私には4つの名前があります。一つ目は教会でも呼ばれている名前のファンオクスン(樊玉順)。これは結婚してから使っている名前なのですが、この「樊」という苗字は主人のもので中国の名前です。下の「玉順」は韓国の名前です。二つ目の名前は、権友子(ごんともこ)という名前で、小学生の時まで使っていました。三つ目は、権玉順(クオンオクスン)という名前です。中学から結婚するまでこの名前を名乗っていました。四つ目の名前は、 木下友子(きのしたともこ)という「通名」で、 場合によってはこの名前を使ったりもしていました。なぜこんなに色々な名前を持っているのかというと、私が在日コリアンだからです。私の両親は韓国で生まれ、4,5歳の頃にそれぞれの両親と日本に渡ってきました。 その両親のもと、日本で生まれ育った私は幼い頃からこのようにいろんな名前を持ち、状況によって名前を使い分ける、というのは否応なく自分のアイデンティティーを探し求めることになり、自分はどこから来てどこに行くのか、ということを考え続けることでもありました。

1992年、結婚を機にアメリカに住むことになり、メリーランド州のBaltimoreで生活がスタートしました。誰一人知り合いもない異国の地で、まったく育った環境そして国が違う二人が一緒に生活を始めるのは困難の連続でした。それでも時間が経つにつれ、いろんな人と出会い、親切にしていただいたのですが、どういうわけか私たちが本当にいい人たちだなあと思う人は決まってみなさんクリスチャンで、私たちが理想とするような家庭を築いていられるのを見て、いつも主人と二人でクリスチャンってどういう人たちなんだろう、と話すようになっていました。

1999年にニュージャージーに移り住み、近所で仲良くなったアメリカ人家族が通うマンハッタンの教会に連れて行ってもらったり、モールで教会の勧誘をしていた人がとても感じがよく、話がよさそうだから、という主人の意見で、確かTrentonだったと思うのですが、 何百人もの様々な人種の人たちが集まる体育館のような大きな教会に行ったこともありました。でもなかなか自分たちに合った教会を見つけるのも大変なことなんだと思っているうちに、主人の友人で同じ研究者である石井さんという方が一年の予定で日本から来られました。石井さんはクリスチャンで、以前から日本語の聖書を下さったり、クリスマスには娘に聖書のお話の本をプレゼントして下さったりしていたのですが、ニューヨークに来られてからは、私たちの為にMaywoodの日本語教会を探し出してくださり、一緒に連れて行ってくださって、それから家族でも通うようになりました。

いつも教会で聞く聖書のみ言葉に共感し、聖書を読む会や家庭集会にも行くようになり、 その時その瞬間はいつも共感するのですが、家に帰ればいつもの生活に戻り、なかなか点と点が結ばれることがありませんでした。しかしそれからしばらく時が経った後のある日の礼拝で、「天国には国籍はありません」という聖書のみ言葉を聞いた瞬間、魂がゆすぶられる思いがして、このみ言葉がストレートに私の心の中に入ってきたのです。物心ついた頃からさまよい続けていた自分のアイデンティティーの答えとその終着点が天国にあったんだという驚きと喜びは、なんて表現すればいいのかわからないくらい心ふるえるものでした。そして結婚生活をスタートした時から二人の間にあった様々な問題も 「すべて神様におゆだねします。」という私の初めての祈りを神様が聞いてくださり、多くの祝福を与えてくださったという信じられないような経験を通して、イエス・キリストを自分の心の中におむかえして、いつも神様が私の中心にいてくださり、神様に導かれて人生を歩んでいきたいという思いから受洗の恵みにあずかることになりました。昨年のクリスマスに洗礼を受け、ちょうど一年が経とうとしています。私のクリスチャンとしての歩みは人間の成長と同じように、ようやくフラフラしながらもヨチヨチと歩けるようになったばかりですが、日々神様への感謝の言葉が口から出るような私に作り変えてくださった神様に心から感謝しています。

月報2006年1月号より