説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : ヨハネによる福音書13章1節〜17節
今年のみ言葉
「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。」第一ヨハネ3:1
どれくらいの愛か・・・極みまで弟子たちを愛されたイエス
- 弟子たちの足を洗ったイエス
- 弟子たちの姿・・・私たちの姿。
- 弟子たちの姿にかかわらず愛し通された。
- 最後の夜、何を語るか、何をするか、一番大切なこと。
- 足を洗う・・・十字架で私たちの罪を洗うことの象徴。
イエスは私たちの一番汚い、恥ずかしいところを洗ってくださった。 - 「いえ、私は大丈夫です」というペテロ・・・プライド。
「自分でできますから」「洗うほどではありませんから」 - イエスに洗ってもらおう。イエスの愛を極みまで受けよう。
- 互いに足を洗い合いなさいとの招き
- 自分が洗ってもらわなければいけない者であることを認めること
- 誰かの足元に跪いて、足を洗うこと。その欠けや、醜さ、愚かさをおおうこと。あげつらうのではなく。
- 上から目線で赦すのではなく。足元にひざまずく。
- 16-17節:⎫ イエスのようにはできない。その限界を知りつつ、互いに仕え合っていく。
☆テイクアウトQuestion
- イエスの愛の極みとはどんな愛だったでしょうか?
- あなたの足元にイエスがひざまずいて、あなたの足を洗おうとされたら、あなたはどうしますか?
- 教会の中で、「互いに足を洗い合う」とはどういうことでしょうか?具体的なことを考えてみてください。そして、それを実行してみましょう。