2020年10月牧師室より「与えられているものを用いて」

今年の3月に、新型コロナウィルスの感染が広がって、「集まらない」「会わない」ことが、相手を尊重することであり、愛することである、という普通とは真逆な事が起こりました。いつもは時間を取り分けて集まること、時間と労力をかけて会いに行くこと、会って話をすることが、お互いを大切にすることでした。私自身、「大切なことは会って話をしなければ・・・」といつも思っていました。しかし、「誰が感染しているかわからない」「自分が感染していることを前提にして、周りの人々を感染させないように行動しよう」という状況の中で、「会う」ことは相手を危険に晒すことであり、「集まる」ことは、社会に対する無責任な行動となってしまいました。今は、少し状況が落ち着いて、礼拝だけは集まっていますが、そこでも、互いに距離を取り合い、握手はハグはなし、讃美歌も声を抑えて、曲を減らして歌っています。やはり、それが互いを尊重し、愛することだからです。たとえ、それが「なんだか物足りない」「さびしい」と思っても、そのようなお互いの気持を遥かに超えて、互いの安全を守ることが大切なことだと思うからです。それは決して、ある人々が言うような、見えないウィルスに対する「恐れ」による逃げではなく、「愛」による積極的な行動です。それが責任をもってこの地に生きる教会の使命なのです。

そのような状況の中で、インターネットやコンピューターの発達がどれほど助けになっているかと思います。

私がJCCNJの牧師となったのは、やっとeメールが普及し始めた頃でした。教会がホームページを作って、教会の存在を知ってもらうということが始まったのもその頃です。「ダイヤルアップ」でインターネットに繋ぎ、文字で情報を発信し、また集めていました。しかし、それから23年が経ち、今は教会の礼拝の様子をビデオで発信することができるようになりました。また、Zoomなどの会議ツールで互いの顔を見、互いの声を聞きながら、あたかも、同じところにいるかのように語り合い、祈り合う事ができるようになっています。これが今から23年前に起こっていたら、私たちはどうしていただろうかと思います。

最近の礼拝メッセージの中で繰り返し語られていることは、「私たちに与えられているものは、神様が私たちに任されたもの。私たちはそれを神様の望まれるように用いることが大切」ということです。お金や、時間、才能などを、神様が私たちに託されたものとして、互いのために、神様のために用いていくのです。今、私たちはそこに「テクノロジー」も加える事ができるのではないでしょうか。神様から任され、託されたものとして、このインターネットやコンピューターの発達も、思いっきり、色んな方法で用いさせていただこうではありませんか。そして、「お金」があくまでも神様が託された道具でありながら、しかし、私たちがそれに支配され、コントロールされてしまう危険もあるのと同じように、このテクノロジーも、私たちがそれに支配され、振り回される危険があることをわきまえながら、しかし、恐れないで大胆に、このテクノロジーを用いさせていただこうではありませんか。

「福音のために、わたしはどんな事でもする。」コリント第一の手紙9章23節

振り返って神の祝福を実感する – 福音と共に成長した証し-

わたしは子どもの頃、神の言葉と福音のメッセージを聞きながら育ちました。両親はクリスチャンで、私と弟を毎週欠かさず教会に連れて行きました。そこで私は、神が人間を創造されたこと、罪がどのようにしてこの世に入ってきたのか、そして私たちを地獄から救うためにイエス様が犠牲になられたことを学びました。子どもの頃,わたしたちは永遠の命と永遠の苦しみについて常に思い知らされていました。教会の長老たちが口癖のように言っていたのは「もし今夜死んだらあなたはどこに行くのか?」という言葉でした。自分がこのままでは地獄に行くのだと知っていましたが、小さな子どもだったわたしにとって、死はとても抽象的に思えたので、あまり深く考えたことはありませんでした。母は病院で薬剤師として働いていたので、家にいない夜が多かったのですが、父は母が働いていた病院の前を車で通ると必ず 「さあ、おかあさんに手を振って!」と言っていました。ある日、母の働いていた病院の前を車で通り過ぎた時、「ここがママの職場 」とは思わず、「ここは病気の人がいる場所 」と思ったのです。わたしの祖父はその何年か前に亡くなっていたのですが、亡くなる数日前に両親に連れられて、もう一度祖父に会いに病院へ行きました。ベッドで寝ている祖父を見て、なぜいつものように起きて私たちに話しかけてこないのだろうと不思議に思ったことを今でも鮮明に覚えています。それが祖父だとはわからないほどでした。帰りの車の中で、これらの記憶や考えが頭の中を駆け巡り、死はとても現実的で怖いものだと気付きました。教会の日曜学校で、先生が「天国に行く唯一の方法は、あなたの罪を背負って十字架で死んだイエス・キリストを信じることです」と言っていたことを思い出しました。両親に毎日怒られていたので、自分が罪人であることを知っていました。そして、両親に対して、何度も「ごめんなさい」と謝ったのと同じように、自分は罪人であり、自分ではどうすることもできないことを神様に悔い改めなければならないと思いました。そして、その夜、私はキリストを受け入れたのです。私はとても幸せな気持ちになりました。その時はまだ8歳でしたが、それくらい幼くても、救いの喜びを味わうことができたのです。

ここまでは、私がどのようにしてキリストのもとに来たのかということを書いてきました。しかし、正直なところ、私のライフスタイルが変わるようなことは何もありませんでしたし、一人の人がイエス様を信じる時に経験するような試練は一つもありませんでした。これは神を中心とした家庭で育った者の特権だと思います。しかし、キリストを受け入れた後に私の試練は始まりました。私はクリスチャンになったことをすぐに両親に話しましたが、私の行動は何も変わらず、あまり簡単に信じたように見えたのでしょう、両親は信じてはくれませんでした。このことにとても傷つき、私は自分がクリスチャンであることを隠して学校生活を送っていました。クラスメートは、私が通っていた教会が他の教会に比べてとても厳しいことを知っていたので、いつも私のことを「良いクリスチャンの女の子」と思っていたり、私がどうやって楽しんでいいかわからないとか、私がとても頑固者だと思っていたりしました。そのため、自分がこの教会の一員であることが恥ずかしくて、恥ずかしくて、クリスチャンであることは、ルールを守らなければならないので、私の人生はつまらないものになってしまうのではないかと思いました。それに加えて、私は学校で唯一のアジア系の生徒だったので、自分の文化を楽しむ機会もありませんでした。学校に馴染むために、クラスメイトと同じように話したり、同じ音楽やテレビ番組に興味を持とうとしたりして、「クールなアメリカ人の女の子 」と思われるようにしていました。大学に入ると、また状況が変わりました。私が所属していた教会の正式なメンバーとなったので、私が守らなければならないルールはより厳しくなりましたが、それに従うのではなく、それとは正反対に生きようと思いました。その中には、女性はスカートを履いて頭を覆わなければならない、クリスチャンではない人と付き合ってはいけない、礼拝の中では楽器は使ってはいけない(全てはアカペラでした)、一切の例外なく日曜日の礼拝には出席しなければならない、そうでないならば、献身的なクリスチャンとは言えない、などのルールがありました。私はこれらの教えの多くには同意できず、反抗的になっていきました。聖書にはこれらの規則についての説明がなかったからです。大学では、教会の教えに反していたとしても、自分のやりたいことは何でもやり、自分が正しいと思うことは何でもすることを選びました。そして、私は自分が、共同体の一員であるという感覚や、さばかれないで愛される体験することを切に求めているのだとわかりました。私とは異なる霊的背景や文化的背景を持つ友人ができましたが、彼らは私が教会で生涯を共にしてきた人たちよりも優しさを見せてくれたのです。悲しいことですが、この時、私は強い信仰を持ったクリスチャンは、自分たちとは違っている人たちに対しての心を持っていないのだと信じるようになり、「良いクリスチャン」にはなりたくないと、神様から離れ始めていました。私は、教会と学校の二重生活をしていて、とても葛藤していました。私の両親、特に父は、この時期に私が幸せではなく、自分の霊的な成長に苦労していることに気がついていました。私たちは家族としても、教会と同じ価値観を受け入れるのに困難を感じるようになり、閉じ込められているように感じていました。このような状況は、家族でその教会を去ることを決意するまで4年間続いたのです。

私の弟は、子どもの時からニューヨークのディスカバリーキャンプという日本人クリスチャンのサマーキャンプに毎年通っていました。そこで彼は同じ日本人の友達と出会い、その友達の多くが私たちの近くに住んでいることがわかりました。そのキャンプの仲間のうち、弟と特に仲良くなった一人の子が、ニュージャージー州メイウッドにある教会に来てみないかと弟を誘ったのです。弟と父は、2017年の11月にニュージャージー日本キリスト教会(JCCNJ)を訪問しました。父はJCCNJの自分たちを歓迎してくれる雰囲気とそこでの人々との交わりにとても満たされて、数週間後に母と私を連れて行ってくれました。私は、それまでの教会を去ることについて父と同意するのに時間がかかりました。ずっと共に歩んできた仲間たちのところを去ることについて、私たちは口論になり、私は3日間泣き続けました。しかし、父の言葉が私にその教会を去る決意を与えてくれました。「あなたは、幸せかい?幸せならここにいてもいいが、神はあなたに賜物を与えたのだから、ここにいてもその賜物を使うことはできない。神は私たちが成長するためにはここを離れる必要があると言っているのだと思うよ。」一ヶ月後、私は初めてJCCNJの礼拝に行きました。最初の頃は、私が育った教会とは全く違っていたので、JCCNJを受け入れるのがなかなかできませんでした。しかし、少しずつですが、想像以上に日本の教会が好きになりました。JCCNJに来たことで、私は本当に新鮮な空気を吸うことができました。私は自分らしくいられるようになり、神様から与えられた関係を通して神様の愛を学び直すことができました。

「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」エレミヤ29:11

これらの経験は、私の想像をはるかに超えた素晴らしい未来を神様が準備してくださっているということを確信させてくれました。生涯の友だちもでき、生まれて初めて、教会だけでなく、自分の人生全体に神様を受け入れたいと思いました。今では、家族や仕事、そして友人たちと生きていく私の人生を神様が祝福してくださっているのだという確信を持って歩んでいます。そして、心から喜びをもってイエス様への愛を宣言できます。アーメン

Looking Back and Realizing God’s Blessings – A Testimony About Growing Up with the Gospel

As a child, I was surrounded by the word of God and the gospel message. My parents were both Christian and brought my brother and I to church every week without fail. There, I learned about God created man, how sin was brought into the world, and Jesus’s sacrifice to save us from Hell. As kids, we were constantly reminded about eternal life and eternal suffering. A big phrase all the elders used was “if you died tonight, where would you be?” and I knew that I would be going to Hell, but death for a small child seemed like a very abstract concept so I never thought about it too much. My mom worked as a pharmacist in the hospital, so there were many nights when she was not home. Every time my dad drove us past the hospital where she worked, he would always say “wave to mom!” One day, when we drove past her hospital, instead of thinking “this is where mom works,” I thought, “this is where sick people live.” My grandfather passed away a few years before and a few days before he died, my parents brought me to the hospital to see him one more time. I still have a very distinct memory of seeing my grandpa sleeping in the bed and wondering why he wasn’t waking up and talking to us like he always does. I did not recognize him at the time. So in the car, on the way home, these memories and thoughts ran through my head and then did I realize that death was a very real and scary thing. I remembered that in Sunday School, the teacher would say that the only way to go to Heaven is to believe in Jesus Christ who died on the cross to bear all your sins. My parents would yell at me everyday so I knew that I was a sinner, and just like I repent to my parents many times, I had to repent to God that I was a sinner and could do nothing to help myself. I received Christ that night and was felt very happy. I was only 8 years old at the time, but I was able to enjoy the joys of salvation even at a young age.

This testimony of how I came to Christ but honestly, nothing life altering to my lifestyle and I did not have to face any trials a child to believe in Jesus. This comes with the privilege of growing up in a God-centered household, however, it was the time after I received Christ where my trials began. I told my parents right away that I became a Christian, but they were skeptical because my behavior didn’t change and it seemed too easy. This hurt me very much and I would go through my school days just keeping it to myself that I was Christian. My classmates knew the church I went through was very strict compared to other churches so they always pictured me as “the good Christian girl” or that I didn’t know how to have fun or I was very stuck up. This made me shameful and embarrassed that I was part of this church and that being a Christian would mean that my life would be boring because I must stick to the rules all the time. In addition to that, I was one of the only Asian students in my school so I didn’t have an opportunity to enjoy my culture either. As I went through school, in order to fit in, I would try to talk like my classmates and be interested in the same music and TV shows as my classmates so I could be seen as a “cool American girl.” When I went to college, things changed again. I joined as an official member at my church so the rules became more strict, but instead of following, I decided to live in the complete opposite way. Some rules were that women had to wear a skirt and head covering at all times, no dating non-Christians, no instruments during worship (everything was acapella), and you must attend Sunday worship without exception in order to be seen as  devoted Christian. I did not agree with many of these teachings and went through a rebellious stage because there were no explanations to these rules in the Bible. In college, I did whatever I wanted and chose to do whatever I felt right to do, even if it was against the teachings of the church. I realized that I craved a sense of community and experience love with no judgement or conditions. I have made friends who come from different spiritual and cultural backgrounds than me, but they have shown me more kindness than people I have known for my whole life in the church. As sad as it sounds, at this time, I created a belief that Christians with strong beliefs lack heart for others created differently from them, so I started to push myself away from God because I did not want to become that person of a “good Christian.” I was very conflicted living this double life, one for church and one for school. My parents, especially my dad, could see that I was unhappy and struggling with my spiritual growth during this time. Our family as a whole, were having a difficult time accepting the same values the church did and feeling like we were trapped. This progressed for 4 years until we decided as a family to leave that church.

My brother, went to a Japanese Christian summer camp in New York called Discovery Camp every year when growing up. There, he met many friends who were also Japanese and we found that many of these friends live close to us. One camper who was particularly close with my brother offered him to come visit his church in Maywood, New Jersey. My brother and dad visited the Japanese Christian Church (JCC) of New Jersey in November 2017. My dad was very pleased with the welcoming atmosphere and fellowship at JCC and brought my mother and myself weeks later. It took a long time for me to agree with my father to leave our church. We argued and I cried for 3 days thinking about leaving certain friendships. But it was what my dad said that gave me the determination to leave – “Are you happy? If you are, you can stay, but God gave you a gift and you will not be able to use your gift staying here. I believe God is telling us that we need to leave in order to grow.” A month later, I went to my first JCC worship. I was very stubborn to accept JCC in the beginning because everything was so different from the church I grew up in. Slowly, though, I have come to love the Japanese church more than I could every imagine. Coming to JCC has really given me a huge breath of fresh air. I was able to be myself happily and relearn God’s love through the relationships He gave me. In Jeremiah 29:11 it says “For I know the plans I have for you, declares the Lord, plans for welfare and not for evil, to give you a future and a hope.” These experiences of my life really affirmed my belief that God has a wonderful future waiting for me that is far beyond my imagination! I have made lifelong friends and for the first time in my life, I want to incorporate God into my whole life, not just at church. Now I live with certainty that God has blessed my life with family, work, and friends and I can declare my love for Jesus with joy from my heart!! Amen!

鉛筆画ってスゴイ!

鉛筆って色々な種類がありますね、
5つの丸を描いて、色々な濃さに塗ってみましょう。
鉛筆の濃淡で光の当たっている白い部分、陰の黒い部分形がしっかり見えてきます


矢印ボタン、立方体も形をしっかり取れば、鉛筆の濃淡で立体になります。


りんごも白黒写真にしてみると、鉛筆デッサンしたくなりますね。


新学期も始まる9月、アートシーズンも始まりますので、
色々な展覧会もご案内していきますので、お楽しみに。

クロッキー教室の後は、錦織牧師のバイブルショートメッセージ。
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「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」マタイ11:28
イエス様は、私たちがいろんなことで疲れてしまった時に、「私のところに来なさい」と言ってくださるお方です。そこで休みをくださると言うのです。
この「休む」、ということは何もしなくなってしまうことではありません。それはまた退屈な、ストレスの貯まることですよね。そうではなくて、神様のリズムに生きるということです。それは私たち一人ひとりにとってのピッタリのリズム、ということでもあります。無理をして生きるのではなくて、自分らしい生き方に帰るということです。
今、元気で、やる気にあふれている方もおられるかもしれません。しかし、覚えていてください。次に疲れを感じた時、ぜひ、「疲れた人は私のところに来なさい」と言われた方に一言、祈ってみてください。
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来月は、10月21日(水曜日) です。