2024年11月<牧師室より>「原点に戻って」

今年も早くも11月。もうすぐサンクスギビングがやって来ます。日本語にすると「感謝祭」。一年の神様の守りに感謝をささげる時です。

でも、皆さんの中には、苦しみばかりで、辛いことばかりで、このサンクスギビングの時に感謝なんてできないという方もおられるかもしれません。このお祝いの季節、幸せそうに見える周りの人々に比べて、自分の状況が特に悲しく見える、感謝なんかとうていできないという方もおられるかもしれません。でも、元々、アメリカの最初のサンクスギビングは元々感謝なんてできないという状況の中で祝われたものだったのです。

イギリスから自由を求めてやって来た人々。どんなに夢を見て、希望に溢れて海を渡ってきたことでしょう。しかし、彼らを待っていたのは厳しい冬の寒さでした。例年よりも厳しい冬だったようです。ここ数年の温暖化で本当に冬の寒さがゆるくなってきているなあと思いますが、今から400年も前の今のマサチューセッツ州、どれほど厳しい冬だったことでしょう。多くの人が命を落とし、出航した時の半分の人数になっていたといいます。ここで冬を越そうと思ったことや、本国を出てきたこと自体をどんなに後悔したことかと思います。そのような本当に大きな悲しみや苦しみを乗り越えて、出会いが与えられて、現地の人々の助けを借りて、最初の収穫を祝ったのが最初のサンクスギビングでした。他のホリデーもみなそうですが、現代ではサンクスギビングも商業化されすぎて、経済的に恵まれている人たちや、安定した生活をしている人々、所謂「幸せな」人々が祝うものになってきてしまっています。

この最初のサンクスギビングの意味を取り戻しましょう。痛みや悲しみの中でも、共に支え合いながら歩むことで、前進していく、そして、神に感謝し、お互いに感謝していく、そのようなサンクスギビングをお祝いできればと思います。

「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。この世の財を持ちながら、自分の兄弟が困っているのを見ても、その人に対してあわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょうか。子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。」(ヨハネの手紙 第一 3章16~18節)

今年も1124日の礼拝を感謝祭礼拝として、この年もここまで導いてくださった神様に共に感謝をささげます。そして、礼拝後は愛餐会(持ち寄りの食事会)をします。是非皆さんお出かけください。お友だちや御家族にも声をかけておいでください。共にサンクスギビングをお祝いしましょう。

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