「涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とする」

「人生に、もし・・はない。」忘れられないドラマの台詞。与えられた三人のすばらしい息子たちと夫の深い愛に「もし、あの時・・」の人生はない。

誘われた「ベン・ハー」の映画がきっかけで、聖書に出会った。牧師と呼ばれる人のいない教会で「○○集会」と呼ばれ、一人の指導者を中心に、信仰篤い兄弟たちが祈りながら進めていく集会であった。

この世界には何か「真理」があるのではないかと、物心ついた頃から考えていた。続けて日曜日の集会にも集い、大きな疑問も反発もなく、聖書に真理があったことを喜び、毎回聖書の言葉やメッセージが深く入っていった。

誕生日プレゼントにいただいた「主の墓」の絵葉書が私に迫った。「ここにはおられません。よみがえられたのです。」聖書の言葉が英語で添えられていた。主が十字架にかかられたのは私の罪のためであったこと。葬られ、約束通り三日目によみがえってくださったこと。今も生きていて執り成してくださっていること。がその場に臨まれた主にはっきりと示され、感動に満たされた。その集会は洗礼に関してもとても慎重で、本当に神によって新しく生まれ変わっている(新生)のか吟味された。やがて、熱い思いと喜びで受洗。イスラエル旅行にも参加し、あの主の墓の前にも立った。

当時、その集会の指導者は「ユダヤ人」のことを聖書から特別に教えられていて、本も出版し、あちこちで講演会も行っていた。特別な賜物が与えられた指導者と集会だった。結婚も祈りながらクリスチャン同士。もちろん、結婚後に信仰を持った人もいたが、独身の姉妹が多かった。また、聖書の霊的な深い部分もよく語られ、信仰が大きく揺さぶられることもあった。

そんな頃、主人とのことがあった。同じ職場の彼にもこの救いを知って欲しいと誘い、彼は日曜日毎に集っていた。結婚を意識して誘ったわけではなかった。しばらくして、ある兄弟から彼のことで話を受けた。あまりにも非情で霊的に重い言葉に動揺し、震えた。耐えることが困難な言葉だった。後に、その言葉に大きくつまずいて転倒し、立ち上がることができずに、苦しみの年月を重ねることになってしまったのである。信仰生活と恋愛感情を心配しての助言だったと今は受け止められるが、当時は誰にも語れない重い言葉となって、私を苦しめ続けた。

純粋に信仰を第一として歩みたいと願っていた私は、教会からの助言を神のみこころだと受けとめ、従おうとして、一度は彼のことを主に返して、手を放した。しかし、次第に喜びのない信仰生活となり、自分の中の偽りと不信仰に苦しむ鬱状態になり、限界の日はやってきた。心配した姉妹方の助言も固くなった心は受けつけず、拒絶して教会を離れた。私は彼と結婚した。

結婚の用意をしながらも、自分を責め、教会が受け入れられない結婚を選択した自分は神に打たれるのではないかと、恐れた。みんな幸せに結婚準備をしていくのに、私はこんなに苦しんでいる。祝福される結婚が、苦しみの中で始まった。クリスチャンであるという事実。キリスト教でない式は挙げられない。彼の両親にも伝えた。全然面識のないその場限りの出張牧師。クリスチャンの出席しない教会式の挙式。後に、違う教会に移った同じ会社のクリスチャンが自分のところの集会に来てみたら、と誘ってくれたが、どこにも行けなかった。集会の駅近くになると、どこかであの兄弟姉妹に会うのではないかと恐れ、顔も上げられなかった。

妊娠、出産、流産・・。結婚生活は忙しく進んでいった。自分を責め、悪夢にうなされ、目覚めて、あぁ結婚したのだと思った。自分の内面や信仰が夢の中でも追ってきた。

そんな中、神様のあわれみの「時」が動いた。私たちはウィーンへと運ばれた。当時、とてもお世話になっていたYさんが家庭集会に集っている、と言い、私を誘ってくださった。事情を知らないYさんを用いて、神は私に「回復の時」を与えてくださったのである。同じ主にある祝福された集いだった。教会に戻ろう、と聖霊に押し出された。

そして、石川牧師夫妻に出会い、今までの重荷を初めて降ろすことができた。誰にも語れなかった、あの兄弟のあの言葉も初めて口にした。霊的なことが強調されすぎる危険性。「もちろん、信者同士の結婚が望ましい。しかし、信者の祈りによって相手が信仰を持つことも結婚生活で望む。」と言われ、信者と未信者の結婚式も挙げていると言われた。その後、ウィーンで、あの集会、あの指導者のことをよくご存知のK先生にお会いし、話を聞いていただく中でも私の傷はどんどん癒され、回復させられていった。K先生は「あなたは高い授業料を払ったのだと思う。」と言われ、本当に高い授業料を払った気がして、涙がボロボロこぼれた。「神は人生をトータルで見られる。」と先生は言われた。同じことを受けても、特別気にしなくて、悩まない人もいる。まじめで若かった私は、余計な苦しみを自分で背負ってしまったのかもしれない。と回復して後、牧師夫人に話したら「そういう性質も神様はあなたに与えてくださったものだから」と言ってくださった。

「他人に深い心の内を話す」ことで人は癒され、軽くなる。私は重荷を降ろす先、信頼できる信仰者を探し求めていたのだ。見えないところ、知らないところでの「祈りの手」も神様は見せてくださった。「私はあなたに誠実を尽くし続けた。」と主は語ってくださった。
人はそれぞれの弱さや性質の故に、回り道をしたり、必要のない苦しみを背負ってしまうことがある。牧師であってもクリスチャンであっても人をつまずかせることがある。そんなつもりではなかったのに、深い傷を負わせてしまう言葉もある。しかし、神様は一人ひとりの弱さもご存知で、しっかり包み込み「わたしの恵みは、あなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われ、すべてのことを働かせて益としてくださるのである。マイナスや苦しみがプラスに転じて「用いられるもの」となる。
私はこういうことを通して、信仰から離れている人のために、また、ご夫婦そろっての救いのために祈るように導かれている。痛みを知っている者が祈れる祈りがある。主はあの時の私の叫びを聞いて、夫を救ってくださった。
ハンブルクの宣教師夫人は言われた。「主はこの結婚をあわれんでくださったのです。」と。本当にあわれまれたのだと思う。

また、今度はアメリカに運ばれてきた。「もういいです。十分です。」と信仰のない者は新しい地での新しい戦いを恐れ、後ろのものを振り返る。しかし、「見よ。私は新しいことをする。今、もうそれが起ころうとしている。」と言われ、「この戦いはあなたがたの戦いではない。しっかり立って動かずに、主の救いを見よ。」と言われる。目が見たことのないもの。耳が聞いたことのないもの。そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものをここでも体験させてくださるのだと教えられる。確かに主は涙の谷を過ぎるときも、泉のわく所としてくださった。

「わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
主は、あなたのすべての咎を赦し、あなたの病をいやし、
あなたのいのちを穴から贖い、
あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、
あなたの一生を良いもので満たされる。
あなたの若さは、わしのように、新しくなる。」 詩篇103篇 2-5

月報2004年11月号より

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