説教: 錦織 学牧師
聖書箇所 : マタイ(Matthew) 6:25〜13
今年もJOY JOY キャンプがやってきます。
今年のテーマは「JOY JOY 探検隊〜宝物を探しに行こう」です。5日間、20人の子どもたちと、毎日宝物を探しに探検に行きます。
我が家の「宝物」と言えば、「松井秀喜選手のバット」です。

もう20年も前ですが、ヤンキースの試合を見に行った時、松井秀喜選手が空振りしたバットが手から滑って観客席にいた私達のところに飛んできました(その時の様子はこちら)。「これはさすがに返さないといけないだろう」と思って係の人に渡したのですが、その時、球場全体で大ブーイング!「何だ?何か自分はブーイングされることしたか?」と思っていたら、周りの人が「あの係の人にブーイングしているんだよ!あれはおまえのものだ!もらってこい!」と口々に言ってくれて、係の人を追いかけて、無事いただいて帰ることができました。それから、野球を見に行く度に、良くもこの大きな球場の中で、自分のところに飛んできたな、と思います。特別な神さまからのプレゼントだったと思います。
でも、当時良く思ったものですが、もしも強盗に銃を突きつけられて、「おまえの家の宝物を持って行くぞ!」と松井のバットを奪われたら、間違いなく「どうぞ!」と言うだろうなあ、でも、もう一つの我が家の宝物であるその頃小さかった自分の子どもたちに同じことが起こったら、絶対に命をかけて、「自分はいいから・・・」と自分の身を差し出しても、子どもたちを守るろうとするだろうな、と。実際、本当に大切な「宝物」は決して「モノ」ではないんですよね。
今回のキャンプで子どもたちに是非見つけて欲しい2つの宝物があります。それは、一つは「神様の愛」、そして、もう一つは、「自分自身」です。聖書の中に、天国(=神さまの愛に満たされた人生と死の向こう側にも続く命)という宝物を見つけたら、喜びにあふれて、全財産を売り払ってそれを自分ものにするだろう、というイエスの言葉があります。
「天の御国は畑に隠された宝のようなものです。その宝を見つけた人は、それをそのまま隠しておきます。そして喜びのあまり、行って、持っている物すべてを売り払い、その畑を買います。」(マタイの福音書 13章44節)
私達がこの宝物を自分のものにするために、すべてを投げ出してもちっとも惜しくないだろう、というのです。それくらい価値があるのだよ、というのです。でも、この言葉にはもう一つの意味があります。それは、立場をひっくり返すと見えてくることです。宝を探しているのはイエスであり、宝物は他でもない、私達だというのです。イエス自身が、「私達」という宝物のためには、すべてを投げ出しても惜しくない、と言ってくださったのです。実際、イエスは十字架にかかって、私たちの代わりに罪を負ってくださいました。そこまで私達は愛されているのです。
今年のJOY JOY キャンプも、子どもたちの安全が守られて、子どもたちが、神さまが自分たちの事を宝物としてくださっていること、そして、愛されている喜びを知ることができるようにお祈りください。
「この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ます。」(ヨハネの福音書 4章13~14節)
日々の歩みの中でのオアシスのような場になるようにという願いで2015年に始まった「Friday Nightオアシス」。月に1回ですが、お腹を満たすご飯と、心を満たす聖書の言葉、そして、ホッとできる場所を提供しています。
3年前のコロナ禍ですべてがストップしたときは、オンラインでの集まりを続けました。一番大切な「聖書の言葉」は残りましたが、やはり食事も場所も提供できないのはちょっと寂しかったです。2021年の夏には食事を復活して、「屋外ならばいいだろう・・・」と、牧師宅の裏庭で集まったこともありましたが、3ヶ月連続で途中から雨が降り出して、慌ててテントを張ったりもしました。「広い空間なら・・・」と2021年秋からは教会のジムに集まってきました。そして、今年の6月からはやっと牧師宅に戻ってきました。

7月のFriday Nightオアシスには10人ほどが集まって、ちょうどNJに戻っておられたポール鈴木宣教師とキャロル夫人を囲んで、まずは準備されたお食事(写真撮り忘れました・・・)。それから、鈴木ご夫妻に100クエスチョン(実際は40クエスチョンになりましたが)。鈴木ご夫妻も楽しく質問に答えてくださって、ぐんと心の距離が近づきました。そして、錦織牧師の聖書のお話。40クエスチョンの最後の質問、「今日だけ会える人に何でもいいから5分話して、と言われたら何を話す?」に錦織牧師自身が答えて、「私達は神さまの宝物」、神さまは一人子イエス様を十字架にかけるほどに、私たちの事を愛してくださったのです、という聖書の話でした。とっても5分では終わりませんでしたが・・・。

そして、その後もしばし、デザートやコーヒーで、気がついたら夜の10時。楽しい時間はあっという間に過ぎていきますね。
Friday Nightオアシスは毎月第3金曜日午後7時から牧師宅で。教会の礼拝とはまた違った距離感で聖書のお話を聞くことができ、「本当に、私にとってはオアシスです」と言われる常連の方も。聖書の話は初めて、という方も大歓迎です。場所など詳しいことは錦織牧師(pastor.jccofnj@gmail.com)まで。
夏っぽく帽子姿で達ポーズのモデルさん、
お父様の作品の瓢箪などをご披露いただきました。
瓢箪の栽培をしてから、こんな素敵な作品を作り、
子供達やお友達へのプレゼントだそうです。

ご実家は手作り作品に囲まれて、博物館のようですねっ!

タイトルは「瓢箪を持つサマーガール」
片手に瓢箪を持っています。

描く人だけがお題を見て、即興で描き、
お題を当てるお絵かきゲームも盛り上がりました。
ーーー錦織先生の聖書のお話ーーー
私は7月上旬に、西海岸やハワイの10くらいの教会が集まる集会に招かれて久しぶりにカリフォルニアに行ってきました。今から31年前のちょうど今頃、アメリカにやってきたとき、最初に住んだのがサンディエゴで、赤茶けた山々を見ながら、大変なところに来てしまった・・・と思ったものです。
しかし、このカリフォルニアの天候、実は聖書の書かれたイスラエル・パレスチナ地方とよく似ているのです。夏は乾燥して、草も枯れてしまい、冬から春にかけて、それほど冷えずに雨も降り、花が咲くのです。
聖書のいろいろな記述の中で、その地理的背景を知ると意味が変わってくることが時々あります。その一つが詩篇の23篇です。
主は私の羊飼い。
私は乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ
いこいのみぎわに伴われます。
私達はこのような聖書の箇所を読むと、なだらかな緑の丘で草を静かに草を食べている羊の群れ、そして、その羊たちをのんびり世話している羊飼いたちを思い浮かべます。しかし、聖書の書かれた地域の羊飼いは夏に草が枯れるような過酷な状況の中で、羊たちを養い、オオカミたちから守っていたのです。
神が私達を守り、養ってくださるということも、そういうことです。困難がない、安穏とした日々を与えてくれる、というのではなく、困難の中でも、私達を守り、支えてくださるのです。