私は山形県新庄市という小さな田舎町で生まれ、そこで中学まで過ごしました。私が通った幼稚園は確か教会が運営していた幼稚園で、そこで讃美歌を歌ったことを覚えています。特に子供の頃にクリスマスの季節に歌った「きよしこの夜」は、その当時意味はよく解っていなかったと思いますが、とても美しい響きをもった歌だなあと感じていたことを覚えています。

その後数十年、これといった大過もなく時が過ぎ去り、教会・宗教からは全く遠ざかった生活をしていました。それでも1991年8月に塩見兄姉の家庭集会に誘われた時は、何かを求めるような気持ちで期待して出席したことを記憶しています。又その時御会いした教会員の方々は皆いつも笑顔で接して下さり、自分とは違った世界に住んでいるような印象を受けました。その当時の先生は正木牧師で、先生からはいつも素晴らしい説教を聞かせて頂きました。この会に出席するようになってから、祈ることの意味、大事さと罪の悔い改めについて考えるようになりました。しかし一方では、自分が犯した罪を神様に告白し悔い改めをするだけでそんなに簡単に神様は私の罪を赦してくれるのだろうかとの疑問ももっておりました. そうは思いながらもいずれは神様の前で真実を伝え赦しを請う必要があるとは考えておりましが、それを何時行うかは全く私の頭の中にはありませんでした。

私はその年の11月にニユーヨーク・マラソンに参加が決まっておりトレーニング中でした。そのことを知った正木先生は、レースの前の週に皆さんと一緒に私が無事に完走出来るようお祈りをして下さいました。初めてのフルマラソンへの挑戦で不安がありましたので、このお祈りは本当にありがたく思いました。おかげで無事完走することができましたが、今思えば、自分の後で神様が私を支えて下さっていたのでしょう。

その後石賀先生、池原先生と牧師先生が変わったにも拘らず、私の身辺には大きな変化もなく、相変わらず家庭集会にだけは都合の許す限り出席していましたが、教会にはほとんど行きませんでした。そんな私の心にもある出来事をきっかけに変化が現れ、それが自分でもはっきりと解かったので一日も早く罪の悔い改めを行い主を受け入れたい旨錦織先生にご相談した結果 先生の温かいご協力、ご指導のもと待望の洗礼を1999年12月に受けることができました。これも神様のご計画の中に有ったのでしょうか。こんな罪深い私をも受け入れて下さった神様に深く感謝しております。又此れ迄自分で全てを切り開いて生きて来たような錯覚をしておりましたが、イエス キリストを我が主として受け入れて以来、背伸びをして生きる必要もなくなり本当に感謝です。まだまだ未熟なクリスチャンですが聖書を通じて神様と会話ができることに期待しております。

「あなたのみ言葉はわが足のともしび、わが道の光です。」

(詩篇119編105節)

主の御名を賛美し感謝して。

月報2001年5月号より