2021年1月 <牧師室より> 「共にささげる礼拝をめざして」

あけましておめでとうございます。2021年もどうぞよろしくおねがいします。

クリスマスを過ぎて、少しずつ日が長くなっていること、気が付かれましたか?私の住んでいるNJでは、夜が明ける時間はほぼ変わらないのですが、日が沈む時間が一番早い時に比べると10分くらい遅くなっています。冬の寒さはこれからが本番ですが、昼間の時間はどんどん長くなっていきます。確実に春はやってくるのです。パンデミックの中で新しい年を迎えることになりましたが、必ず良い方向に向かっていくのだと希望を持っていきましょう。そして、困難の中でも、わたしたちと共に歩んでくださる神を信頼していきましょう。

わたしたちの教会の礼拝は、11月の末からまたオンラインに戻りました。しかし、昨年の春は録画のYouTube配信のみでしたが、今回はZoomで共に礼拝をささげ、そして、メッセージの部分だけを録画でYouTube配信しています。

ここに、わたしたちは「なんとかして『共に』礼拝をささげたい」という思いを込めています。教会は「建物」ではなく、「人の集まり」であり、そして、礼拝は日々の歩みの中で、「個人で」ささげるものであると共に、日曜日に「集まって、共に」ささげるものだからです。YouTube配信だけだと、その向こう側で礼拝をささげている一人ひとりのことを想像して、感じることはでき、フィードバックをいただくことによって、共に礼拝をささげている事がわかるとしても、やはり、一人ひとりで礼拝をささげている感じが否めません。もちろん、それが意味がないというわけではないのですが、Zoomのような会議システムを使うと、「人の集まりとしての教会」をより感じることができるのです。

ただ、それが苦手な方もおられるでしょう。テクニカルな問題で難しさを感じておられる方々もおられるでしょう。「ビデオ会議システム」として作られているので、音質が犠牲になっているところはあります。言葉を交わそうとするとちょっとしたタイミングの悪さに難しさを感じる場面もあります。

そして、何よりも「匿名でいられることの方が助かる」という場合もあります。私もそのように感じる場面もあります。匿名で覗きに来る、という思いで教会に来られる方々を、わたしたちはいつも歓迎します。そのためにも、YouTube配信も続けていきます。また、聖書の中には、誰にも気付かれないように、後ろからイエスに触った人の話も出てきます。そして、その後ろから触った人にも、イエスから力が流れ出て、病が癒やされたことが記されています。(そして、その後、その人はイエスの前に出て、人々の前でどんな事が起こったのか、話すことができるようになりましたが・・・)ですから、どんな思いで神に近づく人も、神は喜んで迎えてくださるのです。

今年、いつまでこのような生活が続くのか、と思います。しかし、どんな状況の中でも、心からの礼拝を神にささげることができますように。

「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、あなたはわたしをあがめるであろう」詩篇50:15

クリスマスの色、何色?

12月は恒例の色のお勉強です。
「天体の動き」を模写して、自由に色をつけてみましょう。

古代の壁画の絵具は何だったのでしょうか?
天然の岩や鉱石から顔料、植物などからの染料。

光の三原色はプリンターのインクのように、CMYです。
黒Key Plate,を加えると どんな色でも印刷できますね。

身近には色々な色を楽しみに、生活を楽しみましょう。
クラスの後は、錦織先生の聖書のお話です。

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今日は色について、学びましたが、クリスマスといえば、何色でしょうか?
やはり、赤と緑ですよね。
この赤と緑がクリスマスの色だということが一番わかる聖書の言葉を今日は紹介します。
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ3:16
赤は、イエスが十字架で流された血を表しています。神様がわたしたちを愛してくださった、その愛の表れとして、イエスはわたしたちの罪を負って、十字架にかかられました。その神様の愛を表す色が赤です。
そして、イエスを信じる者たちが、永遠の命をいただくことができると聖書は語ります。緑はこの「命」を表しています。この「永遠の命」は長さのことだけではなく、中身のある命、生き生きと生きる命です。
今年のクリスマス。お互い会えない、盛り上がれない、ちょっと寂しいクリスマスですが、その中にもこの生き生きとした命を頂いて、すごそうではありませんか?
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Merry Christmas & Happy New Year!!!
2021 年、1月は6日&20日(水曜日)開催予定です。

「祈りが与えられている恵み」

昨年11月24日、洗礼を受けさせていただきました。洗礼までに導かれた証を書かせていただきましたが、また機会を与えてくださりありがとうございます。

昨年2月信仰告白に導かれ、10月錦織先生に受洗したいと伝え、11月24日洗礼を受けさせていただきました。クリスチャンになって一年になりました。私が、思い描いていた一年後とは現在の状況は大きく異なっていました。COVIDー19が突然現れ、全世界に影響を与えました。多くの方が病に苦しみ、そして亡くなる方の数も私達の想像を遥かに超えました。目に見えないウィルスへの不安、私達の日常生活は大きく変化し、当たり前だったことができなくなったこと、特に家族以外の人と会うことができないことは大きなストレスともなりました。そして、個人的には、日本への本帰国が延期となったことでした。しかし、このような状況下の中で、神様は私に多くのことを気づかせていただき、そして与えてくださいました。感謝です。

洗礼後、私はクリスチャンとして、これから神様とともに歩めることに嬉しさを覚えていました。それと同時に不安も持ち合わせていました。それは、2020年夏に本帰国の予定があったため、日本へ帰国しても教会が見つかるだろうか、このNJにいるときのように信仰生活が守られていけるかなどでした。ですから、本帰国までの間に、イエス様と出会ったこのNJの地で、兄弟姉妹との交わりや、スモールグループでの学び、また私にとってチャレンジでしたが、聖歌隊やハンドベルなどのご奉仕を通して、クリスチャンとしての歩みを学べる機会を増やしていけたらと考えていました。

しかし、3月、COVIDー19で私達の生活は突然変化しました。No school、Stay home。買い物へ行くにも大変な状況になってしまいました。そして、教会もオンライン礼拝、スモールグループもZoomとなり、何もかも初めてのことで戸惑い、不安を抱える毎日となりました。私は本帰国までにクリスチャンとして色々なことを学びたい気持ちでしたので、このような状況になり、どのように歩めばよいかわからなくなりました。

Zoomを通して、以前より参加していた子育て中のお母さんたちのスモールグループであるJoy Joy奥様会やRidgewood聖書を読む会などに続けて参加し、神様の御言葉より力をいただき、Joy Joy奥様会で皆さんと共に祈りを続けていましたが、なかなかCOVIDー19の状況は良くならず悲しいニュースばかりの毎日に、私の心が落ち着くことはありませんでした。しかし、皆さんと共に祈りをささげているときは、神様から平安を与えられ、祈りがもつ力を改めて思わされました。私は、毎週木曜日、朝晩祈祷会が行われているのを知り、参加したい思いがあるものの、なかなか参加することができませんでした。それは、祈ることが苦手で、Joy Joy奥様会など知っている方たちの中でやっと祈ることができる私にとって、お会いしたことのない方たちの中で、祈ることは難しいと感じたからです。家族以外の誰とも会うことのできない毎日、一日中家族が家にいることで家事も増え、自分の時間をとることが難しくなり、日に日に少しずつストレスを感じていく自分がいました。この状況の中で平安を与えてくださる方はただ一人、私が信じている、主である神様で、祈りが苦手でもいい、どうしてもこの祈祷会に参加をしたいと強く思いました。この思いが強くなったのは、聖霊様が働いてくださり、導いてくださったからだと思います。そして、この祈祷会を通して、神様は多くのことを私に教え、気づかせて下さり、力を与え、平安を与え、慰め、助けを与えてくださいました。

絶えず祈りなさい。(第一テサロニケ 5:17)

  あらためて、私達クリスチャンには、祈りがあたえられていること、そして、祈りを聞いてくださる方、神様がわたしたちと共にいてくださることに、感謝を覚えました。

そして、共に祈る兄弟姉妹を与えてくださったことも、神様からいただいた恵みでした。参加する前は、お会いしたことのない方たちやお話しをしたことのない方たちと、ともに祈ることが、私にはできるだろうかと不安でしたが、なかなか人と会えない中で、オンラインを用いて、遠くに住んでいる方たちや普段お話しをしたことのない方たちと交わる機会、祈る機会を与えてくださいました。

祈ることが苦手な私に、神様はCOVIDー19という厳しい状況下を用いて、祈祷会に参加するように招いてくださいました。そして、この祈祷会を通して、ゆっくりゆっくりと私の歩幅に合わせて神様は私を洗礼まで導いてくださったように、祈りについて…神様はゆっくりゆっくりと今も私に教えて下さっています。祈りとは、神様との対話、神様との親しい交わりであり、そして、神様は特に私に足らなかった、とりなしの祈りについて教えて下さいました。今までの私は、自分の願い、思いを中心にお祈りをしていました。祈祷会で、創世記を皆さんと読みすすめている中で、創世記18章の、ソドムとゴモラのために、神様の前に立ち、熱心に神様と向き合う、アブラハムのとりなしの祈りをする姿に思わされました。

創世記28章で、ヤコブは、父イサクから祝福を受け、母リベカの兄ラバンのところへ向かう旅を始めました。しかし、ヤコブは旅の途中、不安を覚えているところに、神様はヤコブに「わたしはあなたとともにいて、あなたがどこへ行っても、あなたを守る。」と語ってくださり、ヤコブは「私はそれを知らなかった。」と応える姿に思わされました。私は日本での信仰の歩みに関して、先が見えない不安ばかりに目を向けている自分であることに気付かされました。この聖書の箇所から、弱さや困難を覚えているとき、私達は神様がそばにいて下さっていることに気づくことができないことがあり、そのような時、神様は私達の前にあらわれ、力強い言葉を語りかけてくたさる方で、主は、私がどこに行っても、守ってくださり、信仰が歩める場所に導いてくださる方、

あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。(詩篇37:5)

神様に目を向けること、そして、神様を信頼し、神様に委ねることを、祈祷会を通して、あらためて教えていただきました。

何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いを、キリスト·イエスにあって守ってくれます。(ピリピ4:6-7)

私の大好きな御言葉です。神様に感謝を持って祈りと願いをささげる。このCOVID-19が落ち着いたあと、神様は今までとは違う新しい道を作ってくださることを期待し、神様の御心を尋ね、神様に委ね、これからもゆっくりゆっくり信仰の歩みをすすめていけたらと思います。

2020年12月<牧師室より>「暗闇に輝く光」

今年もクリスマスの時期がやってきました。クリスマスはイエスの誕生をお祝いする日。しかし、実際イエスが生まれたのは12月ではないだろう、というのが通説です。クリスマスの夜、野原で羊の群れの番をしていた羊飼いのところに、天使が「今日、ベツレヘムで救い主がお生まれになった」とお告げをしたと聖書は記していますが、12月は寒すぎて、羊飼いが野宿をすることはないだろうというのです。そこで、聖書に書かれていることをヒントに、いろいろな計算をする人がいて、5月頃なのでは?とか、10月頃だろう?とか、言われます。ですから、実際は「わからない」というのが一番正しい答えなのでしょう。

では、どうして、この時期にクリスマスを祝うようになったのでしょうか?それはキリスト教が緯度の高いヨーロッパに広がっていったときに、夜の一番長い冬至を過ぎて、太陽が帰ってくる、冬至の祭りに、この世に光として来られたイエスの誕生を重ね合わせて祝うようになったのだろうということです。

「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。」イザヤ書9章2節

今年はクリスマスのキャンドルライトサービスも、教会で集まることはやめて、オンラインで集まり、共にクリスマスを祝う事になりました。このCovid-19の感染が広がり始めたときにはここまでとは考えられませんでした。今も、多くの方々がリモートで働き、リモートで学校の勉強をしています。仕事を失った方、これからどうなるのだろうかという不安の中におられる方々もおられます。以前私達の教会に集っておられた方の中にも、感染しおなくなりになった方もおられます。本当に大変な時を過ごしています。しかし、だからこそ、暗闇を照らす光として、この世に来てくださった、イエスの誕生の意味を深く味わうことのできるときなのだと思わされます。

有効なワクチンの実用化も見えてきて、出口が近づいてきている期待も高まってきていますが、決して、「これを通り抜けたら、明るい未来が待っている」ではなく、「この困難の只中で、落ち込みがちな私達の心に光を照らしてくださる」イエスに照らしていただきましょう。今年のクリスマス、他のものをすべて削ぎ落として残る、大切なメッセージを受け取るときとさせていただこうではありませんか?

12月は毎週Zoomで集まって礼拝をささげていきます。また、子どもたちのためのJOYJOYクリスマスも、24日のクリスマスイブのキャンドルライトサービスも、オンラインでの集まりになります。ぜひ、ご参加ください(参加方法についてはこちらからお問い合わせください)。今年のクリスマス。このようなときだからこそ、本当に意味の深い、本当のクリスマスを迎えようではありませんか。