弱さのその先

コリント人への第二の手紙 12:8-10
‘このことについて、わたしは彼を離れ去らせて下さるようにと、三度も主に祈った。 ところが、主が言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。それだから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。 だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。 ‘

 イエス・キリストを受け入れるまでの私は自分の弱さに対し見て見ぬふりをして過ごす日々を送っていたと記憶しています。「弱い自分なんていうのは、一時の気の迷いだ。人よりも頭の回転が遅くて、劣るところがあるんだからきっと努力がまだまだ足りないんだ。こんなネガティブ思考じゃダメだ。なんて、情けない。」26歳までのわたしはいわゆる根性論の塊で、可能性は無限なんだから努力すればどんな自分にもなれると信じて疑いませんでした。家族や親戚の目もあり、幼少の頃から割と早くなんでもできていたようで褒められるのも好きだったわたしは、いじめられれば立ち向かい怖気付かない自分でいればいつか終わるとやり過ごし、成績が悪ければわかるまで問題を解けばいい、なんでも挑戦してそこそこ優秀でいれるよう努力、努力、努力。いつからか、家族からの期待なども相まってひとりで過ごしていても常に見られている感覚が抜けず、見られている恥ずかしさによりその「誰か」のために自分の弱点、弱さに蓋をし無視し続け「ちゃんと」を演じる人格が形成されました。しかし、2013年、地元で大学を卒業後、就職のため上京し医療従事者として働き始め大きな挫折を契機にその演技は崩れます。
 職場とプライベートでの人間関係による人間不信と日に日に悪化する体調、仕事における度重なる失敗と努力しても努力が足りないと言われ続ける虚しさなど理不尽と思えるようなことが起こっても、すべて「自分が悪いんだ」と行き場のない悲しみと怒りの矛先はいつも自分でした。病院での出来事や体験は守秘義務があると思い、親含め誰にも打ち明けず、通勤できず引きこもりになって、4ヶ月間は人との関わりを一切遮断しました。起きている間中、過去人からかけてもらった言葉の一つ一つが脳内を無限ループし、気持ちが悪かったので、ひたすら寝て忘れる日々。今思い出してもどうやってあの頃を過ごしていたのか、正直他のことはあまり思い出せません。苦悩を話すとキリがないのですが、ここまでが救い主イエスさまを知るまでの主なわたしの背景になります。
 ですが、神さまはわたしを常に自分自身を見つめている必要から解放してくれました。大きな転機となったのは当時友人だった現在の夫との出会いでした。2014年、わたしが幼少期の頃にアメリカで一人クリスチャンとなっていた母にやっと打ち明け、せっかく時間があるのなら何か好きな習い事でもしてみては、という提案から通い始めたのが英会話スクール。マンツーマンレッスンを担当してくれていたインド人の先生とより親交を深めたいと話したら、牧師であるお兄さんが毎週末に家庭集会を開いているからと誘われて、通い始めました。当時の夫と初めて会ったのは牧師を筆頭に、クリスチャンではないメンバーで結成されたワーシップバンド(礼拝のリードをするバンド)の初リハーサルの時でした。家庭集会にはカレーに目がない当時の彼も時々参加していたようで、彼は彼でその牧師から仕事で必要になった英会話レッスンを受けていたそうです。その頃のわたしは人混みが苦手で、今でもそうですが街を歩くときは人の目線が気にならないように視線を外すようにしていました。そんな弱いわたしを隠せないほどまでになっていた時期に、わたしは彼に拾われて、教会に通う後押しをされました。彼は「少なくとも君には必要なことだとわかるから」と言ってもらいながら教会についてきてくれました。後にその彼の姿を思い出して、神さまはどんな人もこうして用いて導いてくれるんだなと感じました。その後、母のお世話になったアメリカの牧師家族のいるミシガンを夫と共に訪れ、結婚準備の聖書勉強会と小さなパーティーを開いてもらいました。驚いたことに夫の口から「J牧師の言葉は信用できる。あの人はまさに本物の牧師さんだ。」そんな言葉が彼から出てくるとは思いもしませんでした。まだ小さかったわたしに彼が語りかけるときの話し方や言葉はよく覚えていて、まるで子守唄のように心地が良かったのを覚えています。今でも英訳聖書を読むと頭に流れてくる音声はその牧師の声です。帰国後しばらくしてから夫と入籍しましたが、その1ヶ月後、彼は召天されイエスさまのもとへ行かれました。のちに牧師の娘さんから聞いた話によると、もう何度も脳梗塞を繰り返しては自宅へ帰り失明し聖書も読めなくなっていながらも常に認知症を患った日本人の奥さんを気にされお世話をしたがっていたそうです。ところが、私たちが2015年の年末に訪問したとき、目が再び見えるようになり、読みたかった聖書を自分の目で読むことができたんだそうです。また、実は訪ねた時もう一つの奇跡が起こりました。認知症を患った彼女にわたしたちが日本語で話しかけるや否や、なんと小さい頃話したわたしの知っている昔の彼女の喋り口調そのままにハキハキと話し始めたではありませんか。これにはご家族も牧師も涙ながらに大変驚かれていました。そのため、わたしたちは牧師の喜びに満ちた目と目を合わせ、奥さんの日本語での聖書解説を聞くという、そんな奇跡のうちに結婚のための聖書勉強会を終えたのでした。
 その後、夫と共に教会を転々としながら、2年と時間は掛かりましたが、自分を粉々に打ち砕かれ疲弊し、夫がいるのに自分にはもう何もなく自分を含めたすべての人が信じられないほどの絶望を抱えていた2016年、後に洗礼を受けることとなる教会の方々の祈りにより悔い改め、新生しました。祈ってもらう中で目が開かれ、イエスさまが十字架にかかりすでに勝利してくださったこと、イエスさまの御名の権威によりサタン(悪魔)がわたしの宮から去るようと共に涙を流しながら神さまの御前に明け渡すことができました。ちょうど母が東京に来ていたので、帰宅してから二人で泣きながら喜びました。2017年12月10日、友人であり長老の二人から洗礼を受け、イエスさまと歩み始めたのが4年半前です。
 そして2022年、現在は夫婦でアメリカの地にいます。夫と初めて出会った日の帰り道、お互い違う時代に幼少期をミシガン州で過ごしたことを知り、いつかまたアメリカに行きたいと二人で語り合った日から8年です。あの頃と比べ、関わっている人や状況、体型も悩む内容も全く異なりますが、神さまが、何より今もなお絶えずわたしの弱さを用いて、真に自分を砕き、神さまの御前に平伏し明け渡すことがどれほどの恵みであるかを毎回新しく認識させてくださることに喜びを覚えます。最後に著者ティモシー・ケラーのThe Songs of Jesusの本から引用します。

詩篇51:14-19では、無償の恵みによって砕かれた心について、ダビデ自身が、どれほど失われつつ、どれほど愛されているかを知っている心の大切さを語っています。神さまの方を向く時、私たちは常に自分自身を見つめていることから解放されます。わたしのくちびるが開かれた時、わたしたちは自分のことを語るのではなく、神への賛美を語るのです。

 天の父なる神さま、あなたの御名は代々限りなく崇められるべき御名です。わたしを打ち砕き、救い出し、あなたの所有する者としてくださったことを心から感謝いたします。ここに、自己に目が向いてしまう弱さを認め、度重なる裏切りと背きを告白いたします。わたしの砕かれた霊と与えられた聖霊さまの満たしにより自己保身をやめます。ただただあなたの御手に委ね安堵し、傲慢な自己陶酔である自己嫌悪も自己満足からも解放され、何度も悔い改めて平伏し神さまに向き直します。救いの喜びと絶望などの偽りの傷ではなく真に受けた砕けた魂の傷を御前に捧げることができますように。あなたの御心のままに、心を騒がせない静かな霊の平安に預かります。
万軍の主なるイエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。

 渡米し、夫と共に新たな生活を始めた2019年から2020年3月の新型コロナウイルス感染症に伴うロックダウン、そして通っていたマンハッタンの教会の閉鎖、メンバーの解体と新たな教会探し、自宅での自粛期間中の孤立と無気力、2021年から少しずつ外出が増え、この頃参加し始めた日本人による街の清掃プロジェクトを通して日本人クリスチャンの女性と出会うまでの間、対面での礼拝に集えないことに伴う精神的な影響の大きさを実感しました。オンラインでいくら礼拝を個人で捧げるも得られない人の温もりといつまで経っても構築できない人間関係は孤立を生み、時差に伴い日本の教会の皆さんとの関わりも激減し、その上教会も失ったため人と連絡を取り合うことや聖書の言葉に触れなくなるまでにそう時間は掛かりませんでした。自分の意思の弱さもあったと思いますが、その頃はまだ神さまに悩みを明け渡し祈り求めることを知らなかったため、ただただ神様に向き直すことが困難でした。
そして2021年12月、当時は気がつきませんでしたが受洗して4年目を迎えた翌日に初めてニュージャージー日本語キリスト教会のNY礼拝へ出会ったばかりの友人と共に赴きました。礼拝での集いはまるで家に帰ってきたような、初めて訪れたとは思えないほどに温かく、対面で母国語で錦織牧師の取り次いでくださったメッセージがすっと心に染み渡り、目は涙で溢れていました。その後、再びオンラインとなりましたがその日を境に主の導きであったと感じ、晴れて今年2022年の3月から対面でのNJ礼拝へ通わせて頂いております。
 NYに住んでいる者がNJで礼拝を守ることは日本にいる多くの友人たちから大変驚かれます。これは神様の憐みと教会員の皆さんのご奉仕がなければ、なかったことです。皆さんの賜物とご奉仕によりこうして私の信仰生活が支えられています。改めて心から感謝申し上げます。同じ教会の神さまの家族として快く迎え入れて頂いた喜びの気持ちを胸に、今後私もニュージャージー日本語キリスト教会の皆さんと共に奉仕を通して神さまのご栄光と御心のため用いていただきたいと思っています。

2022年7月号<牧師室より>「どんな時代にも変わらないもの」

7月になりました。2022年も半分が過ぎ、後半に入ります。

 振り返ってみると、この半年、多くの出来事の中で心乱されることが多かったと思います。なかなか終わらないコロナ感染。ロシアのウクライナ侵攻。アメリカ各地で続く銃の乱射事件と、それにもかかわらず一向に進まない銃規制。そして、6月の終わりには、人工中絶についての連邦最高裁の判断が49年ぶりに覆りました。本当に心が騒ぐ出来事が続いています。

 私たちの教会は、今年は「兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。」(ガラテヤ5:13)という聖書の言葉を与えられて歩んできました。私たちはどうしても、後半の「愛をもって互いに仕え合いなさい」という言葉に目が行きます。ですから、なおさら、このような社会に対して、分断が進み、対立する価値観が衝突する時代の中で何をしたらいいのか?何を発信したらいいのか?と思わされます。このような社会の中で、「互いに仕え合う」とはどういうことなのでしょうか?

 そのために、私たちはこの聖書の言葉の前半に注目すべきです。それは「自由を得る」ということです。まず私たちが自由になることです。この聖書の言葉が書かれた時代は、「宗教的戒律」が人々を不自由にしていました。「〜しなければいけない」「〜をしてはならない」というような、戒律が人々を縛っていました。イエスは、そこから人々を解放し、神の愛に満たされる歩みを人々に与えたのでした。私たちは何に縛られているでしょうか?世のしがらみや、価値観、人々の期待や、「こうでなければならない」という先入観、そのようなものでしょうか。子どもの頃の経験でしょうか?その時にかけられた言葉でしょうか。それらに縛られている私たちをイエスは解放してくださるのです。そして、私たちを義務感ではなく、喜びと感謝に満たして、人々に仕える者へと変えてくださるのです。

 ですから、まず私たちは「〜しなければならない」というところから解放していただくことが大切です。人々にどんなことを期待されているのか、それを気にして、それに応えることもやめましょう。そして、私たちを無条件で愛し、受け入れてくださる神の愛に目を留めましょう。その神の愛への感謝に満たされて、今、私たちの周りで痛みや苦しみの中にいる方々に仕える働きをさせていただこうではありませんか。時代は変わっても、課題は変わっても、芯になる部分は変わりません。神様の愛に押し出されて、周りの人々を愛する、そのような歩みをさせていただこうではありませんか。

顔と身体、どうつなげる?

顔は卵の形、肩から胴は箱の形で描いてみましょう。
箱の向きを工夫すると…どうですか。つながりましたか。
写真はゴッホの人物画。
しっかりバランスが合っているので自然に見えますね。

今話題の大谷選手をモデルにしてみましょう。
卵と箱のつなげ方で動きが出てきますね。
どんなに動いても、基本の骨組みをしっかり捉えていたら、
スイスイ描けていきますよ。

イケメン大谷選手の顔が身体にちゃんと繋がっていますか?

実技の後は、錦織先生による聖書のお話です。

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イエスのところに子どもたちを連れてきた人たちがいました。
イエスの弟子たちは、「こんなところに子どもたちを連れてくるな」とその人たちをいさめました。
その時、イエスはどのように反応したと思いますか?
「まあ、そこまで言わなくても、いいじゃないか・・・」ではなかったのです。
イエスは弟子たちに対して「憤った」というのです。
そして、こう言われました。
「よく聞いておくがよい。だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない。」
マルコによる福音書10章15節
あなたがたの方が、子どものようにならなければいけないのだよ、というのです。
これは、「子どもたちが親を信頼して、身を委ねているように、あなたがたも、神を信頼して、神に身を委ねることが大切なのだよ」ということです。
私たちはいつの間にか、大人のプライドに縛られていることはないでしょうか?
子どもたちのように単純に神様の愛をそのまま受け入れて、感謝して、その愛に身を委ねていきましょう。
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2022年6月号<牧師室より>「平和を作り出す人」

 5月の後半は、立て続けに銃乱射事件がアメリカ各地で起こりました。ニューヨーク州のバッファローでは、グロサリーストアで多くの買い物客が人種差別主義者の犠牲になりました。カリフォルニア州のオレンジ郡では、台湾系の教会に高齢のお母さんを迎えに行った息子さんが、政治的な信条を持った人の凶弾に倒れました。そして、テキサス西部の町では、21人もの無力な小学生と先生たちが、怒りに支配された若者の犠牲になりました。犠牲になった方々のこと、ご遺族のこと、巻き込まれたすべての方々のことを思うと、胸が張り裂けそうになります。

 銃規制が必要なことは確かですが、なかなかそれが進まないことに、無力さを感じさせられています。そして、私は何ができるだろうかと思わされています。教会はこのような社会の中でどんな使命を与えられているのか。ただ、自分たちの建物の守りを固めて、それでいいのか、ということを思わされています。(先月の月報でも、同じようなことを書いていましたね。)

 2月に始まったロシアのウクライナ侵攻の中でも、神の守りを祈ること、苦しんでいる方々のためにできることをすること、その他に、何ができるだろうかと思わされます。大きな国の政治的な力の前に何もできない無力さを感じさせられます。

 そのような中で、やはり、私たちに託されているのは、私たちお互いの間に、そして、身近なところにいる方々との関係の中に、平和ももたらすことなのだと思わされます。大きなことを言う前に、まず私たちの心の中に、神様からの平安を与えていただいて、そのいただいた平安をもって、周りの人々のところに出て行くことです。神はいつも、個人の内側を造り変え、それによって、周りの人々との関係を造り変え、社会に対してインパクトを持つ者として用いてくださるのです。

「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。」

ヨハネによる福音書14章27節

 社会の分断が進むこの時代、冷静な対論ができずに、相手を非難し、「はい、論破!」と勝手に決めつけて、自分の考えだけが正しいと思う風潮が広がっているこの時代に、私たちはまた、本当に単純に、一歩一歩自分の周りから小さな平和を少しずつ作っていこうではありませんか。