2017年12月3日「慰めよ、我が民を慰めよ」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : イザヤ書40章1〜11節

  • 序)
    紀元前500年代のバビロン捕囚の中での解放の預言。
    もうダメだという民。70年間の捕囚。
    そんな絶望の中にいた民に慰めを語る神。救い主を待ち望む民への慰め
  1.  罪の赦しの慰め
    ・神が言われる。人の言葉ではなく、神が言われる。
    ・「我が民」と呼んでくださる。私のものだと、呼んでくださる。
    ・ここでは、十分に苦しんだから、あなた方は赦されると書かれているが、これが救い主の預言となる時、苦しむのは、私たちではなくて、イエス様、救い主。
    ・赦される=神とともに歩む。神に受け入れられる。私たちが立派になったら受け入れてくださるのではなく、そのままで受け入れられる。
  2.  御言葉による慰め
    ・御言葉によって慰められる。
    ・諸行無常・・・全ては変わっていく。⇔御言葉はいつも変わらない。
    ・御言葉が与えられる経験。御言葉が自分のものになる経験。
    ・神様の慰めをいただく。人に慰めを運ぶ。・・・第2コリント1章。
  3. 羊飼いの慰め
    ・私たちを抱きしめてくださる。受け入れてくださる。懐に入れてくださる。包んでくださる。
    ・神様の慰めは結局のところ、共にいてくださること。臨在。
    ・言葉で表しきれないもの。音楽や絵を通しても。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたが慰めを受けた経験はどんな経験がありますか?
    2)聖書の言葉によって慰めを受けた経験はありますか?
    3)神からの慰めを受けるために、あなたはどんなことをすればいいでしょうか?

 

2017年11月26日「我らは恐れない」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : 詩篇46篇

  • 序)
    神が共にいてくださる。今ここに。
遠くではなく、困難の中でも。
    詩篇46篇の背景・・・紀元前700年ヒゼキヤ王のユダ王国。
大国アッシリア帝国に包囲される。18万5000人の兵。
列王紀下18-19章、イザヤ36-37章
  1. 神がその中におられるので、都はゆるがない。
    普通は「砦がしっかりしている」「城壁が堅固だから」「負けない位たくさんの兵士がいるから」
個人「老後の蓄えがあるから」「保険に入っているから」
教会「会計が満たされているから」「能力のある方がおられるから」
    そうではなく、「神がここにおられるから、私たちは揺るがない」
    「一つの川がある」・・・命の水を与えられたイエス。聖霊の満たし。
  2. 静まって、わたしこそ神であることを知れ。
    口語訳「静まって」、新改訳「やめよ」、新共同訳「力を捨てよ」
NIV “Be still”, The Message “Step out of the traffic!”
流れに身を任せて、振り回されて、ではなく、一歩退いて。外に出て。
    アッシリアに攻められたユダの国。エジプトと同盟、バビロンと同盟。
あっちの国と同盟、こっちの国に助けを求める、そんなバタバタしている民に対して、「静まりなさい、神の主権を認めなさい」と言われた神。
    忙しくて、そんな時間はない?・・・だからこそ、神の前に静まる。静まって神を神とすること。神を見つめること。
  • テイクアウトQuestion
    1)あなたは何を頼りにしているでしょうか?「これがあるから大丈夫」と思っているものは何でしょうか?それが取り去られたら、どうなるでしょうか?
    2)今、自分がstep outしなければならない状況は何でしょうか?
    3)神を神とするとはどういうことだと思いますか?あなたの現実の生活の中で、具体的にどんなことをすればいいでしょうか?

 

 

2017年11月19日「私たちを養ってくださる方」

説教者 : 錦織学牧師
聖書箇所 : 詩篇23篇

詩篇23篇は多くの人々に愛されている詩。
「羊飼い」といえばどんな場面を想像する?
緑の牧場、憩いのみぎわ、どのような場面?

この詩の背景は乾燥地帯。
ダビデの詩・・・ベツレヘム、エルサレム周辺。⇔ガリラヤ湖周辺。

死の陰の谷を行くときも
1)困難なときにも
2)本当に肉体の死の瞬間にも
・・・恐れない。なぜ?・・・主が共におられるから。
生きているときにも神と共にある平安
死に直面して、更に近く神とともにある平安

2013年11月の後藤兄の証しの2つの御言葉。
伝道の書3:1-11・・・すべてのことには時がある。
第一ペテロ4:12-14・・・試練にも驚き怪しむな。

敵の前で・・・祝宴が持たれる、油が注がれる、杯が溢れる。

  • テイクアウトQuestion
    1)神様がおられるなら、どうしてこんなことが起こるのだろうかということはありますか?どんなことを感じますか?
    2)神様が私たちの羊飼いであってくださることを感じるのはどんな時でしょうか?
    3)神様があなたに油を注いでくださっている、あなたの杯を溢れさせていると感じることはありますか?どんなときですか?

 

11月15日クロッキー教室

本日のクロッキー教室

 

空想画にチャレンジです。
新聞紙をちぎってその形の輪郭を描きましょう。その新聞紙も画面に貼って。
お題は「コミュニケーション」形を見ながら思いつくまま想像力絞って発想を広げましょう。

 

紳士靴をデッサンしました。
アウトラインを何本か引いてどんなボリュームか確かめてから描いていきます。
かっこいい靴が描けました!

 

恒例の人物画は、たまには講師のケイティーさんがモデルです。

 

クロッキー教室の後は錦織牧師によるショートバイブルメッセージです。

テサロニケ人への手紙第一 5章16節〜18節
いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべての事について、感謝しなさい。
これが、キリストイエスにあって、神があなたがたに求めておられることである。

サンクスギビングデーが近づいてきたので感謝について話します。

1、感謝出来る事を探す
2、感謝出来ない事を感謝する。

辛い中にも神様の御手があります。
感謝できないと思う状況の中でも、お祈りしてみたら最後に感謝の言葉が出てきて平安が湧いてくる。
感謝できない状況も、神様が許された上で起こった事だから、受け止めてみる。
その時に平安が生まれる。

例えどんな状況にあっても神様は常に私達を愛し、十字架にかかって下さりひとり子イエスを与えてくださいました。
大変な時や辛い時、神様に見捨てられてしまったのではないかという気持ちになることはないでしょうか。

私達の状況によって、神様の愛がないと思うのではなく、神様の愛のコミュニケーションはイエスを与えて下さった事に全て現れています。十字架で死んで下さりどんなに愛して下さってるかである。
神から与えて下さった良いもの 良いとは思えない物も感謝出来る様にしましょう。

個性爆発、抽象画

本日のクロッキー教室

 

今日のテーマは抽象画。
正方形を描きましょう。

4つの角から画面の四隅に線を引きましょう。
この繰り返しでできた空間に濃さを変えた色を塗りましょう。
なんともおしゃれで個性的な抽象画が完成です。

次は物体のデッサンです。
今日はポットや瓶、コップを描きます。

ポットや瓶はちゃんと同じ面に置かれているでしょうか?

 

恒例の人物画は立ちポーズにチャレンジ。
肩の位置に気をつけて描いて見ましょう。

 

クロッキー教室のあとは、錦織牧師によるショートバイブルメッセージ。

 

聖書箇所:詩篇121篇
わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。わが助けは、天と地を造られた主から来る。 主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。見よ、イスラエルを守る者は/まどろむこともなく、眠ることもない。主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。 昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。

先日、海岸で祈るリトリートへ参加し、そこで水平線から出る日の出を見ました。
リトリートとは元々、兵隊が一時退いて態勢を整えると言う意味で使われていた言葉です。

日の出の瞬間を写真におさめようと楽しみにしていたのですが、あいにくの曇り空でした。
雲がない方がいいのに。。と残念に思っていたのですが、雲の向こう側から黄金が輝いたのを見て、雲があるからこその感動と景色がありました。

人が見ていようが見ていまいが、写真を撮ろうが撮るまいが、毎日陽が昇り沈んでいます。
地球が周り、太陽が動く背後には神様がいらっしゃいます。

私たちが寝ている時も、神様が休まず私たちを守ってくださっているので、安心して神のもとで生きていけます。

 

次回のクロッキー教室は11月15日10時半からです♪
どなたもお気軽にご参加ください!

2017年11月12日「からしだね一粒」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書17章9〜21節

  • 山を降りたイエス。
山の上では栄光に輝く姿。
    しかし、山の下に降りて人々に仕えたイエス
山の下では、混乱が、困惑が、不信仰が、待っていた。
  • 悪霊に憑かれた子供が連れられてきた。
弟子たちは癒せなかった。
    イエスにはできるけど、人間には無理?
でも、弟子たちも「悪霊を追い出す権威」を与えられていた。
    「どうして私たちにはできなかったのでしょうか?」
「信仰が足りないからだ」「からしだね一粒ほどの信仰があれば・・・」どういうことか?
  • 「信仰が足りない」という言葉
    1)ペテロが水の上を歩いた時に、風を見て、恐れた時。
    2)何を着ようか、何を食べようかと心配している人々に。
    →神の国と神の義とをまず求めなさい。そうすれば全ては添えて。
    →数量的な多さとか、少なさとか、小ささではなく、
 神を見ないで他を見ている人々。
  • 信仰って何?
使徒行伝3:12, 16「信心ではない」「信仰だ」
    ローマ4:5「不信心な者を義とする方を信じる信仰」
自分の信仰の姿勢に注目するのではなく、
イエスに注目する。神の愛に注目する。
  • からしだね一粒ほどの信仰・・・そこにはいのちがある。
    ヨハネ12:24「一粒の種も死ななければ・・・」
自分ではなく、自分に死ぬ時に、命を得る。
  • テイクアウトQuestion
    1)もしも、あなたの周りに「悪霊に憑かれた人」がいたとしたら、あなたはどうしますか?
    2)「信仰」と「信心」との違いは何でしょうか?「山を動かす信仰」とはどのようなものでしょうか?
    3)「山が動いた」経験はありますか?どんなことだったでしょうか?

 

本日も盛況JCCカフェ

本日のJCCカフェ

 

4回目のオープンを迎えたカフェ。

本日もスイーツもコーヒーもピクルスも準備万端です!

JCCカフェの定番メニュー候補のアールグレイパンナコッタとチーズケーキ。
それから、前回好評だったスイーツプレートには、
新作のりんごジャムもお目見えです。

ピクルスはビーツの赤が鮮やかですね!

ピクルスというとハンバーガーに入っているきゅうりぐらいしか思い付かないので、
色んな種類のお野菜のピクルスが食べられて嬉しいです♪

 

フンフン♪と準備しながらも、内心、「だ、誰も来てくれなかったらどうしよう。。」
「この大量のケーキとピクルス、全て我々の胃袋に収まるだろうか。。(じゅるり)」
と不安なのですが、、

本日も開店と同時に沢山の方が遊びにいらしてくださいました!

 

 

お子様連れの方、アメリカに来て間もない方、アメリカ生活ベテランの方などなど。。

色々な立場、環境の方が、思い思いに楽しく過ごしていらっしゃる姿を見ると嬉しくなります♪

海外生活初めたばかりの頃って、日本語で話せる環境にいるだけでホッとしたり。。

何気ない会話で得られる食材やスーパー情報などに、大いに助けられたなぁ。。

と、中堅主婦のカフェ子は新米時代を思い出してしみじみするのでした。

 

次回は12月13日(水)13:00~16:00オープンです。

初めての方も、お一人の方も、お子様連れの方も、どなたでも大歓迎です。

予約もいりません。お好きな時間に来て、お好きな時間に帰って頂いて結構です。

(比較的15時頃が空いています)

次回はスペシャルクリスマススイーツの予定です〜

お会いできるのを楽しみに待っています♪

2017年11月5日「貧しくなられた神の子」

説教者 : 錦織学牧師

聖書箇所 : マタイによる福音書17章1〜8節

  • 序)
    イエスの栄光の姿・・・この1回だけ。3人だけ。復活まで黙っている。
    ・・・隠されていた。→この神の子がへりくだられた意味。
  1. 栄光を隠されたイエス
    モーセとエリヤ・・・OTを代表する2人。
    神と語る人・・・モーセは神と語ったあと、顔が輝いていた。
    イエスが輝いていたのは、本来の輝きだった。顔は太陽の輝きのように、衣は真っ白に。第2ペテロ1:16-17
    神様の栄光の輝き・・・本来、私たちは耐えられない。
イザヤ書6:1-5・・・「わたしは滅びるばかりだ」・・・畏れ。awe
    イエスは本来の輝きを隠していた。ピリピ2:6-11
    ・私たちの痛みや悩みや闘いをご自分のものとして経験。ヘブル4:14-16
  2. 山を降りられるイエス
    ペテロはこの光景を前に「ずっとここにいたい」と言い出した。
「小屋を3つ建てましょう」
    天からの声、「これにきけ!」と言われた。あなたが神に指図をするのではなく、あなたが聞くのだ。
    モーセもエリヤも人々に拒否された預言者。イエスも人々に拒否される。山にいたほうが楽だっただろう。山にいて栄光に輝く姿で、モーセやエリヤや弟子たちと一緒に。
    しかし、イエスは山を降りていった。降りたら何が待っていたか?
病の人々、弟子たちの不信仰。
    そして、十字架に向かっていく。ピリピ2:6-11
    私たちも山から降りるように招かれる。
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスはどうして「これを誰にも言うな」と言われたのでしょうか?
    2)「小屋を3つ建てます」というペテロの提案の背後にはどんな思いがあったでしょうか?それに対して神はどう言われますか?
    3)私たちが「山を降りる」ということはどんなことを意味しているでしょうか?具体的に考えて、実行してみましょう。

 

 

2017年10月29日「神のことと人のこと」

説教者 : 錦織学 牧師
聖書箇所 : マタイによる福音書16章21〜28節

  • 序)23節のイエスの言葉:「神のことを思わないで人のことを思っている」
    この言葉は私たちすべての者へのチャレンジ。
    「神のこと-人のこと」
    神の視点−人の視点(New Living Translation)
    神の方法−人の方法(The Message)
    神のことを気にしている−人のことを気にしている(ESV, NIV)
  1. 人のこと
    イエスの受難予告・・・ペテロの信仰告白から始まる。
「イエスは神の子キリスト」という信仰
→それはどんな意味か明らかにされる。・・・受難と復活。
    22節のペテロの言葉:新改訳は「神の恵みがありますように」
原語のニュアンス・・・ペテロは神を利用した。
    人の方法・・・自分を守り、自分の夢、自分の願いのために神を利用
自分の夢、自分たちの国の独立、ローマに対する勝利、
  2. 神のこと
    「神のこと」なんかわからない?
イザヤ書55章8−9節・・・わからないことを前提に出発。
    続く10−11節。・・・御言葉に聞く。
神の方法・・・自分を与えることによって命を得る。十字架を負う・・・死刑宣告を受けた者・・・自分の夢、自分のこだわりを捨てる。
神様の大きなピクチャーの中で、私は生かされている。
損に見えるかもしれない・・・神様はそこに命を与える。
    まずそのために、イエスがご自身を与えてくださった。
私たちもその足跡を従うようにと招かれている。イザヤ55:12-23
  • テイクアウトQuestion
    1)イエスがこのタイミングで受難と復活の話をされたのはどうしてでしょうか?
    2)イエスはどうしてペテロに厳しいことを言われたのでしょうか?
    3)人のことではなく、神のことを考えて生きるということはどうすればいいのでしょうか?