1.突如教会へ
私は宗教色の無い家庭に育ちましたが中3の秋、「これからは教会に通います」と家族に宣言しました。ミッションスクールに進学希望で、キリスト教の空気を知っておきたいという下心からです。初めて行った教会は古い学習塾を借りて礼拝を守り、同年代は殆どおらず、お説教は難解。結局入試後も通い続けましたが、何が私の心を捉えたのでしょう。「人はパンだけで生きるのものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである。マタイ4;4」「見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。コリント第二4:18」のん気に日々を過ごす当時の私でしたが、生きていくとはただ働いて、食べて、蓄えて、何か見えるものを残してというだけのことではないだろうとは思い始めていたようです。教会で心の内側が探られる必要性を感じていたのかもしれません。

2.気休めの死生観
その後2年半程して、元気に布団を干していた母が突然気分が悪いとしゃがみこんだきり昏睡、1日もせずに40歳で亡くなりました。1度だけ意識が戻り病室で二人だけになった時、母は限界を悟ったようで私の手を握り、自分はもう助からないであろうから10歳の弟の面倒を頼むということと、その弟を可愛がってくれる人とならば父の再婚を認めて欲しい旨言いました。突然のことに私は「わかったから」としか答えられず、これは大きな後悔となります。なぜ励まして「元気になれるよ」と言わなかったのか。せめて「お母さん死なないで」くらい言えなかったものか。でもそれらは皆気休めにしか思えず、死に行く母の切羽詰った眼差しを前に言葉がなかったのです。今なら、イエス様は重荷に苦しむ人を受け止めて下さること、信じる者には全てを益として下さること、「イエス様はよみがえりであり、命であって、イエス様を信じる者はたとい死んでも生きる。ヨハネ11:25」そう言って手を握り返せるのにと思います。

3.人がつくる神
お葬式は仏式で行われ、母は突然「仏様」と呼ばれるようになりました。葬儀屋さんは勿論、親戚の人々もそう呼び始めます。母は仏様になりたかったのか?旅行の行先にだって皆様々なリクエストがあるのに、こんな大切な問題(死後の行先)を生きて残る人達が決めていいものかと感じました。数日後新しい仏壇と位牌を前に「今日、魂を入れてもらってきたからこの位牌をお母さんと思い拝みなさい」と言われた時には?マークが私の体中から大噴出でした。何故この板切れが母なの?魂って出し入れできるもの?誰にそうする力や特権があるというの?仏壇や位牌は金色飾りの演出で神々しく見えましたがどう考えても誰かがこしらえたものです。神様とは人間を創り、守って下さる方と思っていたのに、これでは人間が作った神様(仏壇、位牌)を人間が守っていくということではないか?ちょっと考えただけでもひっかかる点が沢山ありました。

4.乗り越えるべき壁
聖書の最初に天地創造を宣言され、人が作った物の中には収まりきらないと言われるイエス・キリストの父なる神様こそ本物ではと思うようになりましたが、全知全能の神様は私にとって母がどれ程大切であったかご存知の筈、愛なる神様ならどうして私をこんなに悲しませるのか納得できず、教会に行けなくなりました。大きな壁に心塞がれて9ヶ月が過ぎましたがその間毎週末、次の日曜礼拝のプログラムが切手の無い封筒に入って我家のポストに落ちるのです。牧師先生が黙々と届け続けて下さいました。けれども週報が届く度、その壁に引き戻されるようで苦しく、開封せず引出しに入れてしまうことが何度もありました。

5.応答
週報の封筒には私の名が手書きされていて、その字を見るだけでも聞こえてくる声がありました。「死ぬということについて考えてみなさい」とのメッセージを母は命がけで発してくれたように思え、無駄にはできないと感じました。そして「どうして?」と神様を責め続けていても解決に辿り着かないと考え始めていました。死を考えると命を扱いなさる神様に繋がっていきますが、それはどう生きるのかを考えることにも繋がっていきます。「神様、どうして?」から「その神様の前にあって私はどう生きるのか?」にやがて心は向けられて行きました。では神様を見上げた時私は何を問われたのでしょう。神様を理解できたかということではなく、神様を信じられるかということでもなかったように思います。私には理解する力は勿論、信じる力さえなかったのです。非力な私に神様が問われたのは私の「心の方向性」でした。何を願うのかということです。「あなたは神のすることが理解できず、信じることも難しいと言うので一つだけ尋ねましょう。あなたは神を信じたいのですか?」……人生のどこかで決断せねばならぬこと、少なくとも死ぬ直前にはどちらかの返事をせねばならぬことと思われました。先延ばしにしていると思わぬ時に母のように生涯を終えてしまうかもしれません。「私は神様を信じたいのです」そう答えました。

6.神様の招き
「信じたい」ただそれだけの応答を神様は受け止め、洗礼を授け信仰のスタートラインに立たせて下さいました。それから少しづつ心の中に光が射し込んでくるようになり、以前は聞いてはいても自分との繋がりがピンとこなかった罪や救いについてゆっくりとですが実感し、神様に愛されていることが信じられるようになっていました。自分の決心で教会に通い始めたと思っていたことや、週報が届くこと、それに重苦しさを感じることの中にさえも神様の働きかけと絶え間無い招きが見えてきました。母の命と引き換えと思われていたメッセージはイエス様の十字架によって信じる者全てに与えられる永遠のいのちに覆われ、家族を失う私の悲しみにはひとり子を十字架につけて手放す父なる神様の痛みが繋がっていきました。信じてみて初めて見えてくる景色があることに気付かされました。私の命は死に向かってではなく、神様の愛に励まされながら救いの完成に向けて1日1日進んでいるのだと思えるようになりました。

月報2004年10月号より