人の一生は神の計画で始まり、そして終わる事の教えが与えられ、毎日導きに従って生きる様に務めています。

私が14才の時、母は病気になりました。「神様、母を元気にして下さい。」と必死に祈りましたが、その祈りは聞き入れてもらえず、1ヶ月程入院して母は亡くなりました。子供の私にとって、母は愛のかたまり、私の生きて行くすべてで、その母を亡くしたのはこの世をなくしたのと同じでした。こんなに願って祈っても神様は母を私から取った。神様は何処にも居ないのだと強く感じたのを覚えています。

友達の誘いで神田のYMCAに導かれ、英語を学んでいました。毎年ゴールデンウィークの5月に山中湖のYMCAのキャンプに行き、聖書を読み、讃美歌を歌い、キャンプネームを付けられ、楽しいキャンプでした。私は宗教には関心はありませんでしたが、イエス様が生まれた所、そして死んだ場所をいつか見られたらと思っていました。

その後、主人と出会い、一年後再び日本に来まして、結婚し、ハネムーンに4ヶ月半の世界旅行をしました。アメリカ生活が一年経った頃、姉からの知らせで父の体が良くないとの事で急いで帰国し、父を見舞いました。しかし、その時の2回目の世界旅行の途中レバノンの地で主人は倒れ、急死しました。どうして自分だけ死んだのと・・・。旅先で私だけ一人ぼっちにして。主人に嘆き、悲しみましたが、主人も私一人残して、死にきれない思い、それでも死ななければならないのは私よりもっと辛かった事かと・・・。それを思うと「ごめんなさい。自分勝手で。」と今でも胸が詰まります。主人の死の2ヶ月後に父が亡くなりました。

私にとって大事な人を次から次と失い、何のために生きているのかと思った事が何度もありました。一人でアメリカで生きて行くのは苦労の連続です。しかし神様はアメリカ人(クリスチャン)をそばに置いて下さり、根気強く私を教会に導いてくれました。そして91年のビリーグラハム宣教大会の時にイエス様を私の救い主として受け入れることを決心しました。それまで、私にばかり、どうして不幸が重なるのだろうと思っていましたが、私のような罪深い者を招いて下さるイエス様を信じてから、それらのことは神様の御業が私の上に現れるためという考えに変わりました。主人と2回目の世界旅行で行く予定になっていたイスラエルの聖地旅行も92年にアメリカの教会の人達と素晴らしい旅行が出来た事はかぎりない喜びでした。もし主人と一緒に聖地に旅行をしていたら、何不自由ない旅行で終り、何不自由ない生活をしていたかもしれませんが、神様はクリスチャンになる機会は与えて下さらなかったかもしれません。愚かな罪人の私をも見捨てる事なく、93年に受洗を与えて下さった神様に心から感謝しています。

いろいろの事がありました。その中でも、2002年には病気で入院、そして手術と、私にとっての初めての出来事が起こりました。しかし、それによって神様が本当に生きており、共に居て下さるのを知りました。私には想像も出来ない事がいろいろと起こり、ただただ感謝です。このMaywoodの教会に導かれ、牧師先生、奥様、家族の皆様には大変お世話になり、誠の生きた信仰を見て、私はこの教会にと決めました。教会の皆様のお祈り感謝しております。私の良き友達の助けで今も頑張っています。素晴らしい人達を置いて下さり、神様に心から感謝しております。

「苦しみにあったことは私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。」 (詩篇119:71)

月報2004年6月号より