6歳の女の子とママさんモデルを描く

久しぶりに家族でNJを訪ねてくれたOファミリーがご家族で参加してくれました。


Oちゃんとママ、モデルさん初体験記念の撮影


描く時、画面をいくつかのブロックに分けて描くと、
バランスが取りやすいですね。


ママと一緒に動かないように〜頑張ってくれて
ありがとうございました。

カレンダーの絵のテーマは、よろこび(Joy)です。
今日の錦織先生の聖書のお話は、カレンダーのこの絵の聖書箇所から、

テサロニケ人への手紙 第1 51618
「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことにおいて感謝しなさい。」

「いつも喜んでいなさい」「すべてのことに感謝しなさい」って言われても、辛い事も、悲しい事も色々とある生活の中で、簡単な事ではないですよね。
でも、そこに挟まれた、祈ることってできるのではないでしょうか?
守ってください、助けてくださいという祈りは天に届きます。
その時に、状況は変わらなくても、私たちの内側が変えられて、感謝と喜びの日々になるのです。

感謝したいことが沢山ありますね〜、と皆で話しました。

12月18日(水曜)にお会いしましょう。

2024年10月号<牧師室より>「祝福を持ち運ぶ」

9月21日のラトガーズ大学の天野先生をお迎えしてのセミナーはとても良い集まりとなりました。先生のお話は分かりやすく、また会場からも質問や意見も寄せられ、海外に住んでいる私たちに必要なお話を伺うことができたと思います。

特にその最後の方でお話いただいたこと、認知症の方々のサポートのために、個人でもなく、国や州の政府でもなく、コミュニティーだからできる事はないかという提言は私たちにとって、とてもチャレンジングな問いだったと思います。これから、この地域のネットワークがこの先生を通して、どのように広がっていくか楽しみです。そして、それだけではなく、天野先生をはじめ、何人かの方々から、「この日本語教会はすでに一つのコミュニティーですね」とお声をかけていただき、励まされたと共に、新しい視点を与えられたように思います。

今まで私は「教会が地域のコミュニティーに、日本語を使う人々のコミュニティーに出て行く」ことの大切さを訴えてきましたし、何ができるかを考えてきました。しかし、今回「この日本語教会はすでに一つのコミュニティーですね」という皆さんにかけていただいた言葉によって、私たちの教会自体が一つのコミュニティーとなり、周りの人々を巻き込んで行くことができれば、それはまた大切な使命を果たしたことになるのではないかと思ったのです。

聖書の中で、「信仰の父」と言われたアブラハムはこのように神様に語られました。

「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基となるであろう。」(創世記 12:1-2・口語訳)

 この約束は、今では教会に対する約束として受け継がれています。安穏とした生活から立ち上がって、神様に従って歩んでいくときに、私たちは祝福の基となって、周りの人々に祝福を持ち運んでいく存在になっていくのです。勇気をもってこの地域に住む日本語を使う方々に祝福を持ち運ぶ働きをさせていただこうではありませんか。

世界の小澤征爾先生を偲んで、描く。

描く事により、今まで見えないものが見えてくる事、
観察するようになる事ってありますね。


画面を縦横4x4に分割して、写してみましょう


音楽が聞こえてきそうですね。


知っているキャラクターも見ないで描いてみると、難しい〜ですね。
よーく見て描いてみましょう。

実技の後は、錦織先生による聖書のお話です。
今日の聖書箇所は

こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。
その中で一番すぐれているのは愛です。
コリント人への手紙 第一 13章13節

私達の教会でよく歌っていた讃美歌の生まれた背景を聞き
歌詞のように、神様から愛されている事をあらためて感じました。

「君は愛されるため生まれた 
君の生涯は 愛で満ちている
永遠の神の愛は
われらの出会いの中で実を結ぶ
君の存在が 私には
どれほど大きな喜びでしょう
君は愛されるため生まれた
 今もその愛受けている」

Testimony

I feel that my life has been led by God.

However, it took me a long time to believe in God as my Lord, but through an event that took place in 2022, I was able to believe in and accept God. I am truly grateful for that.

I married my Christian husband from Taiwan in 1972 in the United States. My husband’s mother and four sisters were all Christians. So I started attending a Taiwanese church in Queens every week, as my husband’s relatives gathered at church. However, my husband never once told me to become a Christian myself. I think that was a good thing for me. If he had told me that, I would have run away.

If I had not believed it myself, I would not have wanted to be baptized.

God has invited me many times through many events. In 1984, an American woman took the trouble to order a Japanese Bible and gave it to me as a gift.

Then, in 1989, when the pastor of the Japanese church in Maywood was still Rev. Masaki, my husband was working in real estate at that time, and I met a Japanese Christian at that time, and he and his wife invited me to come to the New Jersey Japanese Christian Church for the first time, and then I started listening to Bible stories in Japanese.

Then, in 1992, my mother-in-law, who had been really good to me, passed away, and I made a promise to her at that time that I would be baptized someday.

But for the life of me, I couldn’t really feel God.

Then one thing happened in December 2022. I was on a trip at that time. But on the way back, I had a real problem at the airport. A woman saw my situation and approached me. She told me that she was a doctor and that she had to help me as soon as she saw my situation. Then, after hearing my story, the woman reached out to me with her time and what she had at her convenience. At that moment, I felt God’s hand in giving me that person’s presence. The person’s name was Nancy. When I heard her name, I remembered that my friend who gave me a Japanese Bible as a gift 38 years ago was also named Nancy. With a strange feeling, I came home and was relieved when I received a video from a Japanese friend. It was a video called “Love Letter from Heavenly Father” made by a Christian, and it was edited in such a way that words and stories from the Bible were spoken directly to me from God. It ended with the message, “I am waiting for your return.” As I watched the video over and over again, I realized that God was now calling me through each of these things. And I wanted to believe in Him.

Four months later. In the study of preparation for baptism, I have learned again about God’s love, my sins, and Jesus who went to the cross to forgive them, and I want to follow him as my Lord.

「証し」

3歳の頃から3つ上の姉に連れられ町内の土曜学校に献金の5円を握りしめ行ったのがキリスト教との出会いです。

途切れとぎれの記憶ですが時々頂く小さなカードがとっても嬉しく宝物だったのを思い出します。斎藤という同じお名前のふたりの牧師がおられて、楽しく、子供讃美歌も沢山教わり、今でも時々口ずさみます。

小学低学年の頃「放蕩息子」のお話を聴いた時は心が熱くなり、それが私の「初恋」でした。

毎日、押し入れに電気スタンドを引き入れ本を読んで、親の言う事も聞かない、弟息子の様であった私を、あの様に迎えて下さる主、その様なお方は子供ながら辺りを見廻しても見た事も聞いた事も無い世界でした。

15歳の高校受験に入るまでは斎藤牧師のいらっしゃる堀切教会に通いました。

その主を知った私が、その後は高校、デザイン学校と、成績はともかく生活は主とかけ離れてしまいましたが、「主の祈り」だけは私の身から離れませんでした。

1989年にアメリカに渡り、ノースカロライナ州のチャペルヒルに住んでいました。

今、手術しないと2週間の命と言われた60歳の時、同じ乳がんを経験した台湾の方にお話を伺いに行った所、日本人の大学教授の乳がん経験者が近くに居るので紹介しましょうかと言われましたが、その時はお断りしました。

幸いに手術で全ての癌は取り去られました。

2年後の1月に連れ合いに肺がんが見つかり7月に亡くなり独りになった時に、先程の台湾の方にお話頂いた方の紹介をお願いしました。

連絡を取り翌日山内先生にお目にかかれたのも主のお計らいであったと思います。
その晩は1ヶ月に1度の山内家でのバイブルスタディの日でした。約20名の日本の方が集まり、リーダーは山内先生のご主人で、そこにはラーリーの日本人教会の横井牧師もいらっしゃいました。2年後横井牧師から洗礼を受けました。

64歳の「放蕩息子」です。

ノースカロライナからNYに来て約10年、NJの教会の礼拝に参加させて頂いてから5年程、毎週の教会が喜びです。

讃美歌も沢山覚えました。
若い方々とご一緒出来るのも嬉しいです。
私に何が出来るのかを探すのも楽しみのひとつになって来ています。

あの小学低学年の子供が恋をしたと思っていたのは思い上がりだったと今はっきりと判ります。私が恋をしたのではなく、主に愛された時だったのです。

2023年2月号<牧師室より>「春を待ち望んで」

2023年も早くも1ヶ月が過ぎ、2月になりました。アメリカでは2月2日が春の訪れを占うグランドホッグデー、日本では2月4日が、寒が明けて春の始まりを告げる立春ですね。冬至から1ヶ月あまり経ち、ちょっと散歩をしてみようと外に出ると、久しぶりの青空はまぶしいほどです。夕方も4時半には暗くなっていたのに、今は5時半まで昼間の明るさが残っています。2月はまだまだ寒い日や雪の日も多いですが、太陽は確実に春がやってくることを約束してくれています。春が待ち遠しいですね。

この「待つ」ということは、私たちの信仰にとってとても大切なことです。自分の力ではどうにもならないことを前にして、神がなさることを信頼して、神が働いてくださる時を信頼して、待ち望んでいくのです。聖書の中に「待ち望む」という言葉が何度も出てきます。

代表的な言葉を挙げると、

「雄々しくあれ。心を強くせよ。すべて主を待ち望む者よ。」詩篇31篇24節

「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」イザヤ書40章31節

「その恵みは、私たちが・・・祝福に満ちた望み、すなわち、大いなる神であり私たちの救い主であるイエス・キリストの、栄光ある現れを待ち望むように教えています。」テトスへの手紙 2章13節

ですから、「待ち望む」というのは、「冬は寒いからこたつの中で丸くなっていよう」とか「今は状況が悪いから、我慢するしかないね」と、ただ我慢して春が来るのを待っている、嵐が通り過ぎるのを待っている、というのではなく、神が良くしてくださることを信頼して、いろいろ心配しないで、勇気をもって、自分のなすべきことをするという意味です。上のイザヤ書の言葉にあるように、「主を待ち望む者は力を得る」ことができるのです。

あなたは今、どんな状況に置かれているでしょうか?冬のような状況でしょうか?主を待ち望みましょう。必ず春がやってくることを信じて、主を待ち望み、力を頂いて、勇気をもって、忠実に自分のなすべきことをしていきましょう。

*JCCカフェ通信-第3号*

第3号 (Vol.3 Winter 2021 Issue)
あっという間に2021年が終わろうとしています。1年が経つのは本当に早いですね!皆さんはどのような1年を過ごされたでしょうか?コロナの状況も良くなっているかのように見え、普通の生活に戻りつつあるように思われましたが、ここに来て感染者がまた増えてきたようですね。JCCカフェもいつ再開できるか分からないのですが、皆さんに「カフェのことを忘れないで!また会える日を心待ちにしています!」と言う思いをお伝えしたく、今回もカフェ通信をお届けします。
Cafe Newsletter Vol.3.pdf  をお開きください。
◆トピック◆
  • メッセージ from コーヒーマスター
  • カフェコーナー ~ Bûche de Noël:チョコレートスイスロールケーキ ~ 
  • アートコーナー
  • 集会・プログラムのご案内
それでは、皆さん、安全で楽しいクリスマス&年末年始をお過ごしください!
 
NJ日本語キリスト教会
カフェスタッフ一同
 
jccofnj.org/jcc-cafe(カフェブログ)
www.jccofnj.org(教会ホームページ)

<牧師室より>2021年9月号「沖へこぎ出しなさい」

ずっと祈ってきましたが、9月12日から、まずは毎月1回からですが、第2日曜日の午前中に、NYでの礼拝をスタートします。NY市の郊外に位置する私たちの教会には、ずっと、NY市から来られる方々が多くおられました。また、車の便が必要な方々のことを覚えて、送迎の車も出してきました。それでも、「自分はクリスチャンだから、NJの教会に来ることはできるけれども、クリスチャンではない友達を誘うことは難しい」との声を聞きながら、なんとか、NYでも礼拝をささげることができないだろうかと祈ってきました。

それが、2020年からの牧師としての任期を更新するかどうか、祈っている中で、この任期の中でNYでの礼拝をスタートすることができないだろうかという思いが強くされていきました。元々、2020年の9月スタートを目指していたのですが、コロナで多くのことが制限される中で、この計画も延期になりましたが、この延期を通して、2021年の初めからは、このために心に重荷が与えられた方々と共に語り合い、祈り合い、備えることができました。そして、今年の6月2日のNYでの礼拝のための祈り会のために準備をしている中で、

「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」ルカ5:4

の聖書の言葉が心に響いてきました。この言葉は、夜通し働いて、でも、何も獲れずに、がっかりし、疲れ果てて、網を片付けていた漁師のペテロに向かってイエスが言われた言葉でした。ペテロはいろいろ言いたいことはあったでしょう。理由をつけて、イエスの言葉から逃げることもできたでしょう。しかし、最終的にはこのイエスの言葉に従った時に、網が破れそうになるくらいの多くの魚が捕れたというのです。この言葉を心に与えられたときに、私自身は、これをNYでの礼拝をスタートするための、神様からの語りかけと受け取りました。従うときに、祝福が与えられる招きであると思わされたのです。

どうか、皆さん祈ってください。この働きを通して、神様を知る方々が起こされますように。イエスに出会い、イエスに心を触れていただいて、新しくされる方々が起こされますように。また是非、お知り合いをご紹介ください。一人でも多くの方々に届くことができますように。案内はこちらから。

Joy Joy Camp!

  今年の夏は、どんな夏休みになるかな?みんなで楽しもう!! 

2023 Joy Joy たんけんたい
2022 ピースレンジャー
2021 キラリンピック2
2019 ワクワクTown2
2018 タイムマシン
2017 はずむでこぼこ音楽隊
2016 レスキュー隊
2015 登山隊
2014 テーマパーク
2013 ファーム
2012 アカデミー学校
2011 Factory
2010 探検隊
2009 ハードロックカフェ
2008 キラリンピック
2007 実験
2006 ジャングルぐるぐる探検隊
2005 体だからだ
2004 船に乗って
2003 Galaxy Express
2002 めっちゃ好き地球
2001 わくわくTown
2000 宝島探検隊
1999 不思議チャレンジ
1998 タイムマシン
1997 宇宙はでかいぞ!
1996 神様の船に乗ろう

クロッキー教室:卵に目鼻、顔を描く

ジョイジョイキャンプの会場作り、音楽室のイメージです。


有名音楽家+??の肖像画を描きました。キャンバスも額もダンボール!


子供の写真を撮るのと、工作が大好きというKさんの
エッグアートの作品も紹介して頂きました。


エッグといえば、顔のデッサンの基本ですね、
卵を使って目鼻のラインの基本ラインを学びましょう


今日のモデルさんは、競泳の池江璃花子選手です。
すごいね!可愛いね!という気持ちを込めてみなさん上手に描けました。


クラスの後は、錦織先生による聖書のお話です。
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今日は「顔」の話で、最初には楽聖たちの顔の絵がでてきましたね。
その中にもでてきましたバッハは、作った曲の最後にSDGという文字を書いていました。
それは、Soli Deo gloriaの略で、「すべての栄光は神に」という意味です。
聖書の中にこのような言葉があります。
「だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、 御名があがめられますように。」 マタイによる福音書6章9節
これは「主の祈り」の最初の部分ですが、まず、わたしたちが神に祈るべきことは、バッハと同じように、「神の栄光が現されますように」ということです。
それは、神がわたしたちを愛してくださり、わたしたちのためにひとり子イエスを与えてくださったからです。
私達もその神様の愛に応えて、何をするにも神の栄光が現されることを求めていきましょう。

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