私達一家が、このニュージャージー日本語教会の礼拝に参加するようになってから5ヶ月になります。この間に神様は本当にたくさんの恵みを下さいました。その中で、私が最初にいただいた恵みについて証をしたいと思います。

私達夫婦は2001年に 10年以上住み慣れたロサンゼルスと、心から信頼し愛する兄弟姉妹のいる教会を後に、夫の仕事のためにニューヨークに来ました。旅行では何度も訪れ楽しい思い出の多いNYでしたが、いざ、住んでみるとのんびりしたロサンゼルスとは全く違う文化、価値観、ライフスタイルに戸惑うことの連続でした。また、新しい土地というだけでなく、夫の新しい職場はとても忙しく帰宅するのが午前一時二時になる事も頻繁でした。その上、引っ越してまもなく妊娠したので、友達も親戚もいない見知らぬ土地で妊娠、出産、子育てをする事に不安でした。その頃住んでいた地域の教会に行って見ましたが、ここと思う集会に出会えず、ロサンゼルスの教会の兄弟の紹介で、クイーンズのフラッシングの集会に参加するようになり、ようやく私たちの心に平安がもどって来たように感じました。しかし、夫の仕事は年々忙しさを増し、それと共に私たちの会話は減り、私は一人で子育てをしているような孤独感と体力的な疲労で、いつも体調を崩していました。特に子供が二歳くらいのころは、子育ての方針のことで口論が絶えず、その頃の私たち夫婦は、二人共信仰をいただいているという大きな恵みを受けていながら、二人で祈る時間もなくお互いのストレスを気遣うという心の余裕もなかったと思います。教会の礼拝に行くことも、「礼拝に行きたいから行く」というより、「行かなければならないから」という義務感にさえなっていました。ただ、主は、そんな私でも、礼拝の中で、励ましと休息を与えてくださいました。自分では、義務感で礼拝にでているつもりでも、心のどこかで主にすがりたい一心で礼拝に出ていたのかもしれません。しかし、礼拝の中でいただいたその平安は、日常の生活にもどると、なんとなく消えてしまっていました。

その後、育児は少しずつ楽になり、夫の仕事も忙しいなりにペースができてきて、少しづつ心身ともに落ち着いてきたと感じはじめました。そして昨年の3月に転居したことをきっかけにNJで教会を探すことにしました。私達はそれまでずっと現地の教会に参加してきたので、日本人の教会を探そうとは思っていませんでした。ところが、NJに転居してすぐに日本に一時帰国することになり、私はその帰国中に、まだ信仰を持たない私の妹に福音を伝えたいという強い負担を心に覚えました。しかし、現地の教会で救われ、養われてきた私は ずっと英語で御言葉を読み、祈り、賛美してきたので、日本語で神様のことを語ることに少なからず困難を感じ、日本語で御言葉を読もうと決心してアメリカに帰ってきました。
その頃夫は相変わらず毎日仕事で遅かったのですが、ある日、深夜に帰宅すると
「日本語教会があるらしいよ」と言って、彼にこの教会のことを教えてくれたリムジンの運転手さんのおぼろげな記憶をたよりに、教会のホームページを探し当てました。その時、夫も私も、何か特別な神様の導きをすでに感じていました。そして、8月の最後の日曜日の礼拝に出かけてみることにしました。その日は、プリンストン日本語教会の栗栖牧師が説教をされました。その中で、ルカの「良きサマリア人」の箇所を通して隣人を愛するということを話され、御自分の結婚生活で、夫として、一番身近な隣人である妻を愛することを忘れていた、ということを打ち明けられました。そして、この説教を聞きながら、私は涙があふれて止まりませんでした。自分でも気がつかない隠されていた心の中の傷がひとつひとつ浮かび上がってくるような感じでした。その傷は古く、ニューヨークに引っ越して以来少しずつ夫との関係の中で受けた傷でした。それは、私にとっては驚きでした。学生の時からの知り合いである私達夫婦は、問題はすべて話し合って解決してきたと思い込んでいたからです。確かに、話し合い(口論?)によって、その「問題」は解決しましたが、私の心の「ゆるし」には至らず、いつのまにか、心の中に多くの resentment を抱え、夫を罪に定めていたのです。それは、罪とは呼べないような些細なことの積み重ねだったと思います。夫は心優しい人です。故意に私を傷つけるような事はなかったはずです。そしてそれは、夫の問題ではなく、私の問題であると神様は示されました。

それから数日間、私は夫を許そうと思い主に祈りましたが、どんなに許したいと祈っても、心の中に「許した」という平安の感覚は訪れず、そんな自分の心の「罪定め」というもっと大きい罪に苦しみました。ひとが生きていく中には、いろいろな罪がありますが、「人の罪を許せないという罪」がこんなにつらいものだとは、知りませんでした。数日後、もうどう祈っていいのか解らず、「主よ、私にはどうしても許せません。」という気持ちになった時、突然、心の中に主の十字架が浮かんだのです。その十字架の上で主は傷ついて血を流されていました。そして、私はその時、夫の罪はもう主によって許されている、というクリスチャンとして当たり前の、ごく基本の事実に気づいたのです。主は、私の罪も、夫の罪も、世界中の罪をも背負って、命を捨てられました。私が夫の罪を責める理由など存在しないし、私が「がんばって」それを許すこともできないのです。もうそれらの罪は主によって許され、私達はあがなわれているのですから。そう思ったとき、突然、目に涙が溢れ、心が温かく、軽く、自由になり、それまで心に負ったと思っていた一切の傷が癒され、消えたと思いました。その時はじめて、夫を心から「許せた」、そして、私も許されたと思いました。そして、これが主の許しの平安なんだという思いで満たされました。

以上のことや、その他のさまざまなお導きによって、私達夫婦は益々この教会を私達家族のホームチャーチとすることを神様は望んでおられるのではないか思うようになりました。そして会員にしていただくことをお願いするに至りましたが、その陰には、たくさんの兄弟姉妹が私達家族のことをお祈りして下さっていたとお聞きしました。感謝して、主の御名を賛美いたします。

しかし今では 御子はその肉のからだにより、その死をとおして、あなたがたを神と和解させ、あなたがたを聖なる、傷のない、責められるところのない者として、みまえにたたせてくださったのである。 コロサイ人への手紙 1章22節
注) 「教会では私たちはイエス・キリストにあって家族なのだという思いでお互いのことを『兄弟姉妹』と呼ぶことがあります。」

月報2006年2月号より