のキャンプ参加者まで)を楽しみました。隠れてもいい範囲の外に出て隠れる者、毎回必ず見つけ出すエキスパート、最後にひとりだけ取り残されてもあわてない者など、各々の個性が、よく見えました。
その後はフリータイム、キャンパーとスタッフが一対一でゆっくり語りあうときを持つなど、恵まれたときとなりました。

賛美のときを持った後、夕食、第3回目の集会をもち、サムエル記下 12章・13章及び詩篇51篇 から、「罪」と「イエス・キリストの十字架と復活」に思いをはせました。
他の誰かが、自分の罪のために死んでくれたのだとしたら、自分は、生きているのなら、生かされているのなら、生きていく。ある北朝鮮のクリスチャンの話をうかがいました。また、栗栖牧師が証をしてくださいました。こころ打たれ、また、確かに神さまの栄光を見ました。

集会後、キャンプファイヤー。今までの罪、忘れたいこと、自分が縛られていることなどを、各自が紙に書き、燃える炎の中に投げ入れ、ひとり一人が、神さまの前にこころを注ぎだすときとなりました。(マシュマロも、とってもおいしかったです。)

翌主日のご奉仕がある栗栖牧師と津波古姉はキャンプファイアー後、帰宅の途につかれ、2日目の夜、さぞ疲れがたまっていたであろうはずのキャンパーは(そしてスタッフも)、しばしのときを惜しむかのように語りあうときをもちました。

最終日、祈り会の後、朝食。土曜の夜の集会に引き続き、錦織牧師が合流され、第4回目の集会がもたれました。参加者ひとり一人が証を語り、ともに賛美し、また祈りのときをもちました。
その後、ヨハネ15章1節-7節から、錦織牧師を通して語られました。イエスにつながっていること、イエスがひとり一人を綺麗にすること、用いられるために選ばれたこと、「行って実をむす」ぶこと(16節)。
最後に来年のキャンプには、少なくとも今年の倍以上の参加者があることを祈りつつ、集会を終えました。

集会後、例年お楽しみの男子グループ対女子グループの掃除対決。部屋及びシャワー・トイレの掃除の出来具合を競います。今年は、公正な審査の結果、男子グループが勝利!連勝中です。(女子グループ、来年はがんばれ!)

それぞれがそれぞれの思いを大切に抱えて、二泊三日を過ごしたShiloh Bible Campを出発、教会へ直行し、主日礼拝をもってB.I.G.キャンプは終了しました。
みなさまの尊いお祈りに感謝します。
プリンストンから駆けつけてくださった栗栖牧師、津波古姉、その他、さまざまのところで祈りとご奉仕をもって支えてくださったお一人お一人に、スタッフ一同感謝しています。
5日(日)の昼食を用意してくださったみなさま、ありがとうございました。(毎週食べたいぐらいにおいしかったです。)
そして、キャンプに参加してくれたひとり一人にも、感謝しています。

栗栖牧師がキャンプ後1週間ほどして参加者宛てにメールをくださいました。
「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」
ヘブル 13章8節

主に在ってひとつ

*注1:B.I.G. :中高生クラスは呼称を変えました。これからは正式名称B.I.G.です。よろしくお願いします。B.I.G.とは、モBelieve in God and Make it Big,モ、メBelieve in God and Make it Grow,モ、メBelieve in God and Be Big,モと、いろいろな説がありますが、ともかく、モBelieve in Godモ - 神様を信じる輪を大きく広げていこうという思いが込められています。

*注2:「KOの証人」さんのコメント(以下)ご覧ください。

キャンパーからの声を紹介します。

-「はじ」さんから
『3日間という短い期間の中高生キャンプに参加した時、その初日のうちからいらいらしていた。
この夏の間そのキャンプとその週の間に行われた Joy Joy Camp 以外は、サッカーと遊び(息抜き?)と勉強とで毎日がただただ過ぎていた。この夏に大きく期待を抱いていた僕にとっては正直信仰の面でとても物足りない気がしていた。その自分の期待に応えられる程の成長をしていなかった事に恐らく苛立っていたんだろう。自分のゴール、自分が作ったハードルを越えることの出来ない事について苛立ちを感じ、その感情を抱きながら参加した中高生キャンプでした。
しかしその僕の心を神様はそのままにはされなかった。

何かキャンプなどのイベントがあると「ボワ」っと燃えるという悪い習慣がいつの間にか身についてしまったのか、「毎日の生活の中で神様との時間を持つ」という事をしていてもいい加減だったり、「何か一つ足りない」と言う思いを常に持っていた日々が続いていた。しかし、神様はその僕の心と姿勢を問いかけ、何かのイベントの時だけ燃やされるのではなく、毎日のありふれた生活の中での神様との交わりの時が、聖霊に満たされた時が必要なのだと思わされました。』

-「あっこ」さんから
『最後の夜私は天の川を見ました。
初めて見た天の川、真っ暗な空を宝石箱に変え、本当に空に輝く道がありました。
その天の川を見ながら本当に神はなんて大きいんだろうと感じました。
このキャンプで神の愛、みんなの愛を本当に感じました。
栗栖先生の証を聞いて、何でこの人はこんなに自分の汚かった過去をこんなガキ12人にも言えるんだろうと思いました。本当に自分たちは愛されてるんだ、栗栖先生にも、みんなにも、神様にも愛されてる。
私はこんなに幸せでいいのだろうか???なんて思いました。

キャンプで神の偉大さ、素晴らしさ、大きな愛を学びました。
自分は愛されてる、この大きな神様が自分を見ていてくれる、本当に心の奥底から喜びがあふれる体験を私はこのキャンプでしました。
キャンプで学んだこと、感じたこと、大学でも忘れずにがんばります。
ありがとうございました。』

-「KOの証人」さんから
『 – ダビデと自分 –
�@ダビデは仲間(兄弟や周囲の人)から『お前はだめだ』とか『勝てるわけない』といわれても頑張った。
�A僕は、心の自分から『お前じゃ無理だ』とか『負ければいい』といわれる。→頑張れる

�@ゴリアテからすごい侮辱を受ける。→でも頑張った。
�A僕らの壁・敵からダメージを受ける。→頑張れる。

�@神様からのプレゼントは勝利
�A神様からのプレゼントは勝利

神様がダビデにビジョンを与えてくれたように僕達にもビジョンを与えてくれる。
神様がダビデに勝利を与えてくれたように僕達にも勝利を与えてくれる。

頑張るとは?
→神様の計画に沿って生きると決心し、神様を信頼すること。

神様の望んでおられること?
→今僕が考えているのは神様の愛している人々に仕えることで神様に喜んでもらうこと。
このキャンプを通してさまざまなことを聞くことが出来た。仕えて生きることも大切だ。

そして神様の計画をかみしめながら(味わいながら)※グリーンオレンジであることを認め生きていくことが大切だとわかった。
※注:まだ熟したみかんではないが、熟した美味しいみかんになるために通る道であるということ。』

-「りょうすけ」さんから
・ Donユt worry about the future: God already has a vision for us
・ Donユt look at the past to see regrets, but to see blessings
・ Our weapons: Godユs word/prayer/faith: defeat our Goliath
→ Made more than conquerors
・ Break our pride

・ Live so that a testimony explaining the love of Christ remains / is made
← Greatest offering to God
・ Stay tied to the tree
・ Felt I need to recharge
– God is NOT most present at retreats and camps
– God is most present EVERYDAY
– When I need to メrechargeモ: I can look to him anytime
・ Bible Verse: 「ところがイエスは、『なんということでしょう!それでも神を信じているのですか?そんなにこわがったりして。』」マタイ8:26
・ He replied, メYou of little faith, why are you so afraid?モモ Matthew 8:26 (LivingアニメBibleより)

<おまけ>
スタッフたちから、ひと言二言。

『キャンプ中、同じ御言葉を何度も与えられました。「これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。」 ローマ人への手紙8:37』

『燃えるようなあつ~いキャンプというよりは、じっくりじわ~とみ言葉を温めるあったか~いキャンプでした。
私のために犠牲になった方がおられるなら、私はその方のために生きなければいけない!
そんなキャンプで感じた思いは、今でもしっとりと、しかし強く感じています。
参加した中高生一人一人にもそれぞれ、心に温かな思いを持ち、キャンプを去ったようです。
神さまは本当にBIGなのです。
そして、このニュージャージーの中高生のB.I.G.は何て祝福された愛された集まりなんだろうと改めて思わされました。
神さま、一人一人を、そしてこの集まりを祝福し続けてください。』

『栗栖先生に、「なんで受洗したの?」と問われて、「そこに手が差し伸べられているのなら、その手を握り返したい。そう思いました。」と、素直に(?)答えた自分のことばが、何度もなんども自分の中を、あれからぐるぐる回っています。この、僕の右の手を、イエスさまが、今までも、今も、これからも、いつも、握っていてくださる。僕に、握り返す力がないときにも、イエスさまは、しっかりと握っていてくださる。自分の右の手を見て、開いたり閉じたりするたびに、そこにイエスさまの手の温かさを感じます(イザヤ 42:6-7)。 B.I.G.キャンプに、このメンバーとともに、この時に集えたこと、神さまに、ひとり一人に、感謝しています.。 ありがとう。 これからもよろしく。です。 主に在ってひとつ。』

『本当に私自身が楽しみました。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。・・主の御告げ。・・それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」エレミヤ 29:11』

月報2007年9月号より