2017年12月31日「主の御手を信頼して」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書6章33節

  • 序)
    今年のみ言葉がマタイ6:33
    神を信頼して歩むように招かれた1年を振り返りつつ味わう。
  1. 地上での神の国
    空の鳥を、野の花をごらんなさい。神様は大切にしてくださる。
    あなたはもっと大切な存在・・・だから信頼していこう。
    神の国→神の支配→神の愛の支配→神の愛に満たされること
・・・神の愛に満たされて歩む。成果主義ではなく。
    神の義・・・神とのまっすぐな関係。神の前にありのままの自分で出る
    神の愛の中に抱かれる。
    神の国の生き方は・・・恵みに感謝して生きる。
⇔成果主義、頑張って認められる生き方
マタイ20:1-16
  2. 死を突き抜ける神の国
    多くの方々を天に送ったこの1年。
    聖書の約束
・・・イエスと共に、神と共に永遠に。悲しみも、痛みもない世界。
ヨハネ14:1-3
黙示録21:3-4
ピリピ1:20, 23
    私たちは希望を持って歩める。ローマ8:38-39
    イエスの死に対する勝利・・・ヨハネ11:1-44
  • テイクアウトQuestion
    1)この一年、あなたの歩みはどのような歩みでしたか?感謝したいことは何でしょうか?
    2)この地上で神の愛の支配に生きることは、どんなことでしょうか?
    3)死を突き抜ける神の愛の支配はどのようなものでしょうか?それを信じることは、私たちの地上の生涯にどんな力があるでしょうか?

 

2017年12月17日「我らとともにいる神」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書1章18節〜25節

  • 序)
    クリスマスの登場人物の中で、一番大きな役割・・・マリヤとヨセフ
    大きな使命、困難な使命・・・神が共にいるということが支えだった。
  1. マリヤと共におられた神
    ルカ1:26-38・・・マリヤへのお告げ
「恵まれた女よおめでとう。主があなたと共におられます」
    信じられない・・・「どうしてそんなことがありましょうか?」
    自分の身に起こってくる困難。
    使命を支えられる神
  2. ヨセフと共におられた神
    マリヤが身ごもっている。マリヤを信じられないでいるヨセフ。
ヨセフが訴えるとマリヤは石打ちの件
→密かに離縁しようと決心した。
    マリヤにとっては一番サポートが必要な時。
でも、ヨセフの判断は無理はない。
    無理なことを無理じゃなくす神の臨在。ヨセフはすぐに妻に迎えた。
  3. インマヌエルなるイエス
    イン=共に、マヌー=私たち、エル=神 イザヤ7章の預言
この方の中に神が共にいてくださる。
    イエスの生涯・・・人々と共に歩んだ。底辺を歩んだ。痛みの中にいる人と共に歩んだ。病の人に触れて癒された。
    イエスの存在・・・神と人が共にいる。
    十字架にまで共にいてくださった。どこまでも共にいる。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたはどんな時に神様が共にいてくださると思いますか?
    2)神様が共にいてくださるのはあなたにとってどんな意味があるでしょうか?
    3)神はあなたと共にいるためにどんなことをしてくださいましたか?

 

 

2017年12月10日「イエスのもたらす平和」

説教者 : 錦織学 牧師

聖書箇所 : イザヤ書9章1〜7節

  • 序)
    救い主は暗闇に輝く光。
    ゼブルン、ナフタリ、ガリラヤ・・・イスラエルの北部
・・・周辺からの攻撃を受ける。そこに光が、平和が与えられる。
    暗闇のようなところを歩む私たちに光を、平和を与える救い主。
  1.  イエスが与える平和
    戦いがなくなる。武器は必要なくなる、という預言。
↔︎「わたしは平和ではなく、剣を投げ込むために来た」(マタイ10:34)
→表面的な平和、見せかけの平和を打ち壊し、本当の平和をもたらす。
    神との平和(ローマ5:6−11)
神に背いていた私たちのために、神は和解の手を差し伸べられた。
イエスの十字架によって罪が清算される。
    キリストの与える平安(ヨハネ14:27)
  2. あなたから始まる平和
    聖書はいつも「内側→外側」の方向性。
↔︎状況によって、平和が変わる。周りがガタガタしていると心も不安。
    軍事的リーダー、強いリーダーを期待していたユダヤの民。
↔︎イエスは私たちの心を照らして、私たちの心に平安を与え、世の光へ。
    「光によって、明らかにされて、それが光に変えられる」エペソ5:13-14
    アッシジのフランチェスコの祈り
・・・私を平和の道具にしてください。
・・・理解されるよりも、理解することを。
・・・愛されることよりも、愛することを。
  • テイクアウトQuestion
    1)どんな時に平和が実現すると思いますか?
    2)イエスはどのような意味で、救い主なのでしょうか?
    3)あなたはあなたの周りに平和を生み出すために、どんなことができるでしょうか?

 

 

2017年12月3日「慰めよ、我が民を慰めよ」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : イザヤ書40章1〜11節

  • 序)
    紀元前500年代のバビロン捕囚の中での解放の預言。
    もうダメだという民。70年間の捕囚。
    そんな絶望の中にいた民に慰めを語る神。救い主を待ち望む民への慰め
  1.  罪の赦しの慰め
    ・神が言われる。人の言葉ではなく、神が言われる。
    ・「我が民」と呼んでくださる。私のものだと、呼んでくださる。
    ・ここでは、十分に苦しんだから、あなた方は赦されると書かれているが、これが救い主の預言となる時、苦しむのは、私たちではなくて、イエス様、救い主。
    ・赦される=神とともに歩む。神に受け入れられる。私たちが立派になったら受け入れてくださるのではなく、そのままで受け入れられる。
  2.  御言葉による慰め
    ・御言葉によって慰められる。
    ・諸行無常・・・全ては変わっていく。⇔御言葉はいつも変わらない。
    ・御言葉が与えられる経験。御言葉が自分のものになる経験。
    ・神様の慰めをいただく。人に慰めを運ぶ。・・・第2コリント1章。
  3. 羊飼いの慰め
    ・私たちを抱きしめてくださる。受け入れてくださる。懐に入れてくださる。包んでくださる。
    ・神様の慰めは結局のところ、共にいてくださること。臨在。
    ・言葉で表しきれないもの。音楽や絵を通しても。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたが慰めを受けた経験はどんな経験がありますか?
    2)聖書の言葉によって慰めを受けた経験はありますか?
    3)神からの慰めを受けるために、あなたはどんなことをすればいいでしょうか?

 

2017年11月26日「我らは恐れない」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : 詩篇46篇

  • 序)
    神が共にいてくださる。今ここに。
遠くではなく、困難の中でも。
    詩篇46篇の背景・・・紀元前700年ヒゼキヤ王のユダ王国。
大国アッシリア帝国に包囲される。18万5000人の兵。
列王紀下18-19章、イザヤ36-37章
  1. 神がその中におられるので、都はゆるがない。
    普通は「砦がしっかりしている」「城壁が堅固だから」「負けない位たくさんの兵士がいるから」
個人「老後の蓄えがあるから」「保険に入っているから」
教会「会計が満たされているから」「能力のある方がおられるから」
    そうではなく、「神がここにおられるから、私たちは揺るがない」
    「一つの川がある」・・・命の水を与えられたイエス。聖霊の満たし。
  2. 静まって、わたしこそ神であることを知れ。
    口語訳「静まって」、新改訳「やめよ」、新共同訳「力を捨てよ」
NIV “Be still”, The Message “Step out of the traffic!”
流れに身を任せて、振り回されて、ではなく、一歩退いて。外に出て。
    アッシリアに攻められたユダの国。エジプトと同盟、バビロンと同盟。
あっちの国と同盟、こっちの国に助けを求める、そんなバタバタしている民に対して、「静まりなさい、神の主権を認めなさい」と言われた神。
    忙しくて、そんな時間はない?・・・だからこそ、神の前に静まる。静まって神を神とすること。神を見つめること。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたは何を頼りにしているでしょうか?「これがあるから大丈夫」と思っているものは何でしょうか?それが取り去られたら、どうなるでしょうか?
    2)今、自分がstep outしなければならない状況は何でしょうか?
    3)神を神とするとはどういうことだと思いますか?あなたの現実の生活の中で、具体的にどんなことをすればいいでしょうか?

 

 

2017年11月19日「私たちを養ってくださる方」

説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : 詩篇23篇

詩篇23篇は多くの人々に愛されている詩。
「羊飼い」といえばどんな場面を想像する?
緑の牧場、憩いのみぎわ、どのような場面?

この詩の背景は乾燥地帯。
ダビデの詩・・・ベツレヘム、エルサレム周辺。⇔ガリラヤ湖周辺。

死の陰の谷を行くときも
1)困難なときにも
2)本当に肉体の死の瞬間にも
・・・恐れない。なぜ?・・・主が共におられるから。
生きているときにも神と共にある平安
死に直面して、更に近く神とともにある平安

2013年11月の後藤兄の証しの2つの御言葉。
伝道の書3:1-11・・・すべてのことには時がある。
第一ペテロ4:12-14・・・試練にも驚き怪しむな。

敵の前で・・・祝宴が持たれる、油が注がれる、杯が溢れる。

  • テイクアウトQuestion
    1)神様がおられるなら、どうしてこんなことが起こるのだろうかということはありますか?どんなことを感じますか?
    2)神様が私たちの羊飼いであってくださることを感じるのはどんな時でしょうか?
    3)神様があなたに油を注いでくださっている、あなたの杯を溢れさせていると感じることはありますか?どんなときですか?

 

2017年11月12日「からしだね一粒」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書17章9〜21節

  • 山を降りたイエス。
山の上では栄光に輝く姿。
    しかし、山の下に降りて人々に仕えたイエス
山の下では、混乱が、困惑が、不信仰が、待っていた。
  • 悪霊に憑かれた子供が連れられてきた。
弟子たちは癒せなかった。
    イエスにはできるけど、人間には無理?
でも、弟子たちも「悪霊を追い出す権威」を与えられていた。
    「どうして私たちにはできなかったのでしょうか?」
「信仰が足りないからだ」「からしだね一粒ほどの信仰があれば・・・」どういうことか?
  • 「信仰が足りない」という言葉
    1)ペテロが水の上を歩いた時に、風を見て、恐れた時。
    2)何を着ようか、何を食べようかと心配している人々に。
    →神の国と神の義とをまず求めなさい。そうすれば全ては添えて。
    →数量的な多さとか、少なさとか、小ささではなく、
 神を見ないで他を見ている人々。
  • 信仰って何?
使徒行伝3:12, 16「信心ではない」「信仰だ」
    ローマ4:5「不信心な者を義とする方を信じる信仰」
自分の信仰の姿勢に注目するのではなく、
イエスに注目する。神の愛に注目する。
  • からしだね一粒ほどの信仰・・・そこにはいのちがある。
    ヨハネ12:24「一粒の種も死ななければ・・・」
自分ではなく、自分に死ぬ時に、命を得る。
  • テイクアウトQuestion
    1)もしも、あなたの周りに「悪霊に憑かれた人」がいたとしたら、あなたはどうしますか?
    2)「信仰」と「信心」との違いは何でしょうか?「山を動かす信仰」とはどのようなものでしょうか?
    3)「山が動いた」経験はありますか?どんなことだったでしょうか?

 

2017年11月5日「貧しくなられた神の子」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書17章1〜8節

  • 序)
    イエスの栄光の姿・・・この1回だけ。3人だけ。復活まで黙っている。
    ・・・隠されていた。→この神の子がへりくだられた意味。
  1. 栄光を隠されたイエス
    モーセとエリヤ・・・OTを代表する2人。
    神と語る人・・・モーセは神と語ったあと、顔が輝いていた。
    イエスが輝いていたのは、本来の輝きだった。顔は太陽の輝きのように、衣は真っ白に。第2ペテロ1:16-17
    神様の栄光の輝き・・・本来、私たちは耐えられない。
イザヤ書6:1-5・・・「わたしは滅びるばかりだ」・・・畏れ。awe
    イエスは本来の輝きを隠していた。ピリピ2:6-11
    ・私たちの痛みや悩みや闘いをご自分のものとして経験。ヘブル4:14-16
  2. 山を降りられるイエス
    ペテロはこの光景を前に「ずっとここにいたい」と言い出した。
「小屋を3つ建てましょう」
    天からの声、「これにきけ!」と言われた。あなたが神に指図をするのではなく、あなたが聞くのだ。
    モーセもエリヤも人々に拒否された預言者。イエスも人々に拒否される。山にいたほうが楽だっただろう。山にいて栄光に輝く姿で、モーセやエリヤや弟子たちと一緒に。
    しかし、イエスは山を降りていった。降りたら何が待っていたか?
病の人々、弟子たちの不信仰。
    そして、十字架に向かっていく。ピリピ2:6-11
    私たちも山から降りるように招かれる。
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスはどうして「これを誰にも言うな」と言われたのでしょうか?
    2)「小屋を3つ建てます」というペテロの提案の背後にはどんな思いがあったでしょうか?それに対して神はどう言われますか?
    3)私たちが「山を降りる」ということはどんなことを意味しているでしょうか?具体的に考えて、実行してみましょう。

 

 

2017年10月29日「神のことと人のこと」

説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書16章21〜28節

  • 序)23節のイエスの言葉:「神のことを思わないで人のことを思っている」
    この言葉は私たちすべての者へのチャレンジ。
    「神のこと-人のこと」
    神の視点−人の視点(New Living Translation)
    神の方法−人の方法(The Message)
    神のことを気にしている−人のことを気にしている(ESV, NIV)
  1. 人のこと
    イエスの受難予告・・・ペテロの信仰告白から始まる。
「イエスは神の子キリスト」という信仰
→それはどんな意味か明らかにされる。・・・受難と復活。
    22節のペテロの言葉:新改訳は「神の恵みがありますように」
原語のニュアンス・・・ペテロは神を利用した。
    人の方法・・・自分を守り、自分の夢、自分の願いのために神を利用
自分の夢、自分たちの国の独立、ローマに対する勝利、
  2. 神のこと
    「神のこと」なんかわからない?
イザヤ書55章8−9節・・・わからないことを前提に出発。
    続く10−11節。・・・御言葉に聞く。
神の方法・・・自分を与えることによって命を得る。十字架を負う・・・死刑宣告を受けた者・・・自分の夢、自分のこだわりを捨てる。
神様の大きなピクチャーの中で、私は生かされている。
損に見えるかもしれない・・・神様はそこに命を与える。
    まずそのために、イエスがご自身を与えてくださった。
私たちもその足跡を従うようにと招かれている。イザヤ55:12-23
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスがこのタイミングで受難と復活の話をされたのはどうしてでしょうか?
    2)イエスはどうしてペテロに厳しいことを言われたのでしょうか?
    3)人のことではなく、神のことを考えて生きるということはどうすればいいのでしょうか?

2017年10月22日「何が土台か」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書16章1〜20節

序)
建物の中で、外観よりも、玄関よりも、内装よりも土台が大切。
あなたの人生の土台は何か?教会の土台は何か?

  1. 他の土台
    2つの誤った土台
    1)しるし(奇跡)
    イエスに「しるしを見せてください」という人々。
    イエスの答え「この時代にはヨナのしるし以外にはない」
ヨナのしるし・・・イエスの十字架と復活を指す。
    十字架の下でも、「降りてきてみろ、そうしたら信じよう」の声。
    私達の信仰は「にも関わらず」「たとえそうでなくても」の信仰。
ダニエル書3章の3人。「たとえそうでなくても」
    2)行い(律法)
    パリサイ派・サドカイ派のパン種。・・・彼らの教え。
律法を守ることによって救われる。
    「パン種」は少しでも大きな影響を与える。
    宗教改革500年。ルターが回復したのは行いではなく信仰。
    ⇔「こんなに頑張っているのだから、愛される、認められる。」
  2. 信仰を土台とする
    弟子たちへの質問・・・人々は?<あなたは何と言うか?
    ペテロの答え「あなたこそ、生ける神の子キリストです。」
    この信仰の上に教会を立てる。
ペテロの信仰・・・自分の力を頼った、弱い信仰。
    →自分の弱さを思い知らされた神の力を頼る信仰。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたの人生の土台は何でしょうか?
    2)「しるし」や「行い」が土台にならないのはどうしてでしょうか?
    3)ペテロの信仰はどのような信仰だったでしょうか?それが教会の土台になったとはどんな意味でしょうか?

 

2017年10月15日「イエスに満たされる」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書15章29節〜39節

  • 序)
    「人はパンだけで生きるものではない」・・・これに続く言葉は?
    人はものだけがあればそれで十分という存在ではない。心の満たし。
    人々の癒し、解放、満腹も、イエスが私達の魂を癒し、解放し、満たしてくださることを示している。
  1. 私達の魂を解放するイエス
    イエスのもとに連れてこられた方々、手や足、口や目が不自由だった。彼らを癒された。
→イエスは魂の手を、足を、口を、目を解放し、癒やしてくださる。
    水野源三さんの証し。
    あなたの口は?あなたの目は?あなたの手はあなたの足は?
  2. 私達の心を満たすイエス
    7つのパンと少しの魚で4000人の人々を満腹に。
→「人はパンだけで生きるものではない」を前提に読む。
    宝くじに当たった人のその後・・・必ずしも幸せではない。
    心を満たすパンが必要。・・・命のパンであるイエス。
→最後の晩餐。→十字架のイエス。
    十字架のイエスこそ、私達の心を満たす方。
    状況は変わらない。でも内側が変えられる→状況にインパクトを与える。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたの心の状態はどのような状態でしょうか?
    2)あなたの心の内側の状態は、あなたの生活にどのような影響があるでしょうか?
    3)イエスはどのように私達の心を満たしてくださるのでしょうか?

 

2017年10月8日「小犬の信仰」

説教者 : 錦織学 牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書15章21節〜28節

  • 序)
    イエス「あなたの信仰は立派だ」・・・どんな信仰?
    1節からのパリサイ派の人々とは対照的。
    「小犬のような信仰」・・・あまりかっこよくない。そこがまた大切。
  1. 資格がないという自覚
    自分は小犬だ、ということを受け入れた。
    「小犬」・・・今は家族の一員⇔この時代はかなり侮辱的。
    私達の信仰のじゃまになるもの・・・「プライド」
    放蕩息子・・・「あなたの息子と呼ばれる資格はない」
    マタイ5:3「心の貧しい人は幸い」
  2. 神の豊かさへの信頼
    神の恵み・・・パンくずでも十分だ・・・それほど豊かで大きい。
    詩篇81:10「あなたの口を広く開けよ。私はそれを満たそう」
    5つのパンと2匹の魚で人々が満腹になった。パンくずが12かご一杯。
    ダビデがゴリアテを打ち倒した時ダビデの袋の中には石が4個残ってた。
    勝ち得て余りある。ローマ8章37節
  3. 神のなさることへの信頼
    イエスは沈黙された。
    イエスは「ユダヤ人に遣わされている」と言われた。・・・神の救いの計画。十字架まではユダヤ人を通して、世界の人々に祝福を。イエスの十字架によって、全世界の人々に祝福を与える。
    神様の思いは私達の思いを超え、理解し難いことがある。
→それでも、神を信頼する。
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスの沈黙にはどんな意味があると思いますか?
    2)イエスに「小犬」と言われた時に、この女の人はどんなふうに感じたと思いますか?
    3)この女の人の信仰と、あなたの信仰はどこが似ていますか?どこが違いますか?

 

 

2017年10月1日「外からではなく」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書15章1〜20節

  • イエスと当時の宗教家たちとの対立。外側ばかりを気にしていた人々。
彼らを「嫌な奴ら」と片付けるだけでは不十分。
聖書は「あなたはどうですか?」と問いかける。
  1. 外側を気にする私達
    「どうしてあなたの弟子たちは手を洗わないで食べる?」
・・・「汚い!」とかそういうことではなく、儀式として手を清める。
    イエスの反論「あなたがたは言い伝えによって神の言葉を無にしている
「父と母とを敬え」⇔「これは神にささげます」(言葉だけ)
    口に入れるものが人を汚すのではなく、口から出るものが汚す。
内側から溢れてくるものが問題。
    あなたの内側には何がありますか?あなたの内側はどうですか?
    オートバーグ「あなたがずっと求めていた人生」
外的な基準・・・何章聖書を読む、何時間祈るとか。
本来の基準・・・「自分は神と人とをますます愛することができるようになっているか?」
  2. 内側に住んでくださる聖霊様
    外側ではなくて内側が問題だとイエスが言われた・・・私たちは困る。
外側はコントロールできても内側はどうにもならないから。
→聖霊様に満たしていただく。聖霊様にきよめていただく。
    使徒行伝1章6-8節。14節・・・祈り待ち望む。
    使徒行伝2章1-4節・・・キリストの証人となる。涌き上がる。
十字架と赦しを証ししないでいられなくなる。
    ガラテヤ5章22-23節・・・品性を整えてくださる。実を結ばせる。
    ルカ11章13節・・・求めること。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたは自分の外側が気になる方ですか?内側が気になる方ですか?オートバーグが言っていることはわかりますか?
    2)内側の問題のためにはどのようにすればいいでしょうか?
    3)聖霊に満たされる時に、聖霊様に働いていただく時にどんなことが起こるでしょうか?

 

 

2017年9月24日「わたしだ、恐れるな」

説教者 : 錦織学 牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書14章22〜36節

 

奇跡・・・「こんなことあったわけがない!」「あったんだ!」を議論することよりも、奇跡に込められたメッセージを聞くこと。

  1. 逆風の中で近づくイエス
    イエスは無理やり弟子たちを向こう岸に送った。
イエスに従うなら、順調に行くだろう・・・と期待する。
でも、そこに逆風が吹いてきた。
    イエスの訓練・・・イエスを信頼する訓練。
弟子たちはイエスを肉眼では見なくなる。→しかし、イエスは共におられる、ということを経験する訓練。
    私達も神が共におられることを感じられない、思えない時にも、共にいてくださることを信頼すること。
    「わたしだ、恐れることはない」と語ってくださるイエス。
  2. 溺れかけたペテロを引き上げるイエス
    喜んだ弟子たち、その中でペテロが「水の上を歩かせて下さい」。
    イエスの招き・・・おいでなさい。
    ペテロは踏み出した・・・信仰は冒険。イエスに従って踏み出す冒険。
    でも、ペテロは途中で風を見た。自分を取り巻く状況を見た。
    イエスを見ていた時は大丈夫。状況に気を取られて恐れるとダメ。
私達もイエスから目を離さないで歩こう。状況に振り回されないで、イエスを見つめて歩こう。イエスの言葉を信頼しよう。
    でも、失敗したペテロをイエスは見捨てなかった。引き上げた。
    チャレンジ・・・ペテロが踏み出した時に、他の弟子たちが経験できなかったことを経験した。水の上を歩くこと。イエスの力。
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスに従っていく時に、どうしてこううまくいかないのだろうという経験はありましたか?どうしてでしょうか?
    2)イエスはどうして、弟子たちを先に行かせたのでしょうか?
    3)ペテロは水の上を歩いてよかったのでしょうか?そんなことしなかったほうが良かったのでしょうか?

 

 

2017年9月17日「それをここに持ってきなさい」

・聖書箇所 : マタイによる福音書14章13節〜21節

・説教者 : 錦織学 牧師

  • 5000人の給食・・・奇跡にはいつもメッセージがある。そのメッセージを聞く。「それをここに持ってきなさい」これはあなたのストーリー。
  1. 主はあなたを用いられるから
    問題の大きさ。男だけで5000人の人々だから全部で1万人以上。
    できない。不可能。問題の大きさに圧倒される。
    「あなたがたの手で」と言われた時に、本当に弟子たちは途方に暮れた
    自分の手の中に「5つのパンと2匹の魚しかない」。
    「そんなの役に立たない」という声。ヨハネによる福音書のアンデレの言葉。
    私たちは自分の手の中のものを見て、「これしかない」という。
    でも、イエスは「それを私のところにもってきなさい」と言われる。
  2. 主が奇跡をなさるから
    イエスのもとに持っていった時に、イエスはそれを喜んで、祝福された。
    「あなたがたの手で」と言われたイエスであるが、結局、イエスがこの奇跡をされた。
    イエスが私達を用いてくださるとき、「関知しない」「成功を祈る」ではなく、イエスは私達のすべてに責任をもってくださる。私が一緒に行くから。私が私のわざをするから。
    私達の訓練は、イエスを信頼する訓練。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたの手の中には何があるでしょうか?神様はあなたに何を託されたでしょうか?
    2)私達が「こんなの役に立たない」と思うのはどうしてでしょうか?
    3)あなたが主に仕えていく時に、主はどこにおられますか?何をしてくださるでしょうか?
    4)私達が神様に仕えていく時に、孤独を感じることはありますか?それはどうしてでしょうか?

 

 

2017年9月10日「恐れを追い出すもの」

・説教者 : 錦織学 牧師

・聖書箇所 : マタイによる福音書14章1節〜12節

  • 恐れ。・・・私達にとって大切なもの
・・・危険、避けるべきことの察知、
    しかし、恐れるべきものではないものを恐れ、恐れるべきものを恐れない・・・罪の結果。創世記3章。
  • ヘロデ・・・人を恐れて、人の反応に振り回された人。
自分の兄弟と恋に落ち、自分も妻を離縁し、相手も離婚させて自分の妻とした・・・ヨハネはそれを「間違っている」と責めた。
ヨハネを捕らえて、投獄。群衆を恐れて、またヨハネの話を聞きながら、「こいつは間違っていないぞ」とヨハネの正しさも恐れていた。
でも、最終的には自分が人前で誓ったことを引っ込めると人々はどう思うかと、恐れて、ヨハネの首を切ってしまった。
  • 恐れに支配されない人・・・ヨハネ、イエス。
  • 恐れに支配されないために、恐れを追い出すもの2つ。
  1. 神を恐れること
    バプテスマのヨハネは神を恐れ、神の命じられることを語った。命を奪われることを恐れず、大胆に語った。
    牢に入れられたあとも、相手が王(領主)であってもひるまなかった。
    イエスの言葉「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。からだも魂も滅ぼすことのできる方を恐れよ」マタイ10:24-33
  2. 愛に満たされること
    神を恐れるとともに、神に愛されて、受け入れられているその愛に満たされること。神の子として受け入れられている。
    第一ヨハネ4:18−19「完全な愛は恐れを取り除く」
    神の愛は十字架に表わされている。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたは何を恐れていますか?それは本当に恐れるべきものでしょうか?
    2)恐れから解放されるために何が必要でしょうか?それはどのように与えられるでしょうか?

 

 

2017年JCCNJ修養会 9月2日〜9月4日

全体テーマ : 「神の国マインドで生きる」

講師 : 内村伸之師(ミラノ賛美教会牧師)


9月2日 開会礼拝

 


9月2日 バイブルアワー① 「神の国の価値観で生きる」
聖書箇所 : ルカの福音書15章8〜10節

 


9月3日 聖日礼拝 「キリストの十字架を誇る」
聖書箇所 : ガラテヤ人への手紙6章14節

 

 


9月3日 バイブルアワー② 「私があなたに何をしたか、わかりますか」
聖書箇所 : ヨハネの福音書13章1〜15節

 


9月4日 バイブルアワー③ 「神の視点で共同体を見る」
聖書箇所 :マルコの福音書10章42〜45節

 


9月4日 閉会礼拝

 


 

2017年8月27日「賛美の力」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : 歴代誌下20章1節~30節

教会と音楽はずっと一緒だった。
旧約聖書の時代から、いろんな楽器や歌で賛美をしていた。
今日の聖書箇所:戦いの場面での賛美。

内側にあふれてくるもの→賛美・・・これが大切。
でも・・・溢れてくるまで賛美はできないのか、すべきでないのか?

ユダヤの国の国難・・・モアブ・アンモン・エドムの民が攻めてくる。
自分の力の無さを痛感する。太刀打ちできない!それを認める王。
→神に祈る。神に目を向ける。
→預言者の言葉。神が戦われる!
状況は変わらない中での賛美・・・そこに奇跡が起こる。

使徒行伝16章25-34節
パウロとシラス・・・濡れ衣を着せられた中での賛美。
囚人たちは聞き入っていた。
地震で牢の戸が開いてしまっても、誰も逃げようとしない。
獄吏が「わたしは救われるために何をすれば・・・」
賛美は自分を支え、周りの人々に影響を与えていく。

納得行かなくても、賛美をする時に開かれる恵み。
どんな状況の中でも賛美しよう。

  • テイクアウトQuestion
    1)あなたが賛美したくなる時はどんなときですか?賛美できない時はどんな時でしょうか?
    2)心にしっくり来る賛美、しっくり来ない賛美、ありますか?それはどのように受け止めればいいでしょうか?
    3)賛美によって力を頂いた経験はありますか?どんな経験でしょうか?

2017年8月20日「つまずいて立ち上がる」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章53節~58節

  • 序)
    つまずくのはどうして?・・・期待と違うから。
    イエスにつまずいた・・・イエスに対する自分の期待と、イエスがどんな方かが違うから・・・昔話ではない。私達の問題。
    つまずくこともある。しかし、そこから立ち上がらせていただける!
  1. 人々のつまずき
    自分が幼いときから知っているイエス。
    自分の常識の範囲、自分の理解できる範囲は受け入れられる。しかしそれを超えるものは受け入れることができなかった。
    ペテロ・・・「夜通し働いてもなにも獲れない」
・・・今更、沖に出ても無駄・漁師の常識⇔お言葉だから網を下ろそう
→イエスの奇跡を見る
    イエスに期待しなかった・・・御業を見れなかった。
詩篇81:10・・・あなたの口を広く開けよ!
  2. つまずきを超えて
    つまずいても立ち上がることができる。神との更に深い関係へと。
    不要なつまずき・・・マタイ18:1-6
    本当のイエスに出会うためのつまずき・・・私達のイエスへの期待・・・それを超えるイエスに出会う。
    多くのユダヤ人たちはイエスに軍事的、政治的メシヤを期待していた。
    「神がおられるならば・・・」という期待。しかし、イエスは完全な敗北に見える十字架の中に神の救いを表わされた。
  • テイクアウトQuestion
    1)私たちはどうしてつまずくのだと思いますか?
    2)自分の常識を超えてイエスに期待していますか?それを難しくさせてしまうものは何でしょうか?
    3)つまずきを越えて私達が立ち上がるために必要なのは何でしょうか?

ビデオは最初の11分が子供のためのメッセージ、その後に礼拝説教が続きます。

2017年8月13日「ハーモニーを作ろう」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : ローマ人への手紙12章3節~21節

  • 序)
    JOYJOYキャンプのテーマ「凸凹おんがくたい」
    ハーモニー・・・16節の「心を一つに」という言葉の英語訳。
    人生の指揮者は神様。一人ひとりが与えられたものを用いて、神様に従っていく時に、ハーモニーが生まれる。
  1.  ひとりひとり違うものが与えられている
    一人ひとりが違うものとしてつくられた。
    自分の使命に生きることの大切さ。(6-8節)トランペットはトランペットの役割、トロンボーンはトロンボーンの役割。シンバルはシンバルの役割を果たすことが大切。
    ちょうどからだのようなもの。
    特に教会はキリストのからだ。・・・手には手の役割、足には足の役割。相手を否定しない。自分の役割を超えないで、そこに生きる。
  2. ハーモニーを作るために
    9節からのところはハーモニーを作るために必要なことが幾つか出て来る
    愛と尊敬。⇔高慢。
    赦し・・・迫害するものを祝福する。善をもって悪に勝つ。
    そのために必要なのは、神の愛を知ること。神の愛に満たされること。
    第1ヨハネ4章11-12節・・・神の愛に動かされて、愛し合って歩んでいく時に、神が人々に伝わっていく。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたに与えられているものは何でしょうか?
    2)ハーモニーを作るために、あなたはなにができるでしょうか?
    3)自分の中に愛がないなあと感じた時には、どうすればいいでしょうか?

2017年8月6日「宝物の詰まった倉」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章51節~52節

  • 序)
    宝物の詰まった倉。・・・聖書・・・新約と旧約。
    あなたにも宝物の詰まった倉が与えられている。
  1. みことばの力
    13章の最初のたとえ・・・種には命があるから、芽を出して、育って、実を結ぶ。・・・みことばには命があり、力がある。
    人の励ましの言葉よりも、御言葉の力を知った人。
イザヤ43:19
    使徒行伝20:32・・・みことばには力がある。
    この宝物の詰まった倉を与えられていることを感謝して、この倉から宝物を出して使おう。
  2. 旧約と新約
    古いものと新しいものを取り出す。・・・古いものは古いものとして、新しいものは新しいものとして。
    旧約・・・人間の罪の現実と神の愛。救い主の預言。
新約・・・イエスにおいて、神は救いを表わされた。
    例:創世記3章
6−7節:アダムとエバが腰に巻いたのはいちじくの葉。
→自分で隠そうとしても隠すことはできない。
21節:神がアダムとエバに備えられたのは「皮の衣」
→動物が犠牲になって、人間の恥が覆われた。
→イエスが十字架によって、私達の罪を覆ってくださることの預言。
    聖書を通して、神の愛と救いが語られている。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたは聖書の御言葉によって教えられ、力が与えられたことはありますか?それはどんな御言葉でしょうか?
    2)この宝物の詰まった倉をあなたはどのように生かしているでしょうか?これからどのように生かしていこうと思いますか?

 

 

2017年7月30日「網を下ろそう」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章47節~50節

  • 序)
    2014年からの3年間の任期。第一コリント16:8
    新しい任期のためにもその言葉が与えられている。それと共にダニエル書3章17節の「たとえそうでなくても」という御言葉が与えられた。
    困難があっても、目に見える成果がなくても、神に従っていく。
  1. とにかく網を下ろそう
    世の終わりには天使たちが仕分けをするのだから、わたしたちはただ、とにかく網を下ろそう。→どんな人にもどんな時にも伝道していこう。
    第2コリント4章4−5節。先走って裁いてはならない。裁かれるのは神だから、私たちはただ網を下ろしていく。
    放蕩息子・・・父親は帰ってきた息子を無条件で迎えた。テストとか、悔い改めが本当かとか、しないで、また同じ失敗をするリスクを含めて受け入れた。
  2. あきらめないで網を下ろそう
    十二弟子のうち最低4人は漁師出身。このたとえがよくわかった。
    彼らが思い出したであろう出来事。ルカ5章。
    ペテロたちが夜通し働いたのに何も取れなかった朝、イエスは「沖へ出て、網を下ろしなさい」と言われた。
    ペテロたちは漁師、イエスは大工出身。漁師の方が魚のことはよく知っていた。「夜通し働いたのに何も取れなかったのです。でも、お言葉ですから・・・」と網を下ろした。→沢山の魚が獲れた。
    私達も伝道師ても伝道しても誰も救われない、導かれない。そんな時があってもあきらめないで網を下ろし続けよう。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたはこれまで何人の人にイエスのことを伝えてきたでしょうか?
    2)あなたが今心の中に「この人に伝えよう」という人はいますか?
    3)あなたが「この人は信じないだろう」と決めている人はないでしょうか?どうしてそう思うのですか?

2017年7月23日「見つけた!」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章44節~46節

  • 序)
    2つのたとえ。「畑の中の宝」「高価な真珠」
    「たまたま出会った」⇔「ずっと探してた」・・・いろんな道がある。
    共通するのは「見つけた喜び」「全財産を売り払って」ということ。
  1. 神の国を見つけた喜び
    持ち物を売り払う。
    チャールズ・スウィンドル著「仕える喜び」
    天国を手に入れるためにすべてを売り払う。それくらい価値がある。
「自分自身」をも・・・全ては神のもの。所有者は神ご自身。
「天国」→「神の国」→「神の愛に満たされること」
    喜びのあまり 嫌々ではない。喜びのあまりすべてを投げ出す。
    ピリピ3:4-9 パウロは自信があった。自分の生まれ、熱心さなど。
イエスのゆえに、それらのものが損と思うようになった。
キリスト共に歩む喜びのためなら邪魔になるほど。
  2. 私達への神の喜び
    もう一つの読み方・・・この宝物は、私達。
私達を見つけたイエス様は、私達を自分のものとするために、喜んで全てを投げ出して、ご自分を十字架で与えてくださった。
神様が私達を「見つけた!」と喜んでくださる。
    ルカ15:4-7 一匹の羊をさえ探して見つけ出してくださる。そして大喜びしてくださる。
「神の愛の支配」ってこういうもんなんだよ、ということ。
私達がすべてを捧げる前に、神様がすべてを与えてくださった。
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスに出会った時にどんなことを感じましたか?
    2)今も自分のものにしているものはないでしょうか?
    3)イエスは私達のために何を手放してくださったでしょうか?

 

2017年7月16日「神の国の広がり」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章31節~35節

  • 序)
    2つのたとえ「からし種」「パン種」
    最初は小さい、気がつかない。⇒大きくなる。
    神の国=神の愛の支配=神の愛に満たされることは
小さく始まるけれども、大きく広がっていく。
  1. イエスから始まった神の国
    誰も気づかない、小さなものから始まる。
    イエスの働きはまさにそのようなものだった。
    ヨハネ12章・・・ギリシャの人々がイエスに会いたいと言ってきた。
弟子たち「これから先生の時代だ!」
イエス「わたしが栄光を受ける時が来た!」
⇒「一粒の麦が地に落ちて死ぬ時に多くの実を結ぶ」
    イエスは自分を捨てて、自分を与えることによって人々の魂をとらえる
    十字架・・・ローマ帝国の権力によってイエスは処刑された。
イエスの復活の後も、軍事力ではなく、イエスの愛によって、自分を与えて、私達を救う恵みによって、一人また一人と変えられていった。
⇒やがて、ローマ帝国はひっくり返されてしまった。イエスが主になる。
  2. あなたによって広がる神の国
    パン種は粉と混ぜられた時に、パン生地をふくらませる。
私達も世の中に出ていく時に影響をあたえることができる。
「全世界にでていってすべての造られたものに福音をのべ伝えよ。」
瓶詰めのイーストになっていないだろうか?
    私たちは土の器。大切なのは中にあるイエス・キリスト。
    神の祝福を持ち運ぶために、私たちは神に祝福された。
私達の存在を通して、周りの人々の祝福される。

 

  • テイクアウトQuestion
    1)イエスはどのようにして「神の国」を始めたのでしょうか?
    2)神の国はどのように広がっていくのでしょうか?
    3)私達が神の国をこの世界に広げていくために、私達のなすべきことは何でしょうか?

 

 

 

2017年7月9日「裁かないで任せる」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章24節~30節、36節~43節


  • 毒麦のたとえ・・・畑は世界、イエスが蒔いた種は私達、そこに毒麦の種も蒔かれた。それは教会の中に入ってきている問題。それを取り除こうとする私達。でも、神は待てと言われる。
    「裁きたくなる人がいても、裁かないで神様に任せなさい」というのがこの喩えを通して、イエスが語られたこと。
  1. 正しい裁きがなされる日が来る
    神の国・・・神の支配・・・「神の『愛』の支配」しかし、理不尽な扱いをされている人々の正しい裁きを求める声⇒神の『正義』の支配。
    ユダヤの人々の叫び・・・どうして私たちはこんなに苦しむのか?
・・・バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマの支配下におかれる
→神の支配の下にあるならば、神が正しい裁きをしてくださる
    世の中の不正義、理不尽なこと、世の終わりには正しく裁かれる。
40節から43節
    しかし、困ったことがある・・・私たちは皆罪人。
⇒そのためのイエスの十字架。
  2. 互いに裁かない
    毒麦だと抜こうとすると、麦も一緒に抜いてしまうから、収穫まで待て。⇒私達お互いも先走ってさばいてはいけないということ。
第一コリント4:5
    毒麦と麦を間違えるかもしれない・・・私たちは正しい裁きをすることはできない。マタイ7:1−5。
    根が絡み合っているから、毒麦と麦が一緒に抜けてしまう。
    教会は完全ではない。不完全なものとして受け入れることが大切。
  • テイクアウトQuestion
    1)今あなたは理不尽な扱いを受けていると思うことはありますか?世の中不公平だと思うことはありますか?
    2)教会の中で互いを裁き合うことに対してイエスはどのように言っているでしょうか?

 

 

 

2017年7月2日「みことばの力」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書13章1節~23節

 

「天国の奥義」(11節)・・・死んだあとのこと?
天国⇒神の国⇒神の支配⇒神の愛の支配⇒神の愛に満たされること
御言葉によって、私たちは神の愛に満たされた歩みをする。

  1. 御言葉は実を結ぶ
    1つのポイントは・・・御言葉は必ず実を結ぶから、失望しないで、途中でやめないで、語り続けなさい。
    種には命があるから、必ず芽を出し実を結ぶ。
2000年の時を越えて花を咲かせた種。
    聖書の言葉にも命がある。神の言葉、神の約束。
    自分自身の証し・・・劣等感に苦しんでいる時に与えられた御言葉。
第2コリント12:9
    御言葉は単なる気休めや励まし、心理学的手法ではない。
⇒神の真実、神の約束。
  2. 御言葉を聞く姿勢
    道ばた・・・あっという間に忘れる。上の空。
    石地・・・喜んで受け入れる。しかし根がない。
心に根を張ることを許さない。
・・・自分が変えられること、砕かれることを受け入れられない。
根は土に深く入っていく時に根の働きをする。
    いばら
掘り起こされなければならない根が埋まっていた。
苦い根・・・言われた言葉、されたことが心のなかに残る。
この世の心遣いと富の惑わし・・・もっと良い生活。もっと豊かに。
    耕された、掘り起こされた心・・・御言葉を受け入れることができる。

テイクアウトQuestion

  1. あなたは自分がどの心だと思いますか?
  2. 石地の心の問題は何でしょうか?
  3. いばらの心の問題は何でしょうか?
  4. よく耕された心を持つためにはどんなことが大切でしょうか?

 

2017年6月25日「神の家族」

説教者  : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書12章46節~50節

 

 

2017年6月25日JCCNJ主日礼拝説教

マタイ12:46-50
「神の家族」

教会用語・・・兄弟姉妹・・・「◯◯兄、△△姉」兄弟で来ている人が多い?
神を信じる者たちは「神の家族」エペソ2:19
でも、本当にそのことがわかって言っているのか?

  1. だれでも
    イエスの母や兄弟たち・・・外で立っていた。傍観者?
    イエスの対応は冷たい?・・・一度切ることによって結ぶ。家族だから・・・ではなくて、イエスとの個人的な関係。
    「だれでも」・・・特別扱いはない。⇒あなたも招かれている。この神の家族に招かれている。
  2. 神の御心を行う人
    「神の御心を受け入れる人」ではなく、「神の御心だと諦める人」でもなく、「神の御心を行う人」神の御心に生きていく人。
    神に聞く人 マルタとマリヤ(ルカ10:38-42)
    神を神とする者たちの集まりであるがゆえの「神の家族」「仲良く」「気が合う」ではない。

テイクアウトQuestion

  1. どうしてイエスは家族に対して冷たいと見えるような態度を取ったのだと思いますか?
  2. イエスはどんな人をご自身の家族と呼ばれたのでしょうか?
  3. あなた自身のキリストにある家族は誰でしょうか?誰を家族と呼びますか?