顔と身体、どうつなげる?

顔は卵の形、肩から胴は箱の形で描いてみましょう。
箱の向きを工夫すると…どうですか。つながりましたか。
写真はゴッホの人物画。
しっかりバランスが合っているので自然に見えますね。

今話題の大谷選手をモデルにしてみましょう。
卵と箱のつなげ方で動きが出てきますね。
どんなに動いても、基本の骨組みをしっかり捉えていたら、
スイスイ描けていきますよ。

イケメン大谷選手の顔が身体にちゃんと繋がっていますか?

実技の後は、錦織先生による聖書のお話です。

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イエスのところに子どもたちを連れてきた人たちがいました。
イエスの弟子たちは、「こんなところに子どもたちを連れてくるな」とその人たちをいさめました。
その時、イエスはどのように反応したと思いますか?
「まあ、そこまで言わなくても、いいじゃないか・・・」ではなかったのです。
イエスは弟子たちに対して「憤った」というのです。
そして、こう言われました。
「よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない。」
マルコによる福音書10章15節
あなたがたの方が、子どものようにならなければいけないのだよ、というのです。
これは、「子どもたちが親を信頼して、身を委ねているように、あなたがたも、神を信頼して、神に身を委ねることが大切なのだよ」ということです。
私たちはいつの間にか、大人のプライドに縛られていることはないでしょうか?
子どもたちのように単純に神様の愛をそのまま受け入れて、感謝して、その愛に身を委ねていきましょう。
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2022年6月号<牧師室より>「平和を作り出す人」

 5月の後半は、立て続けに銃乱射事件がアメリカ各地で起こりました。ニューヨーク州のバッファローでは、グロサリーストアで多くの買い物客が人種差別主義者の犠牲になりました。カリフォルニア州のオレンジ郡では、台湾系の教会に高齢のお母さんを迎えに行った息子さんが、政治的な信条を持った人の凶弾に倒れました。そして、テキサス西部の町では、21人もの無力な小学生と先生たちが、怒りに支配された若者の犠牲になりました。犠牲になった方々のこと、ご遺族のこと、巻き込まれたすべての方々のことを思うと、胸が張り裂けそうになります。

 銃規制が必要なことは確かですが、なかなかそれが進まないことに、無力さを感じさせられています。そして、私は何ができるだろうかと思わされています。教会はこのような社会の中でどんな使命を与えられているのか。ただ、自分たちの建物の守りを固めて、それでいいのか、ということを思わされています。(先月の月報でも、同じようなことを書いていましたね。)

 2月に始まったロシアのウクライナ侵攻の中でも、神の守りを祈ること、苦しんでいる方々のためにできることをすること、その他に、何ができるだろうかと思わされます。大きな国の政治的な力の前に何もできない無力さを感じさせられます。

 そのような中で、やはり、私たちに託されているのは、私たちお互いの間に、そして、身近なところにいる方々との関係の中に、平和ももたらすことなのだと思わされます。大きなことを言う前に、まず私たちの心の中に、神様からの平安を与えていただいて、そのいただいた平安をもって、周りの人々のところに出て行くことです。神はいつも、個人の内側を造り変え、それによって、周りの人々との関係を造り変え、社会に対してインパクトを持つ者として用いてくださるのです。

「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。」

ヨハネによる福音書14章27節

 社会の分断が進むこの時代、冷静な対論ができずに、相手を非難し、「はい、論破!」と勝手に決めつけて、自分の考えだけが正しいと思う風潮が広がっているこの時代に、私たちはまた、本当に単純に、一歩一歩自分の周りから小さな平和を少しずつ作っていこうではありませんか。

顔を描くのも卵から‼︎⁇

ピカソの母子像を模写してみよう

この2枚ともあのピカソの絵なんてビックリ!
ピカソも完璧な描写力で母や子供の顔を描いている時期があったのですね。
今日は、“卵”を意識して顔を描く!という技を教わりました。“卵の球形”に線を引いて、顔を描いてみましょう。
今日から、私達もゆで卵を切る時にも“顔のライン”を意識してみませんか?
卵に線を描いてみましょう。
頭も卵と思って下さい。
色々な方向から見てみましょう。
お母さんの顔が優しく模写できましたね。
顔を描くのが楽しくなりますね。
実技の後は、錦織先生による聖書のお話です。
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今日は顔を描きましたが、お札にはよく肖像画が描かれていますね。
昔から、コインにもよく肖像が刻まれていました。
聖書の中に、イエス様が「ローマ帝国に税金を払うべきでしょうか?」と聞かれたことが記されています。私たちは税金を払うこと、大切ですよね。公共の設備やサービスが充実するために大切なことです。でも、イエス様の時代、征服者であるローマ帝国に税金を払うことに反発する人もたくさんいたのです。
それに対して、イエスは答えられました。
「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい。」(マタイ22章21節)
イエスは「ローマのコインに皇帝の肖像が刻まれているのなら、ローマに税金を払いなさい、そして、それよりも、神の肖像が刻まれているあなた自身、神のもとに帰りなさい」と言われたのです。
私たち人間は神のかたちに造られたものです。
「神は自分のかたちに人を創造された。」(創世記1章27節)
神のかたちに造られた私たちは、神と共に歩むときに一番満たされて、自由に生きることができるのです。