2017年12月31日「主の御手を信頼して」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書6章33節

  • 序)
    今年のみ言葉がマタイ6:33
    神を信頼して歩むように招かれた1年を振り返りつつ味わう。
  1. 地上での神の国
    空の鳥を、野の花をごらんなさい。神様は大切にしてくださる。
    あなたはもっと大切な存在・・・だから信頼していこう。
    神の国→神の支配→神の愛の支配→神の愛に満たされること
・・・神の愛に満たされて歩む。成果主義ではなく。
    神の義・・・神とのまっすぐな関係。神の前にありのままの自分で出る
    神の愛の中に抱かれる。
    神の国の生き方は・・・恵みに感謝して生きる。
⇔成果主義、頑張って認められる生き方
マタイ20:1-16
  2. 死を突き抜ける神の国
    多くの方々を天に送ったこの1年。
    聖書の約束
・・・イエスと共に、神と共に永遠に。悲しみも、痛みもない世界。
ヨハネ14:1-3
黙示録21:3-4
ピリピ1:20, 23
    私たちは希望を持って歩める。ローマ8:38-39
    イエスの死に対する勝利・・・ヨハネ11:1-44
  • テイクアウトQuestion
    1)この一年、あなたの歩みはどのような歩みでしたか?感謝したいことは何でしょうか?
    2)この地上で神の愛の支配に生きることは、どんなことでしょうか?
    3)死を突き抜ける神の愛の支配はどのようなものでしょうか?それを信じることは、私たちの地上の生涯にどんな力があるでしょうか?

 

2017年12月17日「我らとともにいる神」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書1章18節〜25節

  • 序)
    クリスマスの登場人物の中で、一番大きな役割・・・マリヤとヨセフ
    大きな使命、困難な使命・・・神が共にいるということが支えだった。
  1. マリヤと共におられた神
    ルカ1:26-38・・・マリヤへのお告げ
「恵まれた女よおめでとう。主があなたと共におられます」
    信じられない・・・「どうしてそんなことがありましょうか?」
    自分の身に起こってくる困難。
    使命を支えられる神
  2. ヨセフと共におられた神
    マリヤが身ごもっている。マリヤを信じられないでいるヨセフ。
ヨセフが訴えるとマリヤは石打ちの件
→密かに離縁しようと決心した。
    マリヤにとっては一番サポートが必要な時。
でも、ヨセフの判断は無理はない。
    無理なことを無理じゃなくす神の臨在。ヨセフはすぐに妻に迎えた。
  3. インマヌエルなるイエス
    イン=共に、マヌー=私たち、エル=神 イザヤ7章の預言
この方の中に神が共にいてくださる。
    イエスの生涯・・・人々と共に歩んだ。底辺を歩んだ。痛みの中にいる人と共に歩んだ。病の人に触れて癒された。
    イエスの存在・・・神と人が共にいる。
    十字架にまで共にいてくださった。どこまでも共にいる。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたはどんな時に神様が共にいてくださると思いますか?
    2)神様が共にいてくださるのはあなたにとってどんな意味があるでしょうか?
    3)神はあなたと共にいるためにどんなことをしてくださいましたか?

 

 

2017年12月10日「イエスのもたらす平和」

説教者 : 錦織学 牧師

聖書箇所 : イザヤ書9章1〜7節

  • 序)
    救い主は暗闇に輝く光。
    ゼブルン、ナフタリ、ガリラヤ・・・イスラエルの北部
・・・周辺からの攻撃を受ける。そこに光が、平和が与えられる。
    暗闇のようなところを歩む私たちに光を、平和を与える救い主。
  1.  イエスが与える平和
    戦いがなくなる。武器は必要なくなる、という預言。
↔︎「わたしは平和ではなく、剣を投げ込むために来た」(マタイ10:34)
→表面的な平和、見せかけの平和を打ち壊し、本当の平和をもたらす。
    神との平和(ローマ5:6−11)
神に背いていた私たちのために、神は和解の手を差し伸べられた。
イエスの十字架によって罪が清算される。
    キリストの与える平安(ヨハネ14:27)
  2. あなたから始まる平和
    聖書はいつも「内側→外側」の方向性。
↔︎状況によって、平和が変わる。周りがガタガタしていると心も不安。
    軍事的リーダー、強いリーダーを期待していたユダヤの民。
↔︎イエスは私たちの心を照らして、私たちの心に平安を与え、世の光へ。
    「光によって、明らかにされて、それが光に変えられる」エペソ5:13-14
    アッシジのフランチェスコの祈り
・・・私を平和の道具にしてください。
・・・理解されるよりも、理解することを。
・・・愛されることよりも、愛することを。
  • テイクアウトQuestion
    1)どんな時に平和が実現すると思いますか?
    2)イエスはどのような意味で、救い主なのでしょうか?
    3)あなたはあなたの周りに平和を生み出すために、どんなことができるでしょうか?

 

 

2017年12月3日「慰めよ、我が民を慰めよ」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : イザヤ書40章1〜11節

  • 序)
    紀元前500年代のバビロン捕囚の中での解放の預言。
    もうダメだという民。70年間の捕囚。
    そんな絶望の中にいた民に慰めを語る神。救い主を待ち望む民への慰め
  1.  罪の赦しの慰め
    ・神が言われる。人の言葉ではなく、神が言われる。
    ・「我が民」と呼んでくださる。私のものだと、呼んでくださる。
    ・ここでは、十分に苦しんだから、あなた方は赦されると書かれているが、これが救い主の預言となる時、苦しむのは、私たちではなくて、イエス様、救い主。
    ・赦される=神とともに歩む。神に受け入れられる。私たちが立派になったら受け入れてくださるのではなく、そのままで受け入れられる。
  2.  御言葉による慰め
    ・御言葉によって慰められる。
    ・諸行無常・・・全ては変わっていく。⇔御言葉はいつも変わらない。
    ・御言葉が与えられる経験。御言葉が自分のものになる経験。
    ・神様の慰めをいただく。人に慰めを運ぶ。・・・第2コリント1章。
  3. 羊飼いの慰め
    ・私たちを抱きしめてくださる。受け入れてくださる。懐に入れてくださる。包んでくださる。
    ・神様の慰めは結局のところ、共にいてくださること。臨在。
    ・言葉で表しきれないもの。音楽や絵を通しても。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたが慰めを受けた経験はどんな経験がありますか?
    2)聖書の言葉によって慰めを受けた経験はありますか?
    3)神からの慰めを受けるために、あなたはどんなことをすればいいでしょうか?

 

2017年11月26日「我らは恐れない」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : 詩篇46篇

  • 序)
    神が共にいてくださる。今ここに。
遠くではなく、困難の中でも。
    詩篇46篇の背景・・・紀元前700年ヒゼキヤ王のユダ王国。
大国アッシリア帝国に包囲される。18万5000人の兵。
列王紀下18-19章、イザヤ36-37章
  1. 神がその中におられるので、都はゆるがない。
    普通は「砦がしっかりしている」「城壁が堅固だから」「負けない位たくさんの兵士がいるから」
個人「老後の蓄えがあるから」「保険に入っているから」
教会「会計が満たされているから」「能力のある方がおられるから」
    そうではなく、「神がここにおられるから、私たちは揺るがない」
    「一つの川がある」・・・命の水を与えられたイエス。聖霊の満たし。
  2. 静まって、わたしこそ神であることを知れ。
    口語訳「静まって」、新改訳「やめよ」、新共同訳「力を捨てよ」
NIV “Be still”, The Message “Step out of the traffic!”
流れに身を任せて、振り回されて、ではなく、一歩退いて。外に出て。
    アッシリアに攻められたユダの国。エジプトと同盟、バビロンと同盟。
あっちの国と同盟、こっちの国に助けを求める、そんなバタバタしている民に対して、「静まりなさい、神の主権を認めなさい」と言われた神。
    忙しくて、そんな時間はない?・・・だからこそ、神の前に静まる。静まって神を神とすること。神を見つめること。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたは何を頼りにしているでしょうか?「これがあるから大丈夫」と思っているものは何でしょうか?それが取り去られたら、どうなるでしょうか?
    2)今、自分がstep outしなければならない状況は何でしょうか?
    3)神を神とするとはどういうことだと思いますか?あなたの現実の生活の中で、具体的にどんなことをすればいいでしょうか?

 

 

2017年11月19日「私たちを養ってくださる方」

説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : 詩篇23篇

詩篇23篇は多くの人々に愛されている詩。
「羊飼い」といえばどんな場面を想像する?
緑の牧場、憩いのみぎわ、どのような場面?

この詩の背景は乾燥地帯。
ダビデの詩・・・ベツレヘム、エルサレム周辺。⇔ガリラヤ湖周辺。

死の陰の谷を行くときも
1)困難なときにも
2)本当に肉体の死の瞬間にも
・・・恐れない。なぜ?・・・主が共におられるから。
生きているときにも神と共にある平安
死に直面して、更に近く神とともにある平安

2013年11月の後藤兄の証しの2つの御言葉。
伝道の書3:1-11・・・すべてのことには時がある。
第一ペテロ4:12-14・・・試練にも驚き怪しむな。

敵の前で・・・祝宴が持たれる、油が注がれる、杯が溢れる。

  • テイクアウトQuestion
    1)神様がおられるなら、どうしてこんなことが起こるのだろうかということはありますか?どんなことを感じますか?
    2)神様が私たちの羊飼いであってくださることを感じるのはどんな時でしょうか?
    3)神様があなたに油を注いでくださっている、あなたの杯を溢れさせていると感じることはありますか?どんなときですか?

 

2017年11月12日「からしだね一粒」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書17章9〜21節

  • 山を降りたイエス。
山の上では栄光に輝く姿。
    しかし、山の下に降りて人々に仕えたイエス
山の下では、混乱が、困惑が、不信仰が、待っていた。
  • 悪霊に憑かれた子供が連れられてきた。
弟子たちは癒せなかった。
    イエスにはできるけど、人間には無理?
でも、弟子たちも「悪霊を追い出す権威」を与えられていた。
    「どうして私たちにはできなかったのでしょうか?」
「信仰が足りないからだ」「からしだね一粒ほどの信仰があれば・・・」どういうことか?
  • 「信仰が足りない」という言葉
    1)ペテロが水の上を歩いた時に、風を見て、恐れた時。
    2)何を着ようか、何を食べようかと心配している人々に。
    →神の国と神の義とをまず求めなさい。そうすれば全ては添えて。
    →数量的な多さとか、少なさとか、小ささではなく、
 神を見ないで他を見ている人々。
  • 信仰って何?
使徒行伝3:12, 16「信心ではない」「信仰だ」
    ローマ4:5「不信心な者を義とする方を信じる信仰」
自分の信仰の姿勢に注目するのではなく、
イエスに注目する。神の愛に注目する。
  • からしだね一粒ほどの信仰・・・そこにはいのちがある。
    ヨハネ12:24「一粒の種も死ななければ・・・」
自分ではなく、自分に死ぬ時に、命を得る。
  • テイクアウトQuestion
    1)もしも、あなたの周りに「悪霊に憑かれた人」がいたとしたら、あなたはどうしますか?
    2)「信仰」と「信心」との違いは何でしょうか?「山を動かす信仰」とはどのようなものでしょうか?
    3)「山が動いた」経験はありますか?どんなことだったでしょうか?

 

2017年11月5日「貧しくなられた神の子」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書17章1〜8節

  • 序)
    イエスの栄光の姿・・・この1回だけ。3人だけ。復活まで黙っている。
    ・・・隠されていた。→この神の子がへりくだられた意味。
  1. 栄光を隠されたイエス
    モーセとエリヤ・・・OTを代表する2人。
    神と語る人・・・モーセは神と語ったあと、顔が輝いていた。
    イエスが輝いていたのは、本来の輝きだった。顔は太陽の輝きのように、衣は真っ白に。第2ペテロ1:16-17
    神様の栄光の輝き・・・本来、私たちは耐えられない。
イザヤ書6:1-5・・・「わたしは滅びるばかりだ」・・・畏れ。awe
    イエスは本来の輝きを隠していた。ピリピ2:6-11
    ・私たちの痛みや悩みや闘いをご自分のものとして経験。ヘブル4:14-16
  2. 山を降りられるイエス
    ペテロはこの光景を前に「ずっとここにいたい」と言い出した。
「小屋を3つ建てましょう」
    天からの声、「これにきけ!」と言われた。あなたが神に指図をするのではなく、あなたが聞くのだ。
    モーセもエリヤも人々に拒否された預言者。イエスも人々に拒否される。山にいたほうが楽だっただろう。山にいて栄光に輝く姿で、モーセやエリヤや弟子たちと一緒に。
    しかし、イエスは山を降りていった。降りたら何が待っていたか?
病の人々、弟子たちの不信仰。
    そして、十字架に向かっていく。ピリピ2:6-11
    私たちも山から降りるように招かれる。
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスはどうして「これを誰にも言うな」と言われたのでしょうか?
    2)「小屋を3つ建てます」というペテロの提案の背後にはどんな思いがあったでしょうか?それに対して神はどう言われますか?
    3)私たちが「山を降りる」ということはどんなことを意味しているでしょうか?具体的に考えて、実行してみましょう。

 

 

2017年10月29日「神のことと人のこと」

説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書16章21〜28節

  • 序)23節のイエスの言葉:「神のことを思わないで人のことを思っている」
    この言葉は私たちすべての者へのチャレンジ。
    「神のこと-人のこと」
    神の視点−人の視点(New Living Translation)
    神の方法−人の方法(The Message)
    神のことを気にしている−人のことを気にしている(ESV, NIV)
  1. 人のこと
    イエスの受難予告・・・ペテロの信仰告白から始まる。
「イエスは神の子キリスト」という信仰
→それはどんな意味か明らかにされる。・・・受難と復活。
    22節のペテロの言葉:新改訳は「神の恵みがありますように」
原語のニュアンス・・・ペテロは神を利用した。
    人の方法・・・自分を守り、自分の夢、自分の願いのために神を利用
自分の夢、自分たちの国の独立、ローマに対する勝利、
  2. 神のこと
    「神のこと」なんかわからない?
イザヤ書55章8−9節・・・わからないことを前提に出発。
    続く10−11節。・・・御言葉に聞く。
神の方法・・・自分を与えることによって命を得る。十字架を負う・・・死刑宣告を受けた者・・・自分の夢、自分のこだわりを捨てる。
神様の大きなピクチャーの中で、私は生かされている。
損に見えるかもしれない・・・神様はそこに命を与える。
    まずそのために、イエスがご自身を与えてくださった。
私たちもその足跡を従うようにと招かれている。イザヤ55:12-23
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスがこのタイミングで受難と復活の話をされたのはどうしてでしょうか?
    2)イエスはどうしてペテロに厳しいことを言われたのでしょうか?
    3)人のことではなく、神のことを考えて生きるということはどうすればいいのでしょうか?