沢山の方々から祝福をいただいて、この4月8日に錦織牧師から洗礼を受け、晴れてクリスチャンの道を歩むことになりました。でも、1940年生まれ、61才の私がなぜ今更クリスチャンになったのか?

サラリーマンならばいつかはやってくる定年の影がちらつきだしたのは、私の2度目のニューヨーク赴任に家内(磯村禮子)がジョインした1998年頃だったかもしれません。自分がサラリーマンでいる内は、常に仕事が自分の人生の座標軸、そして仕事上の達成感が自分の人間としての心の充足を与えてくれるものでした。そしてこの人生の舵取りをするのはいつも自分でした。俺が俺がの自己中心の世界を泳ぎ渡って、それなりの成功をしてきたつもりでいたのです。

でも、このままでいけば、数年後には定年を迎える、それこそ自分が人生の座標軸としてきた「会社の仕事」が消え、座標の軸を失うのかしらとおぼろげに気になりだしたある日曜日、クリスチャンの家内の運転手として、彼女をニュージャージー日本人キリスト教会に送り、勧められるままに礼拝堂に足を踏み入れました。

私は、日頃宗教とか信仰から全く縁遠い人間だと思ってきました。キリスト教も新興宗教も五十歩百歩で、その信者も浮世離れした人間味のない、なにかというと「アーメン」なる呪文を唱える薄気味の悪い連中だと思っていたのです。家内にもそのような世界に足を踏み入れて困ったものだ、せめて薄気味の悪い狂信者にはならないでほしいと内心願っていました。

でも、この教会で会った人達は私のイメージとはまったく違っていました。錦織牧師を始めとして、実に人間くさく、知性に溢れ、そして何よりも皆とても「いい人達、キモチのいい人達」だったのです。なにがここの人達をしてこんなに「いい人」にしているのだろうか?彼らがクリスチャンである以外に理由などあるわけがないことを悟るのにあまり時間はかかりませんでした。こうして私の運転手としての教会通いが始まりました。

余勢を駆って秋の修養会にも参加してしまいましたが、これは幼稚園生がいきなり大学に入ったみたいなもので、ヘビーな体験でした。また聖書勉強会に出ても、聖書の世界、特に諸々の奇跡はとても信じられないことばかりでした。でも科学者でもキリスト教徒は皆これを信じている以上、史実や科学との間になんらかの相関関係があるはずだと思いましたが納得がいく説明には出会えませんでした。その間、家内は一貫して、「あなたが信ずるのではなく、神様が信じさせてくださる。」と言い続けていました。そして、キリスト教が自分の新しい人生の座標軸になってくれるかもしれないという期待は、その間、薄くなったりまた盛り返したりしていましたが、このままでは自分がキリスト教徒になることには全く現実味が伴いませんでした。でも錦織先生には「理屈で分かるのではなく、ある日フッとそうなってるんですよね。」と仰しゃっていただきました。

それはどういう瞬間なのだろうと思いつつ、気がついてみるともう3年も教会通いを続けていたのです。 その内に「門前の小僧も習わぬ経を読み」出していることにも気がつきました。若い人達へのお説教の中に、キリスト教的フィロソフィが交じり出したのです。苦笑しつつも悪い気はしませんでした。教会の中でも古手の域に達してきました。しかし求道者の方々が次々と洗礼を受けられるのを目の当たりにしても焦る気はありませんでした。自分の座右の銘「自然体」で接していたからです。錦織牧師も気にかけて下さいました。「いかがですか?」「うーん、先生、近づいてはいるんですが、まだハドソン河のこっち側にいるような気がして。川幅は広いですよねぇ・・・。」

しかし21世紀が開けた最初の月に、事態は一変しました。人間ドックの結果が、前立腺癌に罹患していることを示していました。生体検査の結果も立派にクロでした。すぐに転移の状況がチェックされました。その命に関わる検査をうけるプロセスを経る間に、サラリーマン生活40年弱の間培った自分自身の忍耐心・克己心への自信がガラガラと瓦解しました。「悪い目が出れば死に直結」する癌に自分一人では耐え切れなかったのです。

その日は、病院で骨への転移を調べるべく、Bone Scan検査をやっていました。アヤしいところがあるということで、頭骨のScanを撮りなおしていた最中です。「頭の骨に転移??」知らず知らずのうちに、口の中で「神様助けて!」と叫んでいました。フト気がつくと、検査室の天井あたりに、中世の宗教画風の画が浮かび、神様ともイエス様ともあるいはマリヤ様、モナリザともつかないお顔が私に向かって微笑んでいるような気がしました。「メトロポリタンミュージアムで見た画? それとも神様が?? そんなワケは・・・」

検査結果はシロでした。転移はありませんでした。そして、後顧の憂いなく全摘手術に向かうことができたのです。

手術を控えた聖日の前日に牧師宅に伺い、信仰告白をし受洗希望をお伝えしました。俺が俺がでやってきた人生は過信に満ちた傲慢極まりないものだったのです。これを悔い改め、神の愛を受け入れ、神様を信ずる人生に導いて戴きました。以前であれば、なんとか歯を食いしばって耐えようとしたに違いありません。でも神様はあの微笑みをもって私の人生の座標軸を変えてくださいました。

手術も成功でした。教会の皆様のお祈りをいただき、そして神様が徹底的に守ってくださいました。この世に2人といない素晴らしい日本人の医師のお世話になり、その Associateの飛切り腕の良い外科部長に執刀をうけ、摘出した前立腺からは癌が転移寸前の状況にあってギリギリ手術が間に合ったことが分かり、そして集中治療室での痛みとの闘いの中で頭のなかに鳴り響く「ハレルヤ、ハレルヤ・・・」の歌声。何なんだこれは?

そう、もうハドソン河を渡っていたのです。

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

詩篇 23篇1節

月報2001年7月号より