1970年2月、40年住み慣れた日本を去り一路ニューヨークに飛び立ったわたし、以来早39年目、人生の半分をニューヨークで過ごすことになるとは夢にも思わぬ事でした。
人生は、人の思い、計画の及ぶところではなく、神の計画と導きによって展開されることは、死から命に移された私が今日在ることからも明らかです。
一人の事業家の招きでニューヨーク行きが決まり、当時でもなかなか取れぬE2ビザが与えられ、一年後には家族揃って新しい地での生活が始まりました。

ニューヨークの生活を始めた頃は、この地が人生に結実を与えられる神の約束のカナンの地であることには気がついていませんでした。司祭であった叔父から幼児洗礼を受けていた私がジャスティン春山牧師により信仰生活に導かれ堅信礼を受け、妻も二人の娘たちも夫々自らイエス・キリストとの出会いによってクリスチャンとしての歩みを始まることが出来る喜びに満たされる者になりました。日本にいた時、私自身がそうしなければならないとの魂への迫りを受けながら主に立ち返ることが出来なかったにも拘わらず、主の深い憐れみと御愛がニューヨークの地で家族全員に救いを与えてくださいました。
信仰は人間の努力によって勝ち取るものではなく、聖霊の助けと、罪の告白と主の十字架の赦しによって救いを受けなければ与えられないことを知り、キリストに委ねる人生に望みを抱く者へと変えられました。
イスラエルが囚われの地、エジプトから逃れることが出来たのはモーセの働きによりますが、神が、神自身の民、イスラエルを憐れみ、愛された御心と御働きが、出エジプトのスペクタクルの背後にあったことは言うまでもありません。人生の困難にある時、万事休す状況にある時も神はわたしたち一人一人に出エジプトを経験させ救って下さるお方であることをわたしたち家族も経験させて戴きました。
2000年の夏、主の限りない御愛に答えるために私に示された主の幻は「あなたのイサクを捧げなさい」でした。私のように罪深い者を赦され、愛される主に仕えるには、自分自身をイサクとして神に捧げる道しかなかったのです。
祈りつつ悔い改め、錦織牧師に献身の思いを打ち明けました。
小論文を提出し、入学を許可され、働きながらJTJ神学校の神学部牧師志願科の学びを通信で始めました。
当時はDVDはなく、どさっと送られて来る山積みのビデオテープで教室の学習を見ながらの学びでしたので忍耐と、教室と隔離されている孤独感の戦いを経験しましたが、御霊の助けと家族の励ましとを感謝しつつ学び続けることが出来ました。
通常、通信講座は3年から5年かかると言われていますが、神は私を早急に用いようとされるそのご計画によってか、一年九ヶ月で全講座のクレジット修得を許されました。
卒業式の時、中野雄一郎学長から「最短の卒業だね」と言われた時には喜びと共に、神は生きて働かれるとの確信が与えられ、心から感謝しました。
妻と娘たちは私の学びのためにあらゆる犠牲を払って2年間サポートしてくれたことが何よりの助けでした。
然し厳しい訓練をわたしに課せられる神は、前立腺ガンをもって私にチャレンジを与えられました。毎朝午前4時から7時まで学習し、8時にはマウントサイナイ病院で放射線治療とガンの発育を抑えるホルモン(ヴィアドール)治療を受け、それから仕事に向かう強行軍でしたが、不思議になんの副作用もなく25日連続の治療を完了することが出来ました。
それは主の憐れみと、主の癒しの御業以外の何ものでもないことを覚え、深く感謝しました。
わたしに与えられた主の使命は主キリストを証しすることで、そのためにバイブルクラスの指導を毎週礼拝の前に守ることでした。罪の淵をさまよっていたわたしの霊の目を開かせ新しい命に導いてくださった春山先生が命をかけて(先生はわたしたちが堅信礼と洗礼を授けられて僅か一ヶ月後に内臓のガンで天に召されました)十字架に掛かられたあの犠牲の死がなければ、わたしの献身、家族の救いはあり得ませんでした。
わたしの献身を一番喜んでくれたのは言うまでもなく信仰をもって支えてくれた家族でした。
又、わがことのように喜び支えてくれたのは千葉市川キリスト教会の小野寺牧師(わたしの信仰の兄貴分)で学びのためにたくさんの参考図書、注解書を送ってくれました。
至らないわたしを赦し、今日まで共に聖書を学び、分かち合いをして下さった兄姉に心から感謝しています。
特に、わたしを助け、善きアドバイザーとしてバイブルクラスを支えてくださった呉(オー)兄に感謝します。
長いようで短かくもあった20年のJCCNJでの信仰生活も思いがけない、否、これも神のご計画と信じていますが6月15日をもって終えることになりました。
新たな地に新たな使命をもって遣わされる神の御心を受け、喜んで従って参ります。
20年にわたり、信仰を育ててくださった主の教会の更なる成長を心から祈り、キリストにある友としての交わりに入れてくださった会員の皆様に主の豊かな祝福と励ましがありますよう祈ります。
御心を十字架のビジョンとして受け入れ、信仰をもって、聖書を日々の糧として歩んで行きましょう。
感謝。
ヘブル人への手紙11章8-9節「信仰によって、アブラハムは、受け継ぐべき地に出て行けとの召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行った。信仰によって、他国にいるようにして約束の地に宿り、同じ約束を継ぐイサク、ヤコブと共に、幕屋に住んだ。」

月報2008年6月号より